静まり返ったフロアの最奥。
そこは、周囲の歪んだ空間すらも吸い込まれるような世界。
部屋の中央、スポットライトを浴びるように鎮座する、大理石の豪華な台座。
その上には、異様な存在感を放つ「巨大な黄金の王冠」が置かれている。
まばゆいばかりに豪華で、息をのむほど美しい。
タロウは脇目もふらずに台座へ近づいていく。
足が台座に近づくにつれ――王冠の輝きが不気味に変色していく。
美しいはずの黄金の表面から、ドロドロとした黒い影が染み出し、陽炎のように立ち上る。
それは、清太によって陥れられ、すべてを奪われてきた、『苦しむ人々の怨嗟の思念』だった。
虚空に浮かび上がる、無数の苦悶の表情、すがりつくような無念の手。
「これが、奴によって陥れられたヤツらか!!」
ふと、台座の脇に目をやるタロウ。
そこには、前に見た映像にも登場した、あの「接待用の高級ゴルフクラブ」が、
美術品のようにスタンドに立てかけられている。
タロウは、無言でそれを手に取った。
ずっしりとした金属の重みが、不思議なほど自然に掌へ馴染む。
「こいつで!この胸糞悪い王冠を破壊してやる!」
ゴルフクラブを両手で強く握りしめた、その瞬間――!
『痛い! やめて……っ!』
『私じゃありません! 信じてください!』
『返せ……俺の人生を返せ……っ!!』
脳裏を直撃する、張り裂けんばかりの苦しみと嘆きの絶叫。
それは、このゴルフクラブで暴行され、人生を狂わされた者たちの「最後の記憶」そのものだった。
あまりの負の感情の奔流に、タロウの脳内に激しいノイズが走る。
しかしタロウは、奥歯を噛み締め、さらに強くクラブを握り直す。
その瞳には、激しい怒りの炎が宿っていた。
王冠を見据え、ゴルフクラブを高く振り上げるタロウ――。
振り上げられたゴルフクラブ。
その鈍い光を反射し、台座の巨大な王冠の上がぐにゃりと波打つ。
そこから、現実世界のどこかにいるはずの『清太』の全身像が、歪んだホログラムのように浮かび上がる。
よほど大切なモノなのか、本性を剥き出しにした清太の醜悪な叫びが、空間に響き渡る。
「薄汚い手でそれに触るんじゃねー!!」
タロウは、その罵声を受け止めながら、ゆっくりとゴルフクラブを構えたまま――
フッと冷たい笑みを浮かべる。
「……それがお前の本性か!いつもの軽薄な顔よりもハンサムじゃないか?……なあ!」
「ああ!? テメー何言ってやがる? アレか? 俺様の養分になったヤツの……身内かなんかかよ?」
「おいおい、寂しいことを言うなよ……俺を忘れたか?」
次の瞬間、タロウの顔にパチパチと激しい視覚ノイズが走る。
ノイズの向こうで、タロウの顔がゆっくりと変化していく。
清太は、その顔を見た瞬間、目を見開いて硬直する。
「お前、何で……? ……死んだはずじゃ!?」
一郎の顔から、再び冷徹なタロウの姿へと戻る。
タロウは王冠を見下ろしたまま、低く冷え切った声音で告げる。
「んなこたぁ、どうでもいいだろーが?それよりも、この王冠、壊すとどうなる?
さっきの顔でわかったが、お前にとって、大切なモノなんだろ?その、ツラがどう歪むか、
ぜひ拝ませてくれよ!」
その言葉は、清太にとって死刑宣告に等しかった。
プライドも虚勢もすべてが吹き飛び、清太はみっともなく両手を突き出して、必死に言葉をまくしたて始める。
「いや、あの、謝ります……っ! すみませんでした先輩!! ツラがどう歪むとか、拝んでみたいなんて先輩らしくないですよ。ほら、あの……いつも俺のこと助けてくれていたじゃないですか? あ! そうそう煮物! 大根のヤツ……あれ? かぼちゃでしたっけ!? と、とにかく美味かったじゃないですか! へ、へへっ……」
「そ、それに俺も真一のヤツに騙されていたんですよ、ホントですって! あ!
そうだ! いい事思いつきました!」
「俺も協力しますよ! そ、それで真一のヤツを一緒にぶったおしましょうよ!ね!
それでいいじゃないですか!」
「……それで、あの……王冠……なんですが。
重要なモノなんで、あの……離れてもらっていいですか?」
へつらい、必死に媚びを売りながら、かつての「部下」の顔に戻って言い訳を重ねる清太。
しかし、そんな清太の醜態を視界に入れながら、タロウの顔は激情を宿したままだった。
清太の言葉が完全に途切れる。タロウの圧迫感に、清太の顔が恐怖で再び引きつる。
タロウは何も言わず――ただ、ゴルフクラブを握る腕にみしりと力を込め、
一気に振り上げた。
その瞬間――。
清太「ヒヒッ……――」
清太の奇妙な笑い声が響き渡る――。
タロウが容赦なくクラブを振り下ろそうとした、まさにその時――。
――チャリッ。
床に、小さな金属音が鳴り響いた。
「!?」
何かが落ちた音の正体を確かめようと視線を向けると、
そこには朝日がくれた猫のイラスト入りの『アクリルキーホルダー』が転がっていた。
それが視界に入った瞬間、頭を覆っていた熱が、嘘のように引いていく。
「(あれは……あのときの? ……なぜ俺は、あんなにもイラついていたんだ?
いや、それよりコイツ……今、笑っていなかったか? 王冠を壊させるのが目的……?ならば――)」
「ガキンッ!」