アーク製薬会社   作:ai試し2

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5話 墜落

 翌朝。

 

 ホテルの一室を改装した簡易指揮所では、早朝からEU部隊の作戦会議が行われていた。

 

 窓際にはテラグリジアの地図が貼り出され、昨夜までの戦闘地点や避難経路が赤いマーカーで書き込まれている。机の上には無線機や報告書が並び、隊員たちは眠気の残る顔でそれらを確認していた。

 

 ハンクも部屋の隅で腕を組み、黙って地図を見ていた。

 

「今日も偵察を頼みたい」

 

 指揮官が地図の前に立つ。

 

「昨日はメインストリートを確認してもらったが、今日は別のルートだ」

 

 指揮官の指が地図の上を移動し、病院の位置で止まった。

 

「病院方面へ向かう道路を確認してほしい」

 

「病院ですか」

 

「ああ」

 

 指揮官は頷いた。

 

「現在、病院ではワクチン接種を受けた避難民から優先的に、ヘリで脱出させている」

 

 その言葉に、隊員の一人が地図へ目を向けた。

 

「それでも追いついていない、と」

 

「その通りだ」

 

 指揮官は病院周辺を指でなぞった。

 

「避難民の数が増え続けている。ヘリだけでは処理しきれない」

 

「地上輸送を増やしたいわけですね」

 

「そうだ」

 

 指揮官は別の資料を取り出した。

 

「上空からの偵察では、病院方面の道路はメインストリートほど放置車両が多くない。大きな障害物さえなければ、装甲車や輸送車両を通せる可能性がある」

 

「なら、避難民をまとめて運べる」

 

「そういうことだ」

 

 指揮官の視線がハンクへ向く。

 

「まずは実際に確認してほしい。道路の状態、放置車両の数、それからB.O.W.の出現状況だ」

 

「了解」

 

「ただし、無理はするな。道路が使えそうだと確認できれば、それだけで十分だ」

 

「分かりました」

 

 会議はそれだけで終わった。

 

 隊員たちは椅子から立ち上がり、装備を確認し始める。弾倉を確かめる者、無線の電源を入れる者、昨日の戦闘で汚れた装備を整える者。

 

 その中で、一人の隊員が大きく欠伸をした。

 

「眠そうだな」

 

 ハンクが声をかける。

 

「昨日、橋であまり寝る暇がなかったもので」

 

「帰ったら寝ろ」

 

「帰れるんですかね」

 

「知らん」

 

「ですよね」

 

 隊員が苦笑する。

 

 ほんの短いやり取りだったが、張り詰めた空気の中では、それだけでも少しだけ緊張が和らいだ。

 

 ハンクは最後にトマホークの位置を確認し、ホテルを出た。

 

     ◆

 

 病院方面へ向かう道路は、朝の光に照らされていた。

 

 しかし、街が目を覚ましているわけではない。

 

 店のシャッターは閉じたまま。

 

 道路には放置された車両が並び、建物の窓には割れたガラスが残っている。

 

 昨日のメインストリートと比べれば、まだ被害は少ない。

 

 それでも、普通の街の姿からはかけ離れていた。

 

「確かに少ないですね」

 

 部下が道路を見渡した。

 

 路肩には何台かの車が放置されているものの、道路中央には十分な幅が残っている。

 

「上空から見れば、もっと分かりやすいだろうな」

 

 ハンクが答える。

 

「この幅なら装甲車くらいは通れそうです」

 

「大型車両が曲がれるかも確認しておけ」

 

「了解」

 

 隊員たちが周囲へ散り、交差点や路地を確認していく。

 

 その時だった。

 

 道路脇の排水溝から、小さな水音が聞こえた。

 

「……今、何か聞こえませんでした?」

 

 一人の隊員が足を止める。

 

 ハンクも耳を澄ました。

 

 ぴちゃ。

 

 ぴちゃ。

 

 湿った音が続いている。

 

「下だ」

 

 ハンクが短く言った。

 

 次の瞬間、排水溝の蓋が跳ね上がった。

 

「来るぞ!」

 

 隊員たちが一斉に銃を構える。

 

 泥と粘液にまみれたウーズが、狭い排水溝から這い出してきた。

 

「ウーズ!」

 

 射撃が始まる。

 

 銃弾を受けたウーズが身体を震わせながら道路へ転がり出る。

 

 だが、それだけではなかった。

 

 向かいの建物の割れた窓から、別の個体が這い出してくる。

 

「右にもいる!」

 

 隊員が振り向く。

 

 さらに路地の奥から、三体目が姿を現した。

 

 狭い場所を移動できるウーズらしく、建物や排水設備を利用して近づいてきている。

 

「距離を取れ!」

 

 ハンクの指示と同時に、隊員たちが後退する。

 

 ウーズの一体が身体を伸ばし、隊員へ飛びかかろうとした。

 

 銃声。

 

 空中で撃ち落とされ、道路へ叩きつけられる。

 

「一体!」

 

「もう一体、左!」

 

 ハンクが振り向く。

 

 路地から出てきたウーズが、建物の壁に身体を擦りつけながら迫っていた。

 

 ハンクは一歩前へ出る。

 

 銃声が響き、ウーズの動きが止まる。

 

 そのまま倒れた個体を確認し、周囲を見渡す。

 

「他には?」

 

「……いません」

 

「死体を確認しろ」

 

「了解」

 

 隊員が近づき、倒れたウーズを確認する。

 

「全部動いてません」

 

「よし。進むぞ」

 

 一行は再び歩き始めた。

 

 しかし、それから数分もしないうちに、別の路地から水音が聞こえた。

 

 隊員たちが一斉にそちらを見る。

 

「またか?」

 

 路地の奥。

 

 薄暗い建物の中から、粘液を引きずるような音が近づいてくる。

 

 ウーズが一体、姿を現した。

 

 さらに、その後ろからもう一体。

 

「多いな……」

 

 隊員が呟く。

 

「病院周辺まで、かなり入り込んでるみたいですね」

 

「だから確認している」

 

 ハンクが答えた。

 

「進路を確保するなら、ウーズの排除も必要になる」

 

 射撃が始まった。

 

 ウーズが一体倒れる。

 

 もう一体が車両の陰へ潜り込んだ。

 

「見失った!」

 

「慌てるな」

 

 ハンクが車両の周囲を見る。

 

 ウーズの身体が、車体の下をゆっくりと這っていた。

 

「下だ」

 

 隊員が銃口を向ける。

 

 ウーズが飛び出す。

 

 銃声が重なり、今度こそ動きが止まった。

 

「確認!」

 

「クリア!」

 

 ハンクは頷いた。

 

「進むぞ」

 

     ◆

 

 その後も何度か交差点を通過した。

 

 道路には放置された車両がある。

 

 しかし、メインストリートのように埋め尽くすように放置されているわけではない。

 

「確かに、これなら使えそうですね」

 

 部下が道幅を確認する。

 

「装甲車なら通れそうです」

 

「大型車両は?」

 

「この先の交差点も問題ありません」

 

「なら報告する」

 

 ハンクが無線を取り出した。

 

 その瞬間だった。

 

 遠くから、低い唸り声が響いた。

 

 一同が足を止める。

 

「……ハンター」

 

 道路の先。

 

 建物の陰から、大きな影が姿を現した。

 

 一体。

 

 その後ろから、もう一体。

 

「二体!」

 

「構えろ」

 

 ハンターがこちらへ向かって走り出す。

 

 銃声が響いた。

 

 一体が道路を駆け抜け、放置車両を踏み台にして跳躍する。

 

「来るぞ!」

 

 複数の銃弾が命中した。

 

 ハンターが空中で姿勢を崩し、道路へ落下する。

 

 もう一体が側面から回り込んできた。

 

 隊員たちは距離を取りながら射撃する。

 

 ハンターが一台の車へ爪をかけた。

 

「撃て!」

 

 銃声が重なり、ハンターが車体の横へ崩れ落ちる。

 

「周囲を確認!」

 

 全員が周囲へ銃口を向ける。

 

「他にはいません!」

 

「進む」

 

 ハンクは倒れたハンターを一瞥した。

 

「死体も確認しておけ」

 

「了解」

 

 隊員が確認する。

 

 しばらくして、親指を立てた。

 

「動いてません」

 

「よし」

 

     ◆

 

 病院まで、あと少しだった。

 

 その時、建物の二階から何かが飛んできた。

 

「上!」

 

 鋭い棘が道路脇の壁へ突き刺さる。

 

「トライコーン!」

 

 隊員たちが物陰へ身を隠す。

 

 建物の二階。

 

 割れた窓の奥に、異形の姿が見えた。

 

「位置を確認!」

 

「二階、奥の窓!」

 

 ハンクは建物を見上げた。

 

 敵を追って建物へ入ることもできる。

 

 だが、それは偵察任務から外れる。

 

「建物には入るな。射線だけ切れ」

 

「了解!」

 

 隊員が位置を変える。

 

 トライコーンが再び腕を向けた。

 

「来るぞ!」

 

 棘が飛ぶ。

 

 隊員たちは身を隠す。

 

 その直後、別方向から射撃が集中した。

 

 トライコーンの姿が窓の奥へ消える。

 

「確認できません」

 

「それ以上追うな」

 

 ハンクは前方を指した。

 

「目的地は病院だ」

 

「了解」

 

 一行はそのまま進んだ。

 

 しばらくして、病院の建物が見えてくる。

 

 周囲には警戒に立つ隊員の姿があり、屋上にはヘリが一機停まっていた。

 

 避難所として使われていることが、ここからでも分かる。

 

「見えました」

 

 部下が言う。

 

 ハンクは病院までの道路をもう一度確認した。

 

 途中には放置車両がいくつもある。

 

 ウーズの出現も多かった。

 

 ハンターやトライコーンも確認された。

 

 それでも、道路そのものは十分な幅を保っている。

 

「ここなら装甲車を通せそうです」

 

「そうだな」

 

 ハンクは無線を取った。

 

「こちらハンク。病院方面の道路を確認。放置車両はあるが、メインストリートほどではない。簡単な撤去作業で通行路を確保できる。護衛付き装甲車なら通行可能と判断する」

 

『了解。撤去作業を検討する』

 

「B.O.W.の出現状況も報告する」

 

 ハンクは続けた。

 

「ウーズの数が多い。ハンター、トライコーンも確認。道路を使用する場合は、事前の掃討と継続的な警戒が必要だ」

 

『了解した』

 

 無線が切れる。

 

 ハンクは病院を見た。

 

 あの建物には、まだ多くの避難民がいる。

 

 ヘリだけでは、全員を運び出すことはできない。

 

 だからこそ、この道路を使えるようにする意味がある。

 

「戻るぞ」

 

「はい」

 

 一行は来た道を引き返した。

 

 帰路でも、路地の奥からウーズの姿が何度か確認された。

 

 だが、今度は無理に接近しない。

 

 必要以上に戦えば、時間も弾薬も消費する。

 

 ハンクたちは周囲を警戒しながら、進路を確保して撤退していった。

 

 今回の目的は敵の全滅ではない。

 

 病院までの道路が使えるか。

 

 避難民を地上から運び出せるか。

 

 その答えを持ち帰ることだった。

 

 そして、その答えは出た。

 

 多少の障害物とB.O.W.を処理すれば、この道路は避難路として使える。

 

 あとは、この街に残された人々を運ぶための準備を整えるだけだった。

 

     ◆

 

 テラグリジア上空を、一機のヘリが飛んでいた。

 

 朝の光が街を照らしている。

 

 だが、そこにあるのは平穏な朝の風景ではなかった。道路には放置された車両が並び、いくつかの建物からはまだ薄い煙が上がっている。街の各所には戦闘の痕跡が残り、避難民を乗せた車両が通過したと思われる道路には、荷物や破片が散乱していた。

 

 操縦席ではシェリーが計器を確認し、その隣でスティーブが地図を広げていた。

 

「第三病院までは、あと十分くらい」

 

「了解」

 

 シェリーは前方へ視線を戻した。

 

 今日の任務も、これまでと変わらない。

 

 ワクチンの輸送。

 

 目的地は、橋からさらに奥へ進んだ場所にある第三病院だった。

 

 そこもまた避難所として使用されている。

 

 テラグリジアから逃げてきた人々が集まり、医療スタッフは負傷者や感染者の対応に追われていた。

 

 当然、ワクチンの消費も早い。

 

「これで第三病院の分は足りそう?」

 

 シェリーが後部座席のケースへ目を向ける。

 

「しばらくはな」

 

 スティーブが答えた。

 

「クレアが必死に調整してくれてる。製造施設も、今はほとんど止めずに動かしてるらしい」

 

「クレア、本当に休んでるのかな」

 

「たぶん休んでない」

 

「やっぱり……」

 

 シェリーが苦笑した。

 

「そういうところ、変わらないよね」

 

「ああ」

 

 スティーブも笑う。

 

 短いやり取りだった。

 

 だが、二人とも分かっていた。

 

 このワクチンが、ただの医薬品ではないことを。

 

 テラグリジアでは、一つのケースが人の生死を左右する。

 

 だからこそ、届ける必要がある。

 

「見えてきた」

 

 スティーブが窓の外を指した。

 

 前方に、第三病院の建物が見えてきた。

 

 病院の周囲には簡易バリケードが設置され、入口付近には警備にあたる隊員の姿がある。屋上にはヘリの着陸スペースも確保されていた。

 

「着陸するよ」

 

 シェリーが機体を降下させる。

 

 ローターの風が屋上に溜まった埃を巻き上げた。

 

 ヘリがゆっくりと着地する。

 

 エンジンが止まると、病院側の職員がすぐに駆け寄ってきた。

 

 スティーブが後部座席からワクチンケースを取り出す。

 

「第三病院への補給分だ」

 

「ありがとうございます」

 

 職員が両手でケースを受け取った。

 

 その表情には、明らかな安堵が浮かんでいる。

 

「これで、何人かでも助けられます」

 

「頼んだ」

 

「はい」

 

 いくつかのケースが病院の中へ運び込まれていく。

 

 シェリーはその背中を見送った。

 

 これで今回の目的は達成した。

 

「じゃあ、私たちは戻ろう」

 

「そうだな」

 

 二人はヘリへ戻った。

 

 シェリーが操縦席に座り、スティーブが隣へ乗り込む。

 

 エンジンが再始動し、ローターが回転を始めた。

 

 やがて機体が屋上を離れる。

 

「今回も、何事もなく終わりそうだね」

 

 シェリーが呟く。

 

「そうだといいな」

 

 スティーブが笑った。

 

 その直後だった。

 

 シェリーが窓の外へ視線を向ける。

 

 遠くの空に、小さな影があった。

 

「……スティーブ」

 

「ん?」

 

「何かいる」

 

 スティーブがそちらを見る。

 

 影は、急速に大きくなっていた。

 

「UAV?」

 

「みたい」

 

 機体の輪郭が、次第にはっきりしてくる。

 

 軍用機にも見える。

 

 しかし、識別できる所属表示はない。

 

「味方じゃないな」

 

 スティーブが操縦席の計器を確認する。

 

「通信は?」

 

「反応なし」

 

 シェリーの表情から笑みが消えた。

 

 UAVが速度を上げる。

 

「……嫌な感じがする」

 

 次の瞬間。

 

 機体から何かが放たれた。

 

「来る!」

 

 スティーブが操縦桿を切った。

 

 ヘリが大きく傾く。

 

 攻撃が機体のすぐ脇を通り過ぎ、空中で爆発した。

 

「アークに連絡!」

 

 シェリーが無線機へ手を伸ばす。

 

「こちらシェリー! UAVから攻撃を受けている!」

 

 しかし、返答はない。

 

「応答して!」

 

 ノイズだけが返ってくる。

 

 その直後だった。

 

 機体が激しく揺れた。

 

「くっ!」

 

 スティーブが操縦桿を握り直す。

 

 警告音が鳴り響いた。

 

「被弾した!」

 

 計器の一部が赤く点滅する。

 

 ヘリが大きく傾いた。

 

「スティーブ!」

 

「分かってる!」

 

 スティーブは必死に機体を立て直そうとする。

 

 だが、操縦への反応が明らかに鈍い。

 

 高度が落ちていく。

 

「このままだと墜落する!」

 

「分かってる!」

 

 スティーブは眼下を確認した。

 

 建物が密集している。

 

 道路もある。

 

 だが、着陸できる場所はほとんどない。

 

 シェリーが周囲を見渡した。

 

「……あそこ!」

 

 少し先に、比較的広い屋上が見えた。

 

「ビルの屋上!」

 

「見えてる!」

 

 スティーブが機体をそちらへ向ける。

 

 ヘリは高度を失いながらも、なんとか屋上へ近づいていく。

 

「降りるぞ!」

 

 機体が屋上へ接触した。

 

 激しい衝撃。

 

「うわっ!」

 

 ヘリが跳ね、そのまま屋上を滑っていく。

 

 ローターが悲鳴のような音を立てる。

 

 屋上の端が迫ってくる。

 

「止まれ……!」

 

 スティーブが操縦桿を操作する。

 

 しかし、機体は止まらない。

 

 次の瞬間、ヘリの機体が屋上の縁へ激突した。

 

 機体の一部が引っ掛かり、辛うじて落下を免れる。

 

「今だ!」

 

 スティーブが叫んだ。

 

 二人はシートベルトを外し、急いで機体から飛び出した。

 

「こっち!」

 

 シェリーが安全な場所へ走る。

 

 スティーブも続いた。

 

 二人が十分な距離まで離れた直後だった。

 

 金属が軋む音が響く。

 

「……!」

 

 ヘリを支えていた機体の一部が外れた。

 

 次の瞬間、ヘリは屋上から滑り落ちていった。

 

 二人は何も言わず、その様子を見ていた。

 

 機体が建物の下へ消える。

 

 しばらくして、遠くから大きな破砕音が響いた。

 

 スティーブが息を吐く。

 

「……生きてるな」

 

「うん」

 

 シェリーも頷いた。

 

 それだけで十分だった。

 

 だが、安心している暇はない。

 

 シェリーは自分の装備を確認した。

 

「……無線は?」

 

「俺のもない」

 

 スティーブがヘリを見る。

 

 いや。

 

 もうヘリは見えない。

 

「ヘリの中ね」

 

「そういうことだ」

 

 二人は周囲を見回した。

 

 高層ビルの屋上。

 

 周囲には同じような建物が立ち並び、その向こうにテラグリジアの街が広がっている。

 

 ここからでは、自分たちがどこにいるのか正確には分からない。

 

「通信手段はなし」

 

「了解」

 

「救援要請もできない」

 

「了解」

 

「移動手段もない」

 

「それも了解」

 

 シェリーがスティーブを見る。

 

「……最悪だね、でもラクーンシティよりだいぶまし」

 

「……最悪だな、でもロックフォート島よりだいぶまし」

 

 お互い笑いあう。

 

 それに、完全に手ぶらというわけではない。

 

 シェリーは腰の装備を確認する。

 

 トマホーク。

 

 ハンドガン。

 

 予備弾薬。

 

 そして、ベロニカワクチンが三本。

 

 さらに、小さなケースに収めていたエルピスが一本。

 

「ワクチンは?」

 

 スティーブが尋ねた。

 

「三本ある」

 

 シェリーが確認する。

 

「エルピスも一本」

 

「全部持ち出せたか」

 

「うん」

 

 スティーブも自分の装備を確認する。

 

 二丁のハンドガン。

 

 それぞれの予備弾薬。

 

 それだけだった。

 

「第三病院に届けた分は?」

 

「全部渡した」

 

「なら、それでいい」

 

 スティーブは立ち上がった。

 

「必要なものは必要な場所に置いてきたんだ」

 

 シェリーが彼を見る。

 

「そうだね」

 

 それは強がりではなかった。

 

 少なくとも、ワクチンを届けるという目的は達成した。

 

 問題は、その後だ。

 

「ここからどうする?」

 

 シェリーが屋上の出入口を見る。

 

「まず下へ降りる」

 

「地上に戻って?」

 

「ああ」

 

 スティーブは街を見下ろした。

 

「どこかにEUかFBCの部隊がいるはずだ。公衆電話か病院、避難所を見つければ、そこから連絡手段を確保できる」

 

「でも、ここがどこなのか分からない」

 

「だから歩いて確認する」

 

 シェリーは小さく息を吐いた。

 

「徒歩でテラグリジアを横断、か」

 

「ヘリより遅いけどな」

 

「それ、今言う?」

 

「もっと笑えよ」

 

 スティーブが肩をすくめる。

 

 シェリーは呆れたように彼を見る。

 

 そして、ほんの少しだけ笑った。

 

「……そういうところ、スティーブらしいね」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 二人は屋上の出入口へ向かった。

 

 扉の前で、シェリーが足を止める。

 

 銃を抜いた。

 

「どうした?」

 

「分からない。でも……」

 

 彼女は扉の向こうへ耳を澄ます。

 

 何も聞こえない。

 

 それでも、ここが安全だとは限らない。

 

「昨日まで、街中にB.O.W.がいた」

 

「そうだな」

 

「ここにもいるかもしれない」

 

「なら、確認してから入る」

 

 スティーブも銃を構えた。

 

 二人は互いに頷く。

 

 シェリーがゆっくりと扉を開けた。

 

 暗い階段が、下へ伸びている。

 

 誰もいない。

 

 少なくとも、今のところは。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 二人は階段を下り始めた。

 

 無線はない。

 

 ヘリもない。

 

 地図も十分ではない。

 

 頼れるのは、手元に残された武器と、互いの判断だけだった。

 

 それでも、二人は歩き出した。

 

 テラグリジアの街の中へ。

 

 自分たちの足だけで、帰るために。

 

     ◆

 

 ホテルの一室を利用した臨時指揮所に、ハンクたちが戻ってきた。

 

 長時間の偵察を終えた隊員たちは、それぞれ装備を下ろし、ようやく一息つこうとしていた。その時、机の上に置かれていた無線機が鳴った。

 

『ハンク』

 

 聞き慣れた声だった。

 

「クレアか」

 

『聞こえている?』

 

「ああ」

 

『すぐに戻ってきて。話がある』

 

 普段より少し硬い声だった。

 

 ハンクは短く返事をする。

 

「了解」

 

 無線が切れる。

 

 ハンクは周囲を見渡した。

 

「全員、集合だ」

 

 休憩に入ろうとしていた隊員たちが顔を上げる。

 

 それから十数分後。

 

 ホテルの一室には、ハンクの部隊が再び集まっていた。

 

 壁際にはテラグリジアの地図が貼られ、机の上にはこれまでに届いた報告書が積み重なっている。隊員たちは何があったのか分からないまま、ハンクの言葉を待っていた。

 

 ハンクは一枚の報告書を手に取った。

 

「アークから連絡が入った」

 

 それだけで、室内の空気が引き締まる。

 

「スティーブとシェリーのヘリが、UAVから攻撃を受けた」

 

「……攻撃?」

 

 誰かが聞き返した。

 

「ああ」

 

 ハンクは淡々と続ける。

 

「二人は第三病院へのワクチン輸送を終え、帰還中だった。その途中でUAVに襲撃された」

 

「それで、二人は?」

 

「攻撃を受けた後、連絡が途絶えた」

 

 沈黙が落ちた。

 

 何人かの隊員が、互いの顔を見る。

 

「墜落した可能性は?」

 

「高い」

 

 ハンクは即答した。

 

「ただし、墜落地点はまだ特定できていない」

 

「だったら探しましょう」

 

 一人の隊員が立ち上がった。

 

「俺たちが行きます」

 

「待て」

 

 ハンクが制止する。

 

「でも――」

 

「勝手に動くな」

 

 声を荒らげたわけではない。

 

 それでも、ハンクの一言で隊員の動きが止まった。

 

 別の隊員が拳を握る。

 

「……スティーブは、いいやつなんです」

 

 普段なら、こんなことを口にする男ではなかった。

 

「俺たちが何者か知ってるのに……それでも普通に接してくれるんです」

 

 誰も口を挟まない。

 

「親を俺たちU.S.S.に殺されたのに、そんな態度を見せない。俺たちと一緒になって馬鹿やって……まるで、そんなことを気にしてないみたいに」

 

 その声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。

 

「シェリーだってそうです」

 

 別の隊員が続ける。

 

「あのバーキン博士の娘とは思えないくらい、普通の子ですよ。俺たちにも気を遣わないし、あいつ達がいると妙に場が明るくなる」

 

「分かっている」

 

 ハンクが静かに言った。

 

「だからこそ、勝手に動くな」

 

 隊員たちは黙った。

 

 ハンクは地図へ視線を向ける。

 

「俺たちには任務がある。橋の警護、避難民の護衛、周辺のB.O.W.の掃討。今ここで部隊全員が捜索に出れば、そのどれかが手薄になる」

 

「でも……」

 

「分かっている」

 

 ハンクは隊員を見る。

 

「お前たちが二人を心配していることも、探しに行きたいこともな」

 

 少しだけ間を置いた。

 

「だが、感情だけで動けば、別の誰かを危険にさらす」

 

 隊員たちは俯いた。

 

 正論だった。

 

 今のテラグリジアでは、一つの判断が何人もの命を左右する。

 

 それでも、ハンクは続けた。

 

「だが、捜索をしないとは言っていない」

 

 隊員たちが顔を上げる。

 

「……え?」

 

「クレア社長が調整してくれた」

 

 ハンクは腰の装備を確認する。

 

「俺が捜索に行く」

 

「ハンクさん一人で?」

 

「ああ。それが今できる限界だ」

 

「危険すぎませんか」

 

「二人が生きている可能性があるなら、行く価値はある」

 

 それだけ言って、ハンクは部屋を出た。

 

 残された隊員たちは、しばらく何も言えなかった。

 

 やがて一人が小さく呟く。

 

「……無事でいてくれよ」

 

 その言葉に、誰も返事をしなかった。

 

 だが、全員が同じことを考えていた。

 

 スティーブも、シェリーも、生きていてほしい。

 

 それからしばらくして。

 

 ホテルの入口が開いた。

 

「ハンク」

 

 クレアが入ってくる。

 

「社長」

 

 装備を整えていたハンクが振り返った。

 

 クレアはそのまま彼の前まで歩いてくると、隣に立つ存在へ視線を向けた。

 

「この子も連れて行って」

 

 ハンクの視線が下へ落ちる。

 

 そこには、一頭の犬が座っていた。

 

 中型犬より一回り大きく、鍛えられた身体を持っている。

 

 見覚えのある犬だった。

 

「……シェリーの犬か」

 

「ええ」

 

 クレアが頷く。

 

 犬はハンクを見上げている。

 

 騒ぐこともなく、ただ静かに彼の顔を見つめていた。

 

「シェリーとずっと一緒にいる子よ」

 

 ハンクは黙って犬を見る。

 

 ただのペットではないことは知っていた。

 

 ラクーンシティ事件の後、この犬にはリサによってウイルスが投与された。そして、そのウイルスに適応した特殊な個体として生き残っている。

 

 その後もシェリーと共にアークの警備部門で訓練を受け、B.O.W.との戦闘も経験していた。

 

 単独のリッカー程度なら、十分に相手にできる。

 

「シェリーが連れて行くことも多かったでしょう?」

 

「ああ」

 

 ハンクは頷いた。

 

「なら、匂いを追える可能性がある」

 

「そう思ってる」

 

 クレアは犬の前にしゃがみ込み、その頭をゆっくり撫でた。

 

「シェリーを探してあげて」

 

 犬はクレアを見つめた。

 

 その後、ゆっくりとハンクへ視線を移す。

 

 ハンクはしばらく犬と見つめ合った。

 

 まるで、互いにこれから何をするのか確認しているようだった。

 

「……分かった」

 

 ハンクは犬の首輪を確認する。

 

「連れていく」

 

「ありがとう」

 

 クレアが立ち上がる。

 

 そして、ほんの少しだけ表情を曇らせた。

 

「二人をお願い」

 

「了解」

 

 ハンクは最後に弾薬を確認し、ハンドガンを腰へ収める。トマホークの位置を確かめ、

必要最低限の装備だけを身につけた。

 

 犬がその横に並ぶ。

 

「行くぞ」

 

 ハンクが歩き出すと、犬もすぐに後へ続いた。

 

 ホテルの外へ出る。

 

 夜のテラグリジアには、まだ遠くで銃声が響いていた。

 

 橋では避難民の移動が続き、病院では感染者の治療が続いている。

 

 街のどこかでは、今もB.O.W.が徘徊している。

 

 そんな中で、二人の行方を追わなければならない。

 

 ハンクは無言で前方を見る。

 

 墜落地点について、大体の目星はついている。

 

 あの二人なら、簡単には死なない。

 

 そう信じるしかなかった。

 

 犬が突然足を止めた。

 

 ハンクも立ち止まる。

 

「……どうした?」

 

 犬は鼻を上げ、夜の街へ向かって静かに匂いを探っている。

 

 やがて、何かを感じ取ったのか、再び歩き始めた。

 

 ハンクはその後を追う。

 

 今度の任務は、敵を倒すことではない。

 

 救出でも、掃討でもない。

 

 ただ、仲間を見つける。

 

 それだけだった。

 

 ハンクは犬と並んで、テラグリジアの街へ入っていった。

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