とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第二十九話:日常の終端(デッドエンド・オブ・サマー)

夕方。

地下街の大型ショッピングモールを出ると、学園都市の空はすでに燃えるような茜色に染まっていた。

ビルの合間に沈みゆく太陽が、学生たちの影を長くアスファルトに落としている。

「じゃあね、瀬川さん! 新学期にまた学校でね!」

「ごきげんよう、瀬川さん。缶コーヒーの飲み過ぎにはくれぐれもご注意くださいませ」

「またねー!」

「さようならー!」

駅へ向かう改札の前で、御坂美琴、白井黒子、佐天涙子、初春飾利の四人が、無邪気に手を振って別れを告げていく。

空は小さく手を振り返し、彼女たちの背中が人混みに紛れて見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。

網膜には、事件を乗り越え、この街を信じると決めた美琴の眩しい笑顔がまだ焼き付いている。

 

(希望、か)

 

空は、手の中に残っていた空の極甘コーヒーのアルミ缶を、近くのゴミ箱に放り投げた。

カラコンッ、と乾いた音が響く。ふうっと長く息を吐き出すと、肺の中に溜まっていた微かな熱まで逃げていくような気がした。

美琴は、自分が信じた正義の先で、暗部の毒牙から子供たちを救い出した。

彼女のその真っ直ぐな信念と結果は、どうしようもなく美しい。

だが。空の生きる、光の当たらない「裏側」の現実は、そんな綺麗な言葉や一時の勝利だけで回るほど、甘くはなかった。

『ヴヴッ、ヴヴッ』

ズボンのポケットの中で、暗部専用の漆黒の携帯端末が、嫌なリズムで短く振動した。

アレイスター=クロウリーからの、新たな任務データの受信を知らせる合図。

空は周囲に人気がないことを確認し、大通りから外れた、光の届かない薄暗い路地裏の影へと身を潜めた。

周囲の雑踏の音が遠のき、生温かい風だけが通り抜ける。

ロックを解除し、暗号化された画面を開く。

『――計画名:量産型能力者(レディオノイズ)計画、及び絶対能力進化(レベル6シフト)計画』

『――特記事項:第3|位(超電磁砲)の軍用クローンを使用した実験は以後、予定通り市街地で実施する』

『――差し当たって、瀬川 |空(エラーチェッカー)は当該実験において都市インフラに予期せぬ被害が及ぶ場合、これを隠蔽・清掃せよ。計画自体の進行には一切干渉するな』

画面に表示されたのは、無機質で冷酷な実験データの羅列。

そして、その報告書の最後に添付されていた、一枚の画像データ。

「…………っ」

それを開いた瞬間、空の心臓が不自然に跳ねた。

足元のコンクリートから、急速に体温が奪われていくような、ひどい悪寒が全身を駆け巡る。

画像に写っていたのは、凄惨な血溜まり。

そしてその中央に転がっている、つい先程まで隣でパフェを食べて笑っていた少女――御坂美琴と全く同じ顔をした、一人の少女の死体だった。

瞳孔が開き、虚ろな目をしたその少女は、美琴と同じ茶色の髪に、どこかの学校の制服を着ていた。しかし、その身体は暴力的な力によって無惨に破壊され、ただの肉塊へと成り果てていた。

数千、数万という単位で作られ、ただ第一位の経験値として殺されるためだけに消費されていく、単価十八万円の作られた命。

それが、美琴のDNAから生み出された『妹』たち。

 

(……御坂さんは、これを知らない)

 

空は、血の気の引いた顔で、震える手で端末を握りしめた。

彼女がこの街の光を信じ、自分の力を誇りに思った、そのすぐ裏側で。

彼女自身の細胞から作られた命が、使い捨ての実験動物として、毎晩のようにどこかの路地裏や施設で惨殺され続けているのだ。

もし、この事実を彼女が知ってしまえば。

今日見たあの眩しい笑顔は、自分の力が引き金になってしまったという絶望と、果てしない自責の念で、完全に崩壊してしまうだろう。

「……趣味が悪いな、アレイスター。やっぱりお前も、木原と同類だ」

空は端末の画面を消し、夕闇に完全に沈みゆく学園都市のビル群を見上げた。

かつて、燃え盛る養護施設の中で、大人たちの都合でモルモットとして使い捨てられた「置き去り」の自分。

炎の中で叫び、手を伸ばし、それでも誰も助けに来なかった、あの夜の底なしの絶望。

今、同じように、誰にも届かない悲鳴を上げながら殺されていく少女たちがいる。

誰も助けに行かないのなら。誰も彼女たちを「人間」として扱わないのなら。

 

(見過ごせるわけが、ないだろ)

 

空っぽの器のはずの空の胸に、冷たく、そして静かで絶対的な怒りが満ちていく。

それは、彼自身が失った「人間らしさ」の残滓のようでもあった。

例え、それが統括理事会の命令に背くことになろうと。

例え、第一位という、この街で最強の理不尽な化け物を相手に、血みどろの殺し合いをすることになろうと。

美琴の笑顔を裏切り、彼女と同じ顔をした、同じように命ある少女たちを見殺しにすることだけは、絶対にできない。

空は、ゆっくりと顔を上げた。

美琴たちに向けていた「人の良い高校生」の仮面は完全に剥がれ落ち、そこには一切の感情を排した、冷酷な『掃除屋』の貌だけが残されていた。

だが、その瞳の奥には、彼がこれまで一度も抱いたことのない、熱く鋭い決意の炎が灯っている。

迫り来る、運命の日。

学園都市の最も深い闇を巡る、瀬川空と『家族』となる少女たちの凄惨な戦いが。そして、最強の化け物との絶望的な死闘が、今まさに幕を開けようとしていた。

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