マイクを向けられる元・下井清太の会社の社員。
「……正気を疑いましたよ。私たちが『理想のリーダー』だと信じていた男が、
裏で優秀な社員を冤罪で嵌めたりしてたっていうですから。しかも当時の資料を引っ張り出したら、
横領の書類が山ほど出てきて……まるで狐に包まれたみたいです」
【一週間後】
スタジオで激論を交わすジャーナリストと元・政治家。
「いいですか、高木美代氏の件もそうです!
彼女が掲げていた慈善団体の口座を洗った結果、
億単位の使途不明金と、海外のペーパーカンパニーへの送金履歴が決定的な証拠として残っていたんです!
これのどこがAIの捏造ですか!」
「しかしだな!当時のメディアもキミも、彼女を『聖女』として称賛していたじゃないか!なぜその時、不正に気づかなかったんだ!?」
「そこが不可解なんです! 誰も気づかなかったんじゃない……『気づけなかった』んです!」
画面上で熱弁を振るう配信者。
「ねえみんな、気づいてる? 下井、高木美代、高木美子……
この三人に共通してるのはさ、『急に不自然な死を遂げた』ってことだけじゃないんだよね。
全員、死んだ直後に『本当の素顔』が証拠付きで暴露されてるの」
「誰かが裏で暴いてる?内部告発?サイバー攻撃?……
ぜ~んぜん違うマジで一切不明。一切の痕跡を残さず、奴らの『偽りの顔』だけを引っぺがして消えてるんだよ」
【二週間後】
『#謎の告発者』
『#崩壊』
『#次に消えるのは誰だ』
街のトレンドキーワードに、不気味なハッシュタグが並ぶ。
被害者たちの集会、元信者たちの暴走、企業の謝罪会見。
かつて支配者として崇められていた者たちの名誉は地に堕ち、彼らが築き上げた「ウソの世界」は崩壊した。
なぜそれが起きたのかは、誰ひとりとして知らない。
警察も、メディアも、ネットの特定班すらも、その答えに辿り着くことはできない。
ただ、暴かれた「真実」だけが独り歩きし、これまでの常識を塗り替えていく。
フラッシュの嵐の中、頭を下げる検察幹部たち。
『――かつて下井清太氏の告発によって逮捕・起訴された元社員の冤罪事件について、
新たな客観的証拠が発見されたため、再審の手続きおよび全面的な再捜査を開始いたします』
アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。
『下井氏の死後に次々と流出した内部データにより、長年にわたる社員への冤罪および裏帳簿が発覚。
被害を受けた元社員たちへの名誉回復と賠償が決定した一方、
メインバンクの融資打ち切りを受け、同社は本日、破産手続きの開始を申請しました』
――王として絶対的な権力を誇っていた男の会社が、文字通り、一瞬にして崩壊した瞬間だった
涙を拭いながらマイクに向かう、かつて高木美代に死に追いやられた被害女性の遺族。
「……悔しくて、申し訳なくて、言葉になりません。あの子は逮捕された時、何度も『やっていない』と私に訴えていました。
それなのに……それなのに私は、あの女の言うことを信じ、あの子を疑ってしまった。
『本当のことを言いなさい』と、あの子を責めてしまったんです。一番の味方でなければいけない親が、あの子を裏切った」
『高木美代氏設立の慈善団体、即時解散――横領された寄付金、全額返還へ』
『主要スポンサー企業が一斉撤退、CM差し替えの嵐』
彼女が築き上げた「慈善ビジネス」と「虚偽申告」は瓦解し、関連団体は膨大な返還金と賠償請求の前に破滅した。
#高木美子RAWデータ検証結果
#被害者ビジネスの終焉
#フォロワー一晩で100万人激減
何百万といたファンや信者たちは、手のひらを返したように罵詈雑言を書き込み、フォローを解除していく。
SNSの炎上は収まる気配がなく、それは消えない負の遺産として、ネットの海に刻まれ続ける。
画面上で身振り手振りを交えて議論する有識者たち。
「今回の高木美子氏のケースは、単なるSNS炎上ではありません!
人が『自分をどう演出すればバズるか』と暴走すること、そして現代の被害者ビジネスが孕む闇、その両方が絡み合っていること自体が問題なんです!」
ニュースの音声、スマホの通知音、人々の喧騒。
それらすべてが遠くで響く中、街角のポスターが風に揺れている。
もはや、どんな専門家も、どんなメディアも、これを「偶然の不祥事」と言い張ることはできなくなっていた。
英語のニュース音声に、日本語の字幕が被さる。
『――日本で相次ぐ著名人の不可解な失脚と連続不審死事件について、国際社会でも驚きが広がっています。
死後に流出する改ざん不能な内部データ、記憶と記録の食い違い……
一連の現象は単なるハッキングや内部告発の枠を超えており、海外のセキュリティ機関も注視を始めています』
スマホの画面をスクロールする手が止まる。
【緊急】また例のパターンで大物倒れたんだが【何回目?】
1: 匿名さん
下井のとき以降だよね。急死した直後に『ヤバイデータ』が流出って。
14: 匿名さん
美代も美子もまったく同じ流れだったよね。
33: 匿名さん
流石に「たまたま」で片付けるの無理だろ。
88: 匿名さん
誰かが意図的にやった……? いや、当局すら把握できてないっぽいぞ。
102: 匿名さん
草www。まるで世界の方がおかしいみたいじゃん?
壇上に立つ社会学者と情報科学の研究者。
「……ご覧ください。過去数か月間に起きた一連の事件において、
流出したデータの整合性と、周囲の人々の『記憶の差異速度』のグラフです。
これは自然な情報拡散の統計モデルを完全に無視しています」
「それはつまり……?」
「社会全体が、まるで認識の上書きを修正されている……
そう仮定しなければ、説明がつかない現象が起きているということです」
ざわめく場内。誰ひとりとして、それを笑い飛ばす者はいない。
街頭でマイクを向けられた通行人たちが、どこか怯えた表情で口を開く。
「……なんか、最近怖くないですか?メディアで観てた『いい人』が、急にバタッと死んで、次の日には『最悪の悪人』になってるんですよ?」
「自分の記憶すら信じられなくなってくるっていうか……昨日まで当たり前だったのに、急に偽物だったって突きつけられてる感じがして……」
自分たちが生きてきた「現実」のすぐ裏側で、なにか途方もない、不可解な『なにか』が起きているのだと。
オレンジ色の西日が差し込む、ありふれた室内。
テーブルの上には食べかけの夕飯と、つけっぱなしのテレビ。
モニターからは、淡々としたニュースキャスターの声だけが虚しく響いている。
『――続いてのニュースです。本日午後、新たな内部文書がネット上に流出し、警察は――』
テレビの前のソファーに深々と腰掛け、ぼんやりと画面を眺めていた男が、ゆっくりとリモコンへ手を伸ばした。
ピ、と静かな電子音が鳴り、テレビの画面が黒く落ちる。
途絶える音声。
部屋を包み込むのは、時計の針が刻む規則正しい音と、遠くで聞こえるカラスの鳴き声だけ。
静寂の中、男は静かに膝へ肘をつき、誰もいない部屋でポツリと呟いた。
「最近……なんか変なんだよな」