同級生の女の子にゲームを教えるだけの簡単なお仕事です。   作:漂流者

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第五話の『初めての家作りは新婚さんのつもりでどうぞ』

 

 

 

 朝になった。

 

 薄暗い視界の中で、ゆっくりと意識が浮かび上がってくる。

 

 まだ眠い。

 

 もう少しだけ寝ていたい。

 

 そんなことを考えながら寝返りを打とうとして──俺は目を開けた。

 

 そして。

 

「……」

 

 目の前に、水瀬さんの寝顔があった。

 

 綺麗なおかっぱの髪が枕の上に広がっている。

 

 規則正しい寝息。

 

 閉じられた瞼。

 

 昨日までと何も変わらない、普通の女の子の寝顔だ。

 

 なのに。

 

 やっぱり、この状況にはなかなか慣れない。

 

 目が覚めたら隣に女の子がいる。

 

 しかもそれが、水瀬さんだ。

 

 学校ではクラスの中心にいるような、誰とでも気さくに話せる人気者。

 

 そんな彼女が、今は俺のすぐ隣で無防備に眠っている。

 

 改めて考えると、とんでもない状況だ。

 

 ……まあ、俺に拒否権はないんだが。

 

 そりゃあ、最初の頃は別々の部屋で寝ようともしたさ。

 

 けれど、そのたびに水瀬さんは少し寂しそうな顔をするのだ。

 

 たぶん、歳の離れた弟がいると言っていたからだろう。

 

 一人で寝ると、弟のことを思い出してしまうのかもしれない。

 

 それなら無理に離れて寝る必要もない。

 

 ベッドは二つを繋げてあるから、横になれるスペースは十分にある。

 

 それに──。

 

 ここはゲームの世界だ。

 

 いつ帰れるかもわからない。

 

 だったら、せめて今くらいは、水瀬さんの我が儘をできるだけ聞いてあげてもいいだろう。

 

 そう思っていると。

 

「ん……」

 

 隣で水瀬さんが小さく身じろぎした。

 

 もぞもぞと布団の中で動いて、それからゆっくりと目を開ける。

 

 そして。

 

 ぱちり。

 

 目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 数秒。

 

 お互いに何も言わない。

 

 やがて水瀬さんが、ふっと笑った。

 

「おはよう、コーイチ君」

 

「……おはよう、水瀬さん」

 

 たったそれだけ。

 

 ただの朝の挨拶だ。

 

 なのに、なんだか少しだけ嬉しかった。

 

 これが普通の朝になってしまったら、それはそれで困るような気もする。

 

 ……でも悪くない。

 

 そんなふうに思いながら、俺は身体を起こした。

 

「よし」

 

 両手を伸ばして、大きく伸びをする。

 

 さて。

 

 今日もやることは山ほどある。

 

 俺たちの家を完成させなければならない。

 

 寝巻きから作業服へ着替え、朝食の前に家の様子を確認する。

 

 現在建てているのは、少し大きめのログハウスだ。

 

 土台はできている。

 

 柱も立っている。

 

 屋根も完成している。

 

 ここまでは順調だった。

 

 問題は、やはり水回りだ。

 

「……うーん」

 

 家の右側に寄せた水回りを眺めながら、俺は腕を組んだ。

 

 現実の家なら、水道管や排水管は壁や床の下に通す。

 

 でもアークラの建材は、基本的に一立方メートル単位のブロックだ。

 

 つまり。

 

 壁の中に配管を通す、という現実では当たり前のことができない。

 

「どうしたの?」

 

 声に振り向くと、水瀬さんがこちらへ歩いてきていた。

 

 その後ろには、いつものようにアヒルがついている。

 

「配管なんだけどさ。ここから水回りまで持っていくと、どうしても外から見えるんだよ」

 

「なるほど」

 

 水瀬さんは俺の横にしゃがみ込み、配管を眺める。

 

 そして、すぐ近くまで来ていたアヒルを見つけると、

 

「よしよし」

 

 なんて言いながら、その頭を撫で始めた。

 

「……」

 

 なんだろう。

 

 この子、本当にどこにいてもアヒルを見つけるな。

 

「コーイチ君」

 

「ん?」

 

「これ、全部地下に入れちゃえば?」

 

「地下?」

 

「うん。ほら、家の土台って少し高くしてあるでしょ?」

 

 水瀬さんが指差す。

 

「ここなら下に空間を作れるんじゃない?」

 

「……」

 

 俺はその場所を見た。

 

 確かに。

 

 土台の下なら、多少配管を通しても外からは見えない。

 

 そこから水回りまで繋げれば――。

 

「……それだ」

 

「やった!」

 

 水瀬さんが嬉しそうに笑った。

 

「邪魔な配管は全部地下に潜らせて、必要なところだけ上に出せばいい。これなら外観も崩れない」

 

「うん!」

 

 問題解決。

 

 しかも、俺一人では思いつかなかった方法だ。

 

「ありがとう、水瀬さん」

 

「どういたしまして」

 

 そう言って、水瀬さんはまたアヒルを撫でる。

 

 ……うん。

 

 この家、二人で作ってるんだな。

 

 そんなことを、改めて思った。

 

 

 

 朝食は、香辛料から作ったカレーとコンソメスープだった。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 二人で手を合わせる。

 

 そしてカレーを一口。

 

「……うまい」

 

「美味しいね!」

 

 香辛料はアークラではかなり貴重な食材だ。

 

 だから最初はもったいなくて少しずつ使っていたのだが、最近では料理の幅がかなり広がってきた。

 

 カレーも、その一つ。

 

 コンソメスープとの相性もいい。

 

 かなり満足できる朝食だった。

 

 ただ。

 

「そろそろ味噌汁が恋しいな」

 

「お味噌汁?」

 

「うん。大豆があれば作れると思う」

 

「大豆かぁ」

 

 水瀬さんが考えるように首を傾げる。

 

「アークラなら、普通にありそうだよね」

 

「たぶん。レアリティーもノーマルだったはずだから、探せばすぐ見つかると思う」

 

「じゃあ、今度探そうよ」

 

「そうだな」

 

 味噌汁か。

 

 白いご飯に味噌汁。

 

 それに焼き魚でもあれば最高だ。

 

 ……この世界で、そこまで再現できるだろうか。

 

 そんなことを考えながら、俺はカレーをもう一口食べた。

 

 まずは目の前の仕事だ。

 

 家を完成させる。

 

 そのためにも――。

 

「食べ終わったら、今日は鉱山だな」

 

「うん!」

 

 水瀬さんが元気よく頷いた。

 

 

 

 朝食を終え、必要な道具を準備する。

 

 今日は鉄を掘る予定だ。

 

 以前見つけたダンジョン。

 

 その最深部まで行き、そこから横方向へ掘り進めて鉄鉱石を探す。

 

 鉄は、とにかく使い道が多い。

 

 ポンプ。

 

 配管。

 

 キッチンや家具類だって鉄を使う。

 

 これから家を充実させていくなら、いくらあっても足りない。

 

「忘れ物ない?」

 

「大丈夫」

 

「お弁当も持った?」

 

「うん」

 

「たいまつは?」

 

「十分ある」

 

「じゃあ行こっか」

 

「ああ」

 

 家を出る。

 

 そして少し歩いたところで。

 

 水瀬さんが、当然のように俺の手を取った。

 

「……」

 

 ぎゅっ。

 

「……水瀬さん?」

 

「なに?」

 

「いや……」

 

 手を繋ぐこと自体は、もう何度も経験している。

 

 これまでにも危険な場所では何度も手を繋いできた。

 

 だから今さら驚くようなことじゃない。

 

 ……ないんだけど。

 

 今日は武器を持っていない。

 

 手袋もしていない。

 

 だから、直接触れている。

 

 その感触が、妙に意識されてしまう。

 

「……コーイチ君?」

 

「なんでもない」

 

 俺は前を向いた。

 

 すると、水瀬さんが少しだけ手に力を込める。

 

 嬉しそうに。

 

 ……そんな顔をされたら。

 

 離してくれ、なんて言えるわけがない。

 

 俺も、そっと握り返した。

 

「……」

 

「……」

 

 水瀬さんは何も言わない。

 

 ただ、さっきより少しだけ嬉しそうに笑っていた。

 

 ……まあ。

 

 これくらいなら、いいか。

 

 二人並んで歩く。

 

 向かう先はダンジョン。

 

 目的は鉄鉱石。

 

 やることは、いつもと同じ採掘だ。

 

 なのに。

 

 繋いだ手だけは、いつもと少し違っていた。

 

 

 

 

 

 ダンジョンの最深部まで下りる。

 

 何度も来ている場所だから、もう道に迷うことはない。

 

 問題はここからだ。

 

「じゃあ、この辺から掘ろう」

 

「手当たり次第に掘るわけじゃないよね?」

 

「うん、まずは奥行きのある坑道を作る」

 

 俺はツルハシを手に取った。

 

 ガツン。

 

 石が砕ける。

 

 もう一度。

 

 ガツン。

 

 砕けた石がアイテムになって足元に落ちた。

 

 それを拾いながら、さらに掘り進めていく。

 

 高さは三ブロック。幅は五ブロック。奥行きはそれなり。こんなものか。

 

 忘れずにたいまつで照らし、入り口にチェスト置いたら本番だ。

 

 一定間隔で横穴を掘り、効率よく鉱石を探す。

 

 これぞ効率的なブランチマイニング。

 

 地道な作業ではある。

 

 でも、こういう作業は嫌いじゃない。

 

 何も考えずに掘り続けていると、だんだん無心になれる。

 

 ガツン。

 

 ガツン。

 

 ガツン。

 

 その隣では、水瀬さんがたいまつを置いてくれている。

 

「ここ、暗くなってきたよ」

 

「ありがとう」

 

 一定間隔でたいまつを設置してくれるから、俺は採掘に集中できる。

 

 振り返る。

 

 水瀬さんがたいまつを持って立っている。

 

「次、こっちね」

 

「了解」

 

 また掘る。

 

 ガツン。

 

 ガツン。

 

 しばらくして。

 

「あ、鉄だ」

 

「どこ?」

 

「ここに何個か固まってる」

 

「じゃあ取っちゃおう」

 

 鉄鉱石を掘り出す。

 

 さらに奥へ。

 

 するとまた鉄鉱石。

 

「今日は当たりだな」

 

「いっぱい集まりそうだね」

 

「ああ」

 

 順調だ。

 

 かなり順調。

 

 ……それにしても。

 

 なんだか今日は、ものすごく楽だ。

 

 普段なら俺が掘って、たいまつを置いて、周囲を確認して、また掘って……と一人でやるところを、水瀬さんが手伝ってくれている。

 

「コーイチ君」

 

「ん?」

 

「汗」

 

「え?」

 

 振り返る。

 

 水瀬さんがハンカチを持っていた。

 

「額、汗かいてるよ」

 

「……ああ」

 

「じっとして」

 

「え、いや、自分で──」

 

「じっとして」

 

 水瀬さんが一歩近づいてくる。

 

 そして。

 

 俺の額を、ハンカチでそっと拭った。

 

「……」

 

「はい、綺麗になった」

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 水瀬さんは、それだけ言って笑った。

 

 俺はしばらく何も言えなかった。

 

 ……なんだこれ。

 

 恥ずかしい。

 

 ものすごく恥ずかしい。

 

 でも。

 

 嫌じゃない。

 

 むしろ、これは……。

 

「……よし」

 

 俺は誤魔化すようにツルハシを握り直した。

 

「もう少し掘ろう」

 

「うん!」

 

 ガツン。

 

 ガツン。

 

 今度は妙に気合が入った。

 

 

 

 さらに掘り進める。

 

 鉄鉱石は順調に集まっていった。

 

 途中で石炭も見つけた。

 

 装置の導線となる赤い石も確保できた。

 

 これならしばらく家作りに集中できる。

 

「結構取れたね」

 

「ああ。今日はかなりいい感じだ」

 

「じゃあ、そろそろお昼にしようか」

 

「そうだな」

 

 俺たちは安全な場所まで戻った。

 

 地面に座る。

 

 水瀬さんがアイテムボックスからお弁当を取り出した。

 

「今日のお昼はね──」

 

 そう言って蓋を開ける。

 

「サンドイッチと唐揚げ!」

 

「……!」

 

 思わず声が出そうになった。

 

 サンドイッチ。

 

 そして唐揚げ。

 

 どっちも俺の好きなものだ。

 

「……これ」

 

「うん?」

 

「俺の好きなやつだ」

 

「そうだよ」

 

「……覚えてたの?」

 

「もちろん」

 

 水瀬さんは、何でもないことのように答えた。

 

「この前、好きって言ってたでしょ?」

 

「……」

 

 覚えてくれていた。

 

 たったそれだけのことなのに。

 

 なんだか、胸の奥がじんわり温かくなる。

 

「……嬉しい」

 

「え?」

 

「いや」

 

 俺は慌てて目を逸らした。

 

「すごく美味しそうだなって」

 

「ふふっ。じゃあ、いっぱい食べてね」

 

「うん」

 

「はい、どうぞ」

 

 水瀬さんからサンドイッチを受け取る。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 一口。

 

「……うまい」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

 パンの間に挟まれたハムと野菜。マヨネーズの味付けがちょうどいい。

 

 そして次は唐揚げ。

 

 衣はカリッとしていて、中はジューシー。

 

「これも美味い」

 

「よかった」

 

 水瀬さんが嬉しそうに笑う。

 

「もっと作ってくればよかったかな?」

 

「いや、十分だよ」

 

「じゃあ、次はもっといっぱい作ろうかな」

 

「……次も?」

 

「うん。だって、また一緒に採掘するんでしょ?」

 

「まあ……そうだな」

 

「じゃあ、お弁当も必要だよね」

 

「……」

 

 なんだろう。

 

 すごく自然に“次“の話をしている。

 

 今日だけじゃない。

 

 明日も。

 

 明後日も。

 

 こうして二人で過ごすことを、水瀬さんは当然みたいに考えている。

 

「……うん」

 

「どうしたの?」

 

「いや」

 

 俺は唐揚げをもう一つ口に入れた。

 

「もう一個もらっていい?」

 

「もちろん」

 

 水瀬さんが笑った。

 

「いっぱい食べてね、コーイチ君」

 

 ……うん。

 

 やっぱり、嬉しい。

 

 

 

 昼食を終えた。

 

「よし」

 

 俺は立ち上がる。

 

「もうひと頑張りするか」

 

「うん!」

 

 再び採掘を始める。

 

 鉄鉱石を見つける。

 

 掘る。

 

 また見つける。

 

 掘る。

 

 水瀬さんがたいまつを置く。

 

 俺が掘る。

 

 汗をかけば、水瀬さんがハンカチを差し出してくれる。

 

 そんなことを繰り返しているうちに、気がつけばかなりの量の鉄鉱石が集まっていた。

 

「今日は大収穫だな」

 

「よかったね!」

 

「ああ」

 

 これなら家の設備もかなり充実させられる。

 

 水回りも何とかできそうだ。

 

 あとは家に戻って、作業を続ければいい。

 

「じゃあ、帰ろうか」

 

「うん」

 

 来た道を戻る。

 

 そしてダンジョンを出る。

 

 外へ出ると、夕方の空が広がっていた。

 

「綺麗だね」

 

「そうだな」

 

 しばらく空を眺める。

 

 それから俺たちは、家へ向かって歩き始めた。

 

 その途中。

 

 水瀬さんが、自然な動作で俺の手を取った。

 

「……」

 

 朝と同じ。

 

 柔らかな手の感触。

 

 でも今度は、俺からも握り返す。

 

「……ふふ」

 

「なに?」

 

「なんでもないよ」

 

 水瀬さんが嬉しそうに笑った。

 

 俺も、少しだけ笑った。

 

 こうして二人で歩く帰り道は。

 

 朝よりも、ほんの少しだけ短く感じた。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「……よし」

 

 俺は完成間近の家を見上げた。

 

 昨日の採掘で手に入れた鉄鉱石も、すでに必要な分を精錬済みだ。

 

 今日から、いよいよ仕上げに入る。

 

「まずは水回りからだな」

 

「うん!」

 

 二人で家の右側へ回る。

 

 昨日考えた通り、邪魔になる配管はすべて土台の地下へ潜らせた。

 

 そこから必要な場所だけ配管を立ち上げる。

 

 外から見える部分も最小限。

 

「ここをこうして……」

 

 ブロックを一つ置く。

 

「それから、こっち」

 

 もう一つ。

 

 最後に配管を接続する。

 

「……できた」

 

 少し離れて眺める。

 

「どう?」

 

「うん」

 

 水瀬さんも横に並んだ。

 

「全然見えないね」

 

「ああ。これならかなり綺麗に収まった」

 

「すごい!」

 

 水瀬さんがぱっと笑う。

 

「会心の出来だな」

 

「会心の出来!」

 

 そう言って。

 

 水瀬さんが俺の手をぱちんと叩いた。

 

「……?」

 

「あ、ハイタッチ!」

 

「……ああ」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 俺も手を上げる。

 

 ぱちん。

 

 二人の手のひらが軽くぶつかった。

 

「やった!」

 

「やったな」

 

 なんだか楽しい。

 

 ゲームの中で家を建てているだけなのに。

 

 こうして二人で一つずつ問題を解決していくと、妙に達成感がある。

 

「じゃあ次は外観だね」

 

「そうだな」

 

 家の周囲を見回す。

 

 屋根はできている。

 

 壁もほぼ完成している。

 

 残る大きな仕事は、窓とウッドデッキ。

 

 特にウッドデッキには力を入れたい。

 

 家の正面に少し広めのスペースを確保する。

 

 ここに椅子とテーブルを置けば──。

 

「……」

 

 俺は完成したウッドデッキを想像した。

 

 晴れた日に、ここでお茶を飲む。

 

 テーブルの向かいには、水瀬さん。

 

 そんな光景が頭に浮かぶ。

 

 ……なんだか、いいな。

 

「コーイチ君?」

 

「え?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもない」

 

 俺は慌てて作業に戻った。

 

「窓を作ろう」

 

「うん!」

 

 

 

 窓に使うガラスは、最初に俺たちが目を覚ました海岸にある仮拠点で作っていた。

 

 かまどの中を確認すると、仕込んでおいた砂はすっかりガラスになっている。

 

「ちゃんとできてる」

 

「よかった!」

 

 ガラスを回収する。

 

 それを加工して窓にする。

 

 ただガラスを壁にはめ込むだけではない。

 

 サッシを作り、開閉できるようにする。

 

「おお……」

 

 水瀬さんが目を輝かせる。

 

「ちゃんと窓になってる!」

 

「これなら風も入れられる」

 

「すごいすごい!」

 

 一枚。

 

 また一枚。

 

 家の窓を順番に取り付けていく。

 

 最後の一枚を取り付けてから、二人で少し離れて家を眺めた。

 

「……」

 

「……」

 

「できたね」

 

「ああ」

 

 ログハウスらしい外観。

 

 大きめの屋根。

 

 正面にはウッドデッキ。

 

 そして、きちんとした窓。

 

 今まで暮らしていた仮拠点とは比べものにならない。

 

「わぁ……」

 

 水瀬さんが嬉しそうに家を見上げる。

 

「これ、ほんとにわたしたちの家なんだね」

 

「そうだな」

 

 その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

 俺たちの家。

 

 その響きが、妙に嬉しかった。

 

 

 

 翌日。

 

 今度は内装。ロフトと間取りの仕上げに取りかかった。

 

 リビング。

 

 キッチン。

 

 浴室。

 

 トイレ。

 

 そして二人の部屋。

 

 壁紙を貼りつつ、あれこれ配置を考えながら家具を置いていく。

 

「ここ、広いね」

 

「まぁ、広さは十分だけど……」

 

「コーイチ君はわたしと一緒に寝るのは嫌?」

 

「……嫌じゃない」

 

「よかった」

 

 水瀬さんが嬉しそうに笑う。

 

 ……まあ。

 

 そんなわけで、俺たちのベッドはロフトに置くことになった。

 

 しかもそのベッドがこれまた大きいやつだ。

 

 どう見ても夫婦が使うようなやつだが、そこは今さら考えないことにした。

 

「次はキッチンだな」

 

 かまどを設置。

 

 作業台も置く。

 

 ついでに食材を収納する冷蔵庫(外見だけ)だ。

 

 それからポンプや流し台などの設備も整える。

 

「これで料理もしやすくなる」

 

「お料理するの楽しみ!」

 

「水瀬さん、料理好きなの?」

 

「好きだよ。アークラなら材料もいっぱいあるし」

 

「じゃあ、これからもっと色々作れそうだな」

 

「うん!」

 

 次は浴室。

 

 ここには、昨日ダンジョンで見つけた大理石を使ってみた。

 

 白い壁に、大理石の床。

 

 花もいくつか飾る。

 

「……」

 

 完成した浴室を見て、水瀬さんが目を輝かせた。

 

「コーイチ君」

 

「ん?」

 

「これ、入っていい?」

 

「え?」

 

「試してみたい」

 

「まあ……まだ給湯器も設置したばかりだし。試運転は必要だから」

 

「やった!」

 

 水瀬さんは嬉しそうに浴室へ入っていった。

 

 俺は給湯器を確認する。

 

 燃料を入れて、スイッチを入れる。

 

「これでよし」

 

 しばらく待つ。

 

 ちゃんとお湯が出る。

 

「成功だな」

 

「コーイチ君!」

 

「ん?」

 

「お湯出たよ!」

 

「よかった」

 

「すごいね!」

 

「アークラだからな」

 

 俺がそう答えると、水瀬さんは楽しそうに笑った。

 

「じゃあ、ちょっと入ってくるね」

 

「うん」

 

 浴室の扉が閉まる。

 

 俺はそのままリビングへ戻った。

 

 ……さて。

 

 次はトイレだ。

 

 アークラでは催さないようにできている。

 

 だから実用性はほとんどない。

 

 それでも家として考えれば、あったほうがいい。

 

「……まあ、設備は設備だ」

 

 そう自分に言い聞かせながら設置する。

 

 これで完璧。

 

 次はリビングだ。

 

 暖炉を設置する。

 

 その前に絨毯。

 

 そしてソファー。

 

 中央には食卓。

 

 食器も並べておこう。

 

 箸。

 

 皿。

 

 コップ。

 

 それから花瓶を置く。

 

「……よし」

 

 かなりそれらしくなった。

 

 ここで二人で食事をする。

 

 食事が終わったら、ソファーに座る。

 

 暖炉の火を眺めながら話をする。

 

 そんな光景が、簡単に想像できた。

 

 ……本当に、家みたいだ。

 

「コーイチ君」

 

「――っ」

 

 突然声をかけられて、俺は振り向いた。

 

「……」

 

 水瀬さんが立っていた。

 

 ちゃんと服は着ている。

 

 髪は少し濡れていて、頬もほんのり赤い。

 

「お風呂、すごく気持ちよかった!」

 

「そ、そう」

 

「うん!」

 

 水瀬さんが笑う。

 

「このお風呂、最高だね!」

 

「……それはよかった」

 

 なぜだろう。

 

 ただ湯上がりの水瀬さんを見ただけなのに、心臓が妙に騒がしい。

 

 服は着ている。

 

 何もおかしなところはない。

 

 なのに。

 

 今まで見たことのない姿だったからだろうか。

 

 いつもの水瀬さんとは少し違って見えた。

 

「コーイチ君?」

 

「な、なんでもない」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「じゃあ、こっちも見て!」

 

 水瀬さんがリビングを見回す。

 

「すごい!」

 

「そうかな?」

 

「うん! 暖炉もあるし、ソファーもあるし、食卓もある!」

 

 水瀬さんは本当に嬉しそうだった。

 

「コーイチ君、家を作るの上手だね!」

 

「いや、二人で作ったんだろ」

 

「そうだね!」

 

 その笑顔を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなる。

 

 

 

 最後はロフト。

 

 ベッドはもうあるが、他の家具の置き場に頭を悩ませる。

 

 タンス。

 

 小さな机。

 

 それぞれの細々とした荷物を置く場所。

 

 そして……。

 

「これ」

 

「?」

 

 俺はアイテムボックスからクマのぬいぐるみを取り出した。

 

「水瀬さんに」

 

「えっ?」

 

 水瀬さんが目を丸くする。

 

「クマさん?」

 

「ああ」

 

 俺はぬいぐるみをベッドの上に置いた。

 

「夜、一人で寝るのが寂しくなったら、これを抱いて寝ればいい」

 

「……」

 

 水瀬さんがぬいぐるみを見る。

 

 それから俺を見る。

 

「コーイチ君」

 

「ん?」

 

「優しいね」

 

「……そうかな」

 

「うん」

 

 水瀬さんが笑った。

 

「でも」

 

「でも?」

 

「やっぱり一緒に寝たい」

 

「……」

 

 予想外の答えだった。

 

「いや、だからクマを――」

 

「クマさんも一緒に寝ればいいよ」

 

「そういう問題じゃなくて……」

 

「いいじゃん」

 

 水瀬さんが楽しそうに笑う。

 

「ベッド広いし」

 

「……まあ、そうだけど」

 

 結局。

 

 俺たちの寝床は今日も同じベッドのままだ。

 

 クマのぬいぐるみは、そのベッドの端にちょこんと座っている。

 

 ……俺なりに気を遣ったつもりだったんだけどな。

 

 

 

 それからも二人で作業を続けた。

 

 家具を置く。

 

 収納を整理する。

 

 照明を取り付ける。

 

 カーテンをつける。

 

 ウッドデッキに花壇も作った。

 

 何度も家の中と外を行き来して。

 

 何度も位置を変えて。

 

 ようやく。

 

「……終わった」

 

 俺は大きく息を吐いた。

 

 目の前には、完成した家。

 

 最初に作った小さな仮拠点とは比べものにならない。

 

 ちゃんとした家だ。

 

 俺たちが暮らすための家。

 

「コーイチ君」

 

「ん?」

 

「できたね」

 

「ああ」

 

 水瀬さんが俺を見る。

 

 満面の笑顔だった。

 

「やったー!」

 

「うわっ」

 

 突然、水瀬さんが抱きついてきた。

 

 俺も反射的にその身体を受け止める。

 

「できた!」

 

「……ああ」

 

「わたしたちの家!」

 

「うん」

 

 しばらく、そのまま二人で喜んだ。

 

 家が完成した。

 

 それだけなのに。

 

 なんだか、今までで一番大きな出来事のように思えた。

 

 俺たちは、この世界でちゃんと生活できる場所を手に入れた。

 

 帰る場所ができた。

 

 ……二人で。

 

 

 

 夕食を終えた。

 

 食器を片付けて、風呂に入る。

 

 そして自分の身支度を整えてから、ロフトへ上がった。

 

 水瀬さんは、もうベッドの上に座っていた。

 

「おかえり、コーイチ君」

 

「ただいま」

 

 ……なんだろう。

 

 今の「おかえり」。

 

 すごく自然だった。

 

 俺はベッドに腰を下ろす。

 

 水瀬さんが隣に座る。

 

 完成したばかりの家。

 

 新しいベッド。

 

 新しい家具。

 

 そして隣には水瀬さん。

 

「ねえ、コーイチ君」

 

「ん?」

 

「なんかわたしたち、新婚さんみたいだね」

 

「……」

 

 一瞬、頭が真っ白になった。

 

「……まあ」

 

 なんとか声を絞り出す。

 

「事情を知らない奴には、そう見えるかな」

 

「コーイチ君は、わたしとそうなるのは嫌?」

 

「……」

 

 水瀬さんは、いつもの笑顔だった。

 

 だからこそ、俺はちゃんと答えなきゃいけないと思った。

 

「嫌じゃないけど」

 

「うん」

 

「まだ早いよ。俺たちはまだ中学生だからさ」

 

「そうだね」

 

 水瀬さんは素直に頷いた。

 

「ちゃんと両親に相談してからじゃなきゃダメだよね」

 

「ああ」

 

 俺も頷く。

 

「そのためにも、無事に帰らないと」

 

「うん」

 

 水瀬さんが笑った。

 

 それから、少しだけ間を置いて。

 

「でも」

 

「?」

 

「これくらいは、いいよね?」

 

 そう言って。

 

 水瀬さんが、俺の手を握った。

 

「……」

 

 柔らかな手。

 

 もう何度も握っているはずなのに。

 

 こうして静かな夜に握られると、やっぱり少しだけ意識してしまう。

 

 けれど。

 

 俺は手を離さなかった。

 

「うん」

 

 むしろ。

 

 俺からも、そっと握り返した。

 

「これくらいなら、いいよ」

 

 水瀬さんが嬉しそうに笑う。

 

「おやすみ、コーイチ君」

 

「おやすみ、水瀬さん」

 

 繋いだ手は、そのまま。

 

 俺たちの新しい家で迎える、最初の夜だった。

 

 

 

 

 

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