「火神さん、少しよろしいでしょうか」
この学校の真実を知らされた放課後。いつもは挨拶するだけで終わっていた坂柳さんとの会話にも変化があった。最初は数人だった取り巻きも確実に増え、今ではおよそクラスの半数が彼女に付き従う、所謂『坂柳派』を結成していた。じゃあ残りの半数はって?残った全員という訳では無いが、その殆どは葛城くん率いる『葛城派』に集まっていた。つまりAクラスは絶賛派閥争い中なのだ。
「何かな?坂柳さん」
「これからテスト期間となり、テスト勉強をするのでしょう?よろしければ私達と勉強をしませんか?」
「申し出はありがたいんだけど、人が多いと集中出来ないんだ。だから私は部屋に戻って勉強するよ。それに『私達』って事は、坂柳派と一緒にでしょ?私は派閥争いに混ざる気は無いよ?」
「残念です。振られてしまいました」
「ごめんねぇ。という訳だから、私はさっさとバイバイするね」
と言って教室を出ていく。集中出来ないのもそうだし、人が多くなるとうるさくなりそうだし。やっぱ勉強するなら少ない人数がいい。
「いいんですか姫さん。あいつを好きにさせちまって」
「今はまだ問題ありません。ですが近いうちにこちらに引き入れます」
「そう上手くいくかしらね。あの2人は普通じゃないわよ」
その問に、坂柳はただ不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「いいんですか葛城さん、火神の奴を放っておいて」
「今優先するべき事は火神ではない。中間テストに集中しろ」
派閥があるせいで、どちらにも所属していない生徒は肩身に狭い思いをするか、根負けしてどちらかに付くかを考える者ばかりだった。日に日に数が減っているのがその証拠だが、両派閥で話題となる火神愛衣はどちらの誘いも断り続けていた。『興味無いし。好きにすれば?』が決まり文句となっていた。ただ、愛衣自身は葛城、坂柳両名とは友好的であり、普通にクラスメイト、友達として接している。
「さて、早速準備するか」
夕飯は時短の為、おかずは出来合いを買ってきて米だけ炊いておく。炊けるまでの時間も使えるし、隙間時間は有効活用していく。時間は有限なので無駄には出来ない。
「火神くん、ちょっといいかな」
「平田、どうした?」
早速スーパーに向かおうと教室の出入口に行こうとしたら呼び止められた。
「この後、ポイントがどうすれば増やせるか話し合おうと思うんだけど。やっぱり火神くんも参加出来ないかな?」
平田は朝のHRからクラスの全員に可能な限り会議への参加を呼びかけた。強制では無い。そもそも平田自身にそんな強制力が無い。あくまで自由意志となる。俺も朝声を掛けられたが、それより優先するべき事があるので見送る事にした。
「悪いとは思うがやっぱ無理だ。今話し合ったとしてもいい案が出るとは思えない。それより優先するべき事が俺達にはあるはずだ」
「中間テスト、だよね」
「もし赤点を出したくないのならさっさと勉強に時間を割いた方がいい。話し合いをするにしたって、今日は頭の中が落ち着かないんじゃないのか」
真実を知らされて数時間しか経っていない。まだショックから立ち直れないやつもいるだろう。
「そんな状態で話し合っても仕方ないだろ。今はまだ落ち着く時間が必要だと思うぞ」
平田を避けて教室を出る。平田の行動力は素晴らしいが、なんというか、見切り発車的な部分が目立つ気がする。動けばどうにかなる、みたいな。動かないよりはマシだろうが。今回の場合は『会議をする』事が目的になっているんじゃないだろうか?なんて考えながら夕飯も買い出しに行った。
「準備も出来たし、勉強するか」
「おー」
夕飯のおかずを買い、米も炊き準備は万全。さっさと始めてしまおう。
「どの科目にする?」
「数学か英語」
「んじゃ数学だな」
五科目の内一番手間がかかるのが数学と理科だと思う。公式を覚えたり証明を使ったり因数分解したり応用したり、やることが多い。覚えてしまえば楽なのだが、様々な公式が頭の中でごっちゃになる事もある。個人的に最優先で勉強する科目だったりする。現国、社会、英語は基本暗記と読解力なので時間は掛からない。なので自然と数学を勉強する時間が多くなるのだ。
テスト期間というのは、生活面でも変化が起きる。いつもは一緒に寝ている愛衣だが、この期間だけは自分の部屋、自分のベッドで睡眠をとるようにしている。なんでもその方が覚えていられるかららしい。その習慣はここでも続けるようで、この部屋に来て初めて1人で眠るようになった。このベッドも1人だと余計広く感じる。
「火神くん、講師役をやってくれないかな?」
翌日に平田から申し出があった。なんでも講師役が足りず、平田1人では手が回せないそうだ。他にも勉強出来るやつはいたが、皆非協力的な姿勢を見せたらしい。
「俺は別に構わないけど、俺が居ると愛衣も来る事になるぞ」
「僕は構わないよ」
「面倒な事にはなりそうだけどな...」
Aクラスの愛衣が来たらなんと言われるか...とりあえず愛衣にメッセージを送る。
『今日はDクラスで勉強』
『りょ』
「来たよー」
放課後になるや否や、早速愛衣がやってきた。
「なんでAクラスの火神さんがDクラスに?」
「お兄ちゃんがここで勉強すると聞いて」
愛衣はいつも通りに喋っているが、それ以外の、特にポイントが殆ど残っていない者からは冷たい目で見られていた。そりゃ自分らと違って今月もポイントが、92000も振り込まれたもんだから普通に接するのは難しいかもしれない。
「ホントは笑いに来たんでしょ、0ポイントの不良品の私達をさ」
「そーよね。口ではああ言っても、内心ではどう思ってるかわかったもんじゃないわよ」
「Aクラスだからって調子のってんじゃないわよ」
今日の勉強会に参加する女子達から好き放題言われるが、愛衣はその程度でどうこうなる訳もなく。
「お兄ちゃん、さっさと始めよ。時間が勿体ないよ」
「今日はどれにする?」
「英語にしようかな」
「あんた、聞いてんの!?」
無視して勉強の準備をしていたら更に詰められてしまった。
「聞いてるよー。でもそんな事より勉強しなよ、今は勉強会なんでしょ?私を詰めるよりさっさと勉強始めなよ。分からないとこは教えてあげるから」
「だっ、誰があんたなんかに聞くもんですか!あんたに聞くくらいなら他の人に聞くわよ!」
なんて捨て台詞を吐いて、平田が見ているグループに全員行ってしまった。残ったのは愛衣だけだった。
「なーんであんなにかっかしてるのかな?生理?」
「ポイントが無くてAクラスのお前を僻んでるだけだろ」
とりあえず平田に話しかける。
「平田、やっぱ講師受けれないわ。皆そっち行っちまった」
「そうみたいだね...。何かあったのかい?」
「んー愛衣への僻み?」
「やっぱりAクラスの人がいるのは不味かったみたいだね」
「だから悪いけど、俺達は帰るよ。邪魔になりそうだし」
「その方がいいんだろうね...今日はごめんね、無理を言って」
「平田が悪い訳じゃないだろ。気にするな。愛衣、帰るぞ」
「いいの?始めたばっかだよ?」
「ここに居る意味が無くなった」
「はーい」
荷物を纏めて教室から出る。
「あそうだ、ここにいるあなた達にいい事教えてあげる。私はあくまで対等な同級生だと思ってるけど、あなた達は私に『笑いに来た』とか、『調子に乗って』とか言って自分たちを下に置いて差別されようとしているの。気づいてる?それにも気づけないようなら、あなた達は本当に『不良品』なんだろうねぇ。バイバイ」
坂柳有栖と葛城康平
1年Aクラスを率いようとしている2つの派閥のリーダー。どちらも火神兄妹とは交友があり、度々兄妹の非常識な行動(キス、ハグ等)に頭を悩ませている。葛城も妹がおり、黎とは妹談義をしている姿が確認されている。多分そのうち一之瀬も混ざる、かもしれない。