とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第七話:反復横跳び(モラトリアム)

翌日の放課後。

授業終了を告げるチャイムが鳴るや否や、四人は示し合わせたように教室を飛び出し、駅前のファミリーレストランへと向かっていた。

制服姿の高校生で賑わう店内は放課後らしく活気に満ちている。

窓際のいつものボックス席。

四人が座ると、店員は慣れた様子でドリンクバーのコップを人数分運んできた。

すっかり常連扱いである。

空は椅子へ深く腰掛けると、メロンソーダのストローをくわえたまま、小さく息を吐いた。

昨夜は暗部の仕事が長引いた。

倉庫街から帰宅した後も報告書を書き、ようやく眠れたのは明け方だった。

睡眠時間は二時間にも満たない。

目の下の隈は普段以上に濃く、今にも意識が途切れそうだった。

「……眠い。」

ぽつりと漏らした一言を聞き逃す者は、この席にはいない。

「あーっ!」

突然、青髪ピアスの悲鳴が店内へ響いた。

「カミやん! また俺のフライドポテト勝手に食ったやろ!」

指差す先では、上条当麻が何食わぬ顔でもぐもぐとポテトを咀嚼している。

「知らん。」

「口に入っとるやん!」

「これは俺の口へ偶然ワープしてきたポテトです。」

「そんな超能力みたいな言い訳あるか!」

「学園都市だからセーフ!」

「アウトや!」

机を叩いて立ち上がる青髪。

それを見て腹を抱えて笑う土御門。

ファミレスについてから五分もしないうちに、店内はいつもの騒ぎになっていた。

「空。」

土御門がドリンクバーのアイスコーヒーを片手に、向かい側から覗き込んでくる。

「お前さん、今日も隈がひどいぜよ。」

「そう?」

「昨日より三割増しだにゃー。」

土御門は笑っている。

しかし、その目だけは笑っていなかった。

「また”夜”のバイトかにゃー?」

何気ない口調。

他の二人なら冗談だと思う。

だが空には分かる。

これは確認だ。

昨夜、第十学区で起きた騒ぎを知っている人間の問い掛けだった。

空はメロンソーダをひと口飲み、少しだけ肩をすくめる。

「まぁね。」

「深夜のコンビニって意外と重労働なんだよ。」

「へぇ。」

土御門もそれ以上は聞かない。

聞けない。

暗部の仕事は、知れば知るほど命を縮める。

互いに余計な詮索をしない。

それが裏社会で生き残るための最低限の礼儀だった。

「おーい!」

上条がポテトを咥えたまま叫ぶ。

「お前ら二人で何こそこそしてんだよ!」

「青春相談だにゃー。」

「嘘つけ!」

「男同士には秘密があるんだぜよ。」

「だからその秘密を教えろって!」

「嫌だにゃー。」

「くっそ!」

上条は勢いよく身を乗り出す。

その視線は自然と空の皿へ向いた。

まだ半分以上残っているフライドポテト。

「瀬川、お前食わないなら一本――」

その瞬間だった。

 

 パシッ。

 

乾いた音が鳴る。

「いったぁ!?」

上条が手を押さえて飛び上がる。

空が割り箸で軽く手の甲を叩いたのだ。

「駄目。」

「なんでだよ!」

「俺のだから。」

「一本くらいいいだろ!」

「一本でも駄目。」

空は真顔のままポテトを自分の方へ引き寄せる。

「これは俺の場所だからね。」

「場所?」

「いや、ポテト。」

「紛らわしい言い方すんな!」

上条が頬を膨らませる。

青髪は笑い転げ、土御門だけが一瞬だけ空の横顔を見つめた。

 

 ――俺の場所。

 

それがポテトの話だけではないことくらい、土御門には分かる。

だから何も言わない。

ただアイスコーヒーを一口飲み、小さく笑うだけだった。

「ところで瀬川はん。」

青髪が突然身を乗り出した。

「昨日から気になっとるんやけど。」

「ん?」

「なんでメロンソーダ飲んどるのに、缶コーヒーも飲むん?」

「糖分補給。」

「十分補給できとるやろ!」

「違う違う。」

空は制服のポケットから極甘の缶コーヒーを取り出した。

「これは別腹。」

「飲み物に別腹あるん!?」

「あるよ。」

「ないやろ!」

「ある。」

「ない!」

「ある。」

「ない!」

「お前ら小学生か。」

上条が呆れたように割って入る。

「だったら上条さんが飲んで証明してやる。」

「やめた方がいいと思うけど。」

「甘いだけだろ?」

空から缶を受け取り、一口。

次の瞬間。

「…………。」

上条の動きが止まる。

「どう?」

「甘い。」

「うん。」

「甘いじゃねぇ。」

「うん。」

「砂糖を液体にしたのか?」

「近いね。」

「飲み物じゃねぇ!」

四人の笑い声が店内へ広がる。

近くの席の学生が何事かとこちらを見て、また自分たちの会話へ戻っていく。

窓の外では春の日差しが歩道を照らし、制服姿の学生たちが行き交っていた。

どこにでもある放課後。

どこにでもある高校生の日常。

空はその光景をぼんやり眺める。

昨夜、自分は血の匂いが染みついた倉庫にいた。

今は笑い声の中にいる。

この落差が、時折現実とは思えなくなる。

それでも。

上条が騒ぎ、青髪がくだらないことを言い、土御門が笑っている。

その空間の中に、自分もいる。

それだけで十分だった。

 

(……やっぱり。)

 

空は静かに缶コーヒーを握り直す。

 

(ここはいい。)

 

誰も自分へ何かを期待しない。

第八位だからでもない。

暗部だからでもない。

ただ、一緒に馬鹿をやる友達として扱ってくれる。

それが何より嬉しかった。

昼は笑い、夜は血を洗う。

そんな歪な生活を続けていることは、自分が一番よく分かっている。

いつか、このガラス細工のような日常は壊れるのかもしれない。

それでも今だけは。

この騒がしくて、くだらなくて、何より愛おしい時間を、空っぽの器へ一つでも多く詰め込んでいたかった。

誰にも気づかれないように微笑んだその表情は、作り笑いではなく、ほんの少しだけ本物の笑顔になっていた。

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