その時、鉄製の重いドアが勢いよく開き、部屋に明るい声が飛び込んできた。
「タロウさん!」
「あ! 朝日ちゃんだー! ヤッホーー!!」
朝日は両手に大きめの弁当箱を抱え、弾むような足取りで入ってくる。
返ってくるはずのない挨拶を返す真夜。
「ごはん持ってきたよ! 今日はボクが作ったんだ! きっとおいしいよ?」
「へーえ、タロウのくせに愛されてんじゃん。ざこお兄ちゃんの分際で生意気ー、いっひひ~」
期待に目を輝かせる朝日と、横から茶化す真夜。
しかし、タロウは画面から一切目を離さない。キーボードを叩く指も止めない。
「……後で食う」
「ダメ!」
「朝日ちゃんがせっかく作ってきたのに、食べられないとか、ざこ胃袋すぎ〜」
朝日はぷくっと頬を膨らませて前から、真夜は後ろから。タロウは二人に挟まれていた。
「今!すぐ食べて!」
「ほらほら~! 朝日ちゃんも怒ってるよ?
後ろから逃げられないように固めてあげるからさぁ、観念して今すぐ食べなよ!
この分からず屋のざこざこお兄ちゃん~!」
タロウ、キーボードの上に指を置いたまま、動かない。
部屋を支配する、短い、静かな沈黙――。
タロウは画面を見つめたまま、小さく、諦めたようにため息をついた。
そして、カチャリと静かな音を立ててノートパソコンを閉じる。
タロウは椅子を回し、朝日が差し出してきた弁当箱を受け取る。
蓋を開けると、いびつながらも一生懸命に作られたおかずが並んでいる。
朝日は一歩身を乗り出し、期待いっぱいの表情でタロウの顔を覗き込む。
その横で真夜も、タロウの反応をニヤニヤと楽しそうに眺めていた。
「どう? どう?」
「アハハ! いびつなおかず〜!
でもタロウのざこ舌にはこれくらいがちょうどいいんじゃな〜い?」
タロウは箸を取り、一口、口へ運ぶ。
もぐもぐと動く口が、少しだけ止まる。
「……」
タロウは朝日を見上げ、いつも通りの表情で、一言だけ告げた。
「……うまい」
「えへ~!」
笑顔を浮かべた後、急にもじもじし始める朝日。タロウを上目遣いで見つめながら、意を決したように尋ねる。
「あ、あのね!……お、お兄ちゃんって呼んでもいい……ですか」
「うっわー、直球じゃん!ほらタロウ、何フリーズしてんのよ。
嬉しすぎてニヤケそうなの我慢してんじゃん?
ほらほら、早くウンって言いなさいよ!」
真夜がタロウの耳元で騒ぎ立てる。
顔を真っ赤にして小刻みに震えている朝日を見やり、タロウはぶっきらぼうに返した。
「……好きにしろ」
「!!うん!おにいちゃん!!えへ~!」
朝日は弾けるような満面の笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに胸をなでおろす。
「じゃあね、お兄ちゃん! またね!」
「あはは、バイバーイ!また持ってきてねー!」
真夜の返事と元気な声とともにドアが閉まり、朝日の足音が遠ざかっていく。
部屋に、再び元の静寂が戻る。
タロウは、綺麗に空になった弁当箱を机の端に置く。
少し目尻の下がっていた瞳が、急速に冷え切り、元の暗い眼光へと戻っていく。
タロウは再び、ノートパソコンを開く。
映し出された検索結果に名前が表示される。
そこに写っていたのは、以前よりも美しくなり、煌びやかな衣装を身に纏った一人の女性――
【美代】
だが、彼女の周囲の空間だけが、不自然にぐにゃりと歪んでいた。
モニターの青白い光に照らされたタロウの唇が、低く、冷酷に、次のターゲットの名を呟く。
タロウ「次は、お前だ」