誤字脱字 稚拙な文書 更新未定 その他色々
許せる方のみ先へ
キヴォトスを巻き込んだ幾つかの大事件が終わり、ようやく本当の意味での平穏が訪れた頃。シャーレの執務室には、うららかな陽光が差し込んでいた。
「先生、いませんね……」
「はい。また、どこかへ行ってしまったみたいです」
誰もいない執務室で、シッテムの箱のモニターに映るアロナとプラナが、不安げに顔を見合わせていた。
デスクの上には、未処理の書類の山が築かれている。決裁印は床に転がり、かつて命を削ってまで使っていた『大人のカード』は、引き出しの上に無造作に放り出されていた。
以前の先生なら、寝不足でフラフラになりながらでも、生徒のためにとペンを走らせていたはずだ。しかし、ここ最近の彼は明らかに違っていた。
執務を一切せず、ふらりと外へ出ては、どこかで時間を潰して帰ってくる。そんな奇妙な放浪癖と、底なしの無気力に支配されていた。
「先生のバイタル、また少し弱くなっています……。心拍も、とてもゆっくりで……まるで、冬眠しているみたいです」
「アロナたちにも、何も言ってくれませんから……」
2人のAIの言葉は、主のいない部屋に虚しく溶けていった。
◆
ミレニアムサイエンススクール、ゲーム開発部。薄暗い部室の中には、電子音とコントローラーのボタンを弾くカチャカチャという音だけが響いていた。
「……」
部室の隅にある粗末なソファ。そこに深く腰を沈め、モニターをぼんやりと見つめているのは、シャーレの先生だった。画面の中では、レトロなアクションゲームのキャラクターが単調な動きを繰り返している。
「あ、あの……先生?」
背後から、モモイがおずおずと声をかけた。ロッカーの影からはユズが不安そうに顔を覗かせている。
最初は「先生が遊びに来てくれた!」と大喜びしていたモモイとミドリだったが、今の部室には異様なまでの気まずさが漂っていた。
それもそのはずだ。先生はここへ来てから2時間、一言も喋っていない。ただ無表情で、ミスをしても舌打ち一つせず、クリアしても笑いもしない。まるで呼吸をするように、ただ指先だけを動かしているのだ。
「……先生。お茶、淹れましたけど」
「…………」
ミドリがテーブルに紙コップを置いても、先生の視線は画面から微塵も動かない。
「先生! アリスも一緒に遊びたいです! 協力プレイで魔王を倒しましょう!」
見かねたアリスが元気よくコントローラーを掲げて隣に座る。普段の先生なら「いいね、やろうか」と優しく頭を撫でてくれるはずだった。
しかし、先生はゆっくりとアリスの方へ顔を向け――光の宿っていない、ひどく濁った瞳で彼女を見つめた。
「……一人用だから。無理」
ただそれだけを吐き捨てて、再び画面に顔を戻す。あまりに平坦で、感情の一切こもっていない冷たい声。アリスはビクッと肩を震わせ、コントローラーを持ったまま固まってしまった。
「――先生。一人用だから無理、というのは言い訳に過ぎません。コントローラーをもう1つ繋げばいいだけのことです」
凛とした声が部室に響いた。アリスの背後から歩み寄ってきたのは、白髪に鋭い赤色の瞳を持つ少女――天童ケイだった。
かつてはアリスの中に潜む『鍵(Key)』として世界を滅ぼそうとし、その後、自らを犠牲にして王女を救ったAI。しかし彼女は奇跡的に復活を果たし、今では新たな素体を得ていた。
アリスと左右反転したピンク色のヘイローを戴き、ミレニアムの制服の上に白黒のジャケットを羽織ったその姿は、すっかりこの日常に溶け込んでいる。
少し感情豊かになった彼女は、腕を組み、不快感と呆れを交えた表情でソファの上の大人を見下ろした。
「まったく……相変わらず先生は世話が焼けますね。貴方はシャーレの責任者のはずです。聞けば、先程からユウカが血眼になって貴方を探しているとか」
「このような場所で無為に時間を浪費している場合ではないのでは?」
口うるさい小言。しかしその裏には、かつて自分たちを導き、大人の責任を示してくれた先生への確かな敬意と、不器用な気遣いが含まれていた。
モモイたちも息を呑み、先生の反応を窺う。いつもの先生なら「あはは、耳が痛いな」と苦笑いして立ち上がるはずだ。だが。
先生はゲームを一時停止すらせず、画面から目を離さないまま、低く、面倒くさそうな声で呟いた。
「……ほっとけよ」
「……なっ」
ケイが絶句した。空気が凍りついた。モモイもミドリも、ユズもアリスでさえも、信じられないものを見たという顔で先生を見つめている。
「君には関係ないだろ。……うるさいな」
それは、生徒に向けるべきではない、明確な『拒絶』と『無関心』の言葉だった。怒っているわけではない。ただ本当に、心底どうでもいいのだ。
ユウカの心配も、シャーレの仕事も、せっかく身体を取り戻したケイの忠告も、目の前で戸惑う生徒たちの感情すらも。すべてを終わらせ、燃え尽きた大人の内側には、もう何も残っていなかった。
「あー……死んだ」
画面の中でキャラクターが落下し、ゲームオーバーの文字が表示される。先生は小さくため息をつくと、コントローラーをテーブルにポイと投げ出した。
「飽きた. 帰る」
「ま、待ちなさい……! 貴方、一体どうしてしまったのですか!? 答えなさい、先生!」
動揺を隠せないケイが声を張り上げるが、先生は振り返ることもない。短いスカートの裾を握りしめ、赤い瞳を揺らす白髪の少女の強い眼差しも、虚無の底に沈んだ先生の背中には全く届いていなかった。
「別に。ちょっと疲れただけ」
ポケットに両手を突っ込み、猫背のままフラフラと部室を出ていく。パタン、と重い扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
残されたゲーム開発部の部室には、不気味なほどの静寂が落ちていた。ケイは呆然と立ち尽くし、モモイたちは恐怖と不安で顔を見合わせる。
「……先生、どうしちゃったの……?」
ミドリの震える声に、誰も答えることはできなかった。画面の中で点滅する『CONTINUE?』の文字だけが、狂ってしまった日常を嘲笑うかのように光り続けていた。
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今日からフェス アロナ青封筒だけはいらんよ