バッドエンド確定な魔法少女世界で、おじさん︎︎(♀)は抗いたい 作:霧夢龍人
電車ごと持ち上げられる浮遊感の後に、ゆっくりと迫るマギアの恐ろしい口元。
歯と呼んでいいのかすら分からない、無数の骨の杭が何重にも並び、その奥では黒い肉壁が蠢いている。鼻を突く腐臭と鉄錆のような血の臭いに胃液が込み上げた。
「っ、歯磨きでもしたらどうですか……」
人生で嗅いだことのない悪臭に顔を顰めるが、私に出来ることは何も無い。このままジェットコースターのように電車ごと落下し、咀嚼されてしまうのだろう。
死んだ、と思った。
──その時。
「い、いやだ」
私の声ではない少女の声が響く。咄嗟に後ろを振り向けば、煤けた制服を来た高校生くらいの女の子が、カッターナイフのようなモノを両手にかざしている。
錯乱しているのだろうか?
そう思うや否や、少女は手に持ったカッターナイフを──思い切り胸に突き刺してしまった。
「死に、たくない……いやだ、しにたく、ない」
一度だけではない。
「しにたくない」
何度も何度も胸にカッターナイフを突き刺し続ける。
「しにたくないっ!!!」
最後には、うわ言のように呟きながら鮮血を吹き出して倒れてしまった。
私も、周りの残されてしまった乗客も、突然のことに理解が追い付かず目が点になる。
マギアの口へ誘われる電車の中で、ドクドクと溢れ続ける少女の鮮血が床を伝って私の元まで流れてくる。
間違いなく死んだ。
「……あ、あれ?」
その筈が、床へ広がっていた鮮血が不自然なほど淡い光を帯び始めた。そして今度は逆戻りするように、少女の元へ集結していく。人生で見たことも無い光景に、呆気にとられるしかなかった。
倒れ伏していたはずの少女もいつの間にか宙に浮き上がり、淡く光る血液がドレスのように制服の上から身体を包み込む。黒い髪の毛は血のような紅へと変わり、服装はドレスとシスター服を融合させたようなモノに変化していく。
見た目はかなり血なまぐさいが、どこぞのニチアサ魔法少女に出てきそうな──そう、まるで“変身”。
そんな私の動揺に合わせるように、衣装の細部が次々と形作られていく。
白いフリルの縁は赤く染まり、シスター服を思わせるベールが少女の肩へと舞い降りる。胸元には十字架を模した真紅の装飾が現れ、袖口や裾には血飛沫にも薔薇にも見える鮮やかな模様が咲いていく。
最後に、閉じられていた少女の目と口が同時に開かれた。
「──変身、完了」
あまりにも現実離れした少女の姿は、テレビで見たことがある魔法少女そのものだった。私の記憶が間違いでないのなら、『タナトフォビア』と呼ばれている子だった気がする。
SNSでは「暴君」やら「脇がえっち」やら「脇と顔が本体」なんてネタにされている彼女だが、その顔は真剣そのものだ。
「 G A A A A ! ! ! ! 」
タナトフォビアの存在を感知したのか、大口を開けていたマギアが咆哮を上げる。涎やら何かの破片やらが飛び散り、傾いていた電車の窓が破裂するように割れていく。
その瞬間に、タナトフォビアは駆け出した。
「くっせぇ口閉じろやっ!」
「 G Y A A ! ? 」
衝撃が迸る。
何処にそんな力があるのか分からないが、タナトフォビアが巨大なマギアを細足で蹴り飛ばしたのだ。お陰に空中に取り残された私たちだが、少しの浮遊感の後に電車が安定する。どうやら彼女の尋常ではない力によって、支えられているらしい。
暫くの後、電車はゆっくりと地面へと近づき……止まる。
「た、助かった……?」
「死ぬかと思ったぁぁぁ!!!!」
乗客は無事を確信したのか、大きな安堵ともに声を上げた。勿論、私もだ。恐怖で立ち上がれないためにマギアとタナトフォビアの戦いを眺めることしか出来ないが、素人めで見ても圧倒しているのが分かる。
高架橋の上で小さな紅い影が縦横無尽に駆け回ったかと思うと、ビルほどもある怪物の身体を地面のように蹴り、壁を走るような勢いで跳躍し、その度に真紅の軌跡が空へ刻まれる。
速すぎる。
私の目では残像しか捉えられない。
「ぶっ殺してやらぁ!」
可愛らしい見た目には到底似合わない怒声と共に放たれた回し蹴りが、マギアの側頭部へ炸裂する。見たところ魔法らしきものは使っているようには見えないが、常識では考えられない身体能力自体が魔法のようなものなのだろう。
「ま、魔法少女の戦闘は思ったよりも……肉弾戦なんですね」
もっとこう『ハートフルラブリー♡』みたいなモノを想像していたが、どう見ても『
乗客たちがスマホで戦いの趨勢を撮影し始めるその間も、タナトフォビアは怒涛の連撃を叩き込んでいく。このまま戦いの決着が着くのだろうか。
そう考えた時だった。
「 G R R R R R R ! ! 」
マギアの全身が不気味に脈打つ。
黒ずんだ外殻の隙間という隙間から、どす黒い光が滲み出し、口元へ大きな塊を作り出した。タナトフォビアは攻撃を警戒し一度距離をとるが──なんとその矛先は、私たちの方に向いていた。
巨大な口がパカリと開かれ、一瞬の硬直の後。
「 A A A A A A a a a a ッ ッ ッ ! ! ! 」
「んなっ、伏せろぉぉぉぉおおお!!!」
焦るタナトフォビアの声と、マギアの攻撃はほぼ同時に放たれた。吐き出された黒い奔流が一直線に電車へと迫る。後方の乗客はもしかしたら生き残れるかもしれないが、最前線でへたりこんでいる私が当たるのは確実。
そして数秒後──直撃。
痛みはなかった。
ただ身体の内側から何かが“変異”していくような、気持ちの悪い感覚が私を襲う。まるで私という根本を塗り替えられ、全く別のものが誕生しているような、言葉に出来ない気色悪さだ。
とはいえ死んではいない。
辛うじてタナトフォビアが間に合ったのか、私より後ろの乗客まで届くことなく、マギアの放った光線は逸らされる。どうやら被害を受けたのは私だけのようだ。
「……うっ、が……」
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い。
しかしそれだけだ。
吐き気を堪えながら恐る恐る自分の身体を見下ろせば、特に傷はない。頭がクラクラするし変に服が“ブカブカ”だが、今のところ何の影響も感じられなかった。
「ふ、ふふ。私ってば、もしかして頑丈なんでしょうか」
我ながら戯けたことを口走りながら、意識が徐々に暗転する。タナトフォビアの怒りに任せた蹴りによって空中へ吹き飛ばされたマギアの姿を見て、私が思ったことはただ一つだ。
「かいしゃ……れんらく……しな、ければ」
───☆
魔法少女タナトフォビアは、先月から高校生になったばかりの気弱な少女だ。しかし一年前、ひょんなことから魔法少女の力を得た彼女は、とんでもない身体能力によってマギアを祓滅していった。
着いた渾名は『暴君』
同じ魔法少女の中でも“変身する条件”が難しいが、変身さえしてしまえば想像を絶するチカラを得ることが出来る。
それでも尚、助けられる命には限りがあった。
「くそっ、アタシが警戒していれば……」
電車通学中に襲って来たマギアを蹴りと殴りだけで祓滅し、空中で先程の光線の余波を眺めるタナトフォビア。数々のマギアと戦ってきた彼女ですら、どんな効果を齎すものか分からないあの光線。
当たらないように全力を尽くしたが、恐らく最前線に立っていたサラリーマンの男には直撃してしまっているだろう。内心で自責の念に駆られながらゆっくりと光線の跡地へと降り立ち、せめて遺品でもと辺りをキョロキョロと探す……が、見当たらない。
というより、先程サラリーマンの男がいた位置に見覚えのない少女が倒れ込んでいるのだ。しかも僅かに胸が上下していて、確実に生きている。
「別人、だよな……?いやでも、ブカブカなスーツ着てやがるし……どういうことだこりゃあ」
見間違いか?と頭に疑問符を浮かべるタナトフォビア。とはいえ放置する訳にもいかない。少女を易々と抱き抱え、避難者が多く居る場所まで運んでいく。
その様子を、誰にも気付かれることなく電柱の上から一匹の小さな生命体が眺めていた。
白い綿毛のような丸い身体に、大きな瞳。犬とも猫ともつかない奇妙な姿をしたそれは、タナトフォビアに運ばれる少女を見下ろしながら嬉しそうに尻尾を揺らす。
『やっと見つけたキュル』