「ここで成長さしたるぞ!」とは思っていたのですが、いかんせん成長の根拠部分に手間取りまして。
夜。
閉園時間をとうに過ぎ、本来なら静寂に包まれているはずのテーマパーク『パラレルスウィーツパーク』は、今や血生臭い戦場と化していた。
イルミネーションの電源が落ちた陰で、金属が激突する甲高い音と、爆発的な魔力の閃光が絶え間なく明滅している。オルソラ=アクィナスを誘拐したとされる天草式十字凄教の潜伏先へ、上条当麻やステイル、そしてアニェーゼ率いるローマ正教のシスター部隊が突入を開始したのだ。
その激しい戦闘の喧騒を、瀬川空は遊園地の外周にそびえ立つ、洋風の建物の上から静かに見下ろしていた。
夜風が黒い服の裾を揺らす。彼の瞳から人間らしい感情がスッと消え去り、対象をただの『情報』として解析する冷徹な『エミュレーター』の思考が高速で回転し始めた。
「……天草式十字凄教。日本の土着魔術とキリスト教、神道や仏教まで融合させた隠密組織」
眼下では、二百五十名を超えるアニェーゼ部隊の圧倒的な数の暴力を前に、五十名にも満たない天草式の魔術師たちが、信じられないほどの絶妙な連携と立ち回りで防衛線を維持していた。
「なるほど、面白いな」
空は、彼らの特異な戦闘スタイルを視界に収め、思わず感嘆の声を漏らした。
天草式の魔術師たちは、一人一人の魔力出力や身体能力がずば抜けて高いわけではない。だが、彼らの動きには『無駄』が一切なかった。
空がこれまで解析してきた西洋魔術は、長々とした呪文を唱えるか、ルーンなどの陣を描くかして、発動までに必ず一つ以上の明確な『ステップ』を必要としていた。
しかし天草式は違う。
彼らはただ歩く、木刀を構える、呼吸をする、仲間とすれ違う。そんな『ごく当たり前の日常動作』から、不意に、そして無詠唱で魔術を発動させ、相手の死角を突いて撹乱しているのだ。
「……微かな身体の動きや武術の所作に意味を与えて、魔術発動の手順を極限まで省略しているのか……」
空の空洞化された演算領域が、彼らの術理を貪欲に分解・吸収していく。
そして、その解析結果は、空自身の抱える『最大の弱点』に対する、一つの革命的なブレイクスルーをもたらそうとしていた。
空の能力『疑似発現』の弱点。
それは、複数の能力や魔術を同時に並列展開した際、脳のキャパシティを限界突破してしまい、血管が破裂して血反吐を吐くという、致命的な自壊プロセスだ。
これまでの空は、例えるなら「別々の重いソフトウェアを四つ同時に立ち上げ、それぞれCPUをフル回転させて力任せに動かしている状態」だった。メインメモリが熱暴走を起こすのは当然の理である。
「だが……もし、天草式のように『日常の行動』と『演算』を紐づけ、処理をマクロ化して圧縮させることができたら?」
空の頭の中で、新しいアルゴリズムが猛烈な勢いで組み上がっていく。
天草式が武術の型で魔術を起動するように、空自身の肉体的なルーティン動作をトリガーにして、能力の演算を自動的にバックグラウンドで走らせるのだ。
「例えば……俺が常時展開している『肉体再生』と『痛覚遮断』」
これまで空は、戦闘中に脳の大部分を割いてこの二つの回復系能力をゼロから演算し続けていた。
これを個別の能力としてではなく、一つの『生存パッケージ』として束ねる。そして、その起動と維持のトリガーを、「自分の呼吸」や「心臓の鼓動」、「足裏が地面に触れる感触」といった無意識の身体活動に紐づけるのだ。
天草式が使う理論の応用。肉体の動きそのものを演算式の一部として代用することで、脳のメインメモリに負担をかけずに、自動でOSを回し続けることができる。
「これなら……」
空っぽの器に、天草式の術理という新たなOSアップデートがインストールされた瞬間だった。
「……ッ、危ねえ!」
自身の脳内で仮説の構築を終えた直後、空の視界が眼下の危機を捉えた。
ローマ正教の修道女の一人が、天草式の陣形の死角に回り込み、巨大な炎の魔術を背後から放とうとしていた。
空はコートの裏地から一本の百円ペンを引き抜き、たった今構築したばかりの『新しい演算アルゴリズム』を立ち上げた。
呼吸のリズムに合わせて『肉体再生』と『痛覚遮断』のパッケージをバックグラウンドに逃がす。空いた広大なメインメモリを使い、ペンの投擲動作そのものを演算式の一部に組み込んで能力を付与する。
『エミュレート——空間断裂、及び摩擦ゼロ』
シュッ、と。
指先から放たれたペンが、空中で炎の魔術を真っ二つに切り裂き、そのまま修道女の足元の地面に深々と突き刺さった。
「な、なんだ今の攻撃は!?」
見えない斬撃に魔法を消し飛ばされ、混乱するアニェーゼ部隊。天草式は誰が助けてくれたのか分からないまま、その一瞬の隙を突いて見事に陣形を立て直し、後退していく。
「……」
観覧車の上で、空は己の鼻元を指でそっと拭った。
鉄の匂いはしない。赤い液体も、付着していない。
「……ははっ。嘘だろ」
空の口から、驚愕と、それを上回る歓喜の笑みがこぼれた。
血が、出ていない。
これまでなら、防衛系能力を展開したまま攻撃系を多重展開すれば、確実に鼻血を出し、頭蓋骨の中で脳髄が軋むような頭痛に襲われていたはずだ。
それが今、天草式の術理を応用し、演算を圧縮・パッケージ化したことで、脳への負荷が劇的に、それこそ魔法のように軽減されていたのだ。
熱暴走は起きていない。まだ、他の能力を並列展開する余裕すらある。
「……最高のアップデートデータだ。お土産には十分すぎる」
自分の器が、まだ強くなれる。
親友の背中を、妹達の日常を、より完璧に守り抜くことができる。
空は、自らの『成長』に心底満足そうな笑みを浮かべると、音もなく鉄骨を蹴り、夜の闇へと滑空していった。