世界の終わりとは、もっと静かなものだと思っていた。
けれど、俺の目の前に広がっていた光景は、そんな生易しいものではなかった。
白かったはずの森は黒い茨に覆われ、空は赤黒く裂けている。
大地には無数の亀裂が走り、その中心に、神々しいほどに禍々しい女が立っていた。
――《贖罪神女》
人の魂を罪宝へ変え、他者に罪を背負わせることで、自らを救おうとした最初の罪人。
そして、その前に立つ二人の魔女。
「まだ……終わってない……!」
黒衣を裂かれ、血に濡れながら、《断罪のディアベルスター》は立ち上がろうとしていた。隣では、《白魔女ディアベルゼ》がひび割れた身体を魔力で支えている。
二人とも、立っていることさえ奇跡だった。
それでも、倒れない。
『無意味だ』
《贖罪神女》が白い腕を掲げる。
空を埋め尽くす光が集まり、二人の魔女へ狙いを定めた。
『我が罪宝と共に滅びよ』
「――それは、どうかな」
俺は、二人の前へ歩み出た。
ディアベルスターが目を見開く。
「……誰だ、お前!」
「邪魔よ!」
ディアベルゼが叫ぶ。
だが、俺は足を止めなかった。
俺の大好きな白き森のテーマ。
この悲劇の物語を、画面の向こうで何度も見た。
そして彼女たちにとっては、命を懸けた最後の戦い。
「アステーリャ、リゼット」
「――っ!?」
二人の顔から、同時に血の気が引いた。
失われた幼い名。
今となっては、互いと家族しか知らないはずの名前だ。
「どうして、その名を……」
「話は後だ、二人とも下がっていろ」
俺は胸元のカードケースへ手を伸ばした。
「ここからは――俺のターンだ」
一枚のカードを抜き、虚空へ叩きつけた。
黒い森の上空に、巨大な刃が出現する。
機械仕掛けの刀身。
「通常魔法――《械刀婪魔皇断》を発動」
『愚かな』
贖罪神女が光を放つ。
『その程度の術、私の権能で――』
「無駄だ」
「このカードの発動と効果は、無効化されない」
《贖罪神女》の表情が、初めて歪んだ。
俺の背後に、十五枚のカードが円環となって展開される。
その中から、六枚が前へ出た。
「神の権能より、カードのテキストが優先だ」
《告死聖徒ルシエラーゴ》
《背信聖徒シルヴィア》
《飢渇聖徒エリュシクトーン》
《殺戮聖徒レジーナ》
《厄災の星ティ・フォン》
そして――《聖アザミナ》
「六枚を裏側で除外する」
選ばれたカードが砕け、贖罪神女へ伸びていた因果の糸が断ち切られた。
『あり得ぬ……! 我が聖徒を、世界の因果から切り離したというのか……!』
「そうだ」
俺は贖罪神女を指差す。
「そして、フィールドから手札へ戻すカードは一枚」
「《贖罪神女》」
刃が振り下ろされる。
「お前だ」
『待て! 私は神女! 人の罪がある限り、何度でも――!』
「だったら、その罪ごと帰れ」
械刀が世界を両断する。
「やりすぎなんだよ」
《贖罪神女》の身体が、音もなく切り離された。
赤黒く裂けていた空が、ゆっくりと閉じていく。
黒い茨が崩れ落ちる。
「ディアベルスター!」
ディアベルゼの悲鳴に振り返ると、変身を維持できなくなったディアベルスターが倒れるところだった。ディアベルゼも片膝をつき、砕けかけた身体を押さえている。
アザミナは封じた。
けれど、奪われた魂は戻っていない。
このままでは、白き森が元に戻ったとしても。
彼女たちが望んだ家族は帰ってこない。
「やっぱり……使うしかないか」
俺はデッキから、もう一枚のカードを取り出した。
それを見た瞬間、ディアベルスターの目が鋭くなる。
これは奇跡を起こすカード。
だが、奇跡には相応の代償がいる。
「いったい何を……?」
ディアベルゼが俺を見る。
「お前たちの家族を取り戻す」
「そんなことができるなら、私たちは……!」
ディアベルスターは目を見開いて声を荒らげた。
「できる、俺に任せろ」
もっとも。
あまりにも強すぎて、使うことを禁じられたカードもあるけれど。
「魔法カード、《ソウル・チャージ》」
カードを掲げる。
白き森の大地に、巨大な魔法陣が広がった。
「この森を墓地として扱い、眠っている三人の魂と肉体を対象にする」
魔法陣に、三つの名前が刻まれる。
《白き森の妖魔ディアベル》
《白き森のシルヴィ》
《白き森のルシア》
「こんな力……」
ディアベルゼが息を呑む。
「どうして、そこまで……?」
「理由なんて、大したものじゃない」
俺は魔法陣へ手を置いた。
「家族が帰ってくるのを待っている女の子がいる」
ディアベルスターを見る。
「自分を責めながら、ずっとひとりで戦ってきた女の子がいる」
ディアベルゼを見る。
「それを知っていて、助けられる力を持っている」
魔法陣が輝きを増す。
「だったら――使わない理由がないだろ」
3000LPが、身体から引き抜かれる。
心臓を握り潰されるような痛みが全身を貫いた。
膝が折れそうになる。
それでも、カードは離さなかった。
「来い――!」
魔法陣から、三本の光が立ち上る。
「お前たちが、ずっと待っていた人たちだ!」
最初に現れたのは、大きな帽子をかぶった魔女だった。
次に、優しい目をした二人の少女が姿を現す。
あの日の、優しい光景。
「……アステーリャ」
妖魔ディアベルが、その名を呼んだ。
ディアベルスターの身体が震える。
「ディアベル……?」
「大きくなったね」
「……っ」
黒魔女の顔が、くしゃりと歪んだ。
長い旅の間、どんな傷を負っても流さなかった涙が、頬を伝って落ちていく。
「ごめん……」
子供のような声だった。
「私達が、あの果実を持って帰ったから……あなたに渡したから……!」
ディアベルは何も責めなかった。
泣き崩れるアステーリャを抱き締めた。
そしてその髪を、何度も撫でる。
「ずっと、後悔してた!」
アステーリャは声を上げて泣いた。
「いいのよ……」
ディアベルは、優しく微笑んだ。
「リゼット!」
ルシアが両腕を広げる。
ディアベルゼは一瞬だけ唇を噛み、いつもの余裕ある笑顔を作ろうとした。
「もう……私はリゼットなんて子供じゃ――」
「リゼット」
シルヴィにも名前を呼ばれた瞬間、その笑顔はあっさりと崩れた。
「……遅いのよ」
二人の姉へ飛び込む。
「ずっと……ずっと待ってたんだから……!」
白き森の魔女たちが泣いていた。
やがてディアベルが片腕を伸ばす。
白き森の家族が、ようやく一つに戻った。
黒い茨が白い木々へ戻っていく。
濁っていた川は澄み、枯れていた花が芽吹いた。
白き森に、平和が戻った。
「これで俺の役目も終わりだな」
背を向けた瞬間、声が飛ぶ。
「待て」
ディアベルスターが俺を睨んでいた。
「お前は何者だ」
「通りすがりのデュエリスト」
「意味が分からないわね」
ディアベルゼが笑顔で退路を塞ぐ。
「突然現れて、森を救って、説明もせず帰るつもり?」
「助かったなら、それで――」
言い終える前に、膝から力が抜けた。
《ソウル・チャージ》の影響がまだ残っているようだ。
「おい!」
倒れかけた身体を、ディアベルスターが抱き留める。
ディアベルゼが俺の手を取り、顔をしかめた。
「無茶をしすぎよ。しばらく休ませないと」
「いや、俺は帰る」
「駄目だ」「駄目ね」
ほとんど同時だった。本人たちは気づいていないらしい。
「正体不明の人間を放置できるか」
「質問したいこともあるもの」
「それ、保護じゃなくて拘束では?」
「「保護よ」」
姉妹らしく息が合っていた。
「一つだけ聞く」
ディアベルスターが俺を見下ろす。
「なぜ私たちを助けた」
「助けたかったからだ」
「……それだけ?」
二人はそろって黙った。
こうして俺は、白き森に留まることになった。
◇
あの戦いから、七日が経った。
窓の外では、シルヴィとルシアが洗濯物を干していた。
何でもない朝だった。
この森から、長い間失われていた朝だ。
「食べろ」
食卓へ着くなり、ディアベルスターが皿を置いた。
焼いた肉と野菜、白いパン。明らかに一人分ではない。
「多くないか?」
「たくさん食べればいい」
彼女が右隣へ座る。
直後、左から果物を刺したフォークが差し出された。
「こちらもどうぞ」
ディアベルゼだった。
「肉を食べている途中なんだが」
「一口くらい平気でしょう?」
「自分で食べられるぞ」
「知っているわ。口を開けて」
仕方なく果物を口にすると、ディアベルゼは満足そうに次の一切れを刺した。
「待て、リゼット。先に肉だ」
「あら。果物の方が食べやすいでしょう?」
二人の視線が、俺を挟んでぶつかる。
ディアベルスターは肉を追加し、ディアベルゼは新しい果物を差し出した。
この七日間、朝には着替えが用意され、咳をすればすぐに水が差し出された。
◇
食後、鈍った身体を動かそうと外へ出る。
「俺くん、よかったら川まで一緒に行かない?」
洗濯を終えたルシアが声をかけてきた。
「新しく花が咲いていたの。あなたにも見せたいわ」
シルヴィも俺の隣へ並びかける。
「いいな。ちょうど散歩を――」
「今日は私が付き添う」
言葉を遮り、ディアベルスターが当然のように右腕を取った。
「別に。お前が誰と出かけようと、私には関係ないが」
「まだ何も言ってないぞ」
「散歩の途中で倒れられては困るだけだ」
「そうね。療養中のあなたを長話に付き合わせるのもよくないわ」
反対側から現れたディアベルゼが、俺の左腕を抱き込む。
「二人は散歩に誘ってくれただけなんだが」
「細かいことはいいのよ」
ディアベルゼは微笑んだまま、俺の腕をさらに強く抱いた。
「シルヴィ姉さん、ルシア姉さん。この人は借りていくわね」
「俺の意思は?」
「療養中の人間に、拒否権があると思うか」
左右から連行される俺を、シルヴィとルシアは顔を見合わせながら見送った。
◇
右に黒魔女。
左に白魔女。
身体を支えるという名目にしては、二人とも妙に距離が近かった。
「ディアベルゼ、離れろ」
「あなたこそ。ただ抱きついているだけでしょう?」
「支えている」
「私もよ」
どうやら離れる選択肢はないらしい。
正直、悪い気はしなかった。
「……何を笑っている」
「別に」
「顔がだらしないわよ」
「二人に挟まれていると、落ち着く」
足音が止まった。
見ると、二人とも顔を赤くしている。
「……そうか」
二人は顔を見合わせると、競うようにさらに身体を寄せてきた。両腕へ伝わる柔らかさが増し、俺は黙って前を向いた。
広場へ出ると、妖魔ディアベルがこちらを見た。
俺の両腕にぶら下がる娘たちを眺め、何かを察したように笑うと、そのまま何も言わず立ち去っていく。
「俺はもう元気だぞ」
「昨日、一人で薪を運ぼうとした」
「持てると思ったからな」
「一昨日は川へ水をくみに行ったわ」
「水くらい自分でくめる」
二人の顔が同時に険しくなる。
「なぜ私を呼ばない」
「どうして私に頼まないの?」
どうやら二人は、俺の世話を何から何まで焼きたいらしい。
「ずいぶん俺が気になるんだな」
からかうつもりで言うと、二人は一瞬だけ黙った。
「当然だ」
ディアベルスターが俺の腕を抱え直す。
「あなたは自分がどれだけ無茶をしたか、分かっていないもの」
ディアベルゼも俺の指に、自分の指を絡めた。
責めるような口調なのに、二人の腕はさっきより強く俺を抱いていた。
「ここまで大切にされると、助けた甲斐があったな」
「……当然のことをしているだけだ」
「ええ。まだ足りないくらいよ」
俺は二人に抱えられた腕を軽く上げる。
「少しくらい、お前たちに頼ってもいいのかもしれないな」
ディアベルスターは赤くなった耳を隠すように顔を背けた。
ディアベルゼは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに楽しそうな笑みに変えた。
「最初からそうしていればいいのよ」
「今さら一人で何でもしようとするな」
右に黒魔女。
左に白魔女。
こういう恩返しなら、いくらでも受け取ってやろう。
◇
その日の夜――俺の知らないところで。
俺が眠ったあと、ディアベルスターとディアベルゼは廊下で向かい合っていた。
ディアベルスターは、閉じられた俺の部屋の扉を見つめる。
「自分の命を削ってまで、私たちを救ったくせに……どうして、何も求めないんだ」
「かっこいいじゃない」
ディアベルゼも、扉へ視線を向けた。
「あいつの世話は私がするの」
「あら。どうして?」
ディアベルゼは、微笑を浮かべたままだ。
「お前は距離が近すぎる」
「あなたにだけは言われたくないわね。散歩の間、ずっと腕を抱いていたでしょう?」
「あれは身体を支えていた」
「私もよ」
「お前は頬まで寄せていた」
「あなたは胸を押しつけていたわ」
「押しつけていない」
「押しつけていたわ」
二人の間に沈黙が落ちる。
「彼は私の恩人だもの」
「私の恩人でもある」
「私の方が上手に世話ができるわ」
「独り占めは駄目!」
「……あいつは、二人に挟まれていると落ち着くと言った」
「そうね」
「だからといって、お前と分け合うとは言っていない」
「奇遇ね。私もあなたに譲るつもりはないわ」
再び沈黙が落ちた。
二人はしばらく睨み合ったあと、同時に息を吐いた。
「交代で世話をする」
「嫌よ」
「では、どうする」
ディアベルゼは少し考え、にっこりと笑った。
「二人で一緒に、全部世話をすればいいでしょう?」
「……あいつを二人のものにするつもりか」
「そのほうが、彼も喜ぶわ」
◇
数日後。
寝台に横になりながらカードを眺めていると、扉が開いた。
「まだ起きていたのか」
ディアベルスターとディアベルゼが、揃って部屋へ入ってきた。
「ちょうどいい。二人に言っておきたいことがあった」
「何かしら?」
俺はカードをケースへ戻し、二人を見た。
「身体はだいぶ良くなった。ただ行くところもないから、もうしばらく二人の世話になる」
ディアベルスターの眉がわずかに動いた。
「俺は白き森が大好きだからな」
二人が黙った。
「……何だ」
「今の言葉」
ディアベルゼが扉に鍵をかけた。
「忘れないでね」
「どうして鍵をかけるんだ?」
背筋に冷たいものが走った。
ディアベルスターが寝台へ近づいてきた。
逃げる間もなく、肩を押された。
「おい――」
背中が寝台へ沈んだ。
ディアベルスターが俺の右手首を押さえ、ディアベルゼが反対側に膝をついた。
二人の金と銀の髪が左右から垂れ、視界を塞いだ。
「病人を押し倒すのが、白き森の世話なのか?」
「もう元気なんでしょう?」
ディアベルゼが微笑んだ。
「自分で言ったものね」
「だったら離してくれ」
「嫌だ」
ディアベルスターは即答した。
あまりにも迷いのない声だった。
彼女の顔が近づいてきた。
「私はお前が好きだ」
「――は?」
「聞こえなかったのか」
今度はディアベルゼが、俺の頬を両手で挟んだ。
「私もあなたが好きよ」
「ディアベルゼまで……」
「『まで』ではないわ。私のほうが好きだもの」
「私のほうだ」
「なんで……?」
「私たちの大切なものを取り戻してくれた。それだけで十分よ」
ディアベルゼの鼻先が、触れそうなほど近づいた。
「だから、あなたが私たちのどちらを好きなのか、今ここで聞いているの。嫌いではないでしょ」
「選べないよ」
「選べ」
ディアベルスターに手首を強く押さえられた。
「好きだと言え」
「黙っているなら、都合よく解釈してしまうけれど?」
左右から見つめられる。
逃げ場がない。
戦場で神を相手にしたときより、よほど苦しい。
俺は一瞬だけ迷い、顔を背けた。
「……二人とも、離れなくていい」
二人の息が止まった。
ディアベルスターが俺の手を握り直した。
「嬉しい」
その一言で、何も言えなくなった。
「さあ」
ディアベルゼが俺の肩へ頬を寄せた。
「私たちはもう言ったわよ」
二人に挟まれたまま、俺は観念して息を吐いた。
「……好きだ」
「誰が?」
「二人が」
「聞こえないわ」
「絶対に聞こえていただろ」
「もう一度だ」
顔が熱い。
それでも二人は、期待するように俺を見つめていた。
「俺も、二人が好きだ」
言い切った瞬間、ディアベルスターが俺の胸元に顔を伏せ、ディアベルゼが首に抱きついた。
「……おい」
「今は顔を見るな」
「私は見たいわ」
「ディアベルゼ、邪魔をするな」
「あら。独り占めは禁止でしょう?」
二人が競うように身体を寄せてきた。
「少し苦しい」
「我慢しろ」
「好きにしていいと言ったものね」
「そういう意味じゃ――」
ディアベルスターが顔を上げた。
赤くなった頬のまま、まっすぐに俺を見つめた。
「お前は、私たちのものだ」
「二人の、でしょう?」
ディアベルゼが満足そうに微笑んだ。
「そういうことだから、覚悟してね。俺くん」
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
(以下略)
ディアベルゼ「いやーありがと!私達のかわいさは二十分に伝わったかな?」
ディアベルスター「見てくれたのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいわね……」
ティ・フォン「お守りとしてEXデッキに入っていただけなのに……」フォン
(以下略)
白き森の皆、俺「皆さんありがとうございました!」
白き森の皆「って、なんで俺くんが!? 改めまして、ありがとうございました!」
本当の本当に終わり