「勝った!! ざまぁみろ……! ……はぁっ!? なんでだ……?」
「はぁー……はぁー……」
タロウは咄嗟に王冠への軌道をずらし、ゴルフクラブを床へ叩きつけていた。
頭を上げた清太の顔には、口角を吊り上げた自信満々の笑みが張り付いていた。
しかしよく見れば、その瞳は想定外の事態に唖然とし、激しく揺れている。
幾分か冷静さを取り戻したタロウは、そんな清太を横目で見やった。
「その顔……。どうやら王冠を壊すと何かが起きるらしいな。
この場合は俺というか……壊そうとした『誰か』に、か?」
「何、平静になってんだよ!……オマケに引っかかりもしねー! なんなんだよ、
このカスが!! 俺様がわざわざ演技までしてやったのに! クソが!」
「……ちっ! まぁいいさ」
「どのみちテメーにやれることなんて何もねぇよ。見逃してやっから、とっとと消えろ……」
シッシッ、と手で追い払うような仕草を見せる清太。
その様子に疑問を抱いたタロウは、思考を急速に回転させた。
(キレたと思えば、今度は見逃す? しかも『平静になった』ことを、なぜそこを気にする……?そういえば、なぜ俺はあれほど冷静さを失っていたんだ? 確かに胸糞悪い映像は見せられたが、我を忘れるほどじゃない。
思い返せば、この世界に入ってから……!?
あの時の女幽霊が言っていた『囚われるな』とは、そういうことか!
なら、清太が突然見逃すと言い出したのも何か訳があるはず……探ってみるか)
「なぁ、清太。……消えろと言うが、出口がわからないんだが?」
「あ?……ああ、ちょっと待て。今出口を作ってやるから、下民はそこから出て行け。
……それと、早く俺様の王冠から離れろ」
「(下民……さっきの映像にあったな。返り血で汚れた場所だったか? 血か……)
ところで、綺麗好きは相変わらずなのか?」
タロウからの唐突な質問に、清太は訝しむような表情を浮かべた。
「ああ? 今それと何の関係があんだよ! いいからさっさと王冠から離れろ!」
「知ってるか? 血ってのは、なかなか落ちないらしいぞ……」
「だから! さっきから何が言いたいんだよ! いつまで王冠の近くにいやがる、離れやがれ!!」
意図の読めない言葉に、清太の我慢は限界を迎えようとしていた。そんな相手に対し、タロウは――。
「わかった、わかった。今、離れるさ……ただ……」
清太からの再三の警告を受け、タロウは降参するように両手を挙げるフリをした。
その瞬間、硬質化させた自らの爪で、掌を深く切り裂く。
「ただ……この血まみれの手で、王冠に触れてからだー!!」
叫ぶと同時に、鮮血がべっとりと付着した掌を王冠へと叩きつけた。
その瞬間―――。
ピシッ―――。
王冠の表面から、静かな亀裂の音が響き渡った。
「テ、テメー! なにをーーー!!!」
絶叫する清太のホログラムの顔が、恐怖で極限まで歪んでいく。
「権威の象徴たる王冠を血で汚す、という手法が実際にあったかどうかは知らんが……
お前の『ソレ』には効果覿面だったようだな。……終わりだ、清太」
タロウはそれだけを言い放つと、自らの手首を躊躇なく切り裂いた。
その瞬間、清太の顔から血の気が引いた。
あたり一面に濃密な血臭が広がり、激しく噴き出す鮮血が、
巨大な黄金の王冠へと容赦なく振りまかれる。
次の瞬間――王冠は無数のひびを走らせ、粉々に砕け散った。
それと同時に、
歪んでいた高層ビルの空間がガラスのようにパリンパリンと剥がれ落ち、
光の粒子となって崩壊していく。
「ああああああああああああああああーーーっ!!」
空間の消滅とともに、清太の絶叫が深い闇の底へと吸い込まれていった。
******
いつもと変わらない夜の街。行き交う人々。
スーツ姿の会社員たちが飲んでいる。
店内の壁に備え付けられたテレビから流れるニュースキャスターの声が店内に響いていた。
『―――昨日、会社の資金を横領したとされる犯人が逮捕され―――』
その中の会社員の一人が、ビールグラスを持ったままピタリと動きを止め同僚に話しかけた。
「……そういやさ、アイツいたじゃん? 横領で捕まったヤツ」
「それがどうした?」
「あの横領事件さ……」
互いに顔を見合わせる会社員たち。
「そういえば……変じゃね? なんで俺たち、証拠もないのに、
アイツがやったってあんなに思い込んでたんだ?」
薄暗い部屋。
一人の刑事が、場の整理の為、埃をかぶった証拠品の入った段ボール動かしていたとき、
近くにいた同僚に話しかけた。
「これなんの事件だっけ……?」
「開けてみればいいんじゃないか?」
それもそうだと、刑事が段ボールを開け、その場で固まった。
「この証拠品……前からあるんだよな?」
「ああ、七年くらい前の事件だろ」
刑事がその証拠品を見つめ続ける。
「……なんで誰も今まで、これに気付かなかったんだ?」
夜遅くのオフィス。
ベテラン記者の部長が、古い縮刷版のスクラップをめくり、あるページで指を止める。
「これ……。五年前の、あの事件のネタじゃないか。なんで没になってた?」
隣にいた若い記者が、部長の持つスクラップを覗き込み尋ねた。
「部長」
「……」
「これ……記事にしますか?」
部長が、少し考えるように、静かに目を閉じる。
重苦しい沈黙。
そして、部長は目を開ける。
「……いや。記事に、”戻せ”」
ネオンがきらめく街並み。車のアスファルトを削る音。
世界は、まだ何も変わらない。
しかし、なにかが確実に変わり始めた。
第5話 END