バッドエンド確定な魔法少女世界で、おじさん︎︎(♀)は抗いたい 作:霧夢龍人
人は傍観する生き物だ。
例えば誰かが酷く叱責されていたとして、それを止めようとする人間は限りなく少ない。
例えば誰かが酷い虐めを受けていたとして、それを止めようとする人間も限りなく少ない。
つまりは、厄介事に首を突っ込みたくないという事なかれ主義なのである。或いは、興味のない人間に対してメリットを感じないというのもあるだろう。
兎角、今現在怒られている真横の可哀想な社員に対して、私はカタカタとキーボードを叩きながら静観を決め込む理由を、そうやって尤もらしく並べている訳だ。
「も、申し訳ございません……」
掠れたような声がオフィスに響く。
もう何度目か分からない謝罪だった。女性社員の“近藤”さんがひたすら謝るのを、有名なお局である上司は聞いてないかのように机を指さして怒鳴り続ける。
話を聞く所によれば、お局が取引先へ依頼した発注内容に誤りがあり、その修正を担当だった近藤さんへ丸投げしたらしい。そして近藤さんは、言われた通りに処理をした。
ただ、それだけだ。
それなのに今、お局の口から飛び出してくる言葉はまるで近藤さん一人が全てを台無しにしたかのような物言いだった。
「確認くらいしなさいよ!」
「はい……」
「『はい』じゃないの! だから新人は使えないって言われるのよ!」
「……申し訳ございません」
違うだろう。確認すべきだったのは、お前だ。
喉元までせり上がった言葉をそのまま飲み込み、ひたすらデスクのパソコンに意識を集中させる。第一、私が近藤さんを庇ったところで何のリターンも得られない。それどころかお局の新たな標的になる可能性もある。
頭では色々と理屈を並べつつ、モニターに表示されているPDFにミスがないかチェックし、取引先へメールを送り、午前中までに提出しなければならない資料を印刷する。
積まれた業務に追われながら自分を正当化していると、気が付けば昼休憩の時間になっていた。お局の説教も終わっていて、近藤さんは目を赤く腫らしながら叱られていた時間を取り戻すようにパソコンと向き合っていた。
もし自分が中学生や高校生当時なら、男女関係なく慰めに行くだろう。もしくは「言い過ぎだ」とクラスメートと結託し、青い正義感に駆られて先生に反抗するかもしれない。
だがそんなものは学生時代に置いてきてしまった。正しいことをするより、面倒事を避けることを覚えた。
人間として成長したのか、それともただ擦り減っただけなのか。
そんな答えの出ない問いを頭の片隅に置いたまま、私はコンビニで買った弁当を黙って胃へ流し込んだ。
結局その日は何事もなく仕事を終え、満員電車に揺られて帰宅する。玄関を開けても「おかえり」と言う人はいない。ネクタイを外し、シャワーを浴び、コンビニで買った缶ビールを一本だけ空ける。
テレビでは今日の『マギア』による被害を報道しているし、ニュースでは数ヶ月前に登場した、“魔法少女”と名乗る少女達の情報提供を求めていて、SNSでは被害を抑制できなかった魔法少女を誰かが叩いている。
「叩いている人も傍観している人も、結局私と同じ人種なんでしょうね」
画面の向こうでも現実でも、人は誰かを見ているだけだ。
助けるでもなく、止めるでもなく、ただ眺めている。そんなことをぼんやり考えながらベッドへ倒れ込み、スマートフォンを充電器へ繋ぐ。
明日もきっと私は誰にも過干渉せず、機械のように働く日々を過ごすんだろう。
それでいい。
「自分一人ですら生きていくのに精一杯なのに、誰かを助けるなんて殊勝なことは出来るわけがないんですよ、私は……」
──そう思っていた。
「っ、うそでしょう?」
今朝、いつも通りのルーティンをしていたはずがアラームを掛け忘れてしまっていた。時刻を見ればまだギリギリ間に合うはずだが、機械のような生活をしている自分がミスをしたことに少し気分が下がる。
急いで着替えて最寄りの駅まで走り、電車に乗り込む。いつもとは違う時間帯なためか、かなり満員だ。万が一を考え痴漢を疑われぬように鞄を胸に抱くように抱え、片方の手でつり革を掴む。
周りを見渡せば、誰も彼も窮屈そうに顔を歪めていた。私も勿論その一人で、電車の揺れに流されないように必死につり革に捕まっていた。
その時だ。
ガタンッ、と大きな音を立てながら電車が激しく揺れ、車輪が軋むような甲高い音を立てながら電車が急ブレーキを掛ける。慣性で身体が前へ流れ、車内のあちこちから短い悲鳴が上がった。
「な、なに?」
「また人身事故かぁ?やめてくれよーまじで」
「どうしよう、学校に遅れちゃう……」
口々に文句が零れる電車内で、私は嫌な予感がしてならなかった。『マギア』が出現してから、何故か精神を病んで自殺する人が急増している。そのため、何度か私も人身事故に遭遇することがあった。いわば日常と化しているのだ。
だが何故か今は、私の危機感が大きく警鐘を鳴らしている。そしてどうやら──その危機感は当たってしまったらしい。
ゴォォォォォンッ!!と腹の底を直接殴られたような重低音が車内を震わせる。急停車したはずの電車が再び大きく揺れ、吊り革にぶら下がっていた乗客たちが一斉に体勢を崩した。
それだけじゃない。
他の乗客同様に体勢を崩した私の目の前に、“巨大な鉄柱”のようなナニカが電車を裁断するように落ちてきた。
……待て、違う。
電柱というにはあまりに大きく、あまりにも鋭すぎる。先端は赤く染っていて、嗅いだことのない異臭が漂っている。
直感で理解した。
これは爪だ。それも遥かに、そして巨大で恐ろしい生き物の爪だ。
劈く悲鳴が轟く中、生き物の爪は切り離された目の前の電車を掴んだかと思うと、グイッと上に引き上げる。振り落とされまいと必死に藻掻く人々を他所に、爪の持ち主がぬらりと姿を表した。
それは、生物という言葉では到底形容できない異形だった。
テレビやネットニュースで何度も映像は見てきた。
だが、それらは所詮カメラ越しの映像に過ぎなかったのだと、この瞬間に理解する。
目の前に現れた存在は、あまりにも巨大だった。高架の線路を見下ろすほどの巨体と、黒ずんだ外殻は濡れた岩肌のように鈍く光り、脈打つように蠢いている。
顔と呼べる部位はあるのに、人間の知る生物とは何一つ噛み合わない。いくつもの眼球が不規則に並び、その全てが勝手な方向を向いていた。
「マ、マギア……マギアだぁぁぁぁあああっっっ!!!」
誰かの劈く悲鳴を皮切りに、乗客たちが腰を抜かしながらドタドタと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。反対に、持ち上げられた側の電車に乗っていた人々は、大きく口を開けたマギアの口内へと丸ごと放り込まれてしまった。
ぐしゃぐしゃと汚泥を踏みしめるような音と、金属が擦れ合う音、更には痛みに呻く人の声が、マギアが顎を動かす度に消えていく。逃げなければならないのに、私の足は縫い付けられたかのように動かすことができない。
ふと、バラバラな方向を向いているマギアと視線があった気がした。
「……ぁ、あぁ…じょ、冗談も程々にしてくださいよ……誰かっ、誰か助けてくだ───」
恐怖で慄きつつも何とか声を絞り出そうとして、私は昨日の光景が目に浮かんだ。お局に酷い説教を喰らっていた女性社員に対して、私含めて誰も助けようとしなかった。
それなのに今度は私が助けて欲しいなんて、傍観者の癖にいくらなんでも虫が良すぎる。
「っ、はは。なるほど、私にお似合いの末路という訳ですか」
諦めた声を一人愚痴ると、今度は私が乗っている車両が大きく揺れた。恐らく、マギアが此方に狙いを定めたのだろう。逃げ遅れた複数の乗客は絶望を帯びた顔を浮かべている。
そして──私も。
結局逃げることも助けることも出来ない、ただの傍観者だ。