リベンジ ~霊たちの見た夢~    作:しょーもないおっさん

37 / 43
13-2

 

 

住宅街の片隅。街灯の光が、立派な家屋を映し出していた。

 

住む者がいないはずなのに、手入れの行き届いた庭。雑草一本生えておらず、表札にも風雨の汚れは見当たらない。

事件以来、誰も足を踏み入れていないはずのその場所は、静まり返っていた。

 

タロウは門の前で立ち止まり、あたりを見渡した。

「なぜ?こんなにも……何も変わっていない?」

「確かにキレ~だね。で?、ココ何処?誰の家?……それより知ってる~?知らない人の家ってね~、勝手に入っちゃダメなんだよ~。ぷぷ~」

 

真夜がニシシと意地悪く笑うが、その浮遊する瞳はタロウの横顔を見つめている。

 

そんな邸宅を眺めいたタロウに、犬を散歩中の老人が声をかけて来た。

 

「あんた、この家の関係者かなんかかい?」

「いや、そうではないが、人の住んでる気配がないのに、やけにキレイなのが気になってな……」

 

合点がいった老人は得意げに語り始めた。

「ああ……そいつはな、ここな10年くらい前までは住んでる人がいたんだけどな、ホラ例の捕まったあの人、その人の知り合いって人が買ったらしいんだよ」

「知り合い……」

「誰かまではしらないけどね」とだけ言って老人は散歩に戻っていった。

そして邸宅に向き直ったタロウは。静かに門へと近づいた。

 

ガチャッ。

 

施錠されているはずの扉は、なぜか抵抗なく開いた。

足を踏み入れた瞬間、肌に感じたのは昔と同じ懐かしさだった。

 

靴を脱ぎ、ゆっくりと廊下を進む。

 

手垢一つ付いていないドアノブを回し、居間へと入る。

 

部屋の中は、あの日から時間が止まっていた。

それでも壁の柱時計だけは、静かに時を刻み続けている。

テーブルの上には、埃一つおちておらず、記憶のままであった。

 

「ふわぁ、だれかが定期的に掃除にでもきてるのかな~。いつも使ってるボロ拠点よりキレイじゃん~」

真夜がすーっと部屋の中を泳ぎ、あたりを見渡していた。

 

 

ギシ……と足音を立てて、タロウはかつての自分の部屋へと足を踏み入れた。

 

タロウが歩み寄った、机の上にはいくつか木製フォトフレームが立ててあり、その内の一つを手にとった。

 

指先で拭うと、ガラスの向こうから、眩しいほどの斜光が浮き上がる。

 

写真の中に写っていたのは、三人の若者だった。

真ん中では、まだ幼さを残した、若き日の「一郎」。

その隣で、自信ありげに口元を緩め一郎の肩に腕を回している男――「真一」。

そして、二人の間で太陽のような笑顔を咲かせている少女――「光《ひかり》」。

 

三人は制服姿で、夕日に染まる学校の屋上で、レンズに向かって弾けるような笑顔を向けていた。

 

「これって……え!?ここってあんたの家!?え~なんで言わないの~!ざこ潜入じゃなかったの~!」

 

 

真夜が天井からすーっと降りてきて、タロウの肩越しに写真を覗き込みながら驚いていた。

 

「これ、アンタとあの時の『怖い人』でしょ?で……。あたしほどじゃないけど、この可愛い女の子は?」

「……光だ。俺と真一の幼なじみで亡くなった、いや殺された……そして、俺の妻だった」

 

タロウの声から、ただ懐かしむような、切ない響きだけが部屋を満たしていく。

 

「ふ〜ん……。」

 

タロウは写真を見つめ、ゆっくりと瞼を閉じると。

「あの日々」が、鮮やかな色を取り戻して溢れ出していく――。

 

 

――一郎くん!真一くん!も早く来ないと置いてっちゃうよ!

 

茜色に染まる土手沿いの道。

ランドセルを揺らしながら振り返り、元気に手を振る少女・光。

 

――待てって光! 一郎の奴が駄菓子屋でクジ外して泣きついてんだよ!

――いや、泣いてないよ!泣きそうなのは真一だったでしょ!

 

まっすぐな目をした少年・一郎と、裕福でどこか大人びていた真一。

二人がいがみ合いながらも笑い合って光の元へ駆け寄っていく。

 

季節が巡り、制服のサイズが大きくなっても、三人の距離は変わらなかった。

 

試験前の図書室で、教え合いながらいつの間にかお菓子を食べて怒られたこと。

夏の日の放課後、棒アイスを賭けて本気で校庭を走り回ったこと。

文化祭の準備で遅くなり、誰もいない教室で三人で将来の夢を語り明かしたこと。

 

裕福で何でも持っていた真一は、いつも頼もしく、だけど真っ直ぐに一郎を「親友」と呼んでくれた。

光は二人の間を笑って取り持ち、いつも優しく二人を見守ってくれていた。

 

一郎にとって、二人との時間は、かけがえのない宝物だった。

 

――僕たち、大人になってもずっとこうやってバカやってるのかな。

――当たり前だろ!光と一郎がバカやって困った時は、オレが助けてやるよ!

――えへへ、真一くんはカッコつけすぎだって!

――なんだとー!

 

夕暮れの屋上。三人の笑い声が、どこまでも高く青い空に響き渡っていた。

 

あの笑顔に、嘘はなかったはず。

あの友情に、偽りはなかったはず。

あの頃の三人は、間違いなく、大切に思っていたはずだった。

 

 

「…………」

 

タロウは静かに目を開けた。

 

「ねえ、タロウはさ。あんな惨いことされたのに……まだそんな顔するんだ?」

 

真夜が、珍しく茶化すようなトーンを捨て、静かな瞳でタロウを見つめていた。

 

「……ああ」

 

タロウは写真の中の、かつて誇らしげに笑っていた真一の顔を見つめた。

 

「あいつがしたことを、許すつもりはないさ」

 

声がかすかに震える。

 

「……けれど、あいつと過ごした時間まで全部が嘘だったわけじゃない。私たちは……あの頃、本当に楽しかったんだよ」

 

憎しみだけで塗りつぶすには、あまりにも眩しすぎる青春の記憶。

 

 

タロウは手を伸ばし、ゆっくりと一枚の写真を抜き取った。

 

夕暮れの屋上で、笑い合う三人の写真。

 

折れないように丁寧に折りたたみ、ジャケットの内ポケットへと静かに収める。

 

「ふ〜ん……。持ってくんだ?」

 

部屋の隅から真夜が顔を出し、不思議そうに首をかしげる。

 

「思い出にすがりたくなったの?それとも―――」

「……どっちでもない」

 

いつもの顔に戻りタロウは、ポケットの上から、そっと掌でその感触を確かめた。

 

「思い出にするつもりはない」

「じゃあ、なんのために?」

「……『田中一郎』が生きていた証だ」

 

タロウの声には、どこか静かで揺るぎない芯が通っていた。

 

「過去をなかったことにはしない。あの絶望も、復讐も、そして……

あいつらと笑い合っていたあの時間も。全部抱えて、俺は俺として最後まで行く」

 

「……ふ~ん。メンドくさいね」

 

真夜は呆れたように肩をすくめたが、その唇の端にはかすかに満足そうな笑みが浮かんでいた。

 

「でも、嫌いじゃないよ?あたしはざこお兄ちゃんについていくだけだし~にししっ」

 

ギシ……と音を立てて生家の玄関を後にする。

鍵を閉める音。それは、過去を閉ざすためではなく、その記憶を胸に刻むための音だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。