同級生の女の子にゲームを教えるだけの簡単なお仕事です。 作:漂流者
これはアークラである。
村人の物は俺の物。
チェストの中身を丸ごと奪おうが、場合によっては家そのものを解体して持ち去ろうが、なんの罪に問われるわけでもない。
もちろん、現実の日本で同じことをやれば立派な犯罪だ。
だが、ここはゲームの世界。
ならば遠慮する必要などない。
「……よし」
村のチェストから回収したアイテムを並べ終えた俺は、思わず頬を緩ませた。
食料に農作物。
鉄のインゴットに各種素材。
そして何より――。
「ミスリル……!」
ついに見つけた。
アークラにおける最上級鉱石のひとつ。
これより上となると、アナザーワールドで採掘できるアダマンタイトくらいしかない。
つまり、この時点では文句なしの最高級品だ。
「すごいね、コーイチ君」
隣から水瀬さんの声がする。
「うん。すごい。これだけあれば……」
俺はミスリルのインゴットを手に取った。
硬い。
鉄なんかとは比較にならないほどの硬度を誇る金属だ。
これで装備を作れば、防御力は一気に跳ね上がる。
そして――。
「水瀬さんの防具が作れる」
「……え?」
水瀬さんが目を丸くした。
「今使ってる革の防具より、ずっと頑丈だから。これならスイーパー以外の攻撃なんて、ほとんど気にしなくていい」
「ちょ、ちょっと待って。コーイチ君」
「大丈夫。作り方は分かってるから」
「そうじゃなくて……」
俺はすでに作業台を取り出していた。
地面に設置。
ミスリルのインゴットを並べる。
幸い、防具の現物も幾つか入手している。
ミスリルの兜と小手、そしてブーツがある。
あとはミスリルの胴着とズボンを作ればいい。
足りる。
まずはミスリルの胴着。
完成。
クオリティは⭐︎3。まずまずだ。
ズボンは……⭐︎4。こちらもまずまず。
最終的には⭐︎5の一式をエンチャントしたいが、序盤を凌ぐだけなら十分すぎる。
「よし。最後に革のベルトでフリーサイズ化して、と……」
作業台の前に、ミスリル製の防具一式が並んだ。
輝く銀色の装備。
これなら、少なくとも俺が一緒にいる間は、水瀬さんの安全をかなり確保できる。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「できたよ、水瀬さん!」
俺はミスリル防具一式を抱えて振り返った。
「これ、使ってくれ!」
「…………」
水瀬さんは黙っていた。
あれ?
もしかして気に入らなかった?
「どうしたの?」
「……ううん」
水瀬さんはミスリル防具と俺の顔を交互に見て、それから困ったように笑った。
「わたしは、今の防具でいいよ」
「え?」
「この革の防具」
水瀬さんが自分の胸元を軽く叩く。
「コーイチ君が作ってくれたんだよね?」
「そうだけど……」
「だったら、これがいい」
「いや、でもミスリルのほうがずっと頑丈だよ?」
「うん」
「スイーパーの爆発以外なら、まず通らない」
「うん」
「だったら──」
「それでも、これがいい」
きっぱりと言われてしまった。
俺は思わず言葉に詰まる。
「……なんで?」
水瀬さんは少しだけ考えるように視線を落とした。
そして、柔らかく笑う。
「だって、この防具には、みんなの命とコーイチ君の想いが詰まってるから」
「……」
「最初に二人で作った防具でしょ?」
「まあ……そうだけど」
「だったら、わたしはこっちがいいな」
そう言って、水瀬さんは革の胸当てを撫でた。
俺は黙り込んだ。
……困った。
これは困ったぞ。
安全性だけなら、どう考えてもミスリルのほうが上だ。
ゲームだったら迷う理由なんて一つもない。
性能のいい装備が手に入ったら、古い装備なんて即座に交換する。
それがゲーマーというものだ。
でも──。
「……水瀬さんがそこまで言うなら」
「うん」
「無理に交換しなくてもいいか」
「ありがとう、コーイチ君」
水瀬さんが嬉しそうに笑う。
……まあ、本人が気に入ってるなら仕方ない。
それに、よく考えれば防具なしで戦うわけでもない。
俺が前衛に立つ以上、水瀬さんが直接攻撃を受ける機会は少ないはずだ。
俺のほうが被弾する可能性は圧倒的に高い。
だったら──。
「じゃあ、これ。俺が使うよ」
「え?」
俺はミスリルの防具を手に取った。
「えっと……」
水瀬さんが目を瞬かせる。
「コーイチ君、それ……」
「だって、せっかく作ったんだし」
「でも……」
「大丈夫だよ」
俺は笑った。
「俺が前で戦うんだから、俺が使ったほうが合理的でしょ」
「…………」
水瀬さんが何か言いたそうに俺を見る。
そして──。
「……うん」
小さく頷いた。
どうやら納得してくれたらしい。
俺はさっそくミスリルの防具を装備する。
まず兜。
次に胴着。
ズボン。
最後に小手とブーツ。
全身をミスリルで固めると、さすがにずっしりとした重量感がある。
「……どう?」
俺が両腕を広げてみせる。
「うん」
水瀬さんは俺をじっと見つめ――。
「似合ってる」
「そう?」
「うん。なんだか強そう」
「実際、かなり強いよ」
「ふふっ」
水瀬さんが笑った。
「じゃあ、これからはコーイチ君が前で守ってくれるんだね」
「もちろん」
そう答えてから、俺は少しだけ胸を張った。
ミスリル装備。
アークラの世界でも最上級の防具。
これなら、かなり安心して戦える。
これで水瀬さんの安全も盤石だ。
……よし。
我ながら、いい仕事をした。
そんな満足感に浸りながら、俺はミスリルの小手を眺めていた。
その横で、水瀬さんが小さく息を吐く。
「……よかった」
「ん?」
「ううん。なんでもない」
水瀬さんはそう言って、また笑った。
俺はその意味を深く考えず、村の外へ目を向ける。
さて。
これだけ装備が整ったんだ。
そろそろ、本格的な探索を始めよう。
そう思った俺は、石の剣を腰に下げた。
その隣で水瀬さんも弓を背負う。
「じゃあ、行こうか。水瀬さん」
「うん!」
二人並んで、村を後にした。
──なお。
俺はそのとき最後まで、水瀬さんが何を言いたかったのか理解できなかった。
朧げながらようやく理解できたのは後日のこと。
スタンドにミスリル防具一式を飾った時のことだ。
『……それ、やっぱり村の人に返してあげないんだ』
ああ、デリカシーの問題か。
そりゃ盗品を押し付けられても困っちゃうよな。
俺は水瀬さんのおかげで、自分のゲーマー脳を見直す機会を与えられるのだった──。
そんなこんなで、村を出てしばらく。
俺たちは再び、地下資源を探しながら草原を歩いていた。
「……ん?」
ふと、水瀬さんが足を止める。
「どうしたの?」
「ちょっと待って」
水瀬さんは目を閉じ、意識を集中させるように顔を上げた。
探索スキル。
その効果によって表示される、彼女だけの三次元マップ。
まだスキルレベルが低いせいか、表示される情報は限定的だ。
それでも、普通なら判らない地下の構造まで確認できるのだから、探索においてはとんでもなく便利な能力だった。
「……コーイチ君」
「うん」
「これって……」
水瀬さんが俺を見る。
「地下に、変な空洞がある」
「どの辺?」
「こっち」
水瀬さんが指差した。
俺も彼女の横からマップを覗き込む。
「……おお」
地下へ伸びる、切り立った剣先。
その先端から不自然な空洞が生まれている。
「ビンゴだ」
「やっぱり?」
「うん。たぶん渓谷だ」
「渓谷?」
「山の近くにある巨大な裂け目みたいな場所。洞窟より広いことが多いんだ」
「へえ……」
水瀬さんが興味深そうにマップを見る。
「行ってみようか」
「うん!」
目的地が決まれば、あとは早い。
俺たちは地形を確認しながら歩き、やがてその場所へ辿り着いた。
「……あった」
地面が大きく崩れ、地下へと続く穴が口を開けている。
慎重に覗き込む。
かなり深い。
さらに──。
「……水?」
地下深くから、水の流れる音が聞こえた。
「滝だ」
「滝?」
「ああ」
どうやら地上から流れ込んだ水が、地下へ落ち込んでいるらしい。
さらに水瀬さんのマップを確認する。
「内部はそれほど広くないけど……深さはかなりあるな」
「じゃあ、ここがダンジョン?」
「うん。しかも、ちょうどいい」
これなら内部の構造も把握しやすい。
モンスターを掃討して、明かりを置いていけばいい。
水瀬さんに実戦を経験してもらうには、かなり適した場所だ。
「よし。ここにしよう」
「……うん」
水瀬さんが頷く。
俺はさっそく準備を始めた。
「水瀬さん、ちょっと待ってて」
「え?」
「先に安全を確認してくるから」
「う、うん」
俺は穴の縁まで歩いていく。
その先に見えるのは、地下深くへと流れ落ちる滝。
そして、滝壺の存在も確認──。
「よし」
俺は迷わず飛び降りた。
「えっ?」
背後から水瀬さんの声。
次の瞬間。
「コーイチくぅぅぅん!?」
叫び声が地下に響き渡った。
俺は落下する。
真っ直ぐに。
滝壺へ。
到達!
ザッパーン!
「……よし」
無傷。
やっぱり大丈夫だ。
アークラでは、落下地点が十分な水深のある水面なら、どれだけ高いところから落ちてもダメージを受けない。
俺は水から顔を出した。
「水瀬さん、大丈夫だよ!」
「大丈夫じゃないよぉ!」
上から悲鳴が返ってくる。
見上げると、水瀬さんが穴の縁からこちらを覗き込んでいた。
「い、いきなり飛び降りる人がいるかな!?」
「だって、ここなら落下ダメージないから」
「そういう問題じゃないよ!」
「え?」
「高さを考えてよ!」
「いや、だからゲームの仕様で――」
「ゲームでも怖いものは怖いの!」
……ごもっともだった。
「ごめん」
「もう……」
水瀬さんは腰が抜けそうな顔をしている。
俺はもう一度頭を下げてから周囲を確認した。
うん、この辺は日光が差し込んでるからモンスターはいない。
なら、まずは安全確保だ。
俺は滝壺から上がり、洞窟の奥へ進む。
たいまつを置く。
右。
左。
さらに奥。
湧き潰しをしながら、内部を確認していく。
そして一通り安全を確保すると、俺は滝壺のところまで戻り、滝そのものを逆流した。
……ちなみに殆ど力は使っていない。
勝手に浮力が働く。
奇妙なものだがアークラだからな。楽なものだ。
「よし。大丈夫」
「……ほんと?」
「うん」
「モンスターは?」
「いないよ」
俺は水面を指差した。
「じゃあ、行こうか」
「……え?」
「ここから入るんだよ」
「…………」
水瀬さんが固まった。
「……コーイチ君」
「うん」
「もしかして」
「うん」
「わたしも、ここから落ちるの?」
「そう」
「…………」
水瀬さんが無言で首を横に振った。
「大丈夫だから」
俺がもう一度言う。
しかし。
フルフルフル。
今度はさっきより勢いよく首を振った。
「いやいやいや!」
「大丈夫だって」
「さっきコーイチ君が飛び降りるのを見て心臓止まるかと思ったんだけど!?」
「でも、実際に無傷だったでしょ?」
「そうだけど!」
「だったら大丈夫」
「そういう理屈じゃ──」
水瀬さんは言いかけて、黙った。
そして俺を見る。
「……ほんとに大丈夫?」
「うん」
「絶対?」
「絶対」
「……コーイチ君も一緒に行ってくれる?」
「もちろん」
俺は水瀬さんの前に立った。
「じゃあ、一緒に行こう」
「……うん」
水瀬さんが覚悟を決めた。
それはいい。
「せーの!」
「えっ」
だが、水瀬さんは俺の手を取った。
「水瀬さん!?」
「一緒なら怖くないでしょ」
「ちょっ、ちょっと待って──」
「行くよ!」
「きゃあああああああああああああ!」
なんという地獄の道連れ。
俺は水瀬さんに手を引かれたまま滝壺へ飛び込んだ。
ザッパァァン!
「きゃ──!」
水の中へ。
そして、そのまま滝の流れに押し流される。
「うわっ!」
「きゃああああ!」
ぐるん、と身体が回った。
水流に押されて、二人一緒に滑っていく。
まるで天然のウォータースライダーだ。
「わああああ!」
「きゃあああああ!」
水瀬さんの手を握ったまま、俺も思わず叫んでいた。
視界がぐるぐる回る。
水しぶきが顔にかかる。
そして――。
ザバァン!
二人そろって水面へ放り出された。
「ぷはっ!」
「ぷはぁっ!」
しばらく呆然。
俺と水瀬さんは顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
そして。
「……楽しい」
水瀬さんの目が、きらきらと輝いた。
「え?」
「楽しい!」
さっきまであれほど怖がっていたのに。
水瀬さんは子供みたいな笑顔で滝を見上げている。
「コーイチ君!」
「うん」
「もう一回やっていい?」
「……いいよ」
「ほんと!?」
「何回でもどうぞ」
「やった!」
水瀬さんが嬉しそうに笑った。
俺もなんだか楽しくなってきた。
崖の上まで戻るが、水瀬さんはさも当然のように俺の手を握ったままだ。
「じゃあ、今度はもう少し勢いをつけて──」
「えいっ!」
「うわっ!?」
いきなり水瀬さんに腕を引っ張られた。
「ちょ、待っ──」
「いっくよー!」
「水瀬さん!?」
二人で再び滝へ。
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
また水流に乗って滑っていく。
今度は途中で身体がぶつかり、反射的にお互いを抱きかかえるような格好になった。
クラスの女子と抱き合って水遊びなど正気の沙汰じゃない。
……ミスリルの防具を作っておいて、本当によかった。
今後も水瀬さんにはこの防具とともに向き合おう。
「うわっ!」
「きゃっ!」
そのまま二人そろって回転する。
「ちょ、コーイチ君!」
「水瀬さん、離さないで!」
「離したら流されるよ!」
「じゃあ、そのまま!」
「きゃはははは!」
「はははは!」
さっきまでの緊張が嘘みたいだった。
何度も水に飛び込み。
何度も流され。
何度も水面に浮かび上がる。
気がつけば、俺まで夢中になっていた。
「……もう一回!」
水瀬さんが笑う。
「まだやるの?」
「コーイチ君も楽しいでしょ?」
「……まあ」
否定できない。
「じゃあ、もう一回だけ」
「やった!」
そうして俺たちは、もう一度滝を登った。
結局。
ダンジョン探索を始めるまでに、二人とも何度も天然のウォータースライダーを楽しむことになった。
……本来の目的を、すっかり忘れていたわけではない。
たぶん。
きっと。
──とりあえず水遊びは、ほどほどにしておいた。
これ以上続けていたら、本来の目的であるダンジョン探索を忘れてしまいそうだったからだ。
「じゃあ、ここからが本番だよ」
「うん」
水瀬さんの表情が引き締まる。
俺も剣と盾を確認し、洞窟の奥へと進んでいく。
先ほどまでの賑やかな空気が嘘のように、地下は静かだった。
聞こえるのは、水の流れる音と俺たちの足音だけ。
たいまつの明かりが届かない先は、真っ暗だ。
「コーイチ君」
「うん」
「この先……何かいる」
水瀬さんが小声で言った。
俺も耳を澄ます。
……いた。
奥から、何かを引きずるような音が聞こえる。
「ゾンビかな」
剣を抜く。
「水瀬さん、少し下がって」
「わかった」
次の瞬間。
暗闇からゾンビが姿を現した。
「水瀬さん、お願い!」
「うん!」
水瀬さんが弓を構える。
ギリッ。
弦が引き絞られる。
放たれた矢が、真っ直ぐにゾンビの頭へ飛んでいった。
ドンッ!
命中。
ゾンビがよろめく。
「すごい!」
思わず声が出た。
「もう一発!」
水瀬さんが二本目の矢を放つ。
今度は肩。
完全なヘッドショットとはいかなかったものの、十分な威力だ。
俺は距離を詰め、石の剣を振り下ろす。
「これで終わり!」
ゾンビが倒れた。
「やった!」
水瀬さんが嬉しそうに笑う。
「今の、かなり良かったよ」
「ほんと?」
「うん。普通に戦力として計算できる」
「えへへ……」
水瀬さんが照れたように笑う。
その後も、俺たちは順調に探索を続けた。
ゾンビ。
蜘蛛。
時には複数の敵を相手にすることもあったが、思った以上に水瀬さんが上手い。
弓術スキルの補正もあるのだろう。
矢を放つたびに、かなりの確率で敵へ命中する。
特に頭へ当たったときは、そのまま一撃で倒してしまうこともあった。
「水瀬さん、弓の才能あるんじゃない?」
「そうかな?」
「うん。これなら、矢をもっと用意したほうがいい」
「じゃあ、帰ったら――」
水瀬さんが少しだけ言葉を濁した。
「……アヒルちゃんを?」
「違う違う」
「よかった……」
「そもそも、一から素材を集めて矢を作るのは効率が悪いんだよ」
「そうなの?」
「うん。だから、もっと効率よく集める方法がある」
そのときだった。
カタカタカタ……。
「……ん?」
骨を鳴らす音。
俺が振り向く。
洞窟の奥から、骸骨が姿を現した。
そして。
シュッ!
「きゃっ!」
矢が飛んできた。
俺は反射的に盾を構える。
カンッ!
矢が盾に弾かれた。
「水瀬さん、大丈夫?」
「う、うん」
「じゃあ、こういうこと」
俺は射線を遮るようにブロックを設置した。
盾を構えたまま、骸骨との間に遮蔽物を作る。
それだけで骸骨がこちらへ近づいてくる。
カタカタ、カタカタ。
「はい、お疲れさま」
間合いに入ったところで、一閃。
骸骨が崩れ落ちる。
地面には骨と矢が落ちていた。
「こういうふうに、矢はスケルトンから回収するのが一番楽なんだ」
「なるほど……」
「だからスケルトンスポナーを見つけるか、大規模な経験値回収装置を作るか――」
俺は落ちている矢を拾った。
「どっちにしても、今はまだ難しいけどね」
「じゃあ、探索スキルを上げないといけないんだ」
「そう。スポナーがマップに表示されるのはレベル七からだから」
「そっか」
水瀬さんが少し考える。
「じゃあ、いっぱい歩けばいいんだね」
「そういうこと」
そんな話をしながら、さらに奥へ進んでいく。
順調だった。
少なくとも、俺はそう思っていた。
油断したつもりはない。
たいまつもかなり置いた。
敵の姿にも注意していた。
それでも。
ほんの一瞬。
水瀬さんのほうを振り返った。
そのときだった。
シューッ。
「……え?」
嫌な音。
聞き慣れた音。
背筋が凍る。
「水瀬さん!」
振り返る。
すぐそこにいた。
緑色の怪物──スイーパーが。
そして、その身体が膨らむ。
「伏せて!」
間に合わない。
俺は咄嗟に水瀬さんの前へ飛び出し、盾を構えた。
次の瞬間。
ドォンッ!!
閃光。
爆音。
衝撃。
身体が吹き飛ばされる。
視界が白く染まり、耳鳴りがする。
「……っ」
しばらくして、煙の向こうに周囲の景色が戻ってきた。
地面には大きなクレーター。
壁も一部が吹き飛んでいる。
「コーイチ君!?」
水瀬さんの声。
「……いてて」
「コーイチ君!」
俺はゆっくり身体を起こした。
「大丈夫?」
「うん。たぶん」
立ち上がって身体を確認する。
幸い、大したダメージはない。
「ただ……」
手にした盾を見る。
「耐久値は、かなり削られたな」
「……」
水瀬さんが黙っている。
顔が青い。
「水瀬さん?」
「……よかった」
「え?」
「よかった……」
水瀬さんは胸に手を当てて、大きく息を吐いた。
「大怪我してたら、どうしようかと思った」
「ごめん」
「なんでコーイチ君が謝るの?」
「危険な目に遭わせちゃったから」
「違うよ」
水瀬さんは首を横に振った。
「コーイチ君のせいじゃない」
「でも──」
「わたしがもっと周りを見てればよかったんだよ」
「それは違う」
今度は俺が首を横に振る。
「一緒に探索してるんだから、二人とも気をつければいい。それだけだよ」
「……うん」
水瀬さんが頷いた。
それから、もう一度俺を見る。
「でも……」
「うん?」
「ありがとう」
「……どういたしまして」
俺は少しだけ笑った。
水瀬さんも笑う。
さっきまでの恐怖が、ようやく薄れていく。
その後は、慎重に探索を再開した。
幸い、あれから大きなトラブルは起こらなかった。
残っていたモンスターを一体ずつ倒し、たいまつを置き、危険な場所を確認していく。
そして──。
「ここが最深部かな」
俺は三次元マップを確認した。
深度は、およそ地下二十メートル付近。
「これなら鉄を掘るには十分だ」
「じゃあ、明日から鉄を掘るんだね」
「うん」
俺たちは来た道を戻り始めた。
洞窟を出る頃には、外はもう夕暮れになっていた。
赤く染まった草原を、二人並んで歩く。
「とりあえず、明日から鉄を掘る予定だけど……」
「わたしも行く」
「え?」
「絶対連れてってね」
「でも、鉄を掘るだけだよ?」
「うん」
「たぶん、かなり退屈だよ?」
「それでもいい」
水瀬さんは即答した。
「コーイチ君と一緒なら」
「……そっか」
俺は少しだけ笑った。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「うん!」
水瀬さんも笑う。
しばらく歩いた。
夕暮れの草原。
隣には水瀬さん。
何を話すでもなく、二人で歩く。
そんな時間が、なんとなく心地よかった。
そして。
「……あの、コーイチ君」
「ん?」
「手……」
水瀬さんが何か言いかけて、口を閉じる。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
そう言って、また歩き始める。
けれど。
少しして。
俺の手に、何かが触れた。
「……?」
見ると、水瀬さんの指先が、俺の手の甲に触れている。
離れる。
また触れる。
そして、今度は。
そっと、俺の手を握った。
「水瀬さん?」
「……今日、ちょっと怖かったから」
「……そっか」
俺は、それ以上何も聞かなかった。
握られた手を、そのままにしておく。
握り返すのはやめておいた。
意識しすぎるのも良くない。
だって。
それだけで、俺はもう──。
「…………」
水瀬さんも何も言わない。
ただ、少しだけ安心したように歩いている。
夕暮れの草原を、二人で並んで歩く。
いつの間にか。
行きよりも、二人の距離は少しだけ近くなっていた。