とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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オリキャラの一人である木原虚についてちょっと書いてみました。
前提として、この世界の学園都市では多重能力者など誕生しえないし意味がないという認識が根底にあったという上で、特力研のみが異端として研究を続けていたという設定です。


幕間2:空洞の設計者(アーキテクト・オブ・エンプティ)

「人間の脳というものは、実によくできたハードウェアだ。だが、そこにインストールされるOSが常に『一つ』に限定されているのは、あまりにも非効率で、何よりも……ひどく美しくない」

それが、木原虚という男が大学時代から執拗に提唱し続けていた持論であった。

学園都市における能力開発の基本原則、『一人一能力』。それはミクロの世界の量子論に端を発する、疑いようのない絶対の真理とされていた。一人の人間の脳が認識し、世界に書き込める『自分だけの|現実(パーソナルリアリティ)』は、原理的に一つしか存在し得ない。

だが、木原虚はその限界の壁を打ち破ることにこそ、科学者としての己の人生、そして『木原』としての狂気の全てを懸けていた。

大学在学中から、彼は脳内における演算領域の分割、並列化、および最適化に関する異常なまでの熱量を持った論文を次々と発表し、能力開発の分野で多大な成果を叩き出した。彼が目指したキャリアの究極の目標は、ただ一つ。

多重能力者(デュアルスキル)』の意図的な創造である。

 

 

大学院を首席で卒業した虚は、その実績を引っ提げ、『特例能力者多重調整技術研究所』――通称『特力研』へと迎え入れられた。

入所当時の特力研は、学園都市の上層部からは異端視されながらも、多重能力者の誕生を真剣に研究し、莫大な予算をつぎ込む数少ない真の研究施設だった。虚はそこで昼夜を問わず研究に没頭し、無数の実験を繰り返した。

だが、現実は甘くはなかった。異なる『自分だけの現実』を一つの脳に同居させようとすれば、二つの法則を認識する自我が激しく衝突を起こす。結果として、被験者の精神は例外なく崩壊し、肉体すらも深刻な拒絶反応を引き起こして死に至る。

多重能力研究は、遅々として進まない死体まみれの茨の道だった。

 

 

虚の入所から五年。

特力研、いや、学園都市の能力開発の在り方そのものを根本から覆す『怪物』が、研究所に放り込まれてきた。

白い髪に、赤い瞳。

後に第一位と呼ばれることになるその幼い子供――『一方通行(アクセラレータ)』の、あまりにも圧倒的で暴力的な演算能力を前に、特力研の上層部はあっさりと手のひらを返した。

「不確実で死体の山を築く多重能力など、もう必要ない。我々はこの究極の一つの能力を、絶対の|神(レベル6)へと押し上げる」

長年冷遇されてきた多重能力研究は完全に凍結され、特力研の予算とリソースの全ては、一方通行の観測と強化へと回されたのだ。

「……阿呆どもが。ただ一つの出力がでかいだけの石ころの、一体何が面白いというのだ」

虚は、歓喜に沸く所長や研究員たちを冷ややかな目で見下し、静かに唾を吐いた。

一つを極めるなど、所詮は凡人の発想だ。第一位の能力がどんなに強大な法則だろうと、所詮は『ベクトル』という一つの事象しか書き換えられない。自分の目指す『あらゆる事象をロードし展開できる万能のシステム』に比べれば、あまりにも単調で、ひどく醜悪だった。

虚は特力研の方針に明確に反発した。

研究所に籍だけを置きながら、独自のルートで第七学区の裏側に巨大な地下実験施設を確保。そこに学園都市外からの『置き去り(チャイルドエラー)』たちをモルモットとして大量にかき集め、非合法な多重能力研究を再開したのである。

「自我が反発し合うから、複数の現実が同居できない。……ならば、答えは簡単だ」

器に水が入っているから、新しい水が溢れ、反発するのだ。

ならば、被験者の自我そのものを徹底的に破壊し、何も望まず、何も感じない、極限まで広大な『空洞の器』を作り上げればいい。

しかし、これもまた難航した。

人間の防衛本能というものは厄介だ。強烈な肉体的苦痛や洗脳、感覚遮断を与え続けても、子供の脳は狂気という『別のOS』に書き換わるだけで、完全に空洞化されることはない。

虚は、子供たちの自我を根底からへし折り、完全に初期化するための「究極のストレッサー」を探し求めた。

それは科学で説明のつく悲劇や暴力では足りない。人間の脳が世界を認識する前提そのものを破壊する、絶対に理解できない理不尽、圧倒的な不条理の顕現が必要だった。

 

 

そんな折、彼はモルモットを調達するための裏取引の現場で、科学者としての彼の価値観を根底から破壊する『奇跡』を目撃した。

虚は用心深い男だった。いつものように取引現場周辺に怪しい人間がいないか、離れた位置から暗視ゴーグルと各種センサーを用いて観察していると、調達屋の武装したチンピラどもが、一人の男を取り囲んでいるのを確認した。

詳細は分からないが、少し長めの金髪に、どこにでもいるような冴えない顔立ちをした、ひどく陰気臭い長身の男だった。その全身からは、戦い慣れした殺気も、能力者特有のAIM拡散力場も一切感知されない。

調達屋どもは愚鈍であるが、裏社会の暴力のプロだ。十人がかりでアサルトライフルなどの重火器を持ち、中には強能力者(レベル3)の火力を持つ者も混ざっている。あんな一般人など、数秒で蜂の巣にされて終わるだろうと虚は踏んでいた。

しかし、その目測は致命的に誤っていた。

否、誤っていたのは虚の目測ではなく、彼が信奉してきた『科学』という世界のルールそのものだった。

金髪の男が、どこか憂いを帯びた瞳で、悲しそうに何かを呟いた瞬間。

「……なっ!?」

虚は暗視ゴーグルを落としそうになった。

銃声は鳴らなかった。強能力者の炎も放たれなかった。

男の周囲を取り囲んでいた十人の武装集団が、何の前触れもなく、一瞬にしてコンクリートの地面に『へばりついた』のだ。

いや、へばりついたという表現すら生温い。彼らの肉体は、見えない巨大なプレス機に押し潰されたように完全に圧壊し、文字通りひしゃげた肉塊と化していた。

虚の手元にある各種センサーは、一切の異常を検知していなかった。

温度変化はない。重力場の歪みもない。ベクトルの移動も、電磁波の発生も、AIM拡散力場の干渉も、何一つ記録されていない。

『何も起きていない』のに、『十人の人間が圧死した』という結果だけが存在している。

「ば、馬鹿な……!? いま、何が起きた……!?」

科学者である虚の脳が、理解を拒絶してショートしかける。

あれは発火能力や念動力といった、学園都市の能力ではない。能力であれば必ず観測されるはずのプロセスが完全に抜け落ちている。

男が振るった力は、例えるなら『説明できない力』。防御も、回避も、理解すらも不可能な、未定義の現象の押し付け。

まるで世界そのものが「彼らは潰れるべきだ」と書き換えられたかのような、神の領域の事象改変。

男の目的はわからないが、今まさに調達屋と取引しようとしていた自身の存在が割れてしまうと、確実に実験は頓挫する。虚は息を殺し、全身から噴き出す冷や汗を感じながら、男の動きを観察した。

金髪の男は、周囲に散らばる肉塊を一瞥すらせず、今まさに虚が買おうとしていた商品を回収すると、ひどく哀愁を漂わせた背中を向けて、夜の闇の中へ足早に立ち去ってしまった。

「……ッ、ハァッ、ハァッ……!」

男が去った後も、虚は暗闇の中でガタガタと震えが止まらなかった。恐怖ではない。

彼が用いた純粋で絶対的な未知の力。

それを目の当たりにした虚の脳内で、悪魔的な閃きが爆発していたのだ。

「オカルト、か……!」

虚はかつて、多重能力者の可能性の一つとして、外部のオカルト的な手法も視野に入れたことがある。だが、非科学の力に頼ることも癪だったし、そもそもオカルトなどプラシーボ効果の延長に過ぎないと切り捨てていた。

しかし、目の前で圧倒的な『理不尽』を見せつけられた今、虚は狂喜に打ち震えていた。

「……素晴らしい! 試す価値はあるなんてもんじゃない、これこそが真理だ!」

子供の自我を完全に破壊するには、人間の脳が世界を認識する前提そのものを破壊する現象が必要だ。

銃で撃たれて痛い、火で焼かれて熱い、という科学で説明がつく暴力では、脳はそれを「現実」として処理し、耐性を作ってしまう。

だが、先ほどの金髪の男が使ったような『理解不可能な不条理』――魔術という外部の絶対法則は、子供の心を折る絶望のトリガーとして、これ以上なく最適だったのだ。

 

 

それから二年にわたる、度重なる惨烈な実験が始まった。

あの金髪の男を見つけることは不可能だったが、虚は暗部のコネクションを限界まで使い、多額の資金を投じて『魔術』を行使できる外部の傭兵や結社の人間を幾度となく雇い入れた。

虚は、自らが用意した養護施設を、雇った魔術師たちに幾度となく襲撃させた。

そしてついに、その夜は訪れた。

被験体5271。後の、瀬川空。

あえて彼に『瀬川』という不器用で心優しい大人の愛情をたっぷりと注がせ、その上で、魔術師の理不尽な炎で、その大人を目の前で焼き殺させた瞬間。

物理法則を無視して生き物のようにうねり、酸素を消費することなく燃え盛る紅蓮の魔術の炎。

モニター越しに観察していた虚の目の前で、被験体5271の瞳から、人間としての光が完全に消え失せた。

自我を保とうとする脳の機能が、目の前の『理不尽』と『絶望』に耐えきれず、自らシステムをシャットダウンしたのだ。

幼い防衛本能による、自我の完全なる初期化。

直後、空っぽになったその子供は、目の前で振るわれていた魔術師の炎の法則を、自らの真っ白な演算領域にそのまま『コピー』し、施設を丸ごと吹き飛ばす大爆発を引き起こした。

科学の能力者が、魔術の理を完璧に再現した瞬間だった。

「アハッ……アハハハハハハハハハッ!!」

燃え盛る炎を映し出すモニターの前で、木原虚は両腕を振り上げ、狂喜の声を上げた。

完成した。科学の能力も、オカルトの魔術も、あらゆる事象のデータを際限なくインストールし、同時展開できる、完璧な『空っぽの器』が。

多重能力という次元すら置き去りにした、神のシステム。

「見たか、特力研の無能ども。第一位に群がるだけの凡夫ども! これが私の答えだ!」

この最高傑作の誕生をもって、虚はあっさりと特力研に辞表を叩きつけた。

もはや、一方通行という一つの事象しか扱えない石ころに群がる研究所など、彼には一秒たりとも留まる価値がなかった。

 

 

それから数年。

現在、木原虚は独立して瀬川空の名目上の担当研究員として観察を続けている。

彼の現在の目的は、最高傑作である『瀬川空』のさらなるアップデートの観察。そして、空には及ばずとも、同様のプロセスによる空洞化能力者の量産化を目指すことだ。

学園都市のあちこちで起こる能力者の暴走事件の裏には、虚が意図的にばら撒いた「自我を希薄化させるストレス・メソッド」の実験が隠されていることが多々あった。

薄暗いモニタールームで、虚は現在の瀬川空のデータに目を通す。

彼が『掃除屋』として暗部で血反吐を吐きながら働き、挙句の果てに第一位の実験の副産物である五人のクローンを引き取って家族ごっこをしているという報告書を眺め、虚は口元を三日月の形に歪めた。

「ガラクタを拾い集めるのに必死だな、私の最高傑作よ」

虚の嗤い声が、モニターの青白い光に溶ける。

「だが、空洞はどこまで行っても空洞だ。詰め込んだゴミがキャパシティをオーバーし、絶対的な理不尽と絶望に触れて、再び中身がすべて溢れ出し……巨大なバグとなって自壊するその瞬間を、私は特等席で観察させてもらうぞ」

白衣を翻し、木原虚は暗闇の中で狂気的な笑みを深めた。

彼の悪意は、学園都市のシステムの奥底に深く根を張り、瀬川空が必死に守り抜こうとするガラス細工のような日常をいつでも食い破るべく、静かにその牙を研ぎ続けている。




途中で出てきた魔術師は一応イメージした人がいるのですが、うまく表現できたか分かりません…
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