転生上がりのストリートチルドレンが官吏登用試験を受けてみた結果 作:コロトック
最近、あの秘書もどきはここにすら来なくなった。別にどこかでのたれ死んでもらっても構わない。なんならそれを望む。
しかし、体裁ということもあり、俺が捜索をしなければならない。めんどくさいし、何より気が乗らない。
「フィリア様。あのバ……、いえ、秘書様を探したいのですが、何か情報はありませんか?」
「い、いえ。知り、ません」
想定通りではある。だからこそ、本命はこちらではない。
「そうですか。では、あの者の顔の絵を描いてくれませんか? フィリア様は絵がとてもお上手でしょう?」
「え、なんで、それを……」
「昨日言ってましたよ」
もっとも、直接聞いたわけではなく、独り言でぽつりと零していたのをたまたま耳にしただけだ。
本人が忘れていることを蒸し返すのは少し気が引けたが、背に腹は代えられない。
「あ、あの人の、似顔絵、ですか…」
「はい」
「……セナの、ため、です。嫌、ですけど描きます」
この通り、渋々ながらも描いてもらった。
まあ、あんなゴミの絵の描きたくない気持ちはよくわかる。
◇
しばらくすると、フィリア様は一枚の紙をこちらに差し出してきた。
「で、できました……」
受け取って眺める。うーん、やっぱりこうしてみるとなかなか整った顔である。腹立つ。
それに、線一本一本が丁寧で、髪の流れまで再現されている。顔立ちの良さも含めて忠実に描き切っているのが逆に腹立たしい。
「ありがとうございます。すごい上手いですね」
「そ、そんな……描く相手が、その、あの人、なので……あんまり、丁寧に、描く気、しなかった、んですけど……」
「なのにこの完成度なんですね」
「わ、私、性格が……丁寧すぎる、みたい、で……」
嫌いな相手を描いてもここまで丁寧に仕上げてしまう。フィリア様の律儀さが、こんなところでも発揮されていた。
「フィリア様、絵はいつから?」
「え、と……その、小さい頃から、暇な時に、描いて……誰にも、見せたこと、なかった、んですけど……」
「初めて見せた相手が、嫌いな者の似顔絵になったわけですね」
「そ、それは……その通り、です……なんか、複雑です」
複雑な気持ちになるのも無理はない。とはいえ、俺としては非常に助かる特技だった。
「殿下、もう一つお願いがあります」
「な、なんでしょう」
「この間の書類仕事、いずれ俺が代わりに片付けておきます。なので今日だけ、少し外に出てもいいですか?」
「あ……はい、分かり、ました」
「行き先は聞かないでいただけると助かります」
「き、聞きません……その、危ないこと、じゃ、ないですか……?」
「危ないことをしに行くわけじゃないので大丈夫です。ただの聞き込みですよ」
半分本当で半分嘘だ。スラムに戻るのは久しぶりだが、危険というほどのことでもない。少なくとも、俺にとっては。
心配そうな顔のフィリア様を残し、俺は執務室を後にした。振り返ると、窓越しにこちらをじっと見送る姿が見えた。
◇
さっきも言ったが、本当に気が乗らない。ということで仕事を任せることにした。俺が向かったのはスラム、かつての縄張りだ。
「おーい、ハト」
声をかけると、路地裏の陰から見覚えのある顔がひょいと覗いた。
「お、セナじゃねえか。珍しいな、王城暮らしがこんなところに」
「元気そうだな」
「お前のおかげでな。あの後、寮の余り物、何度かもらってるぜ。助かってる」
「それは良かった」
立場が変わっても、この気安さだけは変わらない。むしろ懐かしくなるくらいだ。
「今日は何の用だ? 差し入れか?」
「いや、探し人がいる。人捜し、手伝ってほしい」
「珍しいな、お前が人に頼み事とか」
「めんどくさいことは得意な奴に任せる主義だ」
「都合いい主義だな、おい」
言いつつも、ハトは面白がるように口の端を上げた。
「にしても、王城で何やってんだお前。噂じゃ、王女様付きになったとか聞いたぞ」
「よく知ってるな」
「スラムの情報網舐めんな。お前の出世話は、ここらじゃちょっとした自慢話になってんだよ」
「勝手に自慢すんな、恥ずかしい」
「照れんなよ。俺らのダチが王城で働いてるってだけで、飯屋のおっさんの態度が変わったんだからな」
思わぬところで自分の存在が役に立っているらしい。悪い気はしないが、若干こそばゆい。
◇
懐から取り出したフィリア様手製の似顔絵を見せる。
「こいつを探してほしい。侯爵家の三男、金髪の優男。最近、王城にも姿を見せてない」
ハトは絵をじっと見つめて、少し眉をひそめた。
「……ずいぶんいい男じゃねえか。お前の探し人にしちゃ場違いだな」
「顔で判断するな。中身はろくでもない」
「へえ、興味あるな。理由は聞いていいのか」
「怠慢とサボりの証拠集めだ。悪いようにはしない」
「面白そうだな、乗った」
ハトはにやりと笑うと、絵を丁寧に折りたたんで懐にしまった。
「見つかったらどうする?」
「顔を確認したら、それでいい。近づいたり声をかけたりはしなくていい。居場所さえ分かればそれでいい」
「分かった。まあ、うちの連中は目だけは多いからな。街の裏まで含めれば、二、三日もありゃ足取りくらいは掴める」
「頼りにしてる」
「その代わり、報酬は弾んでくれよ」
「食い物と、王城の伝手で融通できる仕事があれば紹介する」
「それで十分だ」
あっさりと交渉が成立した。前世の記憶で言うところの、ギブアンドテイクというやつだ。スラムの連中は義理堅い代わりに、貸し借りの帳簿だけはきっちりしている。
「そういや、報酬の話ついでにもう一つ頼まれてくれねえか」
「なんだ」
「うちの下の子ら、何人か文字を教えてほしいってせがんでてよ。お前、字読めるだろ」
「読めるけど、教える暇があるかどうかは分からんぞ」
「暇なんかいらねえよ。月に一回、来られる時に来てくれりゃそれでいい」
スラムの子供達に文字を教える。前世の記憶がここでも役に立つとは思わなかった。少し考えて、悪くない提案だと思う。
「分かった。次の休みにでも顔出す」
「話が早いな、助かる」
ハトはそう言うと、懐から乾いたパンを一つ取り出して差し出してきた。
「これ食ってけ。今日の分の礼だ」
「もう報酬決まっただろ」
「これは別。昔馴染みへのおまけだ」
断る理由もなく受け取る。硬くて味気ないパンだったが、王城の食事とはまた違う懐かしさがあった。
「じゃあ、頼んだぞ」
「おう、任せとけ」
背を向けたハトが、路地の奥へ駆けていく。噂話が伝染していく速度は、王城の情報網よりよほど速いことを、俺は経験上よく知っていた。
あのバカがどこにいるにせよ、王女の秘書という肩書きでこそこそ隠れているとは思えない。しかし、今はこそこそ、ネズミのように姿を消している。
三日後、何が見つかるにせよ、悪い予感しかしなかった。