ただいまケヤキモールに向かい全力疾走中。結構な速度で走っているはずなのに綾小路はまだ余裕そう。スタミナおばけか。GPSを確認すると場所は移動していないようだ。人目がある場所ならいいが、もし居ない、もしくは少ない場所だと力の差もあるし何をされるか分からない。なんだってこんな事になってんだよ。
「...もう、私に連絡してくるのはやめてください...!」
遠くから聞こえた佐倉の声。状況は最悪かもしれない。
「どうしてそんなこと言うんだい? 僕は君のことが本当に大切なんだ...。雑誌で君を初めて見た時から好きだった。ここで再会した時には運命だと感じたよ。好きなんだ......君を想う気持ちは止められない!」
「やめて...やめてください!」
一緒に聞き覚えのある男の声も聞こえる。例の家電屋のストーカー店員で間違いない。
「こっちみたいだ」
モールの搬入口付近で2人を発見する。物陰に隠れて観察する。
「どうする?」
「まだストーカーって証拠がない。証拠が出るか実害が出そうになるまで待つ動画撮っておこう」
カメラは綾小路に任せてタイミングを測る。佐倉は持っていた鞄から紙の束を取り出す。それは手紙だった。百にも届きそうなほどの量の手紙。2度と中身を見たくない。見ただけで吐き気を催すおぞましい文章が刻まれた便箋の束。それをコイツはこんな大量に製造していたとは...。
「どうして私の部屋を知ってるんですか!どうしてこんなもの、送ってくるんですか!」
「決まってるじゃないか。僕たちは心で繋がってるからなんだよ」
うーんこの。全く会話が噛み合っていない。男の耳は飾りらしい。
「もうやめてください!迷惑なんです!!」
佐倉はそう叫んで手に持った束を地面に叩きつける。それは彼女の覚悟の表れなのだろう。だがこのストーカーにその勇気も覚悟も通じなかった。
「どうして...どうしてこんなことするんだよ...! 君を思って書いたのに!」
「こ、来ないでっ!」
店員が佐倉との距離を詰める。佐倉の後ろにスペースが無く、シャッターで逃げ道を阻まれている。その彼女に今にも襲い掛かりそうな勢いだ。想っている割には配慮の欠片もない力で乱暴に腕を掴み、シャッターに叩きつけるようにして押し付けられる。
「今から僕の本当の愛を教えてあげるよ......そうすれば佐倉も、わかってくれる」
「いや、離してください!」
今、愛って言ったか?
これのどこが?
不要に相手を傷つけ続けた人間が?
独りよがりの感情を?
愛と言った?
「ふぅ、はぁ...2人共早すぎ」
私はお兄ちゃんと綾小路君の速度に追いつけないので可能な限りの速度で2人の後を追ってきた。今はどうやら搬入口の方にいるみたい。多分佐倉さんやあのキモいストーカーもそこにいるんだと思う。
「ガッ...」
遠くから声が聞こえる。やっぱり搬入口の方だ。心配だし急ごう。警備も呼ばなきゃ。
ゴギッ グチャッ
「グッ...ガァ...」
そこには、血塗れの拳でストーカーの顔面を殴り続けるお兄ちゃんがいた。
「...」
「あーらら、だいぶやってるねぇ」
「っ!火神妹、来たのか」
「まぁ、お兄ちゃんいる所に私ありってね」
「か、火神さん!火神君が...!」
佐倉さんは綾小路君に保護されていて、怪我とかもしてないみたい。よかったよかった。お兄ちゃんは殴打を続けている。
「んー?お兄ちゃん、そろそろ終わろっか?もういいでしょ」
「...っ、愛衣?」
私の呼びかけに反応して手を止める。ストーカーの顔はギリギリ原型を留めている。歯は折れてるみたいだけど、骨とかは砕けてないんじゃないかな?
「あーあ手もこんなに汚してぇ」
「ああ、悪い、これじゃ手を繋げないな」
「洗っちゃえば平気だよ」
お兄ちゃんが手を洗っている内に警備の人がやって来る。よく見なくてもお巡りさんも一緒だ。血塗れのストーカーを見て驚き、事情聴取が始まった。私は殆ど関わっていないからすぐ解放されたけど、被害者である佐倉さん、ストーカーをボコったお兄ちゃん、証拠映像を撮ってたらしい綾小路君はじっくり話していた。証拠があったおかげでお兄ちゃんは暴漢撃退って事でお咎め無しとなった。そしてこの件に関しては学校側にも報告されることになった。そりゃ当たり前だよね。親から預かっている子供たちがストーカーされたりしてるんだから。
「なぁ、火神妹は平気なのか?兄があんな事して」
「ボコボコに殴った事?でもアレは佐倉さん守る為だし、気にしないでいいよ。それにお兄ちゃんが鍛えたのだって、私や誰かを守る為だもん」
「1歩間違えれば、火神兄だって暴行で連れてかれたかもしれないぞ」
「まあその時はその時だよ。今回もお咎め無しでよかったよ」
「...今回も?」
「以前にも似た事が?」
「...あの時もお兄ちゃんに正当性が認められて許されたんだよね」
一生涯忘れることの出来ない『事件』。その時にも今日みたいにお兄ちゃんは力を振るった。あの時も今回と一緒で理由があってお咎めを受けずに済んだんだ。その代わりに友達全員失ってたけど。
「この後の処理はこちらに任せてください。皆さんは明日にでも担任から話があると思います。では」
ボコボコになったストーカーを連れてお巡りさんは去っていった。ここで働いてるってことはあのお巡りさんも優秀なのかな。それともここの卒業生だったり?
「俺は佐倉を送っていくが...お前たちはどうする?」
「病院かな。お兄ちゃんの手、診て貰わないと。行こっお兄ちゃん」
「...ああ」
私は血に塗れたお兄ちゃんの腕を引いて病院に向かった。その間、私たちの間に会話はなかった。