消滅した父親の幽霊が最後に指し示した、部屋の壁際に鎮座する重厚な書棚。
タロウは静かに歩み寄ると、埃をかぶった書籍を一本ずつ抜き取り、棚の裏や引き出しの二重底を念入りに調べ始めた。
しかし――
「……何もないな」
どれだけ手を尽くしても、仕掛けの類いは見当たらない。
古びた百科事典や古い専門書が並んでいるだけで、真一の秘密に繋がるような手掛かりはどこにも存在しなかった。
「あははは〜っ! ざ〜こ! ざこお兄ちゃん探すのヘッタクソ〜!」
そこへ、壁からぬっと顔だけを突き出させた真夜が、ゲラゲラと下品な笑い声をあげた。
「おじさんが指さしたからって、素直に本棚ガサガサ探してんのウケる〜!
頭までざこざこになっちゃった?
壁抜けできるあたしを見習いなよ〜、
ほら〜、壁の中に隠し金庫とか……あれ?」
壁をすり抜けて遊んでいた真夜が、書棚と壁のミリ単位の狭い隙間でピタリと動きを止めた。
「どうした、真夜?」
「……ねえ、ざこお兄ちゃん。本棚の後ろ、壁の中にスペースがあるよ?……そんでなんかノート?みたいなのがあるんだけど」
「なに……!?」
タロウは急いで書棚の横へ回り込んだ。
到底指も入らない狭窄な隙間。
外からは見ることができそうになかった。タロウは真夜が示した場所の本をどけると、
その一角だけ壁紙の色味がわずかに違っており、触るとスライドして動いた。
そしてそこには古びたノートが置いてあった。
「へへ〜ん!見た!?あたしのおかげ!
ざこお兄ちゃんがマヌケに手探りしてる間、あたまの冴えてるあたしが一発で見つけちゃいました〜!いっひひ~」
鼻高々に胸を張る真夜の相手はせず、タロウはそこにびっしりと走る古い墨文字に目を通した。
そこに記されていたのは、父親が命と引き換えに遺した、あまりにも衝撃的な「懺悔の手記」であった。
『私は、黒田涼二《くろだりょうじ》。これから起こる出来事を書き記しておく』
『我が一族には、代々直系当主のみに伝えられる秘密―――
アクマのチカラと呼ばれる禁忌が存在している。
このチカラがどこからきたのかは、定かではない。
一説には、一族の始祖が異形より与えられたと言われている』
『このチカラを得たものは契約者と呼ばれ、定められた範囲の真実を覆い隠し認識をおかしくさせる力を得られる。
それはあまりに恐ろしく強大すぎた。ゆえに悪用を恐れた歴代の当主によって封印された』
『しかし、あの子。真一は、自力でアクマのチカラを突き止め、禁忌の儀式を行い、
あろうことか、アクマのチカラを得てしまった。ああ……アレは人の欲望を肥大化させる。
徐々に人としての心を失っていく真一を、私と妻はただ恐ろしい思いで見つめることしかできなかった』
『しかし、あの子があんなになってしまったのは、私たちの所為でもあった。
あの子が幼い時から、どう接していいかわからずに放置してしまった』
タロウは息を飲んだ。
真一は自ら禁術を掘り起こし、その力を手に入れていたのだ。
手記はさらに続いていた。
『すでに手遅れと気づいた時、私と妻は話し合った。
真一は契約者の弱点である、”真実が虚構に覆われる瞬間を目撃した者”を、いつか必ず消しにかかるだろうと』
『だからこそ、目撃者――“真実を知る者”は、私一人であるように見せ掛けなければいけない』
「……なっ!?」
タロウの瞳が大きく見開かれる。
『私たち二人が居なくなってしまえば、あの子の虚構を打ち破ることは誰にも出来なくなってしまう。それだけは避けなくては、
幸い、真一は妻も禁忌を目撃していたことには気付いていなかった。だからこそ、目撃した私さえ消せばそれで真一は安心するはず』
『これを今読んでる、あなたに頼む。“真実を知る者”である妻と会い、どうか真一を止めてほしい』
父親は、自ら囮となった。
そして十年前、その覚悟どおり命を落とした。
母親は、精神を病んだ振りをして今日まで生き延びていたのだ。
全ては未来のために。
「そんな……じゃあ、お父さんは、わざと真一に殺されに行ったってこと……!?」
手記の内容に真夜も、流石に顔色を変えて覗き込んだ。
「……真一の目撃者、”真実を知る者”は……今も生きている」
タロウは手記を固く握りしめ、静かに立ち上がった。