シャンパンの泡が弾けるパーティー会場の奥、限られた会員しか入れない静謐なサロン。
「……ここは目が多すぎます。後日、ここへ」
タロウの手元に滑り込まされた一枚のメモ。
そこに記されていたのは、都内にある私立大学のキャンパスと日時だった。
「ちょっとー! それ、あたしにも見せなさいよ~!
ざこのあんた一人で見たって理解できるわけないでしょ? ぷぷーっ」
タロウは無造作に、中指で真夜の額を「パチン」と弾いた。
「痛ぁっ!? ……なにするのよ、ざこお兄ちゃんのくせに!
ぼーりょくだぁ〜! ぼーりょく反対!」
これ以上この場にいても情報を得られないと判断したタロウは、騒ぐ真夜を背に会場から立ち去った。
パーティーから数日後。
指定された場所を訪れたタロウの目に映ったのは、緑豊かな木漏れ日が静かな石畳の通路に斑模様を描く光景だった。
講義時間中のキャンパスは人も疎らで、吹き抜ける風の音だけが響いている。
タロウがベンチに腰掛けて待っていると、カツ、カツ、と控えめなヒール音が近づいてきた。
現れた女性――内見細雪《うつみ さゆき》は、艶やかな黒髪を几帳面なシニヨンにまとめ、上質な生成りのリネンシャツに黒のテーパードパンツを合わせている。洗練されつつも、どこか哀愁を纏った佇まいだった。
「こんにちは……来てくれたのね。確か、中田始さんでしたね」
「ええ……」
「丁寧ぶったって、中身がスケスケなんだけど〜!
きれ〜なおねえさんだからって猫被っちゃってさぁ、マジで気持ち悪〜い!
ざこお兄ちゃん、そんなのに騙されるとでも思ってんの?」
内見はタロウの隣には座らず、少し離れた位置で足を止めた。様子をうかがっているようだった。
頭上で真夜がふよふよと浮きながら茶化すが、その声が内見の耳に届くことはない。
タロウは「中田始」の貼り付けた笑顔のままで問いかけた。
「なぜ、あの場で私に声を? 確かあなたとは初対面だと思いましたが……」
「うわぁ、違和感がすごすぎて鳥肌たっちゃった〜!
きも〜いお兄ちゃんのくせにそんな言葉遣い、違和感ありまくり〜!」
タロウは真夜の言葉を無視し、内見に先を促した。
「……お話ししたかった内容は二つです。一つは声を掛けた理由。そしてもう一つは、警告です」
「警告……?」
意外な言葉にタロウが目を細めると、内見は静かに目を伏せ、苦い記憶を反芻するように言葉を絞り出した。
「あなたが仰ったように、私たちは初対面です。けれど……あなたの顔が昔、命を落とした私の『亡き友人』に似ていたから。それで驚いてしまって、つい声を……」
「な、なによそれ。急に暗い話すんなだし! ……ふん、じゃあその死んじゃった人も、
ざこお兄ちゃんに似てドジでざこだったから死んじゃったんじゃないのー?
真夜は幽霊だけど、そんな簡単に死なないし!」
一瞬気まずそうに目を泳がせ、すぐにフンと鼻で笑ってそっぽを向いた真夜を横目に、タロウは続きを促した。
「それで、警告とは?」
「……あんなのは、もう二度と見たくないんです」
内見はポツリと呟くと、言葉を重ねた。
「きっとあなたにも、この話は認識されない。……無駄かもしれないけれど、それでも、
あの人……美代さんは恐ろしい化け物です」
内見の肌が、恐怖で目に見えて粟立った。
「昔、ここの学生だった頃の美代さんは、まだ違ったんです。
目立ちたがり屋で一番じゃないと拗ねる面はありました。
でも、人を傷つけたり陥れたりはしなかった……」
昔を懐かしむような眼差しで、内見はキャンパスを眺めた。
「けれど、ある日突然『ゲームに参加する』と言い残して、この大学をあっさり中退しました……当時は大学内でもかなりの話題になりましたよ。
ミスコン優勝者で将来も約束されていたのに、何の前触れも無くでしたからね」
「そして今から8年前、今でも覚えています……とある財閥の方の紹介で、社交界に昔のまま、
いいえ……あの頃よりも更に美しくなった美代さんが現れたんです、とても綺麗で―――」
――とある財閥の方。
その言葉にタロウは妙な引っかかりを覚えた、美代がどれだけ美しくなったのかを、熱を帯びつつ話す内見に追及をしようとしたが、
真夜が「ねぇねぇ」と話しかけてきたため、ひとまずそちらを後回しにすることにした。
「みすこん?って、なにそれ? 食べ物? おいしいの? あたしにも教えてみなさいよ!」
「食い物ではない。知らんのか?」
真夜の頓珍漢な質問に、タロウが呆れたように問う。
「ほら、えーと……あたしが生きていた頃には、そんなの無かったからさ……」
どこか寂しげな表情を浮かべる真夜に対し、タロウは記憶を掘り起こすように言った。
「……確か、参加した者たちを多角的に評価し、競い合うイベント……だったと思うが」
「たかくてき~? なにそれ? 結局どういうこと?」
タロウは軽く頭を押さえながら、真夜に噛み砕いて説明する。
「要は、一番を決めるイベントだ」
「な~んだ! 残念だったね~、あたしが参加できれば一番だったのに~!
……あれ? それって一番になると、なんかもらえるの?」
首をひねりながら疑問を口にする真夜に、タロウが答える。
「トロフィーがもらえるはずじゃなかったか」
「とろふぃー!? どんなの!? 見たい! 見たい~!」
「後でな」
そうしてタロウは真夜との会話を切り上げ、本題である内見の話へと意識を戻した。
「私も懐かしくてね……話しかけようとして、つい後を追ってしまったの。
でも、それが悪夢の始まりだった……」
「……ねぇ。あいつ、真夜たちのこと完全に無視してない?
ひとりで勝手に盛り上がっちゃってさ。あんな上向いて喋るの、病気かなんかなの?」
内見の目が上を向き、独白に近くなってきていることに気づいた真夜が、タロウの服の裾を引っ張りながら囁く。しかし、「いいから黙って聞いていろ」と小声で一蹴された。
「美代さんの後をつけてたどり着いた場所が、今私たちがいるこの大学のキャンパス……。
このあたりで美代さんは、トロフィーを掲げていたんです。
それからです、美代さんの周りがおかしくなったのは……」
「!?」
「え? それって……」
驚愕するタロウと真夜。それに気づく様子もなく、内見は話を続ける。
「そう……それからは多くの方が、美代さんを訳も無く賞賛しだし……反対に、彼女を中傷した方が突然スキャンダルを引き起こしたり、美代さん以上の実績を作った方の不祥事を取り上げられたりと……」
「美代がトロフィーを掲げていたのはどこだ!」
清太の時と同じだ。何かの中心に、必ず原因がある。
突如、タロウが内見の話を遮り、激しく詰め寄った。
「え?……え?……なぜ?……私の話は、認識されないはずじゃ?……だって今まで、誰に話しても……」
「そんなことは後にしろ! それより質問に答えろ!」
タロウの気迫に押され、内見は言われるがまま、ある一点を指差した。
その瞬間――大学の講堂の入り口周辺で、空気がぐにゃりと波打つように歪んだ。
「あ!」
「くくっ……」
真夜が驚愕の声をあげる横で、タロウは笑みを浮かべ歩き出そうとした時、何かを思い出したように内見へと向き直りこう話しかけた。
「そうだ……最後にもう一つ。トロフィーとはどういうものなんだ?画像はあるか?」
「え?ええ……画像がここに」
そう言って内見がスマホを差し出し「この時は本当に輝いていたんです」と言っていたが、
タロウは横目で眺め、真夜は液晶に映し出されていた美代が掲げている何の変哲もないタワー型のトロフィーを夢中で見ていた。
「……」
「ほへ~これがトロフィーなんだ~へ~……!?あ、うん、まぁすごいんじゃん」
とタロウの視線を受けてごまかすように真夜が言っていた。
「ではいくか」
タロウは歩き出した、その後ろでポツリと真夜が「……ありがと」と小さく零していた。