――一方、その頃。
カーテンの隙間から細く差し込む光の中、タロウは古いデスクに向かい、ノートPCの画面を無言で見つめていた。
画面に映し出されているのは、次の標的――高木美子の情報。
「うわぁ、見てよこれ。SNSフォロワー100万人超えだって~! 『お母さんが死んでも健気に頑張る美子ちゃんを応援しよう!』とか、コメント欄が信者で大渋滞しててウケる~!」
真夜がタロウの肩越しに画面を覗き込み、ゲラゲラと心底楽しそうに笑い声をあげる。
「世間様はホントチョロいね~。すーぐ『可哀想な被害者ちゃん』の演出に騙されちゃってさ。ねえねえざこお兄ちゃん、この子、裏ではぜんっぜん泣いてないわね! あたしにはわかるの!」
「……」
タロウは真夜の煽りを完全に無視し、美子のSNS動画や過去の配信映像を淡々と分析していく。
悪魔の契約者――その攻略法自体は、すでにタロウの中で完成している。
だが、その攻略を成立させるために不可欠な「ある条件」だけが、いくら検索を重ねても浮上してこなかった。
「あ! ちょっと待って! 一回戻して! そう! ここよ! ここ!!」
不意に真夜が画面を指差して大騒ぎする。
タロウが動画を数秒巻き戻すと、画面には生配信の冒頭、華やかに微笑む美子の肩に乗った巨大な赤と青の鳥が映し出されていた。
『みんな~、ハロー! 美子だよ~!』
『ハロー! ハロー!』
「なにこれ! ベニコンゴウインコの『クリム』だって!? カワイイ~っ! え、ざこお兄ちゃん見てよ、この鳥めっちゃ賢そう! わ~いいな~、あたしも飼いた~い!」
無邪気にキャッキャとはしゃぐ真夜。
次の瞬間、タロウは無表情のまま、真夜の頭へ容赦なくアイアンクロウを叩き込んだ。
「ぎゃ~~!? 痛たたたっ! 痛いよ~離して~! もう邪魔しないから~っ!!」
頭を掴まれたまま絶叫する真夜をフッと放り出し、タロウは再び画面へと視線を戻す。
インフルエンサーとしての人気。
被害者ビジネスによる世間の同情。
豪奢なタワーマンションでの暮らし――。
画面に溢れるそれらはすべて、世間に見せるためのメッキに過ぎない。
――そして、そのメッキは、十年前に奪われた自分の人生の上に塗られている。
「……」
犯罪者の娘。
被害者家族。
前を向いて生きる少女。
そのどれもが、世間に向けて切り売りされた“商品”だった。
タロウは動画を閉じる。
怒りはない。ただ、胸の奥に沈殿した冷たい感情だけが残った。
「……見つからんな」
タロウが低く呟く。
「……へ? なにが~? インコちゃんの飼育用具~?」
「違う」
タロウが画面を閉じ、無言でスッと右手を上げた瞬間、真夜は「ひえっ」と即座に距離を取った。
契約者を倒すために必要なのは、たった一つ「真実を知る者」の存在だ。
だが、美子の周囲をどれだけ洗っても、それらしい人間はおろか幽霊すらも、何も見えてこなかった。
親族、事務所、SNSのフォロワー――どれもメッキにしかなっていない。
(答えはある。だが、そこへ至るには……)
タロウは静かに思考の海へと沈んでいった――。
夜の静寂の中、二つの場所で、二つの意思が別々の方向を向いて蠢いていた。
美子の画面に映るのは、母・美代の周りをうろついていた「黒いジャケットの不審な男」の防犯カメラ映像。
(名前も身元も今はどうでもいい。この男が何を知っていて誰と繋がっているのか……そして目的は……)
美子は思考を巡らせる。
公的の機関は使えない。相手は、犯罪を犯していないのだから、いつものようにでっち上げようにも、ゼロからは、嘘を生み出せない。
(なら――力技で引きずり出せばいい)
美子の指先が、鍵盤の上を叩く。
彼女がアクセスしたのは、今までに得てきた裏の人脈、金次第でなんでも売り買いする、情報屋たちが集う極秘のヤミサイト。
さらには、表のインフルエンサーとして顔で得てきたフォロワーたち。
名目は「母の死に関係する目撃者」で、彼女は巨額の懸賞金を提示した。
添付されたのは、拡大された黒いジャケットの男、その粗いシルエット写真。
『この男を捕縛、または身元に関する確実な情報に――懸賞金一千万円』
「さあ……おいかけっこの始まりよ……」
口元に笑みを浮かべ、美子は送信ボタンをタップした。
◇
――一方、その頃。
タロウの部屋では、真夜が宙に浮かびながらタロウのスマホをいじり、美子の生配信動画を眺めていた。
「うわ~、やっぱり『クリムちゃん』超カワイイ~! ねーねーざこお兄ちゃん、あたしもクリムちゃん飼いたいな~! インコ買ってよ~! クリムちゃ~ん!」
ことあるごとに、タロウに聞こえるよう大声で何度もアピールを繰り返す真夜。
「……」
タロウは無言でそれをスルーし、作業を続けていた。
だが次の瞬間、動画が不意にブツリと途切れ、画面が真っ黒に暗転する。
「あ!? バッテリーが切れた~……っ!? うそでしょ!? クリムちゃんが~っ!!」
頭を抱えて大げさに嘆く真夜。
それまで無言だったタロウがゆっくりと振り返り、冷ややかな視線を向けた。
「……バッテリーを使い切るなと、あれほど言っただろうが」
次の瞬間、タロウの手が素早く伸び、真夜の頭郭へと容赦ないアイアンクロウが叩き込まれた。
「ぎゃ~~っ!? 痛たたたっ! 割れるぅ! 頭が割れちゃうぅぅ!! 離してぇ~っ!!」
絶叫する真夜と、無表情で力を込めるタロウ。
迫り来る脅威など知る由もなく、その部屋だけは、いつも通りの静かで賑やかな時間が流れていた――。