リベンジ ~霊たちの見た夢~    作:しょーもないおっさん

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第十一章


偽りの笑顔 11-1 

 

 

――タロウが朝日とのピクニックへ向かう、前日のこと。

 

『――続いてのニュースです。昨日未明、市内の邸宅にて、資産家の高木美代(たかぎ みよ)さんが遺体で発見されました。警察は不審死とみて――』

 

楽屋のTVモニターから流れるニュース音声。

 

「……っ、そんな……お母さん……っ!」

 

ソファに崩れ落ち、両手で顔を覆って肩を震わせるのは、今をときめく若手インフルエンサー――高木美子だった。

 

瞳からポロポロと溢れ落ちる大粒の涙。

駆けつけたスタッフやマネージャーたちが「美子ちゃん、大丈夫!?」「今日の撮影はバラそう!」と混乱し、彼女を包み込むように同情の声をかける。

 

「ごめんなさい……私、泣かないって決めてたのに……っ」

 

健気に涙を拭い、周りの心配に応えようと儚く微笑む姿。

撮影は中断され、SNS上は瞬く間に「母を失った可哀想な美子ちゃん」「みんなで支えよう」という同情と励ましのコメントで埋め尽くされていった。

 

世間にとって、これはただの「資産家の不審死」であり、「可哀想な悲劇のヒロイン」の誕生に過ぎなかった。

 

 

 

「美子ちゃん、今日はもう家でゆっくり休んでね」

 

マネージャーの気遣う言葉に見送られ、自室の重厚なドアがパタンと閉まる。

 

その音を聞きつけるなり、部屋の隅にある大きなケージの中から、鮮やかな赤羽を纏ったベニコンゴウインコが翼をパタつかせた。

 

『オカエリ~! オカエリ~!』

 

甲高い鳥の声が、誰もいない広い部屋に虚しく響き渡る。

 

その声を合図にしたかのように――美子の目から、ピタリと涙が消えた。

 

肩の震えが止まり、顔を覆っていた手をゆっくりと下ろす。

そこには悲しみなど欠片もなく、ただ冷たく、平坦な「無」の表情だけが残されていた。

 

(どういうこと……? あの人から聞いた限り、契約者は無敵の存在のはず……それが、死んだ……?)

 

美子の脳裏を支配していたのは、母の死への哀悼ではない。

胸を占めていたのは、「理解不能」という感情だけだった。

 

――契約者であっても、死ぬ? どうやって?

 

その未知の事実だけが、美子の胸に初めての「恐怖」と「脅威」を冷たく突きつけていた。

 

 

タワーマンションの一室。

静まり返った部屋で、煌びやかな夜景を見下ろしながら、美子はスマホを耳に押し当てていた。

 

コール音が三回。カチャリ、と繋がる。

 

「……ねえ。真一さん」

 

『やあ。今、最も勢いのあるキミから連絡なんて、ファンが聞いたら大炎上案件だね……』

 

受話器の向こうから聞こえるのは、どこか軽薄で浮世離れした男の声――真一だった。

 

「茶化さないで! 大事な話なの!」

 

ふざけた調子を咎めるように美子が声を張ると、男は一転して真面目な声色へと切り替えた。

 

『……どうかしたのかい?』

「お母さんが死んだみたい」

 

『それで?』

 

あまりにも無淡泊な切り返し。美子の眉が、ほんのわずかにピクリと跳ねる。

 

「それでって……それだけなの? お父さん!」

 

ツーー……ツーー……。

 

返答すらなく、容赦なく切られた通話音。

 

美子は怒鳴り散らすことも、スマホを投げつけることもしなかった。

ただ静かに画面を見つめる。数秒の沈黙ののち、ディスプレイが暗転した。

 

黒くなった画面に映る自分の冷めた顔を見つめながら、美子はぽつりと呟いた。

 

「……違う」

 

それだけだった。

 

最初は真一が母を殺したかとも疑ったが、今の反応で察した。あの男ではない。自分の勘がそう告げている。

 

そうなると、母を殺した「何か」が別に存在するということだ。

そしてその未知の何かは、確実に自分のすぐ近くまで迫っている。

 

このまま何もしなければ、自分も母と同じ末路をたどるだろう。

だが――むざむざ殺されるのを待つ気など、サラサラなかった。

 

美子は未知の脅威を探るべく、静かに動き始めた――。

 

 

――タロウが過去の夢から目覚めた、まさにその翌日。

 

タワーマンションの自室。薄暗い室内で、デスクに置かれた複数のモニターの光が美子の顔を青白く照らしていた。

 

画面に並ぶのは、母・美代の周辺情報。

警察の公表資料、ニュース記事のアーカイブ、SNS上の噂話、そしてインフルエンサーとしての裏の人脈を使って買い叩いた裏社会の情報筋からのリーク。

 

美子の細い指が、鍵盤の上を淀みなく滑る。

 

(警察はただの心不全か、あるいは金銭トラブルによる事故死として処理しようとしている……確かに直接の死因は不明となっている)

 

美子が求めているのは、遺体でも、復讐でもない。

ただ「無敵のはずの存在が死んだ」という真相の究明だ。

 

情報とデータを突き合わせ、照合を重ねて。一つの情報を拾い上げた。

 

(……これは?)

 

画面に表示された監視カメラの粗いキャプチャ画像や、美代のSNS投稿の背景写真、そして近隣住民の目撃証言のデータ。

 

母・美代が不審死を遂げる数日前から、彼女の自宅周辺や行動範囲に、度々映り込んでいる影があった。

 

黒いジャケットの襟を立てた、背の高い男。

 

街頭の影に紛れ、顔の判別できない男。

 

だが、美代が死亡する直前の数日間、その男は、ときたま美代の一定距離に存在していた。

 

「……手がかり発見」

 

美子の唇に、冷ややかな笑みが浮かぶ。

 

美子にとって、犯人がこの男かどうかすら二次的な問題だった。

重要なのは、この正体不明の男は何かを知っている……もしくは何かを見たということ。

 

「こんなのが母さんを殺した? ……ふふっ、そんなことはどうでもいいか、問題なのは」

 

モニターに映る黒い影の輪郭を指先でなぞりながら、美子は静かに呟いた。

 

「……あなたが何なのか、ということね」

 

彼女は男を「追う」のではない。理解するために行動を開始した――。

 

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