女になんて、なりたくないっ!~魔女になんてなるものか~ 作:生活みだらし団子
思えば、雨宮であるはずがなかった。
数時間前に来て、忘れ物でもしたのかと思ったが──別れ際あんなことを言っていたのに、戻ってくるはずがなかった。
『──雨宮さん、図々しい話ではありますが…坂又さんをあなたの所で匿ってくれませんか?』
『あー…先輩方には申し訳ないけど、それはできないかな。』
『どうにか…なんとかなりませんか? 坂又さんは戦力になるはずです。』
『東雲さん? 別に俺は…』
『だとしても、かな。それに真面な戦闘の一回も熟してない坂又先輩よりは、私の方が強い自信があるよ。』
『………それは』
『先輩には感謝してるけど…もう来るのも遠慮してほしい、かな』
『ま、それに関しては大丈夫だ。ネット上で遊べばいいだけだしな。そんな気にすんなよ』
『坂又さん……』
『……先輩がそう言ってくれて、さっきも言ったけど嬉しいよ。』
『帰るのか?』
『うん。みんな待ってるから。』
いや、俺は雨宮か東雲さんであってほしかったのだ。
こんな、危険人物であってはいけないのだ。
「そんなに驚いてくれるとは…私にもまだユーモアのセンスが残っているのかな?」
その人物は、奇怪な服装をした魔女だった。
羽織っている白衣は膝上まで長く、医師より研究者を想起させる。
白衣の中に見える漆黒のスーツは、どこか東雲さんの様だ。
しかし、目の前の人物の特徴が東雲さんではないと明確に訴えていた。
髪はウェーブのかかった煤けた灰色のセミロングであり、前髪の隙間から赤い瞳孔が鈍く光る瞳を歪ませて静かに嗤っている。
「あなたは…一体、何者ですか……!」
いや、脳内ではその人物を導き出していた。
気づかないふりをしていたのだ。目の前に広がる現実を否定したくて。
野良の魔女が自身を始祖の先祖返りだと知るはずはない。
組織内部でも秘匿されている情報を知り、狙いすましたかのように
「あぁ、初対面だから分からないのかい? てっきり私の顔写真程度は見ているとは思っていたが…まさか幹部もそこまでケチとはね」
目前の魔女は、たっぷりと間を置いて話す。
「私の名前は
思考を、ただ思考を回せ
何も考えない、思考の空白だけは生み出すな
なんだ、こいつは何をしにきた
紅茶? は? 何を言ってるんだこいつは?
「何を…何が目的で、ここへ…?」
「言っただろう? お茶会への勧誘さ。」
「お茶…会…」
なんの隠語だ?
CAPs? 派閥? はたまた全く新しい組織?
いや、なんにせよ勧誘は────
『…狙う勢力。一つ目は郡上 未来や瀬名という魔女のような野良の魔女による勧誘及び襲撃ですね。まぁ雨宮のように例外はありますが。そして二つ目…』
『…郡上 未来が本格的に動き始めました! 日本支部の管轄する建物が数件同時に破壊されたそうで…』
────そうか、そうだよ言っていたじゃないか。
つまり、この魔女は……!
「……
「つれないね。だが、話くらい聞いたらどうだい? まだ我々は席にもついていないんだから。」
転瞬、反応する間もなく魔女の手の内から放出された眩い緑色の光が視界を蹂躙した。
ガラスが割れたような音が幾重にも折り重なって耳膜を叩き、網膜を焼くような光はやむ気配がない。
「何をっ…!」
「そう焦るものじゃない、これは場を用意しているだけだ。」
そんなわけがない、と言い返そうとしたときには、見たこともない草原が広がっていた。
「は…?」
地平線が見えるほど広大な草原は、明らかに先ほどまでいた玄関口とは空間が──否。世界が変わっていた。
太陽が見えないというのに日中のように明るく、空は青々と晴れ渡っていた。
流れる雲は緩慢に青空を埋め、雲間には先ほどの玄関口が見えたような気もした。
「エレノア・ローズ・ウィリアムズ。当時18歳の彼女は、この魔法で始祖を南極まで運んだという。」
「何の話……いや、まさか」
「固有魔法としての名称が『
それは、過去に始祖を討伐した7人の魔女の一人。
母とともに戦った、その一人。
そして、現イタリア支部の幹部……らしいが。
「どうしてあんたがそれを知ってるのかは…まぁ今更だから置いておくが、『互いに不干渉、無暴力を強制される』だと? そんなの信じられるか。」
「ならば殴るなりなんなりしてみればいい。触れることもままならないと思うがね。」
魔女は話しながら
さらには椅子に腰かけながらティーポットからトクトクと紅茶を注いでいる。
場違いと呼べる道具や飲料が土塊から生み出されたことに驚きつつ、言いようのない違和感を感じていた。
(…もしかして、本当に話に来ただけなのか……?)
そうなのだ。聞きなれない歌をハミングし、紅茶を注ぎながら手を使わずに茶菓子まで生成するその手際はもはや感嘆の域である。
こちらに危害を加える気がまったくもって感じられない。
「さぁ、茶の準備も出来た。席に着くといい。」
「…わかった」
油断を誘われている気がして、警戒しつつ座る。
「では、手始めに結論から告げるとしよう。」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……それはつまり、俺に革命させたくなるような理由があるってことですか?」
「おや、今度は驚いてくれないのかい。残念だね」
「……いえ、最近似たような驚きが重なっていますから。」
「始祖帰り君も驚き疲れるのかい、意外だねぇ」
なんとも思っていないように肩をすくめ、音を立てずにカップをすする。
「さて、では君も気になるであろう『何故』を語るとしよう。」
(別に気になってないんだけど…)
私は、過去───もう3年前になるのか。
CAPsの中でもかなり優秀なエージェントだった。
それこそ、幹部と並び立つほどに。
当時は北米支部の幹部───要は君の母親の弟子だったんだよ、私は。
東雲 秋を見かけたのもこの時だ。
知らなかったかもしれないが、彼女は君の母親である京香さんに拾われた人間なんだ。
まぁ、彼女は拾ってくれた相手が京香さんだとは知らなかったと思うがね。
知っていたら君に対する対応ももう少し変わっているだろうからな。
そういえば、彼女はグローバルに被災地を回っていた経歴があったな。
まぁ、彼女はあることがきっかけでやめてしまったのだが……どうでもいいことか。
当時私は君の母親である京香さん直属の部下で、一番重要と言っても過言ではない業務を任されていた。
………一番重要な業務は何かって?
それは、魔女になった少女たちを迅速に保護することさ。
なんだい、その目は。
……一番重要な業務だとは思えない、とでも考えているのか?
心外だね。
確かにCAPsの成り立ちこそ始祖への対処が
それに、これでも全国合わせれば二桁程度は救助してるんだ……一種の都市伝説の様な記録なんだが、君には伝わらないのか。
君なら理解していると思うが…魔女になってしまった女性や少女たちは数多く、その特性に振り回されることが多い。
だからこそ一人一人に向き合い、ある程度社会復帰を促す必要があった。
そして私は出会ったんだ。
……組織に殺された少女と。
彼女は少し人より寂しがりやな少女だった。
中学生の彼女は少々コミュニケーション能力に難があって、中々周囲に馴染めなかった。
そんな折、家庭内トラブルがあって……魔女化したらしい。
私が彼女につくようになったのは魔女化して直ぐだったよ。
というのも、彼女が家出していた所を一時的に保護した形だがね。
私自身、地域の魔女は全て頭に入れていたから直ぐにわかった。
丁度、また一人魔女化した少女を社会復帰させたところだったから手が空いていたのも起因しているな。
天啓だったのかはたまた呪縛だったのかは定かじゃないが、そんな彼女は強力な固有魔法を目覚めさせた。
『運命の赤い糸』…と私は呼称していたが、本人は最後まで人を縛り付ける『繋縛糸』だと言って譲らなかったな。
彼女の固有魔法は運命論を体現したかのような物で、人同士の繋がり全てが糸になって可視化されるものだ。
しかも、過去は見えないが未来の繋がりまで見えたんだ。それに彼女は介入できる力も持っていた。
……予想できるだろうが、彼女はその魔法を扱いきれなかった。
当然だ。魔女化して何年生きようとも固有魔法を制御しきれない者がいるのだから。
彼女はその最悪のケースでね。
現在と未来、そのすべての人間関係が糸になって可視化すれば、それは膨大な量となって彼女の視界を埋め尽くした。
本人曰く、糸に触れようとすれば糸に埋もれて窒息死する、とのことだった。
彼女は固有魔法のせいで糸しか見えなくなってしまった…が、人による糸の量や色、状態を見たり声を聴くことでしか個人を識別できなくなってしまったんだ。
……確かに、君の言うように目の見えない人の方が大変に聞こえるだろう?
だが、起きてしまったのだよ。
語るには陳腐な悲劇が、な。
何日も家出して連絡もつかない娘のために捜索届は愚か警察にすら相談しない彼女の両親の下へ私は彼女を送るなんてしたくはなかったんだが……半年ほど経った頃に彼女本人が帰りたいと言い出した。
……正確には、話し合いをして両親との関係を解消したいと言い出した。私が組織のコネを使えば話し合わずとも書類上他人にできると言っても、彼女は聞かなかったよ。
コミュニケーション能力の問題なんてどうでもいい程に、彼女の中では話す必要があったんだろうね。
私は昔から
優位派閥の過激派が、彼女を暴走させた。
両親を操作して彼女のトラウマをあえて刺激し、暴走させた。
彼女はその魔法を暴走させ、周囲一帯を異界化した。
それをいいことに、過激派の奴らは彼女を殺した。
………異界化させられる程の力を持ち、命に係わる固有魔法を持つ魔女の場合組織のルール上、彼女らは合法的に魔女を殺せる、というわけだ。
「ハッ、とんだ茶番劇だ。魔女化した少女を救うと謳いながら、その実危険な魔女を合法的に間引きたかっただけだったのだよ……過激派──いや、優位派閥は。」
怒っているかのように見えるが、その声は自嘲に満ちているように聞こえた。
「……だからこその、【革命】か。」
「そうだ。組織改革と言い換えてもいい。」
「……つまり貴女が真に行う予定なのは、組織への反乱ではなく、優位派閥の解体という訳か。」
「そういうことさ。だから反抗組織なんて呼ばれているのも優位派閥が流したフェイク。実際、私は今でも一部の幹部と繋がっているしな。……東雲 秋はまんまと騙されていたようだが。」
「……秘密裏に敵対するのではなく組織的に敵対したのは、それほど貴女の組織が脅威に映ったから、か?」
「だろうな。私自身自惚れでもなんでもなく東京都くらいなら更地にして永久凍土として数年凍り付かせることもできる程の力は保持している。……とはいえ、そんな事をするメリットもないからしないが。」
「……そこまでの力があるのなら優位派閥も消し去れるだろ。なんで大人しく事を表面化させたんだ?」
「優位派閥をすべて殺せば私はただの殺戮者になってしまうし、そもそも魔女に正面から挑むのは愚策もいい所だ。固有魔法の持つ力は強力で初見殺しのような者も多い故にな。」
「……つまり、出来ないからしないのであって出来ればする訳か。」
「あぁ。情け容赦なく、徹底的にさせてもらう。」
「じゃあ、結局俺を誘うメリットは戦力として……なのか?」
「いいや、君を戦力として考えるつもりはない。ある程度自衛はして貰うつもりだが、それも最低限になるよう配慮するつもりだ。」
…襲われるかもしれないデメリットを抱えるのかよ…
「ならどうして俺を勧誘する。あんたは何のメリットを得るんだ。」
「優位派閥への牽制さ。」
「あー…つまり、こういうことか? 俺の母親が幹部として属してる組織と表面上だけとはいえ対立してる組織の一員として、牽制要員として矢面に立てと。」
「君の母親は実質こちら側みたいなものだが、その通りだ。」
「……俺のメリットが何もない。俺はそもそも幹部個人とはいえCAPsの保護と監視を受けてんだ。たとえ東雲さんがこっちに着いてそれを誤魔化せるとしても俺は今後CAPsと敵対する予定はないし、矢面に立って襲われるかもしれない日々はごめんだ。」
「おや、まだ気づいていなかったのか。意外だな、君なら思い当っているとか考えていたんだが。」
「──強力な魔女を合法的に殺す、か。魔女の始祖帰りも始末にかかる可能性があると?」
「いや、確定事項だろう。魔女の始祖帰りなんて不安の種でしかない。組織全体に情報が出回っていない今なら暗殺が可能だろうしな。」
……確かに、一度CAPsの構成員ではないものの野良の魔女に殺されかけた。
だが、それは野良の魔女であって組織の魔女じゃない。
「もしかして、優位派閥の魔女にはばれてないとでも思っているのかい?」
「…なんだと?」
「わざわざ東雲の情報網にフェイクの情報を流したのは誰だと思ってる。流したことで私たちが対立し、得をするのは誰だ?」
「それが優位派閥、か。つまり俺の情報も既に渡っているのか……あぁ、なるほど。だから貴女はこのアイミングで来たのか。これ以上俺が敵対しないうちに。」
「その通り。私もこんなに早くに勧誘しに来る気はなかったんだが、意図的に情報漏洩することで私を敵対組織だと吹聴しあまつさえ始祖帰り君を間接的に駒として扱うつもりだった。だからこそ予定を崩してでも会いに来なくてはいけなくなった、という訳さ」
郡上は椅子から立ち上がり、俺の前と手を伸ばす。
「改めて言おう、始祖帰り君。」