転生上がりのストリートチルドレンが官吏登用試験を受けてみた結果 作:コロトック
なんでかは知らないが、王様に呼び出された。
あー、クビかなあ。それともアレクサンドロス大王とか書いたのが不味かったかなあ。
試験の歴史科目、あれから採点結果は誰にも見せてもらえなかったが、まさか今頃になってその話が出てくるとは思わなかった。時効という概念、この世界にはないのかもしれない。いや、まだそこまで時間が経っていないか。
◇
「セ、セナ、大丈夫、ですか……?」
フィリア様は俺以上に顔面蒼白になっていた。呼び出されたのは俺のはずなのに、なぜか本人より緊張している。
「殿下がそんな顔しなくても大丈夫ですよ」
「で、でも……お父様、が、急に呼ぶなんて……何か、あった、のかと」
「お父様」呼びに一瞬詰まりかけたが、考えてみれば当然の話だった。この王城の頂点にいる人物は、フィリア様の実の父親でもある。今更ながら、自分がとんでもない場所で働いていることを実感した。
「殿下も同席してくれるんですか」
「は、はい……その、私も、呼ばれて、いるので」
「あ、そうなんですね」
二人揃っての呼び出しらしい。とりあえず、クビの通告に雇い主まで同席させる王というのは、それはそれで随分と念の入った話だ。
「殿下、王様ってどんな方なんですか」
「え、っと……その、優しい、です……でも、忙しい、方、なので……あまり、お話しする、機会も」
実の父親相手に、他人行儀な紹介をされるとは思わなかった。この親子の距離感も、なかなか複雑なものがあるらしい。王族だからかな?
◇
謁見の間は、想像していたよりも簡素だった。豪奢な装飾よりも、実務的な机と椅子が目立つ部屋だ。玉座に腰掛ける王は、思っていたより柔和な顔つきをしていた。
「よく来たな、二人とも」
「お、お父様……」
フィリア様の声が、いつも以上に小さい。俺はとりあえず一礼して、次の言葉を待った。
「セナといったな。フィリアの秘書補佐についてくれているそうだが」
「はい」
「フィリアの様子が、ここ最近ずいぶんと変わったと聞いている」
来た。ここで何を言われるかで、今後の身の振り方が決まる。覚悟を決めて背筋を伸ばした。
「決裁が早くなった。書類の滞りもほとんどないと、宰相府からも報告が上がっている。なにより」
王はそこで一度言葉を切り、娘の顔を見た。
「…なによりフィリアの表情が、随分と柔らかくなった。父親としてこれほど嬉しいことはない」
「……」
フィリア様が、隣で小さく息を呑む気配がした。
「良い働きをしてくれているようで何よりだ。褒美を取らせよう」
処刑どころか、褒美という単語が飛び出してきた。想定していた展開との落差に、頭の切り替えが追いつかない。
「あ、ありがとうございます」
「何が欲しい。金か、爵位か、あるいは休暇か」
「え、選べるんですか」
「無論だ。功績には見合った対価を返す。それが筋というものだろう」
急に選択肢を並べられて、頭の中が真っ白になった。生まれてこの方、こんな豪華な質問をされたことがない。
「……歴史の点数のことも聞いている。アレクサンドロス大王、だったか」
やっぱりバレていた。心臓が跳ねる。
「あれは、その」
「気にするな。むしろ面白い。堅苦しい答案ばかり並ぶ中で、あれだけは記憶に残った。響きもよかったしな」
処刑の心配は杞憂だったらしい。安堵のあまり、力が抜けそうになった。
「褒美については、追って沙汰する。今しばらく待つがいい」
「か、かしこまりました」
◇
褒美の話が一段落したところで、王が続けた。
「フィリア、少し外してくれるか。この者と、二人で話したいことがある」
「は、はい……」
不安げな顔で退室していくフィリア様を見送ってから、王は改めて俺に向き直った。
「単刀直入に聞く。フィリアの周囲で、何か不審な動きはなかったか」
声のトーンが、明らかに変わっていた。父親としてではなく、王としての質問だ。
「不審な動き、とおっしゃいますと」
「秘書の一人が、長期間職務を放棄していたと聞いている。その理由と、事後の対応について、お前の知る限りを聞かせてほしい」
グレアムの件だ。カジノでの借金の話まで、既に耳に入っているのかもしれない。どこまで話すべきか、一瞬迷った。
王の視線には、隠し事を見透かすような鋭さがあった。この人の前で下手な誤魔化しは通用しないだろう。
「率直に申し上げてよろしいでしょうか」
「もちろんだ。むしろそれを望んでいる」
その一言に、腹をくくった。ここで下手に取り繕っても、いずれ露見する話だ。それなら、最初から誠実に話す方がいい。
「秘書殿は、カジノで多額の借金を作り、しばらく行方をくらませていました。戻ってきてからも、視察と偽って説明していましたが。正直な話をすると私はあの者が得意ではありません」
王は表情を変えず、静かに聞いている。次に何を言われるのか、まるで読めなかった。
「正直な男だな。気に入った」
予想外の一言に、思わず顔を上げた。目の前の王は、初めて笑みらしきものを浮かべていた。
「侯爵家との兼ね合いもあるゆえ、表立って処罰するのは難しい。だが、水面下でできることはいくつかある」
「水面下、というと」
「それは私の仕事だ。お前は今まで通り、フィリアの隣で支えてやってくれればいい」
王の言葉には、思っていた以上の重みがあった。この人もまた、娘のことを気にかけているのだと、その一言だけで十分に伝わってきた。
「かしこまりました」
「それと、もう一つ」
王は少し声を落として続けた。
「フィリアが自分から誰かを頼るようになったのは、初めてのことだ。感謝する」
「もったいないお言葉です」
畏まって頭を下げながら、俺はふと、この王城に来てからの日々を思い返していた。スラムから成り上がった先が、まさか一国の王に感謝される立場になるとは、我ながら想像していなかった展開だった。
退室した後、控えの間で待っていたフィリア様が、心配そうに駆け寄ってきた。
「セ、セナ、大丈夫、でした、か……?」
「大丈夫です。むしろ、いい話をたくさんもらいました」
「よ、良かった……」
安堵で肩の力を抜くフィリア様を見ながら、俺はこの謁見の裏で王が動き出そうとしている何かのことを、まだ本人には伝えないでおくことにした。