転生上がりのストリートチルドレンが官吏登用試験を受けてみた結果 作:コロトック
「今回の受験者はどうだった?」
「まあ、例年通りって感じですよ。さて、次の採点」
サラッ
サラッ
サラッ……
「おお、計算満点か。今年の首席はこの子かな?」
サラッ
サラッ
サラッ
「おお、こっちも満点か。今年の首席はこれで間違いないな」
ピッ
ピッ
「……ん?」
ピッ
ピッ
「あれ?」
ピッ
ピッ
「ゼロ点て……」
試験官二人の間に沈黙が落ちる。片方が答案を二度見し、もう片方は隣の紙を確認して首をひねっている。
「歴史だけ壊滅的だな。それ以外は満点なのに」
「アレクサンドロス大王って書いてありますね、王の名前の欄に」
「誰だそれ」
「知りません」
二人揃って首をかしげる。ここにいない当人は、たぶん今頃どこかでスープを飲んでいる。
◇
この試験の合格目安は百五十点だ。それでも受験者の七割は落ちる。
「総合点は……問題ないな。合格ラインは軽く超えてる」
「そうですね。あとは配属先の問題です」
一応、面接の記録も見ておく。
志望動機はなになに。
「食事付きの寮に興味がありまして」
……。
普通は「国を支えたい」とか、それらしい理由が並ぶものだ。自分本位な理由でも、たいてい家のためくらいは書く。ここまで正直に食事目当てを書いた受験生は、記録上初めてらしい。
「どうします?」
「まあ、合格でいいと思うが、配属先は考えなければな」
「そうですね。身寄りなし、実務能力満点、世間知らず……」
「なかなか尖ってるな」
「はい……」
書類を見ながら、二人はしばらく無言でうなずき合った。何かとんでもない結論に至りつつある顔だった。
◇
三日後、俺は約束通り会場に立っていた。
掲示板の前は人だかりができている。背伸びしても見えないので、隙間から強引に視線をねじ込む。
番号を探して、名前を確認する。
あった。
「セナ……受かった、よな、これ」
自分の名前を三回読み直してからようやく実感が湧いてきた。ちなみに歴史の点数は掲示されない仕様らしい。優しさなのか、ただの規則なのか判断がつかないが、今回だけはありがたい。
「合格おめでとう」
背後からかけられた声に振り向くと、リーシャが涼しい顔で立っていた。
「お前もいたのか」
「当然でしょう。約束したもの」
「そういえばそうだった。お前は何位だったんだ」
「首席よ」
「即答するじゃん」
「胸を張れることは胸を張るべきでしょう」
堂々とした態度に、こっちが少し気圧される。
「配属先はもう見た?」
リーシャに聞かれて、俺は掲示板の隅、名前の横に書かれた小さな文字にようやく気づいた。
配属先。第四王女殿下秘書補佐。
……。
……。
……見間違いか?
二度見どころか五度見してみたが、文字は変わらなかった。
「王女……補佐? 俺、昨日までスラムで寝てたんだけど」
「それはそれ、これはこれよ」
「理屈になってないだろ」
「国の采配に理屈を求めるだけ無駄よ」
妙に達観した言い方をする。この子、もしかして本当にどこかの家の出なんじゃないだろうか。追及したいが、今はそれどころではない。
「秘書補佐って、具体的に何するんだ?」
「さあ? それは配属先で聞くことね」
「お前、こういう時だけ急に無責任になるよな」
「知らないことは知らないと言う。誠実でしょう」
誠実の使い方が独特すぎる。
「じゃあ、また会えるのか?」
「同じ王城勤めだもの、嫌でも会うわよ」
「嫌でもって言い方」
「あら、会いたいの?」
言葉に詰まった俺を見て、リーシャは満足げに笑うと、それ以上は追及せず背を向けた。読めない。相変わらず読めない女だ。
◇
配属先の説明を受けたのは、その日の午後だった。案内役の役人が淡々と説明してくれる。
「秘書補佐の主な業務は、書類整理、来客対応の補助、それから第四王女殿下の身の回りの雑務全般です」
「雑務、というと?」
「殿下がご自身で判断しかねる細々とした事務処理を、代わりに整理していただく形になります」
なるほど、要は事務屋か。前世の記憶が多少なりとも役に立ちそうな仕事だ。剣も魔法もいらない。これなら俺にもできる。
「ちなみに、前任の補佐はいないんですか?」
役人の表情が一瞬だけ曇った。
「……三代前まで遡ります。皆、長続きしませんでしたので」
嫌な情報だ。理由を聞こうとしたが、役人は「では現地でご確認ください」とだけ言って、それ以上は語ってくれなかった。行政特有の、都合の悪いことは現場に丸投げする姿勢を感じる。
◇
配属初日。案内された部屋の扉の前で、俺は一度深呼吸をした。
スラム育ちが王族の前に出るなんて、前世の常識で言えば謁見どころか近づくことすら許されない案件だ。粗相をすれば首が飛ぶまであるかもしれない。
「失礼します」
扉を開けると、奥の椅子に座っていた少女がびくりと肩を震わせた。
「ひ、っ……ひぃっ! だ、誰……!」
部屋の隅まで椅子ごと後ずさろうとして、案の定椅子ごと転びかける。慌てて駆け寄って支えると、真っ赤な顔でこちらを見上げてきた。
「あ、あの、新しい……秘書、補佐、の方、ですか……?」
声は震えているし、目も合わない。これが第四王女殿下らしい。
噂に聞く王族の威厳というものが、まったく見当たらない。
「え、っと、その、粗相があったら、ごめんなさい……あ、粗相って、私が謝ることじゃ、ない、ですよね……ご、ごめんなさい……」
謝罪に対して謝罪を重ねる王女様を前に、俺は今後の身の振り方について真剣に考え始めた。
「初めまして。本日付で秘書補佐を拝命しました、セナと申します」
なるべく物腰柔らかく名乗ってみる。粗相は許されない立場だが、この様子だと粗相以前に相手が先に倒れそうだ。
「よ、よろしく、お願い、します……」
消え入りそうな声で王女様がそう言った瞬間、机の上に積まれていた書類の山が、彼女の肘に触れて音を立てて崩れ落ちた。
「ひゃっ!」
「大丈夫ですか」
慌てて拾い集めながら、俺はふと前任者が三代も続かなかった理由を理解した気がした。実務が原因ではない。王女殿下自身が、あまりにも危なっかしいのだ。
書類を全て拾い終える頃には、王女様は真っ赤な顔でうつむいたまま固まっていた。
「あの、殿下」
「はひっ!」
声をかけただけで肩が跳ねる。心臓に悪い反応をする人だ。
「書類、種類ごとに分けておきますね。今後はこちらの棚に置いていただければ、崩れにくくなるかと」
「あ……ありがとう、ございます……」
小さくお礼を言われて、俺は少しだけ拍子抜けした。想像していた王族像とはかけ離れている。威圧感どころか、放っておいたら自分から崩れていきそうな儚さすら感じる。
「殿下は普段、どのようなお仕事を?」
「え、っと……その……あんまり、お、教わって、なくて……」
言葉を濁して視線を泳がせる王女様。何か事情がありそうだが、初日から踏み込むのは早計だろう。
「まずは、今抱えている書類から片付けましょうか」
「よ、よろしくお願い、します……」
深々と頭を下げられて、俺のほうが慌てて頭を下げ返す羽目になった。秘書補佐と王女殿下、どちらが仕える側なのか一瞬分からなくなる、そんな初対面だった。
窓の外を見ると、いつの間にか日が傾き始めている。初日からずいぶん濃い一日だった気がするが、まだ午後三時だ。
「殿下、お名前を伺ってもよろしいですか。先ほどからお呼びできていなくて」
「あ……その、フィリア、です……」
蚊の鳴くような声で名乗ってくれた王女様、フィリア。名前を聞いただけなのに、なぜか達成感がある。
スラム育ちが、まさか王女様の名前を直接聞く日が来るとは。前世の自分に教えても絶対信じないだろうな、と思いながら、俺は崩れた書類の山にもう一度手をつけた。