第5話
――宵闇に染まる高層ビル群。
「うわぁ……今日もあの男のストーカーするわけ?
ざこお兄ちゃんってばホント陰気くさーい」
本来であれば真っ先に真一を狙いたい所であったが、あれ以来真一には近づくことはおろか姿さえ見なくなっていた。
真一の居場所が掴めないため、次に狙いを定めたのは清太だった。
情報を得るべく、タロウは真夜と共に、自社ビルから出てきた清太を、雑踏の影から静かに尾行していた。
清太はいつものように取り巻きの社員たちを伴い、周囲に愛想のいい笑みを振りまきながら歩いている。
その姿からは、人身売買組織が壊滅した焦りなど微塵も感じられない。
ハッキングで得た横領のデータはある。だが、決着はこの手で付けたかった。
「ねーえー、成果ゼロなんだからもう帰りなよー。 どうせ今日もなーんにもできないんでしょ? それよりあたし、朝日ちゃんが見たいなー!」
成果がまったく無いことと真夜の言動に、苛立ち、「帰りたければ!一人で帰れ!」と怒鳴りこんだ、
その時だった。
「……ひっ、……あ、あ、ああ……っ!」
「うっわ、なになに!? びっくりさせないでよ!」
タロウと真夜の背後、誰もいないはずの路地裏の闇から、鋭い悲鳴が上がった。
振り返ると、そこにいたのは半透明の姿をしたワイシャツを着た一人の幽霊だった。
その霊は、遠ざかる清太の背中を見つめ、ガタガタと歯の根も合わないほどに怯え、震えている。
「あれ? こんなところに新しい幽霊なんていたっけ? めちゃくちゃビビり散らかしてじゃん、
ダサ〜い」
真夜が疑問をタロウへと投げ掛けていると。
幽霊は、狂乱したようにその場に平伏した。
「……あああああ!」
「も、申し訳、ありません……っ、社長、申し訳、っ……! ……ほんの好奇心だったんです、
それが盗まれた王冠だったなんて……!」
その眼眸は、常軌を逸した恐怖に染まりきっている。
真夜は首をかしげて幽霊の顔を見ていた。
タロウも眉を潜め、冷静にその狂態を見下ろしていた。
「なーにが王冠よ。幽霊のくせに中身スカスカの頭でおとぎ話でも妄想してんの? ウケるー!」
「王冠?」
「痛い! やめ、やめてっ……!」
「あ、あ、あぁぁぁ……っ、う、うあぁ……!」
幽霊は問いに答える余裕すらないのか、頭を抱えてのたうち回る。
幽霊は血を吐くような悲鳴を上げながら、ガチガチと鳴る指先で、清太の自社ビルの重厚なガラスドアを指し示した。
その瞬間――ビルの入り口の周囲で、空気がぐにゃりと波打つように歪んだ。
それを見た真夜は、突然大声をあげ。
「なにあれ……空間が、歪んで……。でも、あれが『入り口』だよ、きっと……。
前の奴も、あんなカンジのに入っていったの。……あたしが、ちゃんと見てたんだから……!」
タロウは無言のまま、幽霊が指し示したビルのドアへと歩み寄り、一歩を踏み出す。
後方では真夜の、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよー! 置いてくな……ふぎゃっ!?」
と声だけがしていた。
次の瞬間、歪んだ空間の入り口を通り抜ける。同時に、景色が劇的に反転した。
内部に入ったタロウが最初に感じたのは強い不快感。
そしてあちらこちらの空間が歪んでいる、歪なビル内であった。
タロウの眼前には、入り口を指し示した幽霊の生前の姿だろうか。
社員証を身につけた男が床に額を擦り付けながら、
血を吐くような声で清太に土下座をしているノイズ交じりの場面だった。
「私はただ、社長がなにをしているのか気になって……。でもそれがまさか報道されていた、
盗まれた王冠だったなんて」
「あ、違います!別に告発とかしようなんて考えていません」
ザザザ―――。
空間にノイズが奔り、場面が変わった。
「―――窃盗罪容疑で逮捕する。」
「信じてください……!王冠なんて盗んでいません!は、離して…………!や、やめて……! 」
そして、清太の手によって無実の罪を着せられ、すべてを奪われた男の最期の映像だった。
「清太!お前はまたやったのか!!」
怒気と共に歩き出すタロウ。
高層ビルの最上階へ向う階段を登り、次のフロアへと到着するタロウ。
だだっ広いフロアのあちらこちらには、ショーケースに入った、
あるいは乱雑に積み上げられた、目を疑うほどの大量の宝飾品。
床に転がる金貨、異常な輝きを放つティアラやネックレス。
壁一面を埋め尽くしているのは、清太の「偉業」を飾るものばかり。
巨大な表彰状、数々のトロフィー、著名人と握手を交わす清太の巨大な肖像画。
そのすべてが、異様な自己顕示欲を放ちながら壁に並べられている。
ジリジリと耳障りなノイズを立てながら、天井のスピーカーがひとりでに起動する。
スピーカーから流れるのは、大勢の群衆が手を叩き、清太を狂信的に讃える歪んだ音声。
『素晴らしい……! さすがは我らが下野清太社長だ!』
『あなたこそが正義! あなたこそがこの世界の支配者だ!』
空間に反響する、耳を劈くような拍手喝采と歓声。
「クソが!なんだここは!!」
いらだち混じりにタロウは壁を蹴飛ばした。
しかし、衝撃音すら響かなかった。
ひび一つ入らない。
まるで最初から、そこに存在していないかのようだった。
空間が激しく明滅し、清太の過去が歪んだスクリーンとなって連続で映し出される。
カット1: 頭を抱えて絶望する上司の姿。その横から、笑顔で別の書類を差し出す清太の手。
カット2: 社員の部下が警察に連行されていく後ろ姿。それを会社の窓から、冷酷に見送っている清太の顔
カット3: ATMの画面、あるいはスマホの画面。通帳の数字が不自然な速度で爆発的に増えていく
カット4: 画面に映る「裏口座への送金完了」のシステム文字。
カット5: フラッシュの光。高級料亭で、大物政治家と愛想よく握手を交わす清太。
カット6: 絢爛豪華な接待の席。周囲に合わせて高らかに笑う清太のアップ。
(映像がテレビモニターの画面になり、ニュース番組の冷淡なナレーションが重なる)
(ナレーション):
『続いてのニュースです。昨日未明、博物館から盗まれた、中世の王が戴いたとされる黄金の王冠。王権の象徴として知られる文化財――』
カット7: 夜の博物館。静まり返った展示室。
カット8: 【王権の象徴 / 黄金の王冠 / 〇〇王朝時代】と書かれた展示プレートのアップ。
カット9: パリン、とガラスケースが割れ、手袋をはめた清太の手が、その黄金の王冠を強欲に掴み取る。
カット10: 社長室。自慢げに、棚の一番目立つ場所に王冠を飾る清太。
カット11: 振り返る清太。ドアの隙間から、それを目撃してしまった部下の男と目が合う。
カット12: 暗い室内。清太の手元――ゴルフクラブが鈍く光る。
カット13: 躊躇なく、ゴルフクラブを真下に振り下ろす清太の腕。
カット14: 「下民が!」と言いながら服に付いた返り血を必死な顔で拭っている清太。
カット15: 赤い警光灯のフラッシュ。夜の闇に響くパトカーのサイレン。
カット16: 警察に両腕を掴まれ、「私じゃありません! 信じてください!」と声にならない叫びをあげて抵抗する部下
カット17: 連行される部下を背に、カメラに向かって、
ゾッとするほどの「笑顔」を浮かべる清太のアップ。
バツン!と映像が途切れ、現実の精神世界へ戻る
過去の映像がノイズと共に弾け飛ぶ。
「ああああ!!」
タロウは絶叫と共に奥へと走り出していた。