アーク製薬会社 作:ai試し2
翌朝。
ホテルの一室を改装した簡易指揮所では、早朝からEU部隊の作戦会議が行われていた。
窓際にはテラグリジアの地図が貼り出され、昨夜までの戦闘地点や避難経路が赤いマーカーで書き込まれている。机の上には無線機や報告書が並び、隊員たちは眠気の残る顔でそれらを確認していた。
ハンクも部屋の隅で腕を組み、黙って地図を見ていた。
「今日も偵察を頼みたい」
指揮官が地図の前に立つ。
「昨日はメインストリートを確認してもらったが、今日は別のルートだ」
指揮官の指が地図の上を移動し、病院の位置で止まった。
「病院方面へ向かう道路を確認してほしい」
「病院ですか」
「ああ」
指揮官は頷いた。
「現在、病院ではワクチン接種を受けた避難民から優先的に、ヘリで脱出させている」
その言葉に、隊員の一人が地図へ目を向けた。
「それでも追いついていない、と」
「その通りだ」
指揮官は病院周辺を指でなぞった。
「避難民の数が増え続けている。ヘリだけでは処理しきれない」
「地上輸送を増やしたいわけですね」
「そうだ」
指揮官は別の資料を取り出した。
「上空からの偵察では、病院方面の道路はメインストリートほど放置車両が多くない。大きな障害物さえなければ、装甲車や輸送車両を通せる可能性がある」
「なら、避難民をまとめて運べる」
「そういうことだ」
指揮官の視線がハンクへ向く。
「まずは実際に確認してほしい。道路の状態、放置車両の数、それからB.O.W.の出現状況だ」
「了解」
「ただし、無理はするな。道路が使えそうだと確認できれば、それだけで十分だ」
「分かりました」
会議はそれだけで終わった。
隊員たちは椅子から立ち上がり、装備を確認し始める。弾倉を確かめる者、無線の電源を入れる者、昨日の戦闘で汚れた装備を整える者。
その中で、一人の隊員が大きく欠伸をした。
「眠そうだな」
ハンクが声をかける。
「昨日、橋であまり寝る暇がなかったもので」
「帰ったら寝ろ」
「帰れるんですかね」
「知らん」
「ですよね」
隊員が苦笑する。
ほんの短いやり取りだったが、張り詰めた空気の中では、それだけでも少しだけ緊張が和らいだ。
ハンクは最後にトマホークの位置を確認し、ホテルを出た。
◆
病院方面へ向かう道路は、朝の光に照らされていた。
しかし、街が目を覚ましているわけではない。
店のシャッターは閉じたまま。
道路には放置された車両が並び、建物の窓には割れたガラスが残っている。
昨日のメインストリートと比べれば、まだ被害は少ない。
それでも、普通の街の姿からはかけ離れていた。
「確かに少ないですね」
部下が道路を見渡した。
路肩には何台かの車が放置されているものの、道路中央には十分な幅が残っている。
「上空から見れば、もっと分かりやすいだろうな」
ハンクが答える。
「この幅なら装甲車くらいは通れそうです」
「大型車両が曲がれるかも確認しておけ」
「了解」
隊員たちが周囲へ散り、交差点や路地を確認していく。
その時だった。
道路脇の排水溝から、小さな水音が聞こえた。
「……今、何か聞こえませんでした?」
一人の隊員が足を止める。
ハンクも耳を澄ました。
ぴちゃ。
ぴちゃ。
湿った音が続いている。
「下だ」
ハンクが短く言った。
次の瞬間、排水溝の蓋が跳ね上がった。
「来るぞ!」
隊員たちが一斉に銃を構える。
泥と粘液にまみれたウーズが、狭い排水溝から這い出してきた。
「ウーズ!」
射撃が始まる。
銃弾を受けたウーズが身体を震わせながら道路へ転がり出る。
だが、それだけではなかった。
向かいの建物の割れた窓から、別の個体が這い出してくる。
「右にもいる!」
隊員が振り向く。
さらに路地の奥から、三体目が姿を現した。
狭い場所を移動できるウーズらしく、建物や排水設備を利用して近づいてきている。
「距離を取れ!」
ハンクの指示と同時に、隊員たちが後退する。
ウーズの一体が身体を伸ばし、隊員へ飛びかかろうとした。
銃声。
空中で撃ち落とされ、道路へ叩きつけられる。
「一体!」
「もう一体、左!」
ハンクが振り向く。
路地から出てきたウーズが、建物の壁に身体を擦りつけながら迫っていた。
ハンクは一歩前へ出る。
銃声が響き、ウーズの動きが止まる。
そのまま倒れた個体を確認し、周囲を見渡す。
「他には?」
「……いません」
「死体を確認しろ」
「了解」
隊員が近づき、倒れたウーズを確認する。
「全部動いてません」
「よし。進むぞ」
一行は再び歩き始めた。
しかし、それから数分もしないうちに、別の路地から水音が聞こえた。
隊員たちが一斉にそちらを見る。
「またか?」
路地の奥。
薄暗い建物の中から、粘液を引きずるような音が近づいてくる。
ウーズが一体、姿を現した。
さらに、その後ろからもう一体。
「多いな……」
隊員が呟く。
「病院周辺まで、かなり入り込んでるみたいですね」
「だから確認している」
ハンクが答えた。
「進路を確保するなら、ウーズの排除も必要になる」
射撃が始まった。
ウーズが一体倒れる。
もう一体が車両の陰へ潜り込んだ。
「見失った!」
「慌てるな」
ハンクが車両の周囲を見る。
ウーズの身体が、車体の下をゆっくりと這っていた。
「下だ」
隊員が銃口を向ける。
ウーズが飛び出す。
銃声が重なり、今度こそ動きが止まった。
「確認!」
「クリア!」
ハンクは頷いた。
「進むぞ」
◆
その後も何度か交差点を通過した。
道路には放置された車両がある。
しかし、メインストリートのように埋め尽くすように放置されているわけではない。
「確かに、これなら使えそうですね」
部下が道幅を確認する。
「装甲車なら通れそうです」
「大型車両は?」
「この先の交差点も問題ありません」
「なら報告する」
ハンクが無線を取り出した。
その瞬間だった。
遠くから、低い唸り声が響いた。
一同が足を止める。
「……ハンター」
道路の先。
建物の陰から、大きな影が姿を現した。
一体。
その後ろから、もう一体。
「二体!」
「構えろ」
ハンターがこちらへ向かって走り出す。
銃声が響いた。
一体が道路を駆け抜け、放置車両を踏み台にして跳躍する。
「来るぞ!」
複数の銃弾が命中した。
ハンターが空中で姿勢を崩し、道路へ落下する。
もう一体が側面から回り込んできた。
隊員たちは距離を取りながら射撃する。
ハンターが一台の車へ爪をかけた。
「撃て!」
銃声が重なり、ハンターが車体の横へ崩れ落ちる。
「周囲を確認!」
全員が周囲へ銃口を向ける。
「他にはいません!」
「進む」
ハンクは倒れたハンターを一瞥した。
「死体も確認しておけ」
「了解」
隊員が確認する。
しばらくして、親指を立てた。
「動いてません」
「よし」
◆
病院まで、あと少しだった。
その時、建物の二階から何かが飛んできた。
「上!」
鋭い棘が道路脇の壁へ突き刺さる。
「トライコーン!」
隊員たちが物陰へ身を隠す。
建物の二階。
割れた窓の奥に、異形の姿が見えた。
「位置を確認!」
「二階、奥の窓!」
ハンクは建物を見上げた。
敵を追って建物へ入ることもできる。
だが、それは偵察任務から外れる。
「建物には入るな。射線だけ切れ」
「了解!」
隊員が位置を変える。
トライコーンが再び腕を向けた。
「来るぞ!」
棘が飛ぶ。
隊員たちは身を隠す。
その直後、別方向から射撃が集中した。
トライコーンの姿が窓の奥へ消える。
「確認できません」
「それ以上追うな」
ハンクは前方を指した。
「目的地は病院だ」
「了解」
一行はそのまま進んだ。
しばらくして、病院の建物が見えてくる。
周囲には警戒に立つ隊員の姿があり、屋上にはヘリが一機停まっていた。
避難所として使われていることが、ここからでも分かる。
「見えました」
部下が言う。
ハンクは病院までの道路をもう一度確認した。
途中には放置車両がいくつもある。
ウーズの出現も多かった。
ハンターやトライコーンも確認された。
それでも、道路そのものは十分な幅を保っている。
「ここなら装甲車を通せそうです」
「そうだな」
ハンクは無線を取った。
「こちらハンク。病院方面の道路を確認。放置車両はあるが、メインストリートほどではない。簡単な撤去作業で通行路を確保できる。護衛付き装甲車なら通行可能と判断する」
『了解。撤去作業を検討する』
「B.O.W.の出現状況も報告する」
ハンクは続けた。
「ウーズの数が多い。ハンター、トライコーンも確認。道路を使用する場合は、事前の掃討と継続的な警戒が必要だ」
『了解した』
無線が切れる。
ハンクは病院を見た。
あの建物には、まだ多くの避難民がいる。
ヘリだけでは、全員を運び出すことはできない。
だからこそ、この道路を使えるようにする意味がある。
「戻るぞ」
「はい」
一行は来た道を引き返した。
帰路でも、路地の奥からウーズの姿が何度か確認された。
だが、今度は無理に接近しない。
必要以上に戦えば、時間も弾薬も消費する。
ハンクたちは周囲を警戒しながら、進路を確保して撤退していった。
今回の目的は敵の全滅ではない。
病院までの道路が使えるか。
避難民を地上から運び出せるか。
その答えを持ち帰ることだった。
そして、その答えは出た。
多少の障害物とB.O.W.を処理すれば、この道路は避難路として使える。
あとは、この街に残された人々を運ぶための準備を整えるだけだった。
◆
テラグリジア上空を、一機のヘリが飛んでいた。
朝の光が街を照らしている。
だが、そこにあるのは平穏な朝の風景ではなかった。道路には放置された車両が並び、いくつかの建物からはまだ薄い煙が上がっている。街の各所には戦闘の痕跡が残り、避難民を乗せた車両が通過したと思われる道路には、荷物や破片が散乱していた。
操縦席ではシェリーが計器を確認し、その隣でスティーブが地図を広げていた。
「第三病院までは、あと十分くらい」
「了解」
シェリーは前方へ視線を戻した。
今日の任務も、これまでと変わらない。
ワクチンの輸送。
目的地は、橋からさらに奥へ進んだ場所にある第三病院だった。
そこもまた避難所として使用されている。
テラグリジアから逃げてきた人々が集まり、医療スタッフは負傷者や感染者の対応に追われていた。
当然、ワクチンの消費も早い。
「これで第三病院の分は足りそう?」
シェリーが後部座席のケースへ目を向ける。
「しばらくはな」
スティーブが答えた。
「クレアが必死に調整してくれてる。製造施設も、今はほとんど止めずに動かしてるらしい」
「クレア、本当に休んでるのかな」
「たぶん休んでない」
「やっぱり……」
シェリーが苦笑した。
「そういうところ、変わらないよね」
「ああ」
スティーブも笑う。
短いやり取りだった。
だが、二人とも分かっていた。
このワクチンが、ただの医薬品ではないことを。
テラグリジアでは、一つのケースが人の生死を左右する。
だからこそ、届ける必要がある。
「見えてきた」
スティーブが窓の外を指した。
前方に、第三病院の建物が見えてきた。
病院の周囲には簡易バリケードが設置され、入口付近には警備にあたる隊員の姿がある。屋上にはヘリの着陸スペースも確保されていた。
「着陸するよ」
シェリーが機体を降下させる。
ローターの風が屋上に溜まった埃を巻き上げた。
ヘリがゆっくりと着地する。
エンジンが止まると、病院側の職員がすぐに駆け寄ってきた。
スティーブが後部座席からワクチンケースを取り出す。
「第三病院への補給分だ」
「ありがとうございます」
職員が両手でケースを受け取った。
その表情には、明らかな安堵が浮かんでいる。
「これで、何人かでも助けられます」
「頼んだ」
「はい」
いくつかのケースが病院の中へ運び込まれていく。
シェリーはその背中を見送った。
これで今回の目的は達成した。
「じゃあ、私たちは戻ろう」
「そうだな」
二人はヘリへ戻った。
シェリーが操縦席に座り、スティーブが隣へ乗り込む。
エンジンが再始動し、ローターが回転を始めた。
やがて機体が屋上を離れる。
「今回も、何事もなく終わりそうだね」
シェリーが呟く。
「そうだといいな」
スティーブが笑った。
その直後だった。
シェリーが窓の外へ視線を向ける。
遠くの空に、小さな影があった。
「……スティーブ」
「ん?」
「何かいる」
スティーブがそちらを見る。
影は、急速に大きくなっていた。
「UAV?」
「みたい」
機体の輪郭が、次第にはっきりしてくる。
軍用機にも見える。
しかし、識別できる所属表示はない。
「味方じゃないな」
スティーブが操縦席の計器を確認する。
「通信は?」
「反応なし」
シェリーの表情から笑みが消えた。
UAVが速度を上げる。
「……嫌な感じがする」
次の瞬間。
機体から何かが放たれた。
「来る!」
スティーブが操縦桿を切った。
ヘリが大きく傾く。
攻撃が機体のすぐ脇を通り過ぎ、空中で爆発した。
「アークに連絡!」
シェリーが無線機へ手を伸ばす。
「こちらシェリー! UAVから攻撃を受けている!」
しかし、返答はない。
「応答して!」
ノイズだけが返ってくる。
その直後だった。
機体が激しく揺れた。
「くっ!」
スティーブが操縦桿を握り直す。
警告音が鳴り響いた。
「被弾した!」
計器の一部が赤く点滅する。
ヘリが大きく傾いた。
「スティーブ!」
「分かってる!」
スティーブは必死に機体を立て直そうとする。
だが、操縦への反応が明らかに鈍い。
高度が落ちていく。
「このままだと墜落する!」
「分かってる!」
スティーブは眼下を確認した。
建物が密集している。
道路もある。
だが、着陸できる場所はほとんどない。
シェリーが周囲を見渡した。
「……あそこ!」
少し先に、比較的広い屋上が見えた。
「ビルの屋上!」
「見えてる!」
スティーブが機体をそちらへ向ける。
ヘリは高度を失いながらも、なんとか屋上へ近づいていく。
「降りるぞ!」
機体が屋上へ接触した。
激しい衝撃。
「うわっ!」
ヘリが跳ね、そのまま屋上を滑っていく。
ローターが悲鳴のような音を立てる。
屋上の端が迫ってくる。
「止まれ……!」
スティーブが操縦桿を操作する。
しかし、機体は止まらない。
次の瞬間、ヘリの機体が屋上の縁へ激突した。
機体の一部が引っ掛かり、辛うじて落下を免れる。
「今だ!」
スティーブが叫んだ。
二人はシートベルトを外し、急いで機体から飛び出した。
「こっち!」
シェリーが安全な場所へ走る。
スティーブも続いた。
二人が十分な距離まで離れた直後だった。
金属が軋む音が響く。
「……!」
ヘリを支えていた機体の一部が外れた。
次の瞬間、ヘリは屋上から滑り落ちていった。
二人は何も言わず、その様子を見ていた。
機体が建物の下へ消える。
しばらくして、遠くから大きな破砕音が響いた。
スティーブが息を吐く。
「……生きてるな」
「うん」
シェリーも頷いた。
それだけで十分だった。
だが、安心している暇はない。
シェリーは自分の装備を確認した。
「……無線は?」
「俺のもない」
スティーブがヘリを見る。
いや。
もうヘリは見えない。
「ヘリの中ね」
「そういうことだ」
二人は周囲を見回した。
高層ビルの屋上。
周囲には同じような建物が立ち並び、その向こうにテラグリジアの街が広がっている。
ここからでは、自分たちがどこにいるのか正確には分からない。
「通信手段はなし」
「了解」
「救援要請もできない」
「了解」
「移動手段もない」
「それも了解」
シェリーがスティーブを見る。
「……最悪だね、でもラクーンシティよりだいぶまし」
「……最悪だな、でもロックフォート島よりだいぶまし」
お互い笑いあう。
それに、完全に手ぶらというわけではない。
シェリーは腰の装備を確認する。
トマホーク。
ハンドガン。
予備弾薬。
そして、ベロニカワクチンが三本。
さらに、小さなケースに収めていたエルピスが一本。
「ワクチンは?」
スティーブが尋ねた。
「三本ある」
シェリーが確認する。
「エルピスも一本」
「全部持ち出せたか」
「うん」
スティーブも自分の装備を確認する。
二丁のハンドガン。
それぞれの予備弾薬。
それだけだった。
「第三病院に届けた分は?」
「全部渡した」
「なら、それでいい」
スティーブは立ち上がった。
「必要なものは必要な場所に置いてきたんだ」
シェリーが彼を見る。
「そうだね」
それは強がりではなかった。
少なくとも、ワクチンを届けるという目的は達成した。
問題は、その後だ。
「ここからどうする?」
シェリーが屋上の出入口を見る。
「まず下へ降りる」
「地上に戻って?」
「ああ」
スティーブは街を見下ろした。
「どこかにEUかFBCの部隊がいるはずだ。公衆電話か病院、避難所を見つければ、そこから連絡手段を確保できる」
「でも、ここがどこなのか分からない」
「だから歩いて確認する」
シェリーは小さく息を吐いた。
「徒歩でテラグリジアを横断、か」
「ヘリより遅いけどな」
「それ、今言う?」
「もっと笑えよ」
スティーブが肩をすくめる。
シェリーは呆れたように彼を見る。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「……そういうところ、スティーブらしいね」
「褒め言葉として受け取っておく」
二人は屋上の出入口へ向かった。
扉の前で、シェリーが足を止める。
銃を抜いた。
「どうした?」
「分からない。でも……」
彼女は扉の向こうへ耳を澄ます。
何も聞こえない。
それでも、ここが安全だとは限らない。
「昨日まで、街中にB.O.W.がいた」
「そうだな」
「ここにもいるかもしれない」
「なら、確認してから入る」
スティーブも銃を構えた。
二人は互いに頷く。
シェリーがゆっくりと扉を開けた。
暗い階段が、下へ伸びている。
誰もいない。
少なくとも、今のところは。
「行こう」
「うん」
二人は階段を下り始めた。
無線はない。
ヘリもない。
地図も十分ではない。
頼れるのは、手元に残された武器と、互いの判断だけだった。
それでも、二人は歩き出した。
テラグリジアの街の中へ。
自分たちの足だけで、帰るために。
◆
ホテルの一室を利用した臨時指揮所に、ハンクたちが戻ってきた。
長時間の偵察を終えた隊員たちは、それぞれ装備を下ろし、ようやく一息つこうとしていた。その時、机の上に置かれていた無線機が鳴った。
『ハンク』
聞き慣れた声だった。
「クレアか」
『聞こえている?』
「ああ」
『すぐに戻ってきて。話がある』
普段より少し硬い声だった。
ハンクは短く返事をする。
「了解」
無線が切れる。
ハンクは周囲を見渡した。
「全員、集合だ」
休憩に入ろうとしていた隊員たちが顔を上げる。
それから十数分後。
ホテルの一室には、ハンクの部隊が再び集まっていた。
壁際にはテラグリジアの地図が貼られ、机の上にはこれまでに届いた報告書が積み重なっている。隊員たちは何があったのか分からないまま、ハンクの言葉を待っていた。
ハンクは一枚の報告書を手に取った。
「アークから連絡が入った」
それだけで、室内の空気が引き締まる。
「スティーブとシェリーのヘリが、UAVから攻撃を受けた」
「……攻撃?」
誰かが聞き返した。
「ああ」
ハンクは淡々と続ける。
「二人は第三病院へのワクチン輸送を終え、帰還中だった。その途中でUAVに襲撃された」
「それで、二人は?」
「攻撃を受けた後、連絡が途絶えた」
沈黙が落ちた。
何人かの隊員が、互いの顔を見る。
「墜落した可能性は?」
「高い」
ハンクは即答した。
「ただし、墜落地点はまだ特定できていない」
「だったら探しましょう」
一人の隊員が立ち上がった。
「俺たちが行きます」
「待て」
ハンクが制止する。
「でも――」
「勝手に動くな」
声を荒らげたわけではない。
それでも、ハンクの一言で隊員の動きが止まった。
別の隊員が拳を握る。
「……スティーブは、いいやつなんです」
普段なら、こんなことを口にする男ではなかった。
「俺たちが何者か知ってるのに……それでも普通に接してくれるんです」
誰も口を挟まない。
「親を俺たちU.S.S.に殺されたのに、そんな態度を見せない。俺たちと一緒になって馬鹿やって……まるで、そんなことを気にしてないみたいに」
その声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「シェリーだってそうです」
別の隊員が続ける。
「あのバーキン博士の娘とは思えないくらい、普通の子ですよ。俺たちにも気を遣わないし、あいつ達がいると妙に場が明るくなる」
「分かっている」
ハンクが静かに言った。
「だからこそ、勝手に動くな」
隊員たちは黙った。
ハンクは地図へ視線を向ける。
「俺たちには任務がある。橋の警護、避難民の護衛、周辺のB.O.W.の掃討。今ここで部隊全員が捜索に出れば、そのどれかが手薄になる」
「でも……」
「分かっている」
ハンクは隊員を見る。
「お前たちが二人を心配していることも、探しに行きたいこともな」
少しだけ間を置いた。
「だが、感情だけで動けば、別の誰かを危険にさらす」
隊員たちは俯いた。
正論だった。
今のテラグリジアでは、一つの判断が何人もの命を左右する。
それでも、ハンクは続けた。
「だが、捜索をしないとは言っていない」
隊員たちが顔を上げる。
「……え?」
「クレア社長が調整してくれた」
ハンクは腰の装備を確認する。
「俺が捜索に行く」
「ハンクさん一人で?」
「ああ。それが今できる限界だ」
「危険すぎませんか」
「二人が生きている可能性があるなら、行く価値はある」
それだけ言って、ハンクは部屋を出た。
残された隊員たちは、しばらく何も言えなかった。
やがて一人が小さく呟く。
「……無事でいてくれよ」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
だが、全員が同じことを考えていた。
スティーブも、シェリーも、生きていてほしい。
それからしばらくして。
ホテルの入口が開いた。
「ハンク」
クレアが入ってくる。
「社長」
装備を整えていたハンクが振り返った。
クレアはそのまま彼の前まで歩いてくると、隣に立つ存在へ視線を向けた。
「この子も連れて行って」
ハンクの視線が下へ落ちる。
そこには、一頭の犬が座っていた。
中型犬より一回り大きく、鍛えられた身体を持っている。
見覚えのある犬だった。
「……シェリーの犬か」
「ええ」
クレアが頷く。
犬はハンクを見上げている。
騒ぐこともなく、ただ静かに彼の顔を見つめていた。
「シェリーとずっと一緒にいる子よ」
ハンクは黙って犬を見る。
ただのペットではないことは知っていた。
ラクーンシティ事件の後、この犬にはリサによってウイルスが投与された。そして、そのウイルスに適応した特殊な個体として生き残っている。
その後もシェリーと共にアークの警備部門で訓練を受け、B.O.W.との戦闘も経験していた。
単独のリッカー程度なら、十分に相手にできる。
「シェリーが連れて行くことも多かったでしょう?」
「ああ」
ハンクは頷いた。
「なら、匂いを追える可能性がある」
「そう思ってる」
クレアは犬の前にしゃがみ込み、その頭をゆっくり撫でた。
「シェリーを探してあげて」
犬はクレアを見つめた。
その後、ゆっくりとハンクへ視線を移す。
ハンクはしばらく犬と見つめ合った。
まるで、互いにこれから何をするのか確認しているようだった。
「……分かった」
ハンクは犬の首輪を確認する。
「連れていく」
「ありがとう」
クレアが立ち上がる。
そして、ほんの少しだけ表情を曇らせた。
「二人をお願い」
「了解」
ハンクは最後に弾薬を確認し、ハンドガンを腰へ収める。トマホークの位置を確かめ、
必要最低限の装備だけを身につけた。
犬がその横に並ぶ。
「行くぞ」
ハンクが歩き出すと、犬もすぐに後へ続いた。
ホテルの外へ出る。
夜のテラグリジアには、まだ遠くで銃声が響いていた。
橋では避難民の移動が続き、病院では感染者の治療が続いている。
街のどこかでは、今もB.O.W.が徘徊している。
そんな中で、二人の行方を追わなければならない。
ハンクは無言で前方を見る。
墜落地点について、大体の目星はついている。
あの二人なら、簡単には死なない。
そう信じるしかなかった。
犬が突然足を止めた。
ハンクも立ち止まる。
「……どうした?」
犬は鼻を上げ、夜の街へ向かって静かに匂いを探っている。
やがて、何かを感じ取ったのか、再び歩き始めた。
ハンクはその後を追う。
今度の任務は、敵を倒すことではない。
救出でも、掃討でもない。
ただ、仲間を見つける。
それだけだった。
ハンクは犬と並んで、テラグリジアの街へ入っていった。