同級生の女の子にゲームを教えるだけの簡単なお仕事です。 作:漂流者
朝になった。
薄暗い視界の中で、ゆっくりと意識が浮かび上がってくる。
まだ眠い。
もう少しだけ寝ていたい。
そんなことを考えながら寝返りを打とうとして──俺は目を開けた。
そして。
「……」
目の前に、水瀬さんの寝顔があった。
綺麗なおかっぱの髪が枕の上に広がっている。
規則正しい寝息。
閉じられた瞼。
昨日までと何も変わらない、普通の女の子の寝顔だ。
なのに。
やっぱり、この状況にはなかなか慣れない。
目が覚めたら隣に女の子がいる。
しかもそれが、水瀬さんだ。
学校ではクラスの中心にいるような、誰とでも気さくに話せる人気者。
そんな彼女が、今は俺のすぐ隣で無防備に眠っている。
改めて考えると、とんでもない状況だ。
……まあ、俺に拒否権はないんだが。
そりゃあ、最初の頃は別々の部屋で寝ようともしたさ。
けれど、そのたびに水瀬さんは少し寂しそうな顔をするのだ。
たぶん、歳の離れた弟がいると言っていたからだろう。
一人で寝ると、弟のことを思い出してしまうのかもしれない。
それなら無理に離れて寝る必要もない。
ベッドは二つを繋げてあるから、横になれるスペースは十分にある。
それに──。
ここはゲームの世界だ。
いつ帰れるかもわからない。
だったら、せめて今くらいは、水瀬さんの我が儘をできるだけ聞いてあげてもいいだろう。
そう思っていると。
「ん……」
隣で水瀬さんが小さく身じろぎした。
もぞもぞと布団の中で動いて、それからゆっくりと目を開ける。
そして。
ぱちり。
目が合った。
「……」
「……」
数秒。
お互いに何も言わない。
やがて水瀬さんが、ふっと笑った。
「おはよう、コーイチ君」
「……おはよう、水瀬さん」
たったそれだけ。
ただの朝の挨拶だ。
なのに、なんだか少しだけ嬉しかった。
これが普通の朝になってしまったら、それはそれで困るような気もする。
……でも悪くない。
そんなふうに思いながら、俺は身体を起こした。
「よし」
両手を伸ばして、大きく伸びをする。
さて。
今日もやることは山ほどある。
俺たちの家を完成させなければならない。
寝巻きから作業服へ着替え、朝食の前に家の様子を確認する。
現在建てているのは、少し大きめのログハウスだ。
土台はできている。
柱も立っている。
屋根も完成している。
ここまでは順調だった。
問題は、やはり水回りだ。
「……うーん」
家の右側に寄せた水回りを眺めながら、俺は腕を組んだ。
現実の家なら、水道管や排水管は壁や床の下に通す。
でもアークラの建材は、基本的に一立方メートル単位のブロックだ。
つまり。
壁の中に配管を通す、という現実では当たり前のことができない。
「どうしたの?」
声に振り向くと、水瀬さんがこちらへ歩いてきていた。
その後ろには、いつものようにアヒルがついている。
「配管なんだけどさ。ここから水回りまで持っていくと、どうしても外から見えるんだよ」
「なるほど」
水瀬さんは俺の横にしゃがみ込み、配管を眺める。
そして、すぐ近くまで来ていたアヒルを見つけると、
「よしよし」
なんて言いながら、その頭を撫で始めた。
「……」
なんだろう。
この子、本当にどこにいてもアヒルを見つけるな。
「コーイチ君」
「ん?」
「これ、全部地下に入れちゃえば?」
「地下?」
「うん。ほら、家の土台って少し高くしてあるでしょ?」
水瀬さんが指差す。
「ここなら下に空間を作れるんじゃない?」
「……」
俺はその場所を見た。
確かに。
土台の下なら、多少配管を通しても外からは見えない。
そこから水回りまで繋げれば――。
「……それだ」
「やった!」
水瀬さんが嬉しそうに笑った。
「邪魔な配管は全部地下に潜らせて、必要なところだけ上に出せばいい。これなら外観も崩れない」
「うん!」
問題解決。
しかも、俺一人では思いつかなかった方法だ。
「ありがとう、水瀬さん」
「どういたしまして」
そう言って、水瀬さんはまたアヒルを撫でる。
……うん。
この家、二人で作ってるんだな。
そんなことを、改めて思った。
朝食は、香辛料から作ったカレーとコンソメスープだった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせる。
そしてカレーを一口。
「……うまい」
「美味しいね!」
香辛料はアークラではかなり貴重な食材だ。
だから最初はもったいなくて少しずつ使っていたのだが、最近では料理の幅がかなり広がってきた。
カレーも、その一つ。
コンソメスープとの相性もいい。
かなり満足できる朝食だった。
ただ。
「そろそろ味噌汁が恋しいな」
「お味噌汁?」
「うん。大豆があれば作れると思う」
「大豆かぁ」
水瀬さんが考えるように首を傾げる。
「アークラなら、普通にありそうだよね」
「たぶん。レアリティーもノーマルだったはずだから、探せばすぐ見つかると思う」
「じゃあ、今度探そうよ」
「そうだな」
味噌汁か。
白いご飯に味噌汁。
それに焼き魚でもあれば最高だ。
……この世界で、そこまで再現できるだろうか。
そんなことを考えながら、俺はカレーをもう一口食べた。
まずは目の前の仕事だ。
家を完成させる。
そのためにも――。
「食べ終わったら、今日は鉱山だな」
「うん!」
水瀬さんが元気よく頷いた。
朝食を終え、必要な道具を準備する。
今日は鉄を掘る予定だ。
以前見つけたダンジョン。
その最深部まで行き、そこから横方向へ掘り進めて鉄鉱石を探す。
鉄は、とにかく使い道が多い。
ポンプ。
配管。
キッチンや家具類だって鉄を使う。
これから家を充実させていくなら、いくらあっても足りない。
「忘れ物ない?」
「大丈夫」
「お弁当も持った?」
「うん」
「たいまつは?」
「十分ある」
「じゃあ行こっか」
「ああ」
家を出る。
そして少し歩いたところで。
水瀬さんが、当然のように俺の手を取った。
「……」
ぎゅっ。
「……水瀬さん?」
「なに?」
「いや……」
手を繋ぐこと自体は、もう何度も経験している。
これまでにも危険な場所では何度も手を繋いできた。
だから今さら驚くようなことじゃない。
……ないんだけど。
今日は武器を持っていない。
手袋もしていない。
だから、直接触れている。
その感触が、妙に意識されてしまう。
「……コーイチ君?」
「なんでもない」
俺は前を向いた。
すると、水瀬さんが少しだけ手に力を込める。
嬉しそうに。
……そんな顔をされたら。
離してくれ、なんて言えるわけがない。
俺も、そっと握り返した。
「……」
「……」
水瀬さんは何も言わない。
ただ、さっきより少しだけ嬉しそうに笑っていた。
……まあ。
これくらいなら、いいか。
二人並んで歩く。
向かう先はダンジョン。
目的は鉄鉱石。
やることは、いつもと同じ採掘だ。
なのに。
繋いだ手だけは、いつもと少し違っていた。
ダンジョンの最深部まで下りる。
何度も来ている場所だから、もう道に迷うことはない。
問題はここからだ。
「じゃあ、この辺から掘ろう」
「手当たり次第に掘るわけじゃないよね?」
「うん、まずは奥行きのある坑道を作る」
俺はツルハシを手に取った。
ガツン。
石が砕ける。
もう一度。
ガツン。
砕けた石がアイテムになって足元に落ちた。
それを拾いながら、さらに掘り進めていく。
高さは三ブロック。幅は五ブロック。奥行きはそれなり。こんなものか。
忘れずにたいまつで照らし、入り口にチェスト置いたら本番だ。
一定間隔で横穴を掘り、効率よく鉱石を探す。
これぞ効率的なブランチマイニング。
地道な作業ではある。
でも、こういう作業は嫌いじゃない。
何も考えずに掘り続けていると、だんだん無心になれる。
ガツン。
ガツン。
ガツン。
その隣では、水瀬さんがたいまつを置いてくれている。
「ここ、暗くなってきたよ」
「ありがとう」
一定間隔でたいまつを設置してくれるから、俺は採掘に集中できる。
振り返る。
水瀬さんがたいまつを持って立っている。
「次、こっちね」
「了解」
また掘る。
ガツン。
ガツン。
しばらくして。
「あ、鉄だ」
「どこ?」
「ここに何個か固まってる」
「じゃあ取っちゃおう」
鉄鉱石を掘り出す。
さらに奥へ。
するとまた鉄鉱石。
「今日は当たりだな」
「いっぱい集まりそうだね」
「ああ」
順調だ。
かなり順調。
……それにしても。
なんだか今日は、ものすごく楽だ。
普段なら俺が掘って、たいまつを置いて、周囲を確認して、また掘って……と一人でやるところを、水瀬さんが手伝ってくれている。
「コーイチ君」
「ん?」
「汗」
「え?」
振り返る。
水瀬さんがハンカチを持っていた。
「額、汗かいてるよ」
「……ああ」
「じっとして」
「え、いや、自分で──」
「じっとして」
水瀬さんが一歩近づいてくる。
そして。
俺の額を、ハンカチでそっと拭った。
「……」
「はい、綺麗になった」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
水瀬さんは、それだけ言って笑った。
俺はしばらく何も言えなかった。
……なんだこれ。
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
でも。
嫌じゃない。
むしろ、これは……。
「……よし」
俺は誤魔化すようにツルハシを握り直した。
「もう少し掘ろう」
「うん!」
ガツン。
ガツン。
今度は妙に気合が入った。
さらに掘り進める。
鉄鉱石は順調に集まっていった。
途中で石炭も見つけた。
装置の導線となる赤い石も確保できた。
これならしばらく家作りに集中できる。
「結構取れたね」
「ああ。今日はかなりいい感じだ」
「じゃあ、そろそろお昼にしようか」
「そうだな」
俺たちは安全な場所まで戻った。
地面に座る。
水瀬さんがアイテムボックスからお弁当を取り出した。
「今日のお昼はね──」
そう言って蓋を開ける。
「サンドイッチと唐揚げ!」
「……!」
思わず声が出そうになった。
サンドイッチ。
そして唐揚げ。
どっちも俺の好きなものだ。
「……これ」
「うん?」
「俺の好きなやつだ」
「そうだよ」
「……覚えてたの?」
「もちろん」
水瀬さんは、何でもないことのように答えた。
「この前、好きって言ってたでしょ?」
「……」
覚えてくれていた。
たったそれだけのことなのに。
なんだか、胸の奥がじんわり温かくなる。
「……嬉しい」
「え?」
「いや」
俺は慌てて目を逸らした。
「すごく美味しそうだなって」
「ふふっ。じゃあ、いっぱい食べてね」
「うん」
「はい、どうぞ」
水瀬さんからサンドイッチを受け取る。
「いただきます」
「いただきます」
一口。
「……うまい」
「本当?」
「ああ」
パンの間に挟まれたハムと野菜。マヨネーズの味付けがちょうどいい。
そして次は唐揚げ。
衣はカリッとしていて、中はジューシー。
「これも美味い」
「よかった」
水瀬さんが嬉しそうに笑う。
「もっと作ってくればよかったかな?」
「いや、十分だよ」
「じゃあ、次はもっといっぱい作ろうかな」
「……次も?」
「うん。だって、また一緒に採掘するんでしょ?」
「まあ……そうだな」
「じゃあ、お弁当も必要だよね」
「……」
なんだろう。
すごく自然に“次“の話をしている。
今日だけじゃない。
明日も。
明後日も。
こうして二人で過ごすことを、水瀬さんは当然みたいに考えている。
「……うん」
「どうしたの?」
「いや」
俺は唐揚げをもう一つ口に入れた。
「もう一個もらっていい?」
「もちろん」
水瀬さんが笑った。
「いっぱい食べてね、コーイチ君」
……うん。
やっぱり、嬉しい。
昼食を終えた。
「よし」
俺は立ち上がる。
「もうひと頑張りするか」
「うん!」
再び採掘を始める。
鉄鉱石を見つける。
掘る。
また見つける。
掘る。
水瀬さんがたいまつを置く。
俺が掘る。
汗をかけば、水瀬さんがハンカチを差し出してくれる。
そんなことを繰り返しているうちに、気がつけばかなりの量の鉄鉱石が集まっていた。
「今日は大収穫だな」
「よかったね!」
「ああ」
これなら家の設備もかなり充実させられる。
水回りも何とかできそうだ。
あとは家に戻って、作業を続ければいい。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
来た道を戻る。
そしてダンジョンを出る。
外へ出ると、夕方の空が広がっていた。
「綺麗だね」
「そうだな」
しばらく空を眺める。
それから俺たちは、家へ向かって歩き始めた。
その途中。
水瀬さんが、自然な動作で俺の手を取った。
「……」
朝と同じ。
柔らかな手の感触。
でも今度は、俺からも握り返す。
「……ふふ」
「なに?」
「なんでもないよ」
水瀬さんが嬉しそうに笑った。
俺も、少しだけ笑った。
こうして二人で歩く帰り道は。
朝よりも、ほんの少しだけ短く感じた。
翌朝。
「……よし」
俺は完成間近の家を見上げた。
昨日の採掘で手に入れた鉄鉱石も、すでに必要な分を精錬済みだ。
今日から、いよいよ仕上げに入る。
「まずは水回りからだな」
「うん!」
二人で家の右側へ回る。
昨日考えた通り、邪魔になる配管はすべて土台の地下へ潜らせた。
そこから必要な場所だけ配管を立ち上げる。
外から見える部分も最小限。
「ここをこうして……」
ブロックを一つ置く。
「それから、こっち」
もう一つ。
最後に配管を接続する。
「……できた」
少し離れて眺める。
「どう?」
「うん」
水瀬さんも横に並んだ。
「全然見えないね」
「ああ。これならかなり綺麗に収まった」
「すごい!」
水瀬さんがぱっと笑う。
「会心の出来だな」
「会心の出来!」
そう言って。
水瀬さんが俺の手をぱちんと叩いた。
「……?」
「あ、ハイタッチ!」
「……ああ」
思わず笑ってしまう。
俺も手を上げる。
ぱちん。
二人の手のひらが軽くぶつかった。
「やった!」
「やったな」
なんだか楽しい。
ゲームの中で家を建てているだけなのに。
こうして二人で一つずつ問題を解決していくと、妙に達成感がある。
「じゃあ次は外観だね」
「そうだな」
家の周囲を見回す。
屋根はできている。
壁もほぼ完成している。
残る大きな仕事は、窓とウッドデッキ。
特にウッドデッキには力を入れたい。
家の正面に少し広めのスペースを確保する。
ここに椅子とテーブルを置けば──。
「……」
俺は完成したウッドデッキを想像した。
晴れた日に、ここでお茶を飲む。
テーブルの向かいには、水瀬さん。
そんな光景が頭に浮かぶ。
……なんだか、いいな。
「コーイチ君?」
「え?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺は慌てて作業に戻った。
「窓を作ろう」
「うん!」
窓に使うガラスは、最初に俺たちが目を覚ました海岸にある仮拠点で作っていた。
かまどの中を確認すると、仕込んでおいた砂はすっかりガラスになっている。
「ちゃんとできてる」
「よかった!」
ガラスを回収する。
それを加工して窓にする。
ただガラスを壁にはめ込むだけではない。
サッシを作り、開閉できるようにする。
「おお……」
水瀬さんが目を輝かせる。
「ちゃんと窓になってる!」
「これなら風も入れられる」
「すごいすごい!」
一枚。
また一枚。
家の窓を順番に取り付けていく。
最後の一枚を取り付けてから、二人で少し離れて家を眺めた。
「……」
「……」
「できたね」
「ああ」
ログハウスらしい外観。
大きめの屋根。
正面にはウッドデッキ。
そして、きちんとした窓。
今まで暮らしていた仮拠点とは比べものにならない。
「わぁ……」
水瀬さんが嬉しそうに家を見上げる。
「これ、ほんとにわたしたちの家なんだね」
「そうだな」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなった。
俺たちの家。
その響きが、妙に嬉しかった。
翌日。
今度は内装。ロフトと間取りの仕上げに取りかかった。
リビング。
キッチン。
浴室。
トイレ。
そして二人の部屋。
壁紙を貼りつつ、あれこれ配置を考えながら家具を置いていく。
「ここ、広いね」
「まぁ、広さは十分だけど……」
「コーイチ君はわたしと一緒に寝るのは嫌?」
「……嫌じゃない」
「よかった」
水瀬さんが嬉しそうに笑う。
……まあ。
そんなわけで、俺たちのベッドはロフトに置くことになった。
しかもそのベッドがこれまた大きいやつだ。
どう見ても夫婦が使うようなやつだが、そこは今さら考えないことにした。
「次はキッチンだな」
かまどを設置。
作業台も置く。
ついでに食材を収納する冷蔵庫(外見だけ)だ。
それからポンプや流し台などの設備も整える。
「これで料理もしやすくなる」
「お料理するの楽しみ!」
「水瀬さん、料理好きなの?」
「好きだよ。アークラなら材料もいっぱいあるし」
「じゃあ、これからもっと色々作れそうだな」
「うん!」
次は浴室。
ここには、昨日ダンジョンで見つけた大理石を使ってみた。
白い壁に、大理石の床。
花もいくつか飾る。
「……」
完成した浴室を見て、水瀬さんが目を輝かせた。
「コーイチ君」
「ん?」
「これ、入っていい?」
「え?」
「試してみたい」
「まあ……まだ給湯器も設置したばかりだし。試運転は必要だから」
「やった!」
水瀬さんは嬉しそうに浴室へ入っていった。
俺は給湯器を確認する。
燃料を入れて、スイッチを入れる。
「これでよし」
しばらく待つ。
ちゃんとお湯が出る。
「成功だな」
「コーイチ君!」
「ん?」
「お湯出たよ!」
「よかった」
「すごいね!」
「アークラだからな」
俺がそう答えると、水瀬さんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、ちょっと入ってくるね」
「うん」
浴室の扉が閉まる。
俺はそのままリビングへ戻った。
……さて。
次はトイレだ。
アークラでは催さないようにできている。
だから実用性はほとんどない。
それでも家として考えれば、あったほうがいい。
「……まあ、設備は設備だ」
そう自分に言い聞かせながら設置する。
これで完璧。
次はリビングだ。
暖炉を設置する。
その前に絨毯。
そしてソファー。
中央には食卓。
食器も並べておこう。
箸。
皿。
コップ。
それから花瓶を置く。
「……よし」
かなりそれらしくなった。
ここで二人で食事をする。
食事が終わったら、ソファーに座る。
暖炉の火を眺めながら話をする。
そんな光景が、簡単に想像できた。
……本当に、家みたいだ。
「コーイチ君」
「――っ」
突然声をかけられて、俺は振り向いた。
「……」
水瀬さんが立っていた。
ちゃんと服は着ている。
髪は少し濡れていて、頬もほんのり赤い。
「お風呂、すごく気持ちよかった!」
「そ、そう」
「うん!」
水瀬さんが笑う。
「このお風呂、最高だね!」
「……それはよかった」
なぜだろう。
ただ湯上がりの水瀬さんを見ただけなのに、心臓が妙に騒がしい。
服は着ている。
何もおかしなところはない。
なのに。
今まで見たことのない姿だったからだろうか。
いつもの水瀬さんとは少し違って見えた。
「コーイチ君?」
「な、なんでもない」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、こっちも見て!」
水瀬さんがリビングを見回す。
「すごい!」
「そうかな?」
「うん! 暖炉もあるし、ソファーもあるし、食卓もある!」
水瀬さんは本当に嬉しそうだった。
「コーイチ君、家を作るの上手だね!」
「いや、二人で作ったんだろ」
「そうだね!」
その笑顔を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなる。
最後はロフト。
ベッドはもうあるが、他の家具の置き場に頭を悩ませる。
タンス。
小さな机。
それぞれの細々とした荷物を置く場所。
そして……。
「これ」
「?」
俺はアイテムボックスからクマのぬいぐるみを取り出した。
「水瀬さんに」
「えっ?」
水瀬さんが目を丸くする。
「クマさん?」
「ああ」
俺はぬいぐるみをベッドの上に置いた。
「夜、一人で寝るのが寂しくなったら、これを抱いて寝ればいい」
「……」
水瀬さんがぬいぐるみを見る。
それから俺を見る。
「コーイチ君」
「ん?」
「優しいね」
「……そうかな」
「うん」
水瀬さんが笑った。
「でも」
「でも?」
「やっぱり一緒に寝たい」
「……」
予想外の答えだった。
「いや、だからクマを――」
「クマさんも一緒に寝ればいいよ」
「そういう問題じゃなくて……」
「いいじゃん」
水瀬さんが楽しそうに笑う。
「ベッド広いし」
「……まあ、そうだけど」
結局。
俺たちの寝床は今日も同じベッドのままだ。
クマのぬいぐるみは、そのベッドの端にちょこんと座っている。
……俺なりに気を遣ったつもりだったんだけどな。
それからも二人で作業を続けた。
家具を置く。
収納を整理する。
照明を取り付ける。
カーテンをつける。
ウッドデッキに花壇も作った。
何度も家の中と外を行き来して。
何度も位置を変えて。
ようやく。
「……終わった」
俺は大きく息を吐いた。
目の前には、完成した家。
最初に作った小さな仮拠点とは比べものにならない。
ちゃんとした家だ。
俺たちが暮らすための家。
「コーイチ君」
「ん?」
「できたね」
「ああ」
水瀬さんが俺を見る。
満面の笑顔だった。
「やったー!」
「うわっ」
突然、水瀬さんが抱きついてきた。
俺も反射的にその身体を受け止める。
「できた!」
「……ああ」
「わたしたちの家!」
「うん」
しばらく、そのまま二人で喜んだ。
家が完成した。
それだけなのに。
なんだか、今までで一番大きな出来事のように思えた。
俺たちは、この世界でちゃんと生活できる場所を手に入れた。
帰る場所ができた。
……二人で。
夕食を終えた。
食器を片付けて、風呂に入る。
そして自分の身支度を整えてから、ロフトへ上がった。
水瀬さんは、もうベッドの上に座っていた。
「おかえり、コーイチ君」
「ただいま」
……なんだろう。
今の「おかえり」。
すごく自然だった。
俺はベッドに腰を下ろす。
水瀬さんが隣に座る。
完成したばかりの家。
新しいベッド。
新しい家具。
そして隣には水瀬さん。
「ねえ、コーイチ君」
「ん?」
「なんかわたしたち、新婚さんみたいだね」
「……」
一瞬、頭が真っ白になった。
「……まあ」
なんとか声を絞り出す。
「事情を知らない奴には、そう見えるかな」
「コーイチ君は、わたしとそうなるのは嫌?」
「……」
水瀬さんは、いつもの笑顔だった。
だからこそ、俺はちゃんと答えなきゃいけないと思った。
「嫌じゃないけど」
「うん」
「まだ早いよ。俺たちはまだ中学生だからさ」
「そうだね」
水瀬さんは素直に頷いた。
「ちゃんと両親に相談してからじゃなきゃダメだよね」
「ああ」
俺も頷く。
「そのためにも、無事に帰らないと」
「うん」
水瀬さんが笑った。
それから、少しだけ間を置いて。
「でも」
「?」
「これくらいは、いいよね?」
そう言って。
水瀬さんが、俺の手を握った。
「……」
柔らかな手。
もう何度も握っているはずなのに。
こうして静かな夜に握られると、やっぱり少しだけ意識してしまう。
けれど。
俺は手を離さなかった。
「うん」
むしろ。
俺からも、そっと握り返した。
「これくらいなら、いいよ」
水瀬さんが嬉しそうに笑う。
「おやすみ、コーイチ君」
「おやすみ、水瀬さん」
繋いだ手は、そのまま。
俺たちの新しい家で迎える、最初の夜だった。