転生上がりのストリートチルドレンが官吏登用試験を受けてみた結果   作:コロトック

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第9話 お仕事の時間

 

 「セ、セナ、仕事です!」

 

 「はい」

 

 「……」

 

 勢いよく名前を呼んだわりに、その先が続かない。フィリア様は両手を胸の前でぎゅっと握りしめたまま、視線をあちこちに彷徨わせている。

 

 「仕事、というと?」

 

 「そ、それは、その……とても、大事な、仕事、です」

 

 「はあ」

 

 「執務室の、雰囲気作り、というか……気分転換も、大事、というか……」

 

 言葉を継ぎ足すたびに、内容がどんどん抽象的になっていく。仕事という単語の意味が、俺の知る定義から少しずつ遠ざかっていくのが分かった。

 

 「殿下、それ、本当に仕事ですか」

 

 「し、仕事、です! ……たぶん」

 

 最後の「たぶん」が、全てを物語っていた。

 

 仕事という名目にすがってでも、こちらを部屋に呼びたかったらしい。理由を問い詰めるのも野暮な気がして、俺は黙って立ち上がった。

 

 

 結局、連れて行かれた先は、執務室の隣にある小部屋だった。窓際に置かれた画材一式と、真っ白な紙が数枚。仕事の道具にしては、随分と趣味の匂いが強い。

 

 「ここ、初めて入りましたけど、こんな部屋あったんですね」

 

 「わ、私の、私室、というか……たまに、こもって、絵を、描いてる、部屋、です」

 

 どうりで見覚えがないわけだ。執務室からは一歩も出ないと思っていた王女様にも、こういう隠れ家めいた場所があったらしい。

 

 壁際の棚には、描きかけの絵がいくつも立てかけられている。花、動物、それから遠くの街並みらしきもの。どれも丁寧に描かれていて、趣味の域を超えているように見えた。

 

 「これは?」

 

 「そ、その……絵を、描く、練習を……手伝って、ほしくて……」

 

 「それが仕事なんですか」

 

 「し、仕事、です!」

 

 語気を強めて言い切るフィリア様に、これ以上突っ込むのも野暮な気がして、俺は素直に椅子に座った。

 

 「何を描けばいいんですか」

 

 「なんでも、いいです……ただ、一緒に、描いてほしいだけ、なので」

 

 仕事という建前は、どうやら「一緒にいてほしい」を言い換えただけの言葉だったらしい。分かりやすいと言えば分かりやすいが、もう少しストレートに誘ってくれてもいいのにと思う。

 

 「誰かをここに呼んだの、初めてですか」

 

 「は、はい……その、勇気、要りました……」

 

 「勇気って、部屋に呼ぶだけで?」

 

 「わ、私にとっては、大事件、なんです……」

 

 大げさに聞こえるが、フィリア様のこれまでの様子を思い返せば、あながち誇張でもないのだろう。誰かを頼ることさえ、この人には一大決心が必要らしい。

 

 

 言われた通り、適当に紙とペンを手に取る。前世の記憶を頼りに、なんとなく形になりそうなものを描いてみた。

 

 「これは……猫、ですか?」

 

 「犬です」

 

 「そう、ですか……」

 

 「もう一回描くので、よく見ておいてください」

 

 二度目に描いた犬も、結局猫にしか見えないと言われた。三度目でようやく「犬……かもしれない」という、微妙な評価を勝ち取ることができた。

 

 微妙な表情で見つめられて、少し傷ついた。絵心という才能は、前世からこちらに引き継いでいたらしい。

 

 対して、フィリア様の手元は迷いなく進んでいく。数分もしないうちに、紙の上には見事な小鳥の絵が浮かび上がった。

 

 「殿下、本当に上手いですね」

 

 「そ、そんな……昔から、これだけは、得意で……唯一、褒められた、特技、だった、ので」

 

 唯一という言葉に、少しだけ引っかかった。褒められることが、他にはほとんどなかったという意味にも聞こえる。

 

 「他にも得意なこと、たくさんありますよ。最近は決裁も早くなりましたし」

 

 「そ、それは、セナが、教えてくれた、から……」

 

 「教えたのはきっかけだけです。実際にやってるのは殿下ですし」

 

 フィリア様は少し驚いたように顔を上げ、それから照れくさそうにペン先を紙に戻した。頬が、心なしか赤くなっている。

 

 「セナは、その、頼られるの、嫌じゃ、ないんですか」

 

 「殿下に頼られるくらい、なんてことないですよ。スラムじゃもっと理不尽な頼まれ事もありましたし」

 

 「り、理不尽な頼まれ事、って……」

 

 「知らない方が幸せなことも世の中にはあります」

 

 これ以上詳しく話す気はなかった。フィリア様の想像力を、無駄に刺激する必要もない。

 

 

 しばらく無言で絵を描き続けていると、フィリア様がぽつりと呟いた。

 

 「セナの絵、下手、だけど……嫌いじゃ、ないです」

 

 「フォローになってないですよ、それ」

 

 「フォロー、じゃなくて……その、下手なりに、一生懸命、描いてる感じが……見てて、楽しい、です」

 

 率直な感想に、こっちが照れる番になった。

 

 「殿下にそう言われると、悪い気はしないですね」

 

 「わ、私も、です……」

 

 窓から差し込む午後の光の中、しばらく二人分のペンの音だけが部屋に響いていた。書類の山も、王城の陰謀も、この時間だけは少し遠くにあるように感じられた。

 

 棚に立てかけられた絵の中に、何かチラッと人の顔のようなものが見えた。何かのモデルさんだろうか。この世界にモデルという職業があるのかは知らないが。





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