転生上がりのストリートチルドレンが官吏登用試験を受けてみた結果 作:コロトック
転生したらスラムだった件。
……。
……。
……ん?
おっかしいなあ。なんでこんなところに。
すみませーん、神様、リスポーン地点間違ってますよー。
誰も答えてくれない。まあ、そうだよね。忙しいもんね、神様も。
◇
結論から言うと、俺はスラム暮らし歴五年のストリートチルドレンになっていた。
前世の記憶はある。特殊技能とか、規格外のステータスとか、そういう都合の良いものは特にない。あるのは「なんとなく計算が得意」「日本語で読み書きができる」という、地味も地味な前世スキルだけだ。
剣は握ったことがない。魔法も使えない。唯一使えるのは、腹の虫を無視するスキルくらいだった。強いて言うなら熟練度はカンストしている。
最初の一年は、正直こう思っていた。
(そのうちチートが発現するんじゃないか)
二年目もそう思っていた。三年目でようやく諦めた。四年目には諦めたことすら忘れていた。今は五年目、無事にただの汚い子供として日々を生きている。
そんな俺の耳に、ある日ゴミ捨て場の噂話が飛び込んでくる。
「聞いたか、官吏登用試験。受かれば飯付きの寮に住めるらしいぞ」
「どうせスラム育ちなんか門前払いだろ」
「受けるだけならタダらしいけどな」
タダ。飯付き。この二単語だけで俺の心は決まった。
「よし、受ける」
「お前、正気か?」
路地裏の顔なじみ、ハトが胡散臭そうな目でこっちを見てくる。ちなみに本名は知らない。伝書鳩みたいに情報だけ運んでくるからハトだ。
「正気じゃなかったらスラムでこんなに元気に生きてないだろ」
「それもそうか」
その一言で納得するあたり、ハトも大概おかしい。
「受かったらメシ分けてくれよ」
「落ちたら分けるものもないけどな」
「じゃあ落ちるなよ」
無茶を言う。
◇
試験当日。会場に着いた瞬間、俺は自分の格好を客観視して後悔した。
周りはこざっぱりした格好の子供ばかり。商家の子、下級貴族らしき子、明らかに家庭教師付きの子。その中に、垢とススが染み付いた俺が一人。浮くなんてレベルじゃない。もはや保護色を失った生き物だ。
周りの目がつらい。露骨に眉をひそめる者、見なかったことにする者、無言で距離を取る者。反応のバリエーションは豊富だが、方向性は一つだった。
「うわ、なんであんなのがここに」
聞こえてるからね、それ。声のボリューム調整、貴族教育に入ってないの?
「もしかして間違えて掃除係の入り口から来たのかしら」
その発想はなかった。悔しいが上手い。
そんな中、隣の席の女の子だけが違う反応をした。
「あなた、独特な匂いがするわね」
開口一番これである。褒め言葉なのか嫌味なのか、判定に困る。
「それ、褒めてる? 貶してる?」
「さあ? どっちだと思う?」
試すような目でこっちを見てくる。癖の強いやつだ。しかも整った顔でそれをやるから余計に読めない。
「賢い人は自分から答えを言わないもんな。参考になった」
「あら、褒めてくれるの? 貶してるの?」
「さあ? どっちだと思う?」
「……気に入ったわ。隣、よろしくね」
「よろしくされる側の意見は?」
勝ったのか負けたのか分からないまま、隣人が確定した。
「私、リーシャ。あなたは?」
「セナ。名字はない」
「あら、私もないわ」
「え、貴族じゃないの?」
「さあ?」
「それしか言わないのな」
◇
受付の職員が試験概要を読み上げる。曰く、科目は筆記三教科、それに加えて午後から実技試験があるらしい。
「実技? なにするの」
小声でリーシャに聞くと、彼女は事もなげに答えた。
「魔力測定と、簡単な面接よ。魔力がなくても落ちるわけじゃないから安心して」
「詳しいな」
「情報は大事だもの」
含みのある言い方だ。本当にただの受験生なのか、少し怪しく思えてくる。とはいえ、今この場で問い詰めても「さあ?」しか返ってこない未来が見える。追及は諦めた。
◇
試験開始の鐘が鳴る。
筆記(算数)。
語るまでもない、満点だ。次。
筆記(国語)。
算数の時も思ったが、よかった日本語対応で。そこらへんは調整してくれたらしい。ありがとう神様、地味に仕事はしてるんだな。もう少し早く仕事しろとは思うけど。
国語というか、内容はほとんど事務処理みたいな感じだった。書類の不備を指摘しろとか、報告文を要約しろとか。前世で言うところの一般常識問題に近い。まあ、いけただろう。次。
筆記(歴史)。
知らん。その一言に尽きる。
Q1、この国の王の名前を答えよ。
A、アレクサンドロス大王。
……処刑されないかな、少し心配。選択肢はとりあえず一番それっぽくない名前を消去法で選ぶ。統計的にはこれが正解率を上げる唯一の戦法だ。
隣を盗み見ると、リーシャはすらすらとペンを走らせている。手元が全く迷っていない。
「歴史、得意なんだ」
「得意っていうか、うちの家系の話だもの」
「へえ、名家?」
「さあ?」
もうその返ししかできない病気か何かか。
「その返し、資格試験でも出せるレベルだと思う」
「あら、それは名誉なことね」
余裕たっぷりに微笑む隣人を横目に、俺は残りの選択肢と静かに向き合う。歴史との勝負は、たぶん俺の負けだ。
◇
筆記が終わると、休憩を挟んで実技試験の会場に移動させられる。庭に設置された魔法陣らしき円の上に、一人ずつ乗るよう指示された。
「魔力を流すだけでいいわ。難しく考えないで」
リーシャが小声でアドバイスをくれる。優しいんだか、面白がってるんだか、その辺の判断はもう放棄した。
俺の番が来て、円の上に立つ。特に何も分からないまま、なんとなく力を込めてみる。
「……反応なし、と」
試験官が淡々と紙にメモを取る。予想はしていたが、いざ数値ゼロを目の前で記録されると地味に来るものがある。
「魔力なしでもここまで来られたのは、なかなか珍しいですよ」
試験官が思いのほか優しい声をかけてくれた。慰めだとしても、多少は救われる。
面接は拍子抜けするほど短かった。名前と、簡単な経歴と、なぜ受験したかを聞かれただけだ。
「食事付きの寮に興味がありまして」
正直に答えたら、試験官がわずかに笑った。悪くない反応だと思う。
◇
全日程が終わり、会場の外で紙皿に載ったパンとスープが配られた。
もらった瞬間に理解する。ああ、これが目的で来てる子も相当数いるなと。
よく見れば、俺と似たような垢染みた身なりの子が、会場の隅にちらほらいる。試験そのものより、この一食のために並んだ顔だ。
同志がいると分かると、少しだけ気が楽になった。連帯感というやつだ。
「あなた、受かると思う?」
隣の彼女がスープをすすりながら聞いてくる。
「歴史で何点取れたか次第かな。あなたは?」
「私は全問できたから、たぶん問題ないわ」
「即答するんだ、それは」
「気になる相手には正直でいたいの」
「今、気になる相手って言った?」
彼女はくすりと笑って、それ以上は答えなかった。読める気がしない。友好的なのか、からかわれているだけなのか、たぶんどっちもだ。
合格発表を待つ側になるのか、それとも門前払いで終わるのか。今はまだ、どっちとも言えない。
「合格発表はいつなんだ?」
「三日後よ。掲示板に名前が貼り出されるわ」
「名前だけで大丈夫か、俺、字が汚いんだけど」
「あなたの字じゃなくて、係の字で貼られるから安心して」
なるほど、それなら心配ないな。
「発表の日、また会える?」
「さあ? どっちだと思う?」
「もうそれ答える気ないだろ」
「答えは会場で見せてあげる」
スープはやけに美味かった。ただ一つ確かなのは、この一食のために受けた試験にしては、意外と面白い一日だったということだけだ。三日後、俺はまた同じ会場に立つことになる。