■第6話
静まり返ったオフィス。
女刑事・正田法子は、デスクの上に広げられた膨大な資料の海と対峙している。
彼女の視線の先にあるのは、「5年前の新聞没記事」「7年前の王冠盗難事件」など、
一見無関係なようだがその全てに、『下井清太』が関係していた。
肝心の下井本人に話を聞こうにも突如として謎の変死を遂げたため、話を聞く事が出来なくなっていた。
法子、冷めた缶コーヒーを一口すすり、徹夜で充血した目をこする。
「……おかしい。この一連の事件の記録は……何かが変としかいいようがない。
それとも自分は何を見落としてる?」
法子、デスクのペンを手に取り、調査結果の時系列を繋ぐ線をホワイトボードに引き始める。
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〇 居酒屋
法子、パイプ椅子に座り、神妙な顔をした会社員から話を聞いている。
『本当に、なんで証拠もないのに元先輩が犯人だって思い込んでたのか、
自分でも分からないんです。まるで、それこそが正しいといわんばかりに……誰も疑わなかった』
〇 警察署・証拠保管室
薄暗い保管庫。法子は、同僚の刑事が差し出す7年前の証拠品を見つめている。
『この証拠品、ずっとここに置いてあったんだ。毎日この棚の前を通ってた。
なのに……なんで誰も、今までこれに気付かなかったんだ? 自分も含めてさ』
〇 新聞社・編集局
ベテラン記者が、5年前の古いスクラップを法子に見せる。
『この記事に”戻せ”と上に言われた。俺もそれが正しいと思う。
だがな、正田ちゃん。なんでこれが5年間も”没”になってたのか、俺自身もさっぱりなんだよ』
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ガタ、とペンを置く法子。
集まった全てのピースが、彼女の頭の中で一つの結論を形作っていく。
会社員の証言(証拠もないのに犯人だと思い込んだ)。
物的証拠品(目の前にあったのに誰も見ていなかった)。
古い没記事(存在そのものを忘れていた)。
「……証拠は、前からあった?記事も、証言も、最初からそこに……」
ホワイトボードの文字を見つめる法子の顔が、驚愕にこわばる。
「なのに、誰も見ていない。見ようとすらしていなかった。
……いや、違う。自分たち警察も、世間も、全員が見えないようにされていた……?」
法子は息を呑む。自身の導き出した結論が、あまりにも荒唐無稽としかいえないものであったからだ。
その時、静寂を切り裂くように法子のデスクの電話が鳴る。
ハッとして受話器を取る法子。
「はい、正田です」
受話器の向こうから、同僚の刑事がとんでもないことが起きたといわんばかりに大声で怒鳴り散らしてきた。
『正田! 下井のオフィスから、返却されたはずの王冠が見つかったんだ!
しかも今上がってきた鑑識の結果だが……オフィスで見つかった方が「本物」だ!』
「待ってください! 以前盗難騒ぎがあった時、犯人はすぐに捕まって王冠もその時に発見され、博物館へ返却されたはずです!
じゃあ、あっちの、今まで展示されていたあれは何だったんですか!?」
『鑑識もパニック状態だ!
あの時だってちゃんと調べて「本物」って結果を出してたんだよ!
だが、今現在の見解では、返却された方は「精巧な偽物」だったってよ!
なんでも、当時の担当者は全員、その時はこれが正しいと思ったとか何とか……。たくっ、訳がわからないぜ、くそったれ!』
「(同じ証拠を、同じ方法で鑑定した。なのに……結果だけが変わっている?
そんなこと、あり得るの……?待って。何かがおかしい。でも、そのおかしさの正体が、なんなのかわからない……!)」
『どっちにしろ、こいつはえらいことになるぞ! 警察の大失態だ!』
電話口で同僚はまだ騒ぎ立てていたが、法子の耳にはもはやその声は届いていなかった。
外の喧騒から隔離された、薄暗い廃ビルの一室。
タロウは机に向かい、ノートパソコンのモニターを見つめようとしたが――奇妙な同居人がそれを許さなかった。
「なーに置いてってくれてんのよ! この、あんぽんたん! ざこの分からず屋!」
タロウの耳元で騒ぎ立てているのは、かつてタロウの肉体を狙って返り討ちにあい、その後なぜか引っ付いてきた女幽霊の『真夜』。
「ひとりでこっそり楽しいことしてきたんでしょー?
あたしをのけ者にするなんて、サイテーじゃん!」
変な勘違いをしている真夜に、タロウは本日でも何度目かになる説明を、もう一度おこなった。
「ハァッ……何度も言うが、あそこは楽しい場所なんかじゃない。クズがいただけだ」
「うそばっかり! あたしにはお見通しなんだからね!
あそこから出てきたとき、ざこお兄ちゃんってば、
すっごくニヤニヤして、きもちわるーい顔してたじゃん!!
楽しんでたくせに隠そうとするとか、生意気~」
あながち間違いでもない真夜の指摘。
タロウが口を閉じると、真夜は再び、
「ほら、図星だから黙っちゃってさぁ。くやしい?ねー、くやしいー?」
と勝ち誇ったようにふんぞり返る。タロウはそのまま無視を決め込んだ。
ノートパソコンの画面の光が、彼の横顔を白く照らし出している。
画面に並ぶのは、清太のオフィスから引きずり出した無数のログ。
【横領】【裏口座】【架空会社】……。
彼がこれまで肥大化させてきた、醜悪ともいえる欲望のデータが並んでいる。
先程までの行動に飽きたのか、真夜がふよふよと浮かびながら、タロウの上からモニターを覗き込む。
「ふーん、あの男、全部バレちゃってやんの。ぷぷ。かわいそー!」