気まずい沈黙が流れる中、大通りの方から騒がしい子供たちの声が聞こえてきた。
「どこに落としたんだよ!」と口々に騒ぎ立てる声に、ぐずるような泣き声が混ざっている。
「ねぇねぇ、あっち。なんかざこどもが揉めてるじゃん」
真夜に促されるままにタロウが視線を向けると、見覚えのある少女、朝日の姿が目に入り、
片眉がピクリと跳ね上がった。
そこでは朝日が、自分よりさらに幼い、帽子を被った少女を必死に慰めているところだった。
「へぇー? 知ってる子なんだ?」
タロウの一瞬の動揺を見逃さず、真夜がニヤニヤしながら尋ねる。
「知らん……」
「ふ~ん……! いっひひ~、怪しすぎ〜!」
何かを閃いた真夜は「ちょっと野次馬してくるね〜!」と言うが早いか、
朝日たちの方へと飛んでいき、すぐに戻ってきた。
「わかっちゃったよ〜! なんかね、栗色の髪の子『朝日ちゃん』が言うにはね、
お買い物のメモを落としちゃったんだってさ。だっさーい!」
そう言って、真夜はニンマリと意地の悪い笑みを浮かべ、タロウの顔を覗き込んだ。
「ねえねえ、ざこお兄ちゃん。あの子たちのヒーローになってあげなよぉ〜? ほらほら!」
「……」
タロウは無言のまま、泣きじゃくる少女を懸命に宥めている朝日の姿をじっと見つめた。
「……」
やおら、タロウは路地裏に寝そべっていた一匹の野良猫に近づき、その意識に波長を合わせた。
すると、猫は前足をすっと上げ、ある一点を指し示す。
タロウがそこへ向かうと、隙間にしわくちゃの紙切れ――メモが落ちていた。
それを回収したタロウの後ろで、真夜が大騒ぎを始める。
「え!? 何それ!? 猫と会話とかオカルトじゃん!
え、ざこのくせにそんな凄いことできるわけ!?
わ~、おもしろそ~! こんどあたしにもやらせてよ!」
騒がしい幽霊を完全に無視し、タロウは子供たちの集まる場所へと歩き出した。
そしてすれ違いざま、泣きじゃくる少女の帽子のリボンに、音もなくメモを差し込み、
そのまま何事もなかったかのように通り過ぎる。
タロウが離れてすぐ、騒いでいた男の子の一人が少女の頭部に気がついた。
「あ! なんだよ、そこにあるじゃんか!」
男の子が大声を上げると、周囲の子供たちもどっと沸き立つ。
「よく探せよ~!」「あってよかったじゃん!」「いや~、そこは盲点でしたねぇ」
安堵の声を上げる子供たちの中で、朝日だけが、静かに雑踏へ消えていく男の背中を見つめていた。
(今の人……ひょっとして……?)
「いっひひ~、ざこお兄ちゃんのくせに生意気なヒーローごっこしちゃってさぁ、タロウ」
「……フン」
そんな二人のやり取りもまた、にぎやかな街の雑踏の中へと消えていった。
~~~~~~
都会の喧騒から隔絶された、廃ビルの薄暗い一角。
打ち捨てられた資材が転がるコンクリートの床に、タロウは静かに腰を下ろし、
その横で真夜は「あたし、ちょっと探検してくるね~」とそのまま壁を抜けてどこかに行ってしまった。
自由気ままな真夜を見送り、タロウは先程の状況を考え始めた。
体に損傷はないが、真一によって全身に刻まれた敗北感だけが、冷たく皮膚に張り付いている。
真夜から聞いた『アクマのちから』、『契約者』、『虚構世界』、『精神世界』。
そして『真実を探せ』とは。
「アイツの言葉だけでは情報が足りない……迂闊な決め付けは命取りになるかもしれない。
この件はこれ以上考えても仕方ないか……」
タロウは目を閉じ、これまでの情報を手繰り寄せ、脳内で整理し始めた。
「……下井、清太」
あの男が、単なる人身売買組織の顧客であったはずがない。
表向きは華々しい青年実業家。だが、その足元は犯罪組織の資金源に支えられていた。
一体どこまで行ったのか、真夜は戻らずにいた。
そんな廃ビルの錆びた鉄扉が、不意に、小さく軋んだ。
タロウは身を沈めて視線を走らせる。
現れたのは、小さな影だった。
「あ、いたいた! タロウさん!」
フードを被った朝日は、タロウを見つけると、以前、子供たちといた時の、
おねえさん然と違い無邪気な笑顔を咲かせた。
その手には、不格好な包みが握られている。
「さっき、助けてくれたでしょ?それでお礼をしにきたの!」
タロウはゆっくりと姿を現し、無感情な瞳で少女を見下ろした。
そしてただ、問いかけた。
「なぜここが分かった」
朝日はとくに気圧される様子もなく、袋から猫のイラストのアクリルキーホルダーを取り出して差し出した。
「……こっちに向かうのが見えたから……ここ、ボクたちの秘密基地だったんだ。
だから、たぶんここかなって思って……。
それでね、これ……バザーにも出した、手作りのやつなんだよ?でもボク、不器用だから……形、変になっちゃった」
「…………そうか」
タロウは短くそれだけ答えると、アクリルキーホルダーを見つめ。
ただ静かにそれをポケットへとしまい込んだ。
~~~~~~
情報収集のため、タロウがとある街角に佇むと、視線の先で巨大な街頭ビジョンが眩しく発光していた。
「LIVE」と赤く表示された画面に映し出されているのは、ガラス張りの立派な自社ビルを背景に、無数のマイクを向けられている一人の男の姿だった。
『――過去に上司の横領を暴き、内部告発者として一躍注目を集め、現在は若手実業家として多方面で活躍されている代表、下井清太さんです――』
「うげっ」
何気なく街頭ビジョンを眺めていた真夜が突如、苦虫を噛み潰したような顔をして声を漏らした。
画面の中の清太は、いかにも好青年といった爽やかな笑顔を浮かべている。
真夜の急激な豹変を不審に思い、タロウが『霊の眼』を開いて清太へ眼差しを向ける。
すると――清太の周囲の空間が、あの時の真一と同様に、不自然にぐにゃりと揺らいでいた。
「お前もか……」
タロウは無表情のまま、手元の情報端末へ視線を落とした。
液晶の冷たい光が、タロウの端正な横顔を白く照らし出す。そこに表示されているのは、表のメディアが報じる華やかな姿とは真逆の、不正と犯罪に塗れた生々しい記録だった。
・会社資金の横領履歴
・複数の裏口座リスト
・実体のないペーパーカンパニーへの不審な送金記録
タロウの肩越しに画面を覗き込んでいた真夜が、「うわぁ……。何これ、真っ黒じゃん……」と引き攣った声をこぼす。
タロウは無言で端末をポケットへと収めた。その瞳には感情の起伏すらなく、ただ深く、暗い淵のような静寂だけが湛えられている。
「……清太……」
掠れた低い声が、夜の雑踏のノイズに溶けて消えていく。
頭上からは、テレビの欺瞞に満ちた音声だけが、虚しく流れ続けていた。
『――下井社長は、今回の児童養護施設の事件を受け、いち早く多額の寄付と地域社会への貢献を表明されており――』
第4話 END