全ての虚構が脆く崩れ去った、現実の世界。
禍々しい空気を孕んでいた黒田邸をあとにし、タロウと真夜の二人は静まり返った街を歩いていた。
いつものアパートへと続く道すがら、真夜がふと立ち止まり、道の端を指差した。
「ねえ? あそこ。うずくまってるざこがいるね?」
真夜が指をさす先、街灯の薄暗い影の中に、一人の子供が膝を抱えて座り込んでいた。着古した服は汚れ、肩を細かく震わせている。
タロウは無言のまま足音を忍ばせて近づくと、低い声で問いかけた。
「おい。どうした?」
子供はおそるおそる顔を上げた。その瞳は涙で濡れ、深い絶望と怒りに彩られている。
「母さんが……ひき逃げにあって殺されたんだ。警察に言ったのに、誰も信じてくれなくて、それで……」
子供の掠れた声が夜の静寂に落ちる。隠された罪、揉み消された真相。虚構の世界を破った後もなお、現実には救いのない理不尽が渦巻いている。
タロウは何も言わず、静かにその言葉を受け止めていた。
「うっわ~、まだそんな酷いことするヤツがいるんだ! 懲らしめてやるからね。タロウが……」
真夜が呆れたように呟く。
タロウは深く息を吐き出すと、子供の前に屈み、差し出すように手を向けた。
「立て。とりあえず飯を食いに行くぞ」
「え!? うわ!」
突然腕を引かれ、子供は驚きながらも立ち上がった。その小さく冷え切った手をしっかりと握り締め、タロウは迷いのない足取りで歩き出す。
◇
たどり着いた道の先には、温かな灯りが漏れる孤児院があった。
建物の前で掃除をしていた朝日が、近づいてくる人影に気づいてパッと表情を明るくし、手を振る。
「おはよう。タロウお兄ちゃん! ……えっと? その子は?」
「とりあえず、飯を食わせてやってくれ」
多くは語らず、タロウは驚く子供の背中を優しく押し、朝日にその身を任せた。朝日はすぐに事態を察したように頷き、子供の手を温かく包み込む。
「あれ? タロウお兄ちゃんはどこ行くの?」
くるりと踵を返して歩き出すタロウに、朝日が不思議そうに問いかける。
タロウは振り返ることもなく、ただ一言だけ残して去っていった。
「デザートを買いに行ってくる」
◇
その日の夕方。街のテレビから流れるニュースが、ある事件の進展を報じた。
『――本日午後、未解決となっていたひき逃げ事件の容疑者が、警察署に突如自首しました。容疑者は酷く怯えた様子で……』
その日を境に、この街の片隅で、ある噂が静かに囁かれるようになった。
「なー、知ってるか? あの噂」
「噂? どんなよ?」
「なんでも、この街にはいるらしいぜ? 法で裁けない悪に制裁を下すヒーローがよ」
「なんだよそれ? 漫画の読みすぎだろ。それに、それだと『ヒーロー』っていうより『ダークヒーロー』だろ」
「それもそうだな」と男二人が笑い合いながら立ち去っていく。
その二人組の姿が遠ざかった後、しんと静まり返った薄暗い路地裏から、黒いジャケットを着た男――タロウが姿を現した。
タロウは、己の横にいる存在へ語りかけるように呟いた。
「朝日への土産はケーキでいいよな?」
即座に、真夜の呆れた声が隣の空間から響く。
「ま~た、ざこの一つ覚えにケーキ~。この前も、その前もケーキだったじゃん! たまには変えないと朝日ちゃんに愛想尽かされちゃうよ~。いっひひ~」
「待て! この前はチーズケーキで、その前はショートケーキだったはずだ。そして、今回はチョコレートケーキだ。同じじゃない」
真面目な顔で反論するタロウに、真夜は深々とため息をついた。
「……え~と、ホンキで言ってる? ホンキなら処置なしじゃん。朝日ちゃんに嫌われコースまっしぐら~寂しい老後コース!きゃはは!」
「むっ。そ、そうか……ならどうするか?」
真剣に悩み始めたタロウを見て、真夜はドヤ顔を浮かべる気配を見せる。
「やっぱ、ざこお兄ちゃんにはあたしがいないとダメなんだから。ま、これからもメンドー見てあげるから、感謝しなさいよね」
「ああ、これからも頼む」
短いやり取りを交わし、男は再び歩き出す。
理不尽な現実に立ち向かい、闇の中で誰かの明日を守るために。その足取りに迷いはなかった。
リベンジ ~霊たちの見た夢~ 完結 となります。
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