静寂の中から黒い影の、無数の怨嗟の声が響き渡る。
『なぜ私が……! 私はただ努力してそれで美代さんに勝ったのに……!』
『なんでこんな、嘘のスキャンダルをみんな信じるんだ?僕たちはずっとやってきたチームじゃないか!』
『私は不正を正しただけなのに、美代、あの女に関わったせいで私の人生は……!!』
それは、かつて美代によって、潰されてきた者たちの叫びだった。
死の匂いと、暗い情念が真夜へと向っていく。
「あ……」
タロウの後ろから覗いていた真夜が、突然短い悲鳴をあげた。
その瞳が大きく見開かれ、身体がガタガタと激しく震え出す。
「嫌……嫌、やめて……! やだ、入ってこないで……! 誰か、誰か助けて……っ!」
「どうした?」
タロウが怪訝に眉をひそめる。
美代に陥れられた者たちの「妄執」が、真夜に向って収束しだした。
その影響で真夜の魂にも干渉をしてきた。
「しっかりしろ。おい!」
異常事態にタロウは呼びかけるが、真夜がガタガタと震え、意識は完全にパニックに陥っていた。
「……なぜ?俺には来ずに、真夜に向う……?違いはなんだ?……!?。レギオンとはそういうことかなのか……ならば」
タロウは周りの「妄執」に、ただ「失せろ」と深く命令をした。
その怒気に黒い影が一斉に真夜から離れ始めたことを確認したタロウは。
「真夜、大丈夫だ……」
ただ安心させるように真夜の名を呼ぶタロウ。
「……!?」
真夜の身体がビクリと跳ねる。
目の前には、いつもの冷ややかな、タロウの顔だったが、けれどどこか違っていた。
「あ……イチロウ……?」
「その名で呼ぶなと言ったろう?」
いつもの突き放すような物言い。だが、その眼差しはどこか優しい雰囲気を纏っていた。
真夜はハッと正気を取り戻し、涙を溜めた目でタロウを見つめる。
「な、何よ……相変わらず偉そうなこと言って……」
「調子が出てきたようだな。……さて、いくか?」
「……!うん、しょうがないから。ざこお兄ちゃんをサポートしてあげる!」
真夜の怯えは消え、その表情に不敵な笑みが戻る。
「……ところでさぁ、さっき……あたしの名前呼んだよね?
「……さて?どうだったかな?……覚えていないな……なにせ”ざこ”なもんでな?」
「……ふ~んだ!ほんと、ざこお兄ちゃんはどうしようもないんだからぁ〜!いっひひ~♡」
タロウが前を見据えると、ランウェイの最奥、歪んだ講堂の演台の上に、異様な輝きを放つ
『巨大な黄金のトロフィー』が鎮座していた。
混濁した空間を抜け、二人が辿り着いたのは、天井の見えない空間、最上段トップステージだった。
周囲を覆い尽くしているのは、無数の「鏡」。
そこには、様々なポーズを決め、美しさを誇る美代の姿だけが映し出されている。
ミスコンのドレス、社交界のドレス、微笑む顔、澄ました顔――どれもが自画自賛の回廊。
その空間の真ん中に立つ、巨大な彫像。
その手が掲げる黄金のトロフィーはスポットライトを浴び、頂に立つ女神が神々しい光を全身から放っていた。
タロウと真夜の視線が、巨大な彫像のすぐ傍らに置かれた布の掛かったなにかに留まる。
「……うわ~」
真夜が、ポツリと呟いた。
「露骨~! よっぽど見られたくないってことじゃん。あのざこおんなの秘密、見ちゃおうよ~!」
真夜の言葉を受け、タロウは静かに歩み寄る。
迷いなく手を伸ばすと、その分厚い布を一気に引き剥がした。
バサリ、と布が落ちる。
現れたのは姿見。そして映っていたのは――美しい美代などではなかった。
そこにいたのは、加齢に加え、肌は落ちくぼみ、醜く歪み切った、ある一人の女の「姿」だった。
「……これは……そうかこれが本当の姿か」
タロウの冷ややかな声が響く。
黄金のトロフィー、その頭上に禍々しい黒いモヤが噴き出す。
次の瞬間、空間が激しく揺れ、「それ」は現れた。
『やめてぇぇぇぇぇっ!!!』
鼓膜を切り裂くような悲鳴とともに現れたのは歪んだホログラムのように浮かび上がる。
美代の全身像。
しかし、その顔は激しく引きつり、メイクも涙と汗でドロドロに崩れている。
美代は床を這い、姿見とタロウの間へ必死に割り込んだ。
『見ないで! お願いだから見ないでぇっ! それだけは、それだけは見ちゃダメえええっ!!』
なりふり構わず、剥がされた布を手繰り寄せて鏡を覆い隠そうとするが手は空を掴むのみであった。
あの華やかな世界の中心にいた人物はそこにはいない。いたのは、醜悪な現実から必死に目を背けようとする、惨めな女だけだった。
真夜が冷ややかな視線を向ける。
「……うわぁ。ざこでみじめすぎ~」
『黙りなさいよ、このちんちくりんがぁっ!!大体あんたたち何でヘラヘラしてんのよ!
話が違うじゃない!!』
「慣れた」
「あたしを頭の弱い子みたいに言うなんて生意気じゃん!」
『―――!』
そして、布にしがみつくようにしたまま、美代が逆上して叫ぶ。
『なによ! 私は特別なの! 私は愛されるべき存在なのよ! 全員が私にひれ伏せばいいの! なのに何で!? なんで私だけを常に見ないのよ!? 私が一番じゃない世界なんて、そんなのあるわけないいのよぉぉっ!!』
狂乱し、唾を飛ばしながら喚き散らす美代。
その叫びを、タロウは見下すように静かに聞き流し一言を告げる。
「……で?」
『は!?だから―――』
「ねえ?この鏡で、ざこおんなに教えてあげようよ~?」
真夜が、まだ言おうとしている美代を無視し、あの本来の姿が映し出された姿見を指差していた。