女になんて、なりたくないっ!~魔女になんてなるものか~ 作:生活みだらし団子
再び破られた窓。
もういい加減にしてほしい。
なんでだ。俺の部屋の窓は破られる運命にでもあるのか?
やめちまえそんな運命。
「ねえねぇ! 何このおいしそうな匂い!」
「………知りませんよ。おにぎりでよかったらありますけど…」
「ち~が~う~! 絶対においしい魔力の匂いがするの! どこに魔女が隠れてるの!?」
その女は…否、その子供は年の程が小学生の、それこそ低学年の様な小さい子供だ。
東雲さんの如く綺麗に染まっている群青色の髪に、整った目鼻立ち。
こういう子供を美少女だとかいうんだろう。
そして、おいしい匂いに隠れてる魔女ときたか。
……まぁ、窓を破ってきた時点でなんとなく魔女だろうなとは思ったが、隠れている魔女がご所望なら俺の部屋にはいない。というか件の隠れて護衛してくれるはずの魔女はどうした。今もあまり広くもない俺の部屋を物色──犬みたいに匂いを嗅ぎ分けるように──してくれているからこうして考える時間ができているものの……やっぱり
相手子供みたいだし、どうにか口で説得できないだろうか……。
「恐らくだけど、君が探してる魔女は外にいると思うよ…?」
「いーや、絶対にこの部屋のどこかにいるの! 隠しても無駄なの~!」
「いや本当に誰もいないですよ? そもそも俺一人暮らしですし…」
「んー、でも確かにおいしそうな匂い、したんだけどなー…」
ここでようやくベッドから降りて、子供に向けて軽くしゃがみ目線を合わせながら話す。
「お腹すいてるなら何かごちそうするから、今日は帰ってくれない? 魔女もいないわけだし。」
「たしかになー…男子の魔力食べてもおいしく……おいしく?」
途端。
少女の瞳は瞳孔が開ききったかのような悍ましいものになり、動きの一切が止まる。
目線を合わせていた俺は金縛りになったかのように身動きが取れなくなり、少女は俺を瞳からのぞき込んでくる。
それはまるで、俺の腹の底までを掌で握りつぶすかの如くの凝視。
そして少女は見た目に似合わない獰猛な笑顔を浮かべると
「匂いが強すぎてわからなかったよー………
お兄さん、美味しそうだね♪」
俺は少女に首を絞められた。
「ガッ…!」
苦しい、痛い、苦しい!!!
じたばたともがく。少女の腕に全力で力を込めて首から手を放そうとした……が。
「なんっ……でっ…!」
「お兄さんじゃ無理だよー? 普通の魔法も使えないんじゃ当たり前だけどねー」
少女の『苦しい』腕はびくともしなかった。
ならばと今度は少女の『痛い』胴体を思い切り蹴り飛ばした。
「イッ……デェッ!」
「だから諦めなよー。体の強化魔法はコンクリートくらい固くなるんだから。」
足で、明らかに鳴っては『痛い、痛い!』いけない音が鳴った。
少女は更に首にかける力を『苦しい…!』込め始めた。
「だ………のむっ……ごろざないで……ぐれぇっ……」
「? …あはは、別に殺しはしないよー? ただ、死ぬ寸前になるまでは吸い取っちゃうけど……でもこんなにおいしそうな魔力はじめて…全部食べちゃおっかなー……なんて」
「やめっ……で……ぐだざい……」
もう、それは命乞いとも呼べぬ悲鳴だった。
涙はとめどなくあふれ、鼻水もたれている。
明確に迫る『死』が、恐ろしくてたまらない。
……もう、痛みも薄らいできた。苦しさも僅かにしか感じない。
俺は、死ぬ。
ハッ、一昨日の夜に死ぬのを覚悟した時とは雲泥の差だ……でも、しょうがないじゃないか。
痛みある覚悟と痛みのない覚悟じゃ雲泥の差だろうに。
『ごめんね…もう、貴方とは一緒にいられないの。』
だれ、……だ…?
『でも、忘れないで。私は何時でも何処であっても、何があろうと…貴方の味方よ』
おかあ、さん……か…?
『啓人、母さんにもきっと理由があったんだ。……だから泣くな、啓人。お母さんはお前のことを嫌いになったわけじゃない』
は……とうさん…もか
『ぼく、大人になったら母さんにっ……会いに行ってもいい…?』
『あぁ…大人になったら、きっと……母さんも許してくれるさ』
はは……最後の走馬灯が、こんな覚えもない記憶とか……なんで忘れてたんだ…
でももう、どうでもいいことか……俺は、もう死ぬんだから……
あぁ、悪くない……人生だった
「ふふ……すごいごちそう見つけちゃったー♪」
少女は昂っていた。
魔女になってからというもの、潤うことのない餓えを凌ごうと手当たり次第に魔力を貪ってきた。
それはいつもいじめてきた同級生であったり。
それは羨望の対象であった好きな人であったり。
それは自分を追いかける一般人であったり。
それはいつしか己に目を向けなくなった親であったりした。
しかし手当たり次第に魔力を貪っても、餓えは満たされることはなかった。
何を食べても何を飲んでも何も潤されない。
たまり続ける不満と、積もり積もった空虚だけが残った。
そんな時だった。同じ野良の魔女から集会に誘われたのは。
その魔女はどんな人間より魅力的に見えた。とても香ばしい匂いが少女の鼻腔をくすぐり、同時に確信を得た。
『この
それは一種の妄想でもあったかもしれないが、まぎれもない魔女としての本能が叫んでいるのだ。
『喰え!喰ってこの餓えを満たせ!』、と。
少女はたまらず襲い掛かり、奇襲によって一撃で気絶させた。
少女は同じ年ごろなのであろう野良魔女の首から魔力を吸い取った。
…この感覚を、表現する感性が少女にはなかった。
満たされない飢餓が一瞬にして満たされていく充足感、そしてそれと比にならないほどの多幸感!!!
脳内は麻薬に浸されたのでないかと思うほどアドレナリンが噴出し続け、視界が明滅するほどの興奮を覚えた。
しかし、一人から吸い取ってしまえばそれで終わりだ。
魔女だって隠れて動いている。
一人から吸い取れる魔力なんてたかが知れている。一度知ってしまえば、もう少女は止まらなかった。
必死に
その中には凶悪犯罪を犯した魔女もいたが、そんなことを彼女が知る由もない。
そんなある日の事。
すこし遠くから、非常に美味しそうな魔女の魔力の匂いを感じ取った。
それは魔女になってから短期間で様々な魔女の魔力を喰らってきた少女だからこそ感じ取れた本当に微かな匂い。
すでに魔女の魔力を喰らう事に中毒性を帯びている少女には、かつての日のような確信があった。
『この匂いをずっと…探し求めていたんだ!』
それからすぐに匂いの方向へと走り出した。
しかし、ある程度魔力を探りながらではあったが魔女の気配がなかった。
本当にここなのか? と思う疑念と、間違いなくここだ! と叫ぶ嗅覚がせめぎあっていた。
少女は己の嗅覚に絶対の信頼を置いている。故に多少の疑問はあろうと魔女のいない一軒家の一室に飛び込んだ。
室内には一人の男がいた。
男であるが故に魔女ではないと即断した少女は、適当を口にしながら部屋を自らの嗅覚に従って捜索し始めた。
濃い魔力の匂いが充満していてわからないが、隠れているのだと考えた少女は部屋を嗅ぎまわったものの魔女を見つけられなかった。
今日はもうあきらめるかと思ったとき、目の前の男が己の
いままでも己の魔法を認識した物を魔女を除いて二人知っているが、どちらも女性だった。故に初めての現象だった。
魔女のことも知っているあたり普通の人間ではない。ならば何なのか?
そうか、と少女は脳内でこぼした。匂いが強すぎてわからなかったのだ。目の前の男に潜んでいる豊潤な魔力、そして香ばしい匂い!
少女はたまらず首から魔力を喰らおうとしたが、意識があるため喰えない。ならばこのまま意識を落とせばいい──!
首に力を入れ続けていくと、抵抗はあったものの魔法の前では児戯に過ぎず、意識を手放そうとしているのがわかった。
そして男に潜んでいる魔力を喰らおうと引き出した瞬間────少女は弾き飛ばされた。
見たこともない、銀髪の美少女によって。
「あ、れ………?」
意識が、覚醒する。
痛みや苦しみもなく、気が付けば目を覚ましていた。
……もしかして、死後の世界とかだろうか?
だとすると俺は死んだ…んだよな。まぁ、そりゃあ死ぬか。あれだけ首絞められたら普通の人間は当然のごとく死ぬでしょ。
まだやり残したこととかあったっぽいんだよなぁ…なにを忘れてたんだったか、もう覚えてないけど。
というか、目の前がまぶしいんだけど。
まぶしくて目も開けられないんだけど。
どうなってんだよ死後の世界は。神は仕事してないのかよ。さっさと死後の世界を見さしてくれ。
「………お?」
眩しさがやんで、目も開けられそうになってきた。なんだやるじゃないか推定神。
目を開けると、そこは真っ白な空間でもなければ神のような人物がいる超常の空間でもない─────ぶっ壊れた俺の部屋だった。
は!? と大声で叫ぶのをなんとかこらえる。生きているかもしれない可能性が出てきた今、首を絞められていた関係上声を出せば喉がつぶれるかもしれない。
が、正直手遅れだと思うと、まぁいっか…と自己解決しようそうしよう。
どうやら俺は立ち上がっている様で、先ほど床に押し付けられ首を絞められていたことを考えると…魔女の少女が俺のことを見逃してくれた───わけじゃないよな。
だとすると俺の部屋がこんなに滅茶苦茶になってる理由がない。どうにも不可解だ。
「……これ、どうればいいんだよ?」
瞬間、非常に近いところから女性の声が聞こえた。
正直女性=魔女イメージが定着しつつある俺にとって、今すぐにでも逃げ出したいが……声が近すぎる。逃げようとすれば先ほどのように押さえつけられかねない。先のことから肉体勝負で勝てないのはわかりきっていた。故に、俺は相手を刺激しないように、動かずゆっくりと声を出す。
「あの……俺、何もしないです。動かないです。だから何も………うん?」
俺の言おうとした文言を、非常に近い距離にいる女性(推定魔女)が言った。
いや、これ近い距離っていうか………
「これ、俺の声……?」
透き通るようなソプラノボイスが男の肉体から出力されている。
「は?」
いや、男の肉体でもない。
体に感覚が戻ったのか、非常に股間がスースーする。加えて…
「さっきから目には入ってたが……なんだこの長い銀髪は…?」
え、これ、もしかして……
「女になってんだけどおぉぉ!?」
俺は、女体化したらしい。
ついに女体化。遅くてごめん。