とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第三話:第8位(エラーチェッカー)

炎が揺らめく。

熱風が焼け落ちた廊下を吹き抜け、黒煙が天井を覆い尽くす。

瀬川の亡骸を抱くことすらできず、幼い空はその場へ立ち尽くしていた。

涙は出ない。

叫びも出ない。

感情という感情が、胸の奥から音もなく崩れ落ちていく。

その時だった。

空の周囲の空間が、不自然に軋んだ。

まるで蜃気楼のように景色が歪む。

空気が震える。

世界そのものが、一瞬だけ悲鳴を上げた。

「――――」

幼い空は無意識に右手を持ち上げる。

その掌へ。

ぽう、と。

小さな炎が灯った。

赤く、揺らめきながら。

それは数秒前まで襲撃者が振るっていた炎と、寸分違わぬ”理不尽”だった。

科学では説明できない炎。

物理法則を踏みにじる炎。

 

ー魔術。

 

本来なら能力者が触れられるはずもない異世界の法則。

しかし、その炎は生まれた瞬間から制御を失っていた。

 

ゴォォォォォッ!!

 

轟音。白い閃光。

施設全体を揺るがす爆発が巻き起こり、残っていた壁も天井も吹き飛ばされる。

炎と瓦礫が夜空へ噴き上がった。

 

 

「……何だと?」

薄暗い研究室。

壁一面のモニターが一斉に砂嵐へ変わる。

木原虚は、しばらく言葉を失っていた。

やがて口元が歪む。

「……馬鹿な。外部の魔術(オカルト)だぞ?能力者が、魔術を再現した?」

あり得ない。

学園都市が積み重ねてきた能力開発理論。

魔術と科学を隔てる絶対的な壁。

その全てが、今この瞬間に否定された。

「何をした……?」

驚愕は数秒しか続かない。

次の瞬間には、それを上回る歓喜が全身を支配していた。

「フッ……」

肩が震える。

「フフフ……!」

笑いが止まらない。

「アハハハハハハハッ!!」

研究者として。

木原として。

これ以上ない成果が目の前で生まれた。

「そうか……!自我を空にしたのか!だから外部法則をそのまま受け入れられる!」

能力とは『自分だけの|現実(パーソナルリアリティ)』を世界へ押し付ける力。

ならば。

その現実が完全な空洞なら。

他者の現実すら入り込める。

「素晴らしい!最高だ!ガラクタを捨て、自ら器を空にした最高傑作!」

木原は狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「お前は(そら)じゃない。空洞の『(から)』だ!アハハハハハハハハッ!!」

その狂笑だけが、研究室へ響き渡った。

 

 

同時刻。

学園都市の最深部。

窓のない部屋。

生命維持装置へ接続された一人の男が、滞空回線(アンダーライン)を通じて一部始終を見届けていた。

学園都市統括理事長。アレイスター=クロウリー。

『……興味深い。』

無機質な声だけが空間へ響く。

『能力者でありながら魔術を再現した。…いや、正確には、理論そのものを写し取った、か。』

沈黙。

代替品(プランB)としても、暗部の|構成員(非常に便利な手駒)としても、有用だ。』

その一言だけで、一人の少年の未来は決まった。

 

 

数日後。

空は病院の白い天井を見上げていた。

「いやぁ。」

ベッド脇でカルテをめくるカエル顔の医者が困ったように笑う。

「君、本当に運が良かったね。施設は全焼。救助隊が見つけた時には火の真ん中にいたらしい。それなのに火傷は皮膚だけ。普通なら説明できないよ。」

空は何も答えない。

「警備員も原因を調べてるけどね。火元は分からないみたいだね。ガス漏れでも放火でもない。結局、事故として処理されそうだけど…」

 

事故。

 

その二文字だけで、瀬川の人生は終わる。

誰にも知られないまま。

誰にも裁かれないまま。

「……精神的なケアも必要だ。」

医者は優しく笑った。

「僕の知り合いが運営してる施設がある。退院したら、そこへ行くといい。」

その声は温かかった。

けれど。

もう誰の優しさも、空の心へ届くことはなかった。

 

 

新しい養護施設。

新しい大人。

新しい子どもたち。

新しい生活。

誰も彼を傷付けない。

誰も怒鳴らない。

それでも。

息が苦しかった。

笑えば相手が笑う。

黙れば空気が悪くなる。

期待されれば応える。

求められた姿を演じ続ける。

それだけだった。

 

“自分”は、もう存在しない。

 

瀬川と一緒に燃えてしまった。

だから空は考えた。

自分である必要がないなら。

誰かになればいい。

他人へ合わせればいい。

望まなければ傷付かない。

執着しなければ失わない。

そう信じ込むことでしか、生きられなかった。

その空虚さを埋めるように、彼は勉強だけへ没頭した。

数学。

物理。

生物。

化学。

能力開発。

知識だけが、自分を忘れさせてくれた。

年月が流れる頃には息苦しさすら感じなくなっていた。

…いや、慣れてしまった。

それに比例するように、『擬似発現(エミュレーター)』の演算領域は際限なく拡張されていく。

他者の能力。

物理法則。

ーそして瀬川を殺した未知の力。

ありとあらゆる「法則」を再現する異形の能力へと変貌していった。

 

 

窓のない部屋。

一枚の認定書が机へ置かれる。

 

超能力者(レベル5)第8位」

 

通常の研究機関による推薦は存在しない。

統括理事会の特例。

いや。

アレイスターただ一人の判断だった。

役割もまた、表には存在しない。

暗部、あるいは掃除屋。

学園都市に生じた不都合を消し去り、矛盾を修正し、痕跡すら残さない”エラーチェッカー”。

「名前を。」

事務的な声が告げる。

空は静かにペンを握った。

少しだけ。

ほんの少しだけ。

手が止まる。

そして。

迷うことなく書き記した。

 

瀬川 空

 

恩人からもらった苗字。

恩人からもらった名前。

誰が何と笑おうと。

自分が空っぽだと理解していようと。

これだけは。

これだけは捨てられない。

 

(俺は空っぽだ。)

 

(だからこそ。)

 

(この街の”ありふれた日常”だけは。)

 

(俺の中へ詰め込んで守る。)

 

(偽物でもいい。)

 

(誰かが笑っていられるなら。)

 

制服へ袖を通す。

鏡の中には、目の下へ深い隈を作った少年が映っていた。

口角を少しだけ上げる。

何度も。

何度も。

練習した笑顔。

誰にも本心を悟らせないための。

誰にも心配をかけないための。

完璧で、空虚な笑顔だった。

こうして、学園都市の表と裏、その狭間を歩く一人の少年――掃除屋・瀬川空の物語は、静かに幕を開ける。

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