PCで情報収集をするタロウに対し、真夜がふよふよと宙を舞いながら、生意気そうに口を挟んでいた。
「ねえねえ、ざこざこ探偵さん? 生きてる人間から『真実を知る者』が見つからないならさ~、前みたいに幽霊から探せばいいじゃん~?その辺にいくらでも転がってるでしょ~?」
「……そうだな」
タロウは短く返事をし、その提案自体は否定しなかった。
生者、幽霊、――手段は問わない。『真実を知る者』さえ特定できれば、こちらの勝ちなのだから。
互いに相手の影を掴む為の鬼ごっこが始まろうとしていた――。
翌昼。情報収集のため、雑踏から離れた薄暗い路地裏を歩いていたタロウ。
ふと、歩みを止めた。
見られている――。
周囲の建物の陰、電柱の陰、停車した車のスモークガラス越し――。
明らかに異質な、無数の「ギラついた視線」が、刺すようにタロウの背中に集まっていた。
「……ねぇ?」
真夜も異常を察知したのか、いつになく声が引きつっている。
「なんかヘンだよ……柄の悪そ~なザコどもが、みんなこっち見てる……」
Prrrrr――。
不意に、ポケットの中のスマホが甲高い着信音を鳴らした。
画面に表示された発信者は「未登録」。
タロウは無言で画面をフリックし、耳に当てた。
『もしもし、『中田』さん。いいえ……今はタロウさん、とお呼びした方がよろしいですか? 内見です』
受話器から聞こえたのは、かつて美夜の『真実を知る者』であった女性――内見細雪《うつみさゆき》の声だった。
「なぜこの番号を……? いや、それよりもどうして俺の名を――」
『それらの話は後にしましょう。手短にお伝えします……あなたに懸賞金が掛けられました。その額――【一千万円】です』
「……っ!?」
いつも冷静なタロウにしては珍しく、一瞬思考がフリーズするほどの衝撃。
その表情の変化を見逃さず、横で浮遊していた真夜がキーキーと騒ぎ始める。
「なになにっ!? なんなのよ! あたしにも分かるように説明しなさいよ~! ざこお兄ちゃんのくせに密談なんて生意気じゃん~!」
タロウは真夜の声を無視し、かすれた声で内見へと問いかけた。
「……俺に一千万円の懸賞金を掛けたのが誰か、分かるか」
「【一千万円】!? うちのざこお兄ちゃんをボーナス扱いなんてムカつく~っ!」
真夜が横で勝手に憤慨する中、電話の奥で内見が重い息を吐き出す。
『……掛けたのは、高木美子さん。……美代さんの、娘さんです』
「……そうか……美子が……」
タロウは深く息を吐き出し、低く呟いた。
「……先手を打たれたな」
『え? 今なんて? 最後がちょっと聞き取れなくて……』
「……いや、何でもない。助かった」
聞き返す内見に短く礼を告げると、タロウはそのまま通話を切った。
視線を上げれば、路地裏の前後からナイフや鉄パイプを忍ばせた男たちが、ジリジリと距離を詰めてきている。
「さて……どうするか……」
タロウの低い呟きは、雑踏の喧騒の中へと冷たく溶けていった――。
タロウが電話を切るのと、ほぼ同時だった。
「おい、あいつだろ!? ネットに出てた写真のヤツ!」
「一千万円の男だ! 逃がすな!」
路地の入口と奥から、ナイフや鉄パイプを手にした見るからに半グレ風の男たちが雪崩れ込んできた。
SNSの拡散力と、法外な懸賞金の威力。美子の放った「一手」は、瞬く間に街全体を巨大な蜘蛛の巣へと変えつつあった。
一般の通行人たちは「なになに? 撮影?」「あの人、なんか怪しくない?」とスマホを掲げて遠巻きに声を掛け合い、武器を持った連中は問答無用で殺気を剥き出しにして距離を詰めてくる。
「ひゃ~っ! マジで襲ってきてるじゃん! ざこお兄ちゃん、とっとと殴り倒しちゃいなよ~!」
真夜が宙で手足をバタつかせながら叫ぶ。だが、タロウは拳を握るどころか、すっと壁際に身を寄せた。
「アイツらは踊らされてるだけだ。殴っても無限に湧いてくる」
「つまり……ザコ虫ってことじゃん!ウケる~!」
タロウのクールな返答に、ケタケタと笑う真夜。
襲いかかってきた男の突進を、タロウは最小限のステップでひらりと躱す。
男は勢い余ってゴミ箱へと突っ込み、タロウはその背中を足蹴にして路地裏の奥へと一気に駆け出した。
無用な目立ち方をすれば、美子だけでなく当局から追われるリスクもあった。
「ちっ、本当にしつこい……!こっちもか!」
裏通りへ抜けても、街角ごとに「獲物」を探す不穏な視線が潜んでいる。
「おーい、こっちにはいないぞ?そっちはどうだ?」
「だめだ! ここにもいねぇー!」
「あっち探してみようぜ!美子ちゃんの親の仇だしな!」
そんな口々を吐きながら、スマホを片手にした連中が表通りへと向かって歩いていく。
表と裏、名声と金をフルに使って張り巡らされた美子の包囲網が、徐々にタロウの逃げ道を潰していく。
追い詰められかけたその時――真夜が不意に「あ!」と声をあげた。
「ねえ!なんかここ見覚えない?な~んかどっかで見た気が……」
「……」
タロウの脳裏に、先日朝日に案内された光景が鮮明に蘇る。
「あ! そうそう! ここって変な顔の猫がいたトコじゃん~!」
「朝日の『秘密の抜け道』か」
同時に声を発したものの、まったく噛み合わない単語が飛び出した。
「あ~……っ!うん!そうそう!朝日ちゃんの抜け道! ……ほ、ほら!あそこだよ、あそこ!」
自分のズレた発言を慌てて誤魔化しながら、真夜が小さく指を指し示す。
その先にあるのは――あの時、朝日がなんの迷いもなく入っていった場所。
古い民家のブロック塀と竹林の隙間にある、赤い郵便ポストに隠れて普通なら素通りしてしまうような「狭い抜け道」だった。
「あそこだ!」
タロウは迷わずポストの影へと滑り込み、大人一人ぶんがギリギリ通れる抜け道へと身を滑らせた。
「こっちの道に入ったのを確かに見たんだぞ!?」
「くそっ、一千万円がどこ行きやがった!!」
追手たちの苛立った足音が、ポストのすぐ脇を通り過ぎて遠ざかっていく。朝日の案内のおかげで、絶体絶命の状況に一時の猶予がもたらされた。
暗がりに身を潜めながら、荒い息を整えるタロウ。
「ふぅ~、あやうく『ざこボーナス』になるところだったね~」
真夜が胸を撫で下ろし、思い出したように首を傾げた。
「……ねえ、ところでさ。前のパーティーのときに姿変えてたじゃん? なんで今回はすぐ姿変えないの? ざこ体力だからってケチってんの~?」
生意気に口を尖らせる真夜に、タロウは息を整えながら返した。
「……レギオンによる肉体の再構築には、時間がかかる。肉体構造と波長を馴染ませ――」
「要するに準備に時間がかかるから、追われてる最中には使えないってワケじゃん。やっぱざこすぎ~」
詳しく説明しようとしたタロウの言葉を遮り、真夜が呆れたように肩をすくめる。
「…………今なら時間が稼げる」
タロウはゆっくりと目を閉じ、集中を高めた。
身体の輪郭が不気味に揺らぎ始め、骨が軋む静かな音があたりに響く。
やがて――
竹林の影から出てきたのは、いつもの野性味あふれたタロウではない。
どこにでもいそうな、ヨレヨレの作業着を着た猫背の中年男だった。
すれ違う追手たちは、その男に一瞥もくれず通り過ぎていく。
「……ぷぷっ! 似合いすぎ! ざこざこおじさん! ……でも、あとでその拾った作業着は脱ぎなさいよね? 汚いし」
くすくすと笑いながら、どこかジト目を向けてくる真夜を従え、姿を変えたタロウは、美子の包囲網を嘲笑うように静かに雑踏の中へと消えていった――。