他の話は一話あたり2000字はあるように書いてますが、それゆえに字数が他の話と比べ少なくなっています。
七月中旬。
梅雨明けを目前に控えた学園都市は、照り返す日差しと蒸し暑い空気に包まれ、本格的な夏の訪れを感じさせていた。
昼休みを少し過ぎた頃、第七学区のいつものファミリーレストランでは、珍しい組み合わせの面々が一つのテーブルを囲んでいた。
瀬川空。
御坂美琴。
白井黒子。
初春飾利。
佐天涙子。
もっとも、空自身は「どうしてこうなったのだろう」と内心首を傾げていた。
事の発端は十分ほど前まで遡る。
常盤台での講師の仕事を終えた帰り道、偶然美琴たちと合流し、そのまま駅前まで歩いていたところへ佐天と初春が現れた。そして、「せっかくだからみんなでお茶しましょう!」という佐天の勢いに押し切られ、気がつけばこの席に座っていたのである。
「それでは!」
佐天が姿勢を正し、咳払いを一つ。
「早速、本題に入りたいと思います!」
「……本題?」
空が首を傾げると、佐天は探偵さながらに身を乗り出した。
「御坂さん! 白井さん!」
「はい?」
「はい、なんですの?」
「この人、誰ですか!」
店内が一瞬静まり返る。
空は思わず苦笑した。
「そういえば自己紹介してなかったね。」
口を開こうとした、その前だった。
「瀬川空。」
美琴がストローをくるくる回しながら答える。
「学園都市第8位の超能力者。」
「…………え?」
佐天の動きが止まる。
「…………ええええぇぇぇっ!?」
店内中へ響きそうな勢いで叫び、慌てて口を押さえた。
「れ、超能力者!?」
「う、うん。」
「御坂さん以外にも超能力者って普通にいるんですか!?」
「普通にはいないわよ。」
美琴は呆れたように肩をすくめる。
「今は八人しかいないんだから。」
「そんな人とお茶してる私って、もしかしてすごく運がいいんじゃ……!」
目を輝かせる佐天の様子に、初春が苦笑しながらスプーンを置いた。
「佐天さん。」
「はい?」
「話したかったことって、それじゃありませんでしたよね?」
「あ。」
一拍置いて。
「あーっ! そうでした!」
額へ手を当てる佐天に、その場の全員が思わず笑ってしまう。
「いやぁ、失敬失敬。」
「俺は時間あるから気にしなくていいよ。」
空が穏やかに笑うと、佐天は「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「じゃあ改めまして!」
今度こそ本題らしい。
「御坂さんと白井さんって、瀬川さんとどういう関係なんですか?」
「やけに仲良さそうでしたけど、お嬢様学校の常盤台と高校生って接点あります?」
「あなたが期待しているような関係ではありませんわ。」
黒子が即座に否定した。
「瀬川さんは常盤台へ能力開発の特別講師として来てくださっていますの。」
「先生?」
佐天がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「え、この人先生なんですか!?」
「高校生だけどね。」
空は苦笑しながら答える。
「能力の応用を少し教えてるだけだよ。」
「応用なんてもんじゃありませんよ。」
初春がにこりと笑う。
「先生が来てから実技の授業、すごく分かりやすくなったって白井さん言ってます。」
「初春。」
黒子が少し照れ臭そうに咳払いをする。
「余計なことは言わなくて結構ですの。」
「でも本当じゃないですか。」
「まぁ……事実ではありますけれど。」
黒子が小さく認めると、美琴も頷いた。
「そうね。瀬川さん、教えるの上手いわよ。たまに授業中ぼーっとしてるけど。」
「寝不足だからね。」
「否定しないんだ。」
「否定できないかな。」
昨夜も暗部の仕事が長引いた。
睡眠時間は三時間ほどだったはずだ。
空が苦笑すると、美琴も「ちゃんと寝なさいよ」と呆れたように笑う。
「じゃあ!」
佐天が再び勢いよく手を挙げる。
「私も教えてもらったら能力が伸びたりしますか!?」
「そんなに万能じゃないよ。」
空は首を横へ振った。
「でも、自分の能力の考え方を変えるきっかけくらいにはなれるかもしれない。」
「本当ですか!」
「期待しすぎは禁物だけどね。」
「よーし!」
佐天は拳を握る。
「その時はよろしくお願いします、先生!」
その無邪気な笑顔に、空も自然と笑みを返していた。
♢
それからもしばらく、話題は次々と変わっていった。
夏休み。
都市伝説。
新しくできたクレープ屋。
そして。
「最近、本当に忙しいんですの。」
黒子が大きくため息をついた。
目の前のパフェをつつきながら、心底疲れたように肩を落としている。
「風紀委員も人手不足ですし、連続爆破事件のせいで黒子の予定表は真っ黒ですの。」
「連続爆破……。」
空が静かに呟く。
「ニュースでもやってる
「そうなんですよ。」
初春も苦笑した。
「情報処理担当も毎日残業で……。」
「犯人は重力子を操る能力者だろうってところまでは分かってるんですけど、それ以上は全然。」
「手掛かりが少ないのよ。」
美琴も表情を曇らせる。
事件は既に複数件。
しかし犯人の姿を見た者はおらず、足取りも掴めていない。
空は缶コーヒーをゆっくり傾けた。
「みんな。」
四人が顔を上げる。
「事件が片付くまでは気を付けて。御坂さんと白井さんは大丈夫だと思うけど…初春さんと佐天さんは特にね。」
「はい。」
「ありがとうございます。」
二人が素直に頷く。
その笑顔を見て、空は少しだけ胸を撫で下ろした。
♢
夕方。
ファミレスを出た空は、一人で人気のない路地へ入る。
先ほどまでの柔らかな笑みは消えていた。
瞳から光が消える。
思考が冷たく切り替わる。
佐天の笑顔。
初春の笑顔。
美琴と黒子が当たり前のように笑い合う姿。
あの「日常」を脅かす存在を、空は見過ごすつもりはなかった。
携帯端末を起動する。
暗部専用の認証画面が表示されると同時に、統括理事会のデータベースへ接続した。
『直近一年間の重力子能力者一覧を表示。能力変動記録、違法薬物・能力補助装置の流通経路と照合』
機械音声が短く応答する。
数秒後。
一枚の顔写真が画面へ表示された。
少年。
介旅初矢。
能力レベルは本来ならレベル2。
しかし、直近の能力使用記録だけ異常な数値を示している。
「能力そのものが成長したわけじゃない。」
空は画面を見つめながら呟く。
「出力だけが不自然に底上げされている。」
薬物か。
あるいは外部補助装置。
何らかの”道具”が介在している可能性は高い。
このままでも風紀委員はいずれ犯人へ辿り着くだろう。
だが、追い詰められた犯人は予測不能な行動に出ることがある。
その矛先が、美琴たちへ向く可能性もゼロではない。
「……俺の仕事は。」
端末をポケットへしまう。
「彼女たちが、安全に事件を解決できるよう舞台を整えること。」
事件を奪うつもりはない。
功績も名誉も必要ない。
表の人間が表のまま笑っていられるよう、裏から盤面を整える。
それが掃除屋の役目だった。
空は人気のない路地を蹴り出す。
夏の夕暮れが夜へ溶け始める中、少年の姿は学園都市の闇へ静かに消えていった。