姿を変え、追手たちの包囲網を脱したタロウは、雑居ビルの一角にある薄暗いネットカフェの個室に潜伏していた。
モニターの光だけが照らす狭い室内。
「……ねえねえざこお兄ちゃん、バッテリー充電できた!?見ていい!?見るよ!」
待ちきれない様子で宙を舞っていた真夜が、タロウがコードを挿したスマホをひったくるように奪い取り、再び美子の配信アーカイブを再生し始めた。
画面の中で、華やかに微笑む美子。
そして、その肩や専用の泊まり木には、いつものように鮮やかな赤羽を纏ったベニコンゴウインコ――『クリムちゃん』が映し出されている。
『みんな~、ハロー!美子だよ~!』
『チーズ!チーズ!』
動画の冒頭で、インコが甲高い声で覚えたての言葉を喋る。
「きゃはは! 今日はチーズだって~! カワイイ~!前は『ミコだよ~』とか『ヘーゼルナッツ』とか言ってたよね~!」
真夜が無邪気にキャッキャとはしゃぎながら、画面のインコに顔を近づけている。
配信のたびに、当たり前のように画面に映り込んでいるインコ。
美子のアイドル的なブランディングの一環としている日常の光景。
「……」
だが、真夜の後ろで画面を凝視していたタロウの瞳が、ふと微かに細められた。
毎回、配信の冒頭にいる。
毎回、何かしら覚えたセリフを喋っているらしい。
そして――いつも美子の周囲にいる。
(……待て)
タロウの頭の中で、バラバラだった思考のピースが静かに音を立てて噛み合い始める。
ずっと、そこにいた?
美子の隣で。すべてを見ている?
タロウが思考のさらなる底へと潜りかけた、その時。
「ねえねえ知ってる~? この子ね、ヘーゼルナッツが大好物なんだって~!美子ちゃんが動画で言ってたよ~!あたしも食べてるトコ見てみたいな~」
思考を遮るように、真夜がドヤ顔で自慢げに語りかけてきた。
次の瞬間。
ガシッ!!
「ぎゃ~~~っ!? 痛たたたたっ!! なんでぇ~!?」
タロウの無表情な手が素早く伸び、真夜の頭郭へ容赦のないアイアンクロウが叩き込まれた。
「割れる! 割れちゃうから離してぇ~っ! 今日のあたし、ただ『クリムちゃん』の好みを教えただけじゃん~っ!! なんで怒られてんの~!?」
絶叫しながら涙目で暴れる真夜。
タロウは真夜の悲鳴を完全に無視し、静かに手を放すと、黒く光るモニター画面のインコを凝視したまま、低く呟いた。
「……まさか……そう……なのか」
タロウの中で、「答え」へと繋がる扉が静かに開こうとしていた――。
タロウはすでに住所を割り出していた。
夜。
セキュリティを突破し敷地内へ侵入。レギオンの驚異的な身体能力で壁やベランダを音もなく登り、目的の階の外廊下へと降り立つ。
(窓からの潜入も考えたが……)
タロウが玄関ドアのノブに手をかけると、カチャリとあっけなく回った。
「……鍵を掛けてない? オートロックを過信でもしてたか……」
「うわっ、防犯意識ざこすぎ~! 一千万円も懸賞金かけておいて自分の部屋の鍵締め忘れてるとかウケるんだけど~!」
真夜が呆れ果てたように忍び笑いを漏らす。
静かにドアを開け、室内へ足を踏み入れる。
『オカエリー! オカエリー!』
出迎えたのは、大きなケージの中で翼を羽ばたかせる、鮮やかな赤羽のベニコンゴウインコ――『クリムちゃん』だった。
「きゃあ〜〜〜っ!! クリムちゃ~ん!!」
それを見た真夜が、宙で悶絶するように歓声をあげる。
「可愛い〜っ! 今日からこの子はうちの子! あたしのペットね! 決定~っ!」
「黙れ」
はしゃぐ真夜を低音で制し、タロウは静かにケージへと近づき、インコと波長を合わせようとする。
だが――。
『…………プイッ』
インコはそっぽを向き、つれなく毛づくろいを始めてしまった。まったく懐く気配がない。
「……む」
タロウが珍しく困惑した顔を見せる。
「ぷぷっ! なに困ってんの~、ざこ飼育員さん? 『クリムちゃん』に懐かれなくて悲しいの~!? ウケル~っ!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑う真夜。しかし、次の瞬間、何かを思い出したようにポンと手を打った。
「あ! ねぇねぇ! ヘーゼルナッツ! ヘーゼルナッツ食べさせたい!」
「……なに?」
「もう! 教えたじゃん! この子ヘーゼルナッツが大好物なんだってば! 食べてるとこがとってもプリチーって言ってたから、あたしも見たい! ほらほら早く持ってきて食わせなさいよ〜!」
ぎゃーぎゃーと喚く真夜。
タロウは眉をひそめたが、インコの機嫌を取るため、キッチンへ向かい瓶から取り分けておいたヘーゼルナッツを一粒手に取った。
「……ほらよ」
タロウがケージの隙間から差し出すと、インコは目を輝かせ、カチリとナッツをくちばしで受け取って器用に食べ始めた。
その瞬間――。
ナッツを咀嚼しながら、インコは室内に置かれているWebカメラへとくちばしを向け、甲高い声で叫び始めた。
『チーズ! チーズ! へんしゅう! へんしゅう!』
『ミコダヨー! ミコダヨー! リヨウ! リヨウ!』
「……当たりか」
インコが叫ぶと同時に、世界から音が消え、空間がぐにゃりと波打つように歪み始めた。
「ひゃっ!? え!? 『クリムちゃん』が!? ……こんなに可愛いくて、『入口』も開けるなんて……もう! サイキョーじゃん!」
真夜が興奮気味に叫ぶ。
「いくぞ」
タロウが短く告げると、そのまま次元の歪んだ亀裂へと迷わず身を躍らせた――。