転生上がりのストリートチルドレンが官吏登用試験を受けてみた結果 作:コロトック
「こ、困ります!」
「護衛を呼びますよ!」
その日、朝から騒がしかった。そして外の様子を確かめようとドアの近くに行こうとすると、見覚えのない初老の男が執務室に飛び込んできた。
身なりの良い外套、堂々とした足取り。ただ者ではない空気を纏った人物に俺は気圧された。
「お、おう」
俺の情けない声だけが部屋に残る。それを意にも解さずに目の前のフィリア様をみた。そして、彼女が思わず椅子から立ち上がった。
「フィリア殿下、突然の来訪、失礼いたします」
「あ、あの……どちら、様……?」
「ビスハイル侯爵家当主、つまりはグレアムの父にございます」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
◇
「あのバカ息子、おっと失礼。グレアムはどこですか」
「え、っと……その、たしか、視察、に……」
「視察という名の逃亡でしょう。もう分かっております」
侯爵はため息交じりにそう言った。息子の言い訳を、既に見透かしているらしい。
「グレアムの不始末について、耳に入りましてな。今度ばかりは庇いきれん」
「今度、ばかりは、というと……?」
「今までも、似たようなことは何度もあったのですよ。その度に、金で解決してきました」
「そんな、昔から……?」
「学生の頃から、賭け事で作った借金は数知れず。その度に私が尻拭いをしてきました。正直、王城という監視の行き届いた場所なら反省をすると思っていましたが、私の想像を超えるバカだったようです。まさか殿下の秘書という立場でここまでとは…」
「……」
「……」
俺もフィリア様も黙った。だが、俺はこう思った。
この親が原因か…と。
◇
しばらくして、グレアムが呼び出されてやってきた。互いの姿を見た瞬間、両方の顔色が変わる。一方は赤く、もう片方は青く。
赤い方はよく見ると頭に血管が浮き出ている。なんとなく思っていたが、武闘派の人間だ、間違いない。
「ち、父上……なぜここに」
「なぜここに、ではない。カジノでの借金、体で払わされていたそうだな」
「そ、それは……」
「言い訳は聞かん。お前、殿下の秘書という立場を何だと思っている」
「い、いや、その、僕なりに、殿下のために」
「殿下のために? カジノで身ぐるみ剥がされることの、どこが殿下のためだ。それに我が家にまで嘘をつきおって。今度という今度は許さん」
「そ、それは……」
「返す言葉もないか」
グレアムは何か言いかけては口を噤み、を繰り返している。父親相手には、いつもの口八丁も通用しないらしい。
「黙れ」
一喝された瞬間、グレアムが目に見えて小さくなった。普段の余裕たっぷりな態度が、跡形もなく消えている。
「…僭越ながら、一つよろしいでしょうか」
黙っていられず、俺は口を挟んだ。
「なんだ」
「先ほどの借金の証文、こちらで確保しております。必要であればお渡しできます」
「な、なぜお前がそんなものを持っている!」
グレアムが血相を変えてこちらを振り向いた。都合の悪い証拠が、まさか俺の手元にあるとは思っていなかったのだろう。あー、よかった。ハトからもらっておいて。
「ほう。証文まであるとは、話が早い。平民とはいえ、なかなか優秀ではないか」
侯爵の目つきが、一段と鋭くなった。
「加えて、秘書としての勤務実態についても申し上げます。今回のカジノの件以前から、業務にはほとんど従事しておられませんでした。書類仕事の大半は、俺一人で対応していた状況です」
「なんだと」
「お、おい、それは……!」
グレアムが慌てて何か言おうとしたが、侯爵の視線一つで黙らされた。
「最初からずっと、か」
「はい。私がくる以前のことはわかりませんが、私の着任当初からです。中には三ヶ月前の書類もありました」
証文だけでなく、これまでの怠慢の全体像まで明らかになったことで、侯爵の顔色がさらに険しくなった。庇う余地が、また一つ消えたらしい。
「…グレアム、お前という奴は……。謹慎程度で済ませるつもりだったが、考え直す必要がありそうだな」
「そ、それは、話が違いま…」
「黙れと言ったはずだ」
「そんな、父上、待ってください」
「待たん。連れて帰る。そもそもお前のせいであのお方に…」
「あのお方?」
「連れて行け」
俺の質問は無視され、侯爵の合図で、控えていた従者がグレアムの両脇を固めた。
「ちょ、放せ、放してくれ!」
「見苦しいぞ」
「殿下、また、いずれ……」
グレアムが最後の足掻きかのようにフィリア様に泣きの言葉を入れようとしていた。だが…
「こ、こなくていいです!」
フィリア様の一言に、部屋にいた全員が一瞬固まった。普段の彼女からは考えられないほど、はっきりとした拒絶だった。当のグレアムも、驚いた顔でこちらを振り返っていた。
◇
侯爵は改めてフィリア様に向き直った。
「息子が至らぬばかりに、殿下にはご迷惑をおかけしました」
「……」
「何か、他にも息子から不都合を強いられたことは? あれば、この場で仰ってください」
フィリア様の肩がびくりと震えた。
「あ、あの……その」
言おうか言うまいか、しばらく迷っている様子だった。
「殿下、大丈夫です。今のあいつに、殿下を脅す力なんてもう残ってませんよ」
思わず口を挟んだ。侯爵の前で、グレアムがあれだけ叱責された今、彼の後ろ盾を盾にした脅しなど、既に効力を失っているはずだ。
「セナ……」
「もし何か言われていたなら、今こそ話す時です」
フィリア様は深呼吸を一つして、意を決したように口を開いた。
「実は……以前、書類を握り潰されたことが、あって……それを、私のせい、みたいに言われて……誰にも、言うなと」
「なんですと」
侯爵の声のトーンが、一段と低くなった。
「詳しく、お聞かせ願えますか」
「三ヶ月ほど前、決裁待ちの書類が、何枚か、消えて……私が、なくした、ことに、されて……言えば、もっと、面倒なことになる、って……」
話すうちに、フィリア様の声が少しずつ震えを増していく。それでも、途中で止めずに最後まで言い切った。
「殿下、それは息子の完全な過失、および罪です。殿下が謝る話では断じてない」
「で、でも………」
「万事問題ありません。あの馬鹿には、私からきつく罰を与えます、息子といえど容赦は致しません。それに殿下には優秀な秘書補佐、いえ、秘書様がおられるではありませんか」
「……」
フィリア様が俺の方を見て少し笑った、何かわからんが、すごく嬉しい。
「…ですが、その、書類は……」
「必ず捜索させます。もし処分されていたとしても、経緯は私の名において正式に記録し直します。殿下に責が及ぶことは金輪際ございません」
フィリア様に言い終わって、次は俺の方を向いてきた。
「そして、貴殿にも迷惑をかけたようだ。このことは我が家の恥。いずれ必ず償いをさせていただく」
「……」
きっぱりと言い切られて、フィリア様と俺が互いの顔を見る。そして、だんだん力抜けていった。
◇
「それでは失礼。この後、王に報告をしなければならないので」
侯爵が退室した後、フィリア様が小さく息を吐いた。
「言えて、良かった、です……ずっと、心のどこかで、重かった、ので」
「よく言えましたね」
「セナが、背中を押して、くれた、から……」
「それは何よりです」
「ありがとう、ございます」
深々と頭を下げるフィリア様を見ながら、俺は妙に肩の力が抜けるのを感じた。長らく引っかかっていた棘が、一つ取れたような気分だった。
「殿下、これで少しは眠れそうですか」
「え……」
「その、最近、朝の顔色が良くない日があったので。気になってました」
「き、気づいて、いたん、ですか……」
「まあ、毎日顔を合わせてますから」
フィリア様は少し照れくさそうに、それでも今までで一番柔らかい表情で頷いた。
「それはそうと、朝というのにすっかり疲れましたね」
「は、はい」
「今日は仕事を休みますか。今日の分は昨日のうちに終わらせてあります。昨日は少なかったので」
「おお…」
「自分はあれとは違いますよ?」
「は、はい。よく、わかってます」
あとがき
この後、グレアムの父は王に自分の息子がやらかしたことを正直に話しています。それがあったおかげか、グレアム以外は軽い謹慎などで済んでいます。
まあ、グレアムくんに関しては、もう、どうしようもないので反省するまで穴倉でも閉じ込めておけばいいと思います。
ちなみにビスハイル家はゴリゴリの武闘派で、グレアムのような姑息な奴は例外です。