翌日の放課後。
授業終了を告げるチャイムが鳴るや否や、四人は示し合わせたように教室を飛び出し、駅前のファミリーレストランへと向かっていた。
制服姿の高校生で賑わう店内は放課後らしく活気に満ちている。
窓際のいつものボックス席。
四人が座ると、店員は慣れた様子でドリンクバーのコップを人数分運んできた。
すっかり常連扱いである。
空は椅子へ深く腰掛けると、メロンソーダのストローをくわえたまま、小さく息を吐いた。
昨夜は暗部の仕事が長引いた。
倉庫街から帰宅した後も報告書を書き、ようやく眠れたのは明け方だった。
睡眠時間は二時間にも満たない。
目の下の隈は普段以上に濃く、今にも意識が途切れそうだった。
「……眠い。」
ぽつりと漏らした一言を聞き逃す者は、この席にはいない。
「あーっ!」
突然、青髪ピアスの悲鳴が店内へ響いた。
「カミやん! また俺のフライドポテト勝手に食ったやろ!」
指差す先では、上条当麻が何食わぬ顔でもぐもぐとポテトを咀嚼している。
「知らん。」
「口に入っとるやん!」
「これは俺の口へ偶然ワープしてきたポテトです。」
「そんな超能力みたいな言い訳あるか!」
「学園都市だからセーフ!」
「アウトや!」
机を叩いて立ち上がる青髪。
それを見て腹を抱えて笑う土御門。
ファミレスについてから五分もしないうちに、店内はいつもの騒ぎになっていた。
「空。」
土御門がドリンクバーのアイスコーヒーを片手に、向かい側から覗き込んでくる。
「お前さん、今日も隈がひどいぜよ。」
「そう?」
「昨日より三割増しだにゃー。」
土御門は笑っている。
しかし、その目だけは笑っていなかった。
「また”夜”のバイトかにゃー?」
何気ない口調。
他の二人なら冗談だと思う。
だが空には分かる。
これは確認だ。
昨夜、第十学区で起きた騒ぎを知っている人間の問い掛けだった。
空はメロンソーダをひと口飲み、少しだけ肩をすくめる。
「まぁね。」
「深夜のコンビニって意外と重労働なんだよ。」
「へぇ。」
土御門もそれ以上は聞かない。
聞けない。
暗部の仕事は、知れば知るほど命を縮める。
互いに余計な詮索をしない。
それが裏社会で生き残るための最低限の礼儀だった。
「おーい!」
上条がポテトを咥えたまま叫ぶ。
「お前ら二人で何こそこそしてんだよ!」
「青春相談だにゃー。」
「嘘つけ!」
「男同士には秘密があるんだぜよ。」
「だからその秘密を教えろって!」
「嫌だにゃー。」
「くっそ!」
上条は勢いよく身を乗り出す。
その視線は自然と空の皿へ向いた。
まだ半分以上残っているフライドポテト。
「瀬川、お前食わないなら一本――」
その瞬間だった。
パシッ。
乾いた音が鳴る。
「いったぁ!?」
上条が手を押さえて飛び上がる。
空が割り箸で軽く手の甲を叩いたのだ。
「駄目。」
「なんでだよ!」
「俺のだから。」
「一本くらいいいだろ!」
「一本でも駄目。」
空は真顔のままポテトを自分の方へ引き寄せる。
「これは俺の場所だからね。」
「場所?」
「いや、ポテト。」
「紛らわしい言い方すんな!」
上条が頬を膨らませる。
青髪は笑い転げ、土御門だけが一瞬だけ空の横顔を見つめた。
――俺の場所。
それがポテトの話だけではないことくらい、土御門には分かる。
だから何も言わない。
ただアイスコーヒーを一口飲み、小さく笑うだけだった。
「ところで瀬川はん。」
青髪が突然身を乗り出した。
「昨日から気になっとるんやけど。」
「ん?」
「なんでメロンソーダ飲んどるのに、缶コーヒーも飲むん?」
「糖分補給。」
「十分補給できとるやろ!」
「違う違う。」
空は制服のポケットから極甘の缶コーヒーを取り出した。
「これは別腹。」
「飲み物に別腹あるん!?」
「あるよ。」
「ないやろ!」
「ある。」
「ない!」
「ある。」
「ない!」
「お前ら小学生か。」
上条が呆れたように割って入る。
「だったら上条さんが飲んで証明してやる。」
「やめた方がいいと思うけど。」
「甘いだけだろ?」
空から缶を受け取り、一口。
次の瞬間。
「…………。」
上条の動きが止まる。
「どう?」
「甘い。」
「うん。」
「甘いじゃねぇ。」
「うん。」
「砂糖を液体にしたのか?」
「近いね。」
「飲み物じゃねぇ!」
四人の笑い声が店内へ広がる。
近くの席の学生が何事かとこちらを見て、また自分たちの会話へ戻っていく。
窓の外では春の日差しが歩道を照らし、制服姿の学生たちが行き交っていた。
どこにでもある放課後。
どこにでもある高校生の日常。
空はその光景をぼんやり眺める。
昨夜、自分は血の匂いが染みついた倉庫にいた。
今は笑い声の中にいる。
この落差が、時折現実とは思えなくなる。
それでも。
上条が騒ぎ、青髪がくだらないことを言い、土御門が笑っている。
その空間の中に、自分もいる。
それだけで十分だった。
(……やっぱり。)
空は静かに缶コーヒーを握り直す。
(ここはいい。)
誰も自分へ何かを期待しない。
第八位だからでもない。
暗部だからでもない。
ただ、一緒に馬鹿をやる友達として扱ってくれる。
それが何より嬉しかった。
昼は笑い、夜は血を洗う。
そんな歪な生活を続けていることは、自分が一番よく分かっている。
いつか、このガラス細工のような日常は壊れるのかもしれない。
それでも今だけは。
この騒がしくて、くだらなくて、何より愛おしい時間を、空っぽの器へ一つでも多く詰め込んでいたかった。
誰にも気づかれないように微笑んだその表情は、作り笑いではなく、ほんの少しだけ本物の笑顔になっていた。