同級生の女の子にゲームを教えるだけの簡単なお仕事です。 作:漂流者
初投稿ですがよろしくお願いします。
気がつくと、目の前に女の子の顔があった。
そんなあり得ない状況に、息が詰まりそうなほど吃驚する。
だが、それはこちらの顔を覗き込む相手も同じなのか。
心配そうな顔をしたまま目を丸くする少女の名前を、俺は知っている──。
「……水瀬さん?」
「わっ、起きた!」
その言葉が引き金となったかのように尻餅をつく。
「ビックリしたぁ。恒一君が倒れてるのを見つけたから、息してなかったらどうしようかって」
「……すみません」
「なんで恒一君が謝るの?」
そう言って、その少女はいつもと同じように笑った。
同じクラスの女子。
名前は
いつも笑顔で、誰とでも分け隔てなく接することのできる性格と、俺とは何もかもが正反対。
そんな水瀬さんが、なぜか俺の安否確認をするハメになったのか……?
「それで……ここ、どこです?」
「うん。海と砂浜があるからどこかの海岸だよね」
「いや、そうじゃなくて」
「あはは。分かってるって」
水瀬さんが立ち上がり、尻餅をついた部分を何度か
俺も起き上がって、同様に背中を叩きながら周囲を見回した。
一面の砂浜。
目の前には青い海が広がり、その向こうに水平線が見える。
背後には草原と森林。
空はどこまでも青く、雲ひとつない。
それだけなら水瀬さんの言うように、どこかの海岸で終わる話だが。
それらの地形が妙に角ばっているとなると、さすがに疑問を禁じ得ない。
「……水瀬さん」
「うん?」
「ここ、どこだと思います?」
「分かんない」
水瀬さんはあっさり答えた。
「わたしも気付いたらここにいたから。でもさ」
彼女は海を眺めて、目を輝かせる。
「すっごく綺麗じゃない?」
「……まあ、そうですよね」
「海も綺麗だし、空も綺麗。あっちの森もすごいよね」
「そうですね」
「ねえ、恒一君」
「はい」
「泳ごうよ」
「なんでですか?」
俺はあまりに能天気な提案に頭を抱えそうになった。
「だって海だよ?」
「それは見れば分かりますけど」
……さすがに不味いでしょうに。
状況がまるで判らず、いつもは殆ど接点のない男子と二人きり。
それなのに海があるから泳ごうというのは、色んな意味で不味いと申し上げたい。
「ここがどこなのかも分からないんですよ。食べ物があるか、水があるか、帰れるかどうかだって分からない」
「うん」
「だったら、まずは状況を確認するべきだと思います」
「そっかぁ」
水瀬さんはとても残念そうに頷いた。
「じゃあ、状況確認しよっか」
「はい」
「そのあと泳ごう」
「……」
話が通じているようで、通じていない。
そのときだった。
「ねえ、恒一君。これ何だろ?」
水瀬さんが砂浜に落ちていた何かを拾い上げた。
「ちょっと見せてもらえますか?」
「はい」
手渡されたものを見て、俺は言葉を失った。
片手で掴める大きさの、正方形の立方体。
表面には砂浜と同じ模様がついている。
「……砂のブロック?」
「砂?」
「いや……」
そんなわけがない。
砂が、こんな綺麗な立方体になるはずがない。
俺は無意識に周囲を見回した。
砂浜。
海。
草原。
森林。
そして、四角く区切られた地形。
ここまで揃っているなら、さすがに気付く。
「……いや、まさか」
「恒一君?」
「ちょっと、試してみます」
俺は右手を前に出した。
頭の中で、何度も繰り返してきた操作を思い浮かべる。
拾った砂のブロックを、その場に置く。
ただ、それだけを意識した。
すると。
一立方体メートルほどの砂のブロックが、目の前に現れた。
「…………」
「…………」
水瀬さんが固まる。
俺も固まった。
風が吹いているのに、その砂は崩れない。
綺麗な立方体のまま、そこに存在している。
間違いない。
さらに視界の端に、小さなアイコンが表示されていることにも気付いた。
指で触れる。
半透明の画面が空中に浮かび上がった。
装備。
アイテム。
クラフト。
そして画面の隅には、三つのスキルアイコン。
採取。
鑑定。
制作。
俺がアークラで愛用していたスキル構成まで、そのままだった。
「……コーイチ君」
「はい」
「それって……」
「はい」
俺は画面を見つめたまま答えた。
「たぶん、アークラです」
「…………」
「俺たち、アークラの世界にいるみたいです」
しばらく沈黙が続いた。
水瀬さんは画面を眺め、それから俺の顔を見た。
「えっ? アークラって、あのアークラだよね? 小学生のときに図工の授業で何度かやって、わたしの弟も大好きな……」
「はい、そのアークラです」
「本当に……?」
「たぶん間違いないです」
次の瞬間。
「やったぁ!」
「え?」
水瀬さんの顔が、ぱっと明るくなった。
「本当にアークラなんだ!」
「いや、待ってください。喜んでる場合じゃないです」
「え、でもアークラだよ? わたしも好きだったし、また遊べることになって嬉しいけど、恒一君はアークラ嫌い?」
「いや、好きですけど……水瀬さん、本当にこの状況を疑問に思いません?」
「うーん? 言われてみればアークラの中に入って遊べるのは知らなかったけど、そんなに不思議?」
ダメだこりゃ。
ハッキリ言わなきゃ伝わらないなと、俺は心を鬼にして伝える。
「あのですね。アークラはサンドボックス系スローライフゲームと言われてますけど、サバイバル要素もあって、その辺は結構シビアなんですよ」
「だよね。わたしもモンスターにやられて、せっかく集めたアイテムを落としてよく泣いたよ」
「はい。ゲームならシビアなデスペナも有りなんですけど……いま僕たちがモンスターに倒されたらどうなると思います?」
「……あ」
ようやく水瀬さんの表情から危機感が窺えるようになった。
「そういうこと?」
「たぶん」
俺は周囲を見回した。
ここがアークラの世界だとして、現実の身体がどうなっているのかも分からない。
どうして俺たちがここにいるのかも分からない。
けれど、今それを考えても仕方がない。
まずは生き延びる。
それが先だ。
「水瀬さん。アークラ、どのくらいやったことあります?」
「えーっと……弟が遊んでるのを見てたくらいかな。たまに代わってもらったりもしたけど」
「なるほど」
「わたしがやると、すぐ死んじゃうんだよね」
「……完全初心者ですね」
「はい。先生、水瀬莉央はアークラのことをあまりよく知りません」
水瀬さんはどこか嬉しそうに敬礼した。
俺は頭を抱えたくなった。
アークラはスローライフを売りにしているゲームだけど、さっきも言ったようにサバイバル要素は決して甘くない。
特に問題なのは、スタート直後だ。
食料も道具もない。夜になれば敵が出る。ゲームなら死んでも持ち物を落として復活するだけで済む。
でも、ここで同じことが起きる保証なんてどこにもない。
「水瀬さん」
「はい」
「これから言うことをちゃんと聞いてください」
「うん」
「僕たちの命がかかっています」
「……分かった」
さすがに今度は真剣な顔になった。
「何をしたらいい?」
「まず、安全な場所を確保します」
「はい」
「それから食料と水を探して、夜を越せる拠点を作ります」
「うん」
「そのためには道具が必要です」
「道具って?」
「作ります」
「作れるの?」
「アークラですから」
「便利だね!」
水瀬さんが少しだけ笑う。
俺もつられて笑いそうになった。
こんな状況なのに。
それでも、彼女が笑っていると少しだけ安心する。
「それじゃあ、まずは森林に行きましょう」
「何をするの?」
「木を切ります」
「斧は?」
「ありません」
「……どうするの?」
俺は森の中に生えている木を指差した。
「手で」
「手で?」
「はい」
「……木を?」
「木を」
水瀬さんが、ものすごく不安そうな顔で俺を見る。
まぁ自分から言い出しておいてなんだが、気持ちはわかる。
俺だって半信半疑だが仕方ない。
俺は黙って森へ歩き出した。
アークラ最初の一歩。
まずは木材を手に入れるところからだ。
「まずは水瀬さん、僕が実演します」
「うん、お願いね」
ゴクリと喉を鳴らして、真剣な面持ちのクラスメイトの前でこれをやるのは気が引けるが、重ねて仕方ない。
俺は目の前の角ばった樫の木を見つめて、祈るような気持ちで右手をグルグルと回転させた。
「わわ、恒一君! 樫の木にヒビが……」
「イケます! もうちょい……!!」
やがて水瀬さんのいうヒビが最大まで達すると、樫の木はポンッという間の抜けた音と一緒にブロック化された。
「……すごい。ホントにアークラだね」
「ですね、水瀬さんもやってみてください。実際に手をぶつける必要はなく、壊れろオラーッと念じながらグルグルパンチをするだけで壊れますから」
「うん、壊れろオラーッ!!」
と、言われるままに俺の行動を再現してみせる水瀬さんに照れた様子はない。
「あ、なんか木を手に入れようってファンファーレが」
「実績解除ですね。おめでとうございます。水瀬さんがアークラの入り口に立てた証ですよ」
「うん、ありがとう! これからメキメキ上達していくから見ててね!!」
……本当に嬉しそうだ。
昨日まで陽キャの女子なんて鬱陶しいとしか思わなかったが、こんな状況だとこっちまで嬉しくなるから不思議だ。
その後も俺たちは樫の原木を確保しながら、作業台を生成。ついでに数本の木の斧と木のツルハシも作っておく。
「水瀬さん、今度からこちらの木の斧を使ってください。これで原木の確保がかなり楽になるはずです」
「うん、でも恒一君は? ツルハシを持ってどこに行くの?」
「いえ、どこにも行きませんが、僕は石の確保と寝床の確保を目指して、ちょっとこの辺を掘ってみようかと」
「……そっか。モンスターを掘り当てたら教えてね。代わりにやっつけてあげる」
「あはは。そのときはブロックで蓋をして逃げてきますよ」
「うん、気をつけてね。恒一君がピンチにならないようにお祈りしてあげる」
そんな水瀬さんの願掛けが通用したのか、俺はモンスターがひしめく地下空洞を掘り当てることなく、適当な空間とそれなりの石材を確保。
ただちに作業台で複数のかまどを制作。樫の原木をかまどに突っ込んで木炭を作り、俺はなんとか夕暮れまでに焚き火とたいまつを確保するのだった。
「すみません、こんな粗末な寝床で……さすがに羊を探す余裕はなかったので、ベッドをクリックしたら翌朝とは行きませんが、入り口もブロックで封鎖したのでなんとか耐え忍んでください」
「なんでいちいち謝るのかなぁ……ぜんぜん粗末じゃないよ? この葉っぱブロックのお布団とってもフカフカだし、恒一君も一緒だしね」
そう屈託のない笑顔を見せる水瀬さんは、なるほど、さすがはクラスの中心人物だ。ファンが多いのも頷ける。
「お腹は空いてませんか? 明日は食料と水源の確保に動きますから、今日のところは……」
「うん、大丈夫。あんなに動いたのに汗も掻いてないし、ご飯もさっき食べた林檎で十分だよ。それより……」
「はい?」
「もうちょっとそっちに行ってもいい?」
そのとき、俺はなんて答えたのか自分でも判らなかった。
猛烈な睡魔に意識を刈り取られそうになるなか、水瀬さんの温かい笑顔が広がってきて──。
「明日も、俺は、水瀬さんと……アークラを……」
「おやすみ、恒一君。また明日ね」
これが夢なら覚めないでくれ。
俺はそんなふうに思いながら、その日は柔らかい眠りに落ちるのだった。