とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第五話:特別講師(レベル5)

四月も終わりを迎えたある日。

六時間目が終わると同時に、瀬川空は担任の月詠小萌から職員室へ来るよう呼び出された。

何かやらかした覚えは……正直、なくはない。

授業中に甘すぎる缶コーヒーを飲んで注意されたこともあるし、居眠りを誤魔化そうとして余計に目立ったこともある。しかし、それらはどれも小さなことだ。職員室へ呼び出されるほどではない……はずである。

「失礼します」

扉を開けると、小萌は自分の机に頬杖をつき、ぷくっと頬を膨らませて待っていた。

「瀬川ちゃん。今日は何で呼ばれたか分かりますか?」

その声音は柔らかいが、どこか拗ねたような響きが混じっている。

「いやぁ、さっぱり……」

空は困ったように笑って頭を掻く。

「その笑顔で誤魔化そうとしてもダメなのですよ」

小萌は指先で机をこんこんと叩いた。

「瀬川ちゃん、自分の時間割り(カリキュラム)くらいちゃんと把握してますよね?」

「あー……」

嫌な予感しかしない。

「瀬川ちゃんの時間割りは他の子たちとは全然違うのです。」

小萌は机の上へ一枚の資料を広げる。

そこには空の名前とともに、一般的な授業とは似ても似つかない内容が並んでいた。

 

 『高位能力者との接触』

 

 『能力使用状況の観測』

 

 『演算領域の拡張』

 

 『実戦環境での能力解析』

 

「瀬川ちゃんの能力は、一度見た現象を演算・再現することが前提なのです。だったら能力をたくさん見なきゃ話になりません。」

「そうですね」

「でも、この高校は強能力者(レベル3)どころか異能力者(レベル2)だって滅多にいないのです。」

小萌は肩を落とした。

「このままだと能力開発の単位をあげられないのですよ。」

空も苦笑するしかない。

そもそも第七学区のこの高校は、ごく普通の学生が通う学校である。能力開発施設として考えれば、空との相性は最悪と言っていい。

「そこで!」

小萌が人差し指をぴんと立てた。

「先生、考えたのです!」

嫌な予感がさらに強くなる。

「先生には常盤台中学の教頭先生というお友達がいるのですよ。」

「……はい」

「相談してみたら、『能力者視点で能力開発を指導できる人が欲しかった』って言われたので、瀬川ちゃんを紹介しちゃいました!」

「……紹介?」

「はい!」

満面の笑みだった。

「来月から特別講師です!」

「……え?」

「常盤台中学へ行ってきてください!」

職員室に、空の間の抜けた声だけが響いた。

 

 

五月。

新緑が眩しい季節。

学園都市でも名門として知られる常盤台中学の正門前で、空は一人、小さく息を吐いた。

能力者のエリートが集う女子校。

縁のない世界だと思っていた場所へ、自分が講師として立つ日が来るとは思ってもみなかった。

「瀬川さん、こちらです。」

教頭に案内され、広い中庭へ足を踏み入れる。

噴水の水音。

手入れの行き届いた花壇。

制服姿の生徒たちが談笑しながら行き交う様子は、同じ学園都市とは思えないほど上品だった。

「あなたが噂の第8位?」

不意に声を掛けられる。

振り返ると、茶色の短髪に常盤台の制服を着た少女が腕を組んで立っていた。

その隣にはツインテールの少女が控えている。

「……ふーん。」

少女は空を上から下まで眺めた。

「もっと怖そうな人かと思ってた。」

「初めまして。」

空は穏やかに頭を下げる。

「瀬川空です。」

「御坂美琴。」

少女は短く名乗った。

学園都市第3位、超電磁砲(レールガン)

その名を知らない能力者はいない。

「私は白井黒子ですの。」

黒子が一歩前へ出る。

「お姉様のお世話をしております。」

「世話になった覚えはないわよ。」

息の合ったやり取りに、空は自然と笑みを浮かべた。

「それで?」

美琴が首を傾げる。

「第8位って言っても、研究員の間じゃ『政治的なゴリ押し』なんて噂もあるけど。」

探るような視線。

悪意というより純粋な好奇心だった。

「ただのスペア上がりですよ。」

空は肩をすくめる。

「御坂さんみたいな天才とは比べ物になりません。」

「……随分と謙虚ね。」

「事実ですから。」

すると黒子がじっと空を見つめた。

「失礼ですが。」

「どこの馬の骨とも分からない殿方が、常盤台の生徒へ何を教えられるというのですの?」

もっともな疑問だった。

その時。

「きゃあっ!」

校庭から悲鳴が響く。

三人が同時に振り返る。

能力開発実習中だった生徒の能力が暴走したのだろう。

巨大なガーデンパラソルが台座ごと吹き飛び、生徒たちの集団へ一直線に飛んでいた。

「危ない!」

美琴が反射的にコインを取り出す。

しかし、人混みの中では超電磁砲は使えない。

電撃でも周囲を巻き込む可能性がある。

その一瞬の迷いを、空は見逃さなかった。

ポケットから一枚のトランプを取り出す。

指先で軽く弾く。

その瞬間。

空の瞳から、ふっと光が消えた。

 

 ――《空間移動》の演算を取得。

 

 ――《空力使い》の術理を重ねる。

 

誰にも聞こえないほど静かな演算が脳内で高速に組み上がる。

次の瞬間。

トランプが空中から消えた。

「えっ?」

黒子が目を見開く。

トランプはパラソルの目前へ転移し、その縁を滑るように旋回した。

同時に発生した鋭い風の刃が骨組みだけを正確に切断する。

勢いを失ったパラソルは布だけがふわりと広がり、桜の花びらのようにゆっくり地面へ舞い降りた。

誰一人傷つかない。

静かすぎる解決だった。

「……今。」

美琴が呆然と呟く。

「空間移動と風の能力を……同時に?」

黒子も言葉を失っている。

能力は一つ。

それが学園都市の常識だった。

だが、目の前の少年は、その常識を何事もなかったかのように飛び越えてみせた。

空は二人へ向き直ると、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。

「厳密にはコンマ以下数秒単位で能力使用はズレています。…まぁ自分の場合補助に何か物がいるんですけどね。」

肩をすくめながら空は説明をする。

「ともかく、ただ出力するだけが能力じゃなくて、うまく物だったり、環境も使っていくのも能力の一つでしょう?」

その言葉には、暗部で数え切れないほど能力を観察し、生死の境で応用してきた重みがあった。

「今日は、その練習を一緒にやっていきましょう。」

その日から常盤台の生徒たちは、空を「頼りになる少し不思議な先生」と呼ぶようになる。

そして御坂美琴と白井黒子もまた、第8位という肩書ではなく、一人の能力者として瀬川空を見るようになっていく。

その出会いは、後に空の日常を支える、大切な縁の一つになっていくのだった。




ちょっとした釈明。だいぶ前から少しずつ書いていった小説故、この話は超電磁砲20巻発売のちょっと前に書いたものです。
前々から言われていたのかもしれませんが、少なくとも自分は超電磁砲169話でようやく美琴と白井が同室になったのは5月2日なんだと知り、この話と少し矛盾するかもと気になってしまいました…
冷静に考えて存在しない第8位を作って、諸々の設定を改変したこの小説を書いといて気にすることでもないかもしれませんが、一応付記しておきます。
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