とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第二十六話:猟犬の影(シャドウ・オブ・キハラ)

昼過ぎ。

置き去りを実験動物として使い潰そうとするテレスティーナ=木原=ライフラインの真の目的を知り、御坂美琴、白井黒子、そして木山春生たちが、子供たちを奪還すべく追跡を開始していたのだ。

ドォォォォンッ!!

遠く離れた高架から、青白い雷光が空を劈き、分厚い装甲扉が吹き飛ばされる轟音が響き渡る。

第三位の超能力者である超電磁砲を筆頭に、正面から堂々と立ち向かう美琴たちの前には、先進状況救助隊の最新鋭パワードスーツ部隊が次々と立ち塞がっているはずだ。

「……やっぱりな。伏兵(バックアップ)が多すぎる」

MAR本部から少し外れた広場。

巨大な搬入用ゲートの頭上――高い鉄骨の足場の上から、瀬川空は冷ややかな瞳で眼下を見下ろしていた。

そこには、美琴たちの背後を突き、退路を断つために待機していたMARの別働隊の姿があった。

全身を分厚い複合装甲で覆い、重機関銃やミサイルランチャーで武装したパワードスーツ『HsPS-15』。その数、ざっと見積もって二十機以上。

いかに超電磁砲や空間移動が強力とはいえ、子供たちという守るべき足手まといを抱えた状態で、この重武装の群れに背後から挟み撃ちにされれば、無傷では済まない。最悪の場合、陣形が崩壊して全滅する。

テレスティーナは、最初から美琴たちを盤面上で完全にすり潰すつもりで配置を組んでいたのだ。

「主人公の背中は、行かせないよ」

空は鉄骨から音もなく虚空へ身を躍らせた。

着地の瞬間、足裏に『反発力』のベクトルをエミュレートし、アスファルトに傷一つ、音一つ立てずに搬入用ゲートの入り口へと舞い降りる。

そして、白衣の胸ポケットから、どこにでもあるような百円のプラスチック製ボールペンを一本引き抜き、右手に握り込んだ。

「なんだ貴様!? ここはMARの作戦宙域だ! 直ちに――」

暗闇から突然現れた少年に気付き、先頭のパワードスーツが警告のスピーカーを鳴らす。

だが、空はその言葉を最後まで聞くことなく、親指の爪でボールペンを弾いた。

『エミュレート――摩擦係数ゼロ、及び運動エネルギーの強制収束』。

バァァァンッ!!

空気を鋭く切り裂く、大砲のような轟音が夜の静寂を打ち破った。

ただのプラスチックの塊が、空の指先から射出された瞬間、空気抵抗を完全に無視した音速の徹甲弾へと変貌する。

一直線に飛来したボールペンは、先頭のパワードスーツの極厚の胸部装甲をまるで濡れた紙のように容易く引き裂き、内部の駆動中枢を正確に貫通して背面のコンクリート壁に深々と突き刺さった。

「ガ、アァァ……ッ!?」

中のパイロットには一切の傷をつけず、動力源のみを完全に破壊されたパワードスーツが、けたたましいエラー音と共にその場に崩れ落ちる。

「て、敵襲! 能力者だ! ガキが一人だ、構わん、撃てぇぇっ!!」

指揮官らしき男の絶叫と共に、残る十九機のパワードスーツが一斉に空へと銃口を向けた。

毎分数千発の銃弾を吐き出す重機関銃の掃射。オレンジ色の曳光弾が嵐のように暗闇を切り裂き、空の細い身体を八つ裂きにせんと殺到する。

だが、空は歩みを止めない。

無表情のまま、懐から一握りのガラスのビー玉を取り出し、自身の周囲の空中へと無造作に放り投げた。

『エミュレート――流体反発、及び空間断裂』。

空の周囲に展開されたビー玉が、見えない強力な盾となる。

弾丸の嵐がビー玉の展開した『空間の断層』に次々と激突し、火花を散らしながらひしゃげ、運動エネルギーを完全に奪われて足元へとバラバラとこぼれ落ちていく。

重機関銃の轟音と硝煙の中を、傷一つ負わずに歩み寄ってくる少年の姿は、MARの隊員たちにとって悪夢以外の何物でもなかった。

「木原のやり方は、昔から嫌いなんだよ」

空の、ひどく冷たく、感情の抜け落ちた声が響く。

「他人の人生を弄んで、子供を使い潰して、自分は安全な場所から見下ろす。……無駄が多くて、底抜けに悪趣味だ」

空は一歩、また一歩とパワードスーツの群れへ歩み寄る。

「ヒッ……な、なんだこいつ……化け物……!」

MARの隊員たちが、装甲越しに後ずさる。

彼らの目には、迫り来る少年の瞳が、一切の感情や人間らしさを持たない「底なしの虚無」に見えた。自分たちがどれだけ重火器で武装しようと、その絶対的な暗闇には決して届かないという本能的な恐怖。

パニックに駆られた一機が、肩にマウントされた対戦車用大型ミサイルランチャーの引き金に手をかけた。至近距離での爆発に巻き込まれれば、撃った自分自身も無事では済まない暴挙だ。

「やめろ」

空が低く呟いた。

直後、空の指先から一枚のトランプが手裏剣のように放たれた。

『エミュレート――分子切断』。

空中で不規則に軌道を変えながら舞った一枚の紙のカードが、ミサイルランチャーを構えたパワードスーツの関節の隙間に滑り込み、内部の油圧ケーブルと制御配線をピンポイントで切断する。

「あ、がっ!?」

ミサイルを撃つ前に腕のコントロールを失い、その機体もまた重々しい音を立てて沈黙した。

「っ……」

同時に、空の鼻から真っ赤な血がツーツーと流れ落ち、顎を伝ってアスファルトに滴った。

多数の演算の並列化、そして異なる能力の多重展開による、脳への強烈な過負荷。

視界がチカチカと明滅し、耳の奥でセミが鳴くような強烈な耳鳴りが響き始める。細胞が焼き切れるような痛みが、空の頭蓋骨の内側をガンガンと叩いていた。

 

(……でも、この程度の痛み)

 

あの夜、炎に包まれた養護施設で、自分に優しくしてくれたただ一人の大人が木原虚に惨殺されたのを見た、あの絶望に比べれば。

こんな痛みは、痛みのうちに入らない。

「俺は、空っぽだ」

空は、血に染まった口元を歪め、笑った。

「俺には何もない。だからこそ……お前たち木原の、理不尽な悪意なんかに。表の世界を生きる主人公たちの未来を、絶対に潰させはしない」

数分後。

搬入用ゲート周辺には、完全に沈黙し、単なる鉄屑のオブジェと化した二十機のパワードスーツが転がっていた。

死者は一人もいない。空はパイロットの命を奪うような演算は一つも組まなかった。

だが、装甲を破壊され、あるいは神経系を軽くショートさせられた隊員たちは、呻き声を上げるだけで、もはや誰一人として立ち上がれる者はいなかった。

空は口元を汚した血をジャケットの袖で乱暴に拭い、大きく息を吐いた。

 

(死角は俺が潰した。あとは頼んだぞ、御坂美琴)

 

表の主人公が放つ眩しい雷光が、再び夜空を照らす。

猟犬の如き暗部の影は、その光が誰にも邪魔されないよう、静かに周囲の闇へと溶け込んでいった。

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