とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第四十二話:恋路と黒曜石(アステカ・タガー)

(……どうして、こんなことになっているんだ)

 

夏休みの最終日、燦々と照りつける太陽の下で、空はファミレスの窓際の席から外を眺めながら心の中でボヤいていた。

美琴に凄まじい勢いで連行されていった上条の様子を「ちょっと観察してやろう」と思い立ち、土御門と青髪ピアスの二人と別れようとしたのだが、これが予想以上に手間取ったのだ。

様々に騒ぐバカ二人を適当な嘘で丸め込み、なんとか撒くことに成功した。

ようやく離脱し、路地裏をショートカットしながら上条たちを探索する。暗部の嗅覚を頼りに二人の足取りを追うと、第七学区の広場付近で彼らを発見した。

だが、そこには上条と美琴の他に、もう一人の人物がいた。

爽やかな笑顔を浮かべた、いかにも育ちの良さそうな好青年。常盤台中学の理事長の孫である海原光貴だ。

 

(おっと、三角関係の修羅場か? 上条のやつ、また面倒なフラグを……)

 

空は少し離れた物陰からニシシと笑って生温かい視線を送ろうとしたが——直後、微かな、しかし確実な「異物」を感知した。

 

(……なんか、匂うんだよな。あいつ)

 

空の虚ろな瞳から、笑みがスッと消え去る。

上条たちの周囲、正確にはあの海原光貴という好青年から、科学の街である学園都市には似つかわしくない『魔術の残滓』が漂っていたのだ。

ただの超能力者には分からないかもしれない。だが、様々な魔術に相対してきた空には、彼の表面に纏わりつく「他者の皮を被るような」不気味な術式を感じ取ることができた。

あれは本物の海原光貴ではない。誰かが、魔術を使って彼に化けているのだ。

 

(あのバカ、また面倒ごとに巻き込まれやがって……! 御坂さんまでいるのに)

 

空は瞬時に「クラスのバカカルテットの一角」から「暗部の掃除屋」へと顔を切り替えた。

路地裏の建物の壁を蹴り、一気に屋根の上へと飛び乗る。上条たちの動向を上空から密かに追跡し始めた。

 

 

事態が急変したのは、建設中のビル群の中だった。

正体を現したアステカの魔術師・エツァリと、彼から美琴を守るために前に出た上条当麻の死闘が始まっていた。

光が建設中のビルの鉄骨やコンクリートを掠めると、巨大な建造物が次々と解体され、轟音と共に無数の瓦礫となって上条と美琴の頭上へ降り注ぎ始めた。

「……ッ、チィ!!」

空が舌打ちをしたその瞬間、タイミングよく彼の携帯端末が短く震えた。

暗部の連絡係からだ。表示されたメッセージは簡潔。

『第七学区に侵入した未登録の魔術師を確保せよ。または、被害を最小限に抑え事態を隠蔽しろ』

侵入者とは、まさに今、上条が戦っているあの男のことだ。統括理事会も、すでに事態を把握している。

「……了解だ。俺の仕事は、あいつが戦いやすいように『舞台』を整えることだからな」

空は黒いロングコートの裏地から、シノが調整してくれた『ペン』を数本、指の間に挟み込んだ。

「シノ、お前がチューンしてくれたこいつの出番だぞ。——」

空は脳内の演算領域に、複数の能力と術理を同時ペーストする。

一本のペンに対し、『摩擦ゼロ』の理を付与。

さらに、一方通行から読み取った『ベクトル操作』と莫大な『運動エネルギー』を乗せ、最後に『空間断裂』の概念を上乗せする。

「飛べ」

空が屋上の縁から腕を振るうと、指から離れたペンは音もなく空を切り裂き、不可視の刃となって建設中のビルへと吸い込まれていった。

上条と美琴の頭上に、数十トンはあるであろう巨大な鉄骨やコンクリートの破片が降り注ごうとした、その時。

空中で、瓦礫が「不自然に」細かく砕け散った。

シュガッ! という微かな切断音と共に、空の放ったペンが空中で巨大な破片を微塵切りにしていったのだ。

本来なら致命傷になりかねない巨大な瓦礫の雨は、無数の小石や砂埃へと変わり、上条の周囲にバラバラと降り注ぐだけに留まった。

上条からすれば、「運良く直撃を免れた」「瓦礫が途中で砕けた」ようにしか見えないだろう。エツァリの振るう分解魔術の余波を、空は裏から人知れず相殺し、隠蔽していく。

 

(行け、上条! あとはお前の仕事だ。!)

 

「ガ、ッ……ァ!」

連続する多重展開により、空の脳の血管が悲鳴を上げる。キャパシティオーバーによる強烈な頭痛。鼻の奥の粘膜が破裂し、赤い血がツーツーと垂れ落ちて唇を濡らした。

それでも空は、バックグラウンドで『肉体再生』を稼働させ、血を拭いながらペンの投擲を止めなかった。上条が迷いなくエツァリに肉薄できるよう、降り注ぐすべての障害を空中で粉砕し続ける。

やがて——空が裏で瓦礫の雨を消し飛ばし続けている間に、上条当麻がエツァリの懐に飛び込んだ。

彼が握りしめた右の拳が、エツァリの顔面にクリーンヒットする。

魔術を根底から破壊する『幻想殺し』の一撃によって、エツァリは吹き飛び、崩れ落ちた瓦礫の中に沈黙した。勝負ありだ。

「はぁ……はぁ……ッ」

空は屋上の縁にへたり込み、ボサボサの頭を壁に預けた。

眼下のビルでは、美琴が陰に隠れて頬を赤らめている。

そこには拳一つで自分を救ってきた少年に恋する少女の姿があった。血反吐を吐きながら戦ったもう一人の少年の存在に気づく余地もなかった。

ただ、「上条当麻が身を呈して自分を守ってくれた」という事実だけが、彼女の胸に強く、深く刻み込まれたはずだ。

「……よし、任務完了」

袖口で鼻血を乱暴に拭い、空はいつものニコニコとした笑顔を作った。

「お幸せにな、上条」

小さく笑って毒づきながら、空は二人の邪魔をしないように、音もなくその場を後にする。

裏方の仕事は終わった。あとは、待っている妹達のために帰るだけだ。

——そう思っていた。

しかし、上条当麻の周りに集まる『不幸』がこれで終わらないように。

暗部の掃除屋である瀬川空の8月31日もまた、これだけでは終わらせてはくれなかった。学園都市の深い闇の中で、まだ彼の出番が残されていたのだ。

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