アイドルの隣人は完璧で究極の魔女(♂) 作:えっとぅー
「雪姫ちゃん、こんにちは!!」
いつもと変わらない満面の笑みでそう話しかけてくるのは、僕の隣人にして元アイドルの女性…星野アイさん。
彼女との関わり始めた原因を知るには、今からだいたい十年ほど時間をさかのぼる必要があります。
ほんとなんでこんなことになってしまったのでしょう?
彼女は気まぐれで助けただけで、関わるつもりはほとんどなかったのに。
記憶改変にかけた労力を返してください!
「こんにちは、星野さん。それと、何度も言っていますがちゃん付けはやめてください。こんな見た目でも僕はれっきとした男で、ついでに貴女よりも年上なので。」
こちとら八百歳は超えてるんですよ?
貴女はだいたい三十歳前後でしょう?
僕からしたら貴女なんて小娘ですよ、小娘。
「うんうん、分かってるよ〜。男の娘っていうんでしょ?ルビーが教えてくれたよ。」
貴女の娘は、母親になんて言葉を教えているのでしょう?
さすがに、もう少し常識を教えたほうがいいのではないですか?
不覚にも、そんなことを思ってしまったのは内緒というやつです。
「男の娘と言われても、はっきりと否定できないのが悲しいところですね。」
いろんな人に男の娘と呼ばれるまくっているので、残念なことに心のどこかでは納得してしまっている自分がいるのです。
「まぁしょうがないよ。だって雪姫ちゃんがこの世界で私の次に可愛いのは不変の……倫理だしね!!」
「それを言うのなら、不変の真理では?」
「そうそう、それそれ!!雪姫ちゃんが世界で二番目に可愛いのは、不変の真理なんだよ。」
「つい先ほども言ったことですが、ちゃん付けをやめてください。初対面の人に勘違いされてしまうでしょう?」
「んー…もう遅いと思うな!!」
悪びれる素振りもなく、よくも堂々とそんなことが言えましたね。
「アイちゃん、雪姫ちゃん。そろそろ撮影を始めさせてもらってもいいかしら?」
プロデューサー…貴女まで僕のことをちゃん付けで呼ぶんですか。
この人たちに、誰もが嫌がるであろう呪いをかけても良くないですかね?
例えば……そう。
3日間、タンスの角に足の小指をぶつけやすくなる呪いとか。
脳内でそんなしょうもないことを検討する僕でした。
×××××××
「それで、こんな朝っぱらからなんのようですか…アクアマリンくん。」
「アクアマリン呼びはやめろ。いくら多様性が重要視される時代といっても、キラキラネームがすぎる。」
いまだに眠気の取れない眼をこすりながら、僕は星野家の長男…星野アクアマリンくんに問う。
血を分けた双子の妹と同じ、特徴的な蜂蜜色の髪。
サファイアを連想させる蒼碧の双眸。
そしてなにより、かつてアイドルであった母親…星野アイ譲りのあまりにも整った顔面。
「もう一度聞きますけど、こんな朝早くからなんですか?火事とかなんか不祥事でもありました?」
「いや、そういうわけじゃない。ちょっと相談ごとというかなんというか…。」
言いたいことを躊躇うことなくズバズバと言ってくる普段のアクアくんからは想像もできない、なんとも歯切れの悪そうな様子。
「アイが俺たちの入学式にどうしても行きたいって言ってるんだが、ミヤコさんがそれを断固拒否してて…。」
「当たり前の結論ですね。元とはいえアイドルが入学式に保護者として参加したことが世にバレたら、邪推されるのは免れませんし。もしもそれでアクアくんたちのことが知られたら、あの事件と同じことになりかねませんよ?」
「あぁ。ミヤコさんはそう言って説得しようとしたんだが、そしたらアイが雪姫さんを連れてけって言い出した。それでこうして俺が伝えに来たってわけだ。」
今にもため息を吐きだしそうなほど疲れた表情をしながら、アクアくんはそう言う。
「アクアくんも苦労しているんですね…。」
アラサーなのにあんなハイテンションの母親がいたら、たしかに苦労しそうです。
僕は生まれてから数年で両親に捨てられたので、体験したことはありませんけど。
「僕としては行っても構いませんが…貴方たちは良いのですか?とくにルビーちゃん。ママの代わりは誰にもできないとか言いません?」
「さぁ?たぶん大丈夫だろ…代わりだってバレなければ。」
ルビーちゃんに伝えない前提なんですね…。
まぁ別にいいですけど。
それにしても、入学式ですかぁ。
……あっ!!
「すいません。忘れていたんですけど、今日は外せない用事が入ってしまっていたんです。」
「そうなのか?」
「えぇ、はい。古い知り合いが理事長をしている学校の入学式が今日らしくて、そこに来賓として行かなくてはならないんです。たしか……私立陽東高校という名前でしたね。」
ほんとに危なかった。
思わず、約束をすっぽかしてしまうところでしたね。
「そういうことなので、申し訳ないですがアクアくんたちの入学式に参加することはできません。……変な顔をして、どうかしましたか?」
「いや、なんというか…その高校、俺たちの進学先と同じなんだが。」
「アハハハ。アクアくんは時々ですが、面白い冗談を言いますよね。───マジですか?いや、マジなんでしょうね。」
なんというか…気まずいです。
気まずくなる理由なんてどこにもないんですけど、なぜか気まずいんです。
「分かりましたと言っていたと、星野さん…お母さんに伝えてあげてください。」
「わかった。じゃあよろしく頼む。アイからまた何か言われたら、メールする。」
アクアくんも気まずそうな顔をしながら、自身の家族が待つ隣の部屋へと帰っていきました。
知り合いが来賓として来るということは、参加される側としても気まずいものなのですね。
招待してくれた元弟子な理事長には八つ当たりながら、文句を言わせてもらいましょう。