とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第七十七話:反乱の火種とグループの影(アウトブレイク・オブ・ダークネス)

十月九日。

学園都市の秋の空は、どんよりとした厚い鉛色の雲に覆われ、今にも冷たい雨が降り出しそうな不穏な気配を漂わせていた。

第七学区の外れに位置する、空と妹達の『家』である多層階の廃研究所。

その重厚な玄関の鉄扉の前で、黒いコートを羽織り、戦闘の準備を整える空を、五人の少女たちが不安げな表情で見送っていた。

「ソラ、今日は街の空気がとても不穏です。AIM拡散力場の乱れや、複数の武装集団の不自然な移動が各所で検知されています、とイチはセキュリティレベルを最大に引き上げつつ、詳細な報告を行います」

リーダーであるイチが、手元のタブレット端末を操作しながら硬い声で言った。

「マスター。この状況は明らかに異常です。特製の止血剤と神経興奮剤を致死量ギリギリまで配合したサプリを追加支給します、とニナは白衣のポケットから怪しい小瓶を大量に押し付けます」

「ボスのコートの裏地の防弾繊維、そして触媒の装填機構のメンテナンスは完璧ですが、それでもあの規模の抗争に巻き込まれれば……とシノは心配そうにボスの袖を握ります」

空は、次々と手渡される物騒なサプリメントや予備の触媒を苦笑しながらポケットに突っ込み、最後に、自分のコートの裾をきゅっと強く握りしめている末っ子の頭に手を置いた。

「お兄ちゃん、早く帰ってきてね。……絶対に、怪我しないでよ? とイツキは涙目で上目遣いになります」

「大丈夫だ。ちょっと街に散らかったゴミを掃除してくるだけだからな。俺がヘマするわけないだろ?」

空はいつもの虚ろさを孕んだニコニコとした笑顔を向け、イツキの頭を優しく撫でた。

「いいか。何があっても、絶対に外には出るなよ。戸締まりをしっかりして、おとなしくゲームでもして待ってろ」

「ソラさん、いってらっしゃい。温かい夕食を用意して待っています、とミトは祈るように手を握り合わせます」

家族たちの温かい見送りを受け、空は玄関の扉を開けた。

吹き込んでくる冷たい秋風と共に、空の顔から「優しい兄」の表情が完全に消え失せ、光を反射しない無機質な『掃除屋』の貌へと切り替わる。

最後に、極甘の缶コーヒーのプルタブを開け、暴力的な糖分を一気に脳へと流し込んだ。

 

(今日で、暗部に溜まっていた膿が全部弾ける。……俺の仕事は、その致死性の毒が、あいつらのいる表の日常に一滴も漏れ出さないようにすることだ)

 

空は空き缶をゴミ箱に投げ入れ、長く、そして血生臭い一日を始めるべく、灰色の空の下へと歩き出した。

 

♢

 

空が最初に訪れたのは、研究所からほど近い、第七学区のマンションの一室だった。

強引に鍵を開け、室内に足を踏み入れると、そこにはすでに先客がいた。

「遅いぞ、瀬川。お前さんも今日は、こっちのチームに組み込まれたんだろ?」

窓際に立ち、アロハシャツの上にジャンパーを羽織った土御門元春が、サングラスの奥でニヤリと笑う。

「勘違いするな。俺はあくまでフリーの掃除屋だ。お前ら『グループ』が派手に暴れた後の尻拭いをしろって、統括理事会から言われてるだけだ」

空はポケットに手を入れたまま、部屋の惨状——何者かに荒らされた跡を一瞥して冷たく言い放った。

「あら、今回ばかりは私たちは暴れるのを『阻止する側』よ」

毎度飽きずにいつもの格好をした結標淡希が、不機嫌そうに腕を組みながら口を挟む。

「……お前らはいつから正義の味方になったんだ?」

「ヘッ……柄でもねェ」

部屋の隅、影の落ちるソファに座っていたのは、第一位・一方通行だった。

彼は空の顔を見るなり忌々しげに舌打ちをし、目を逸らした。

暗部組織『グループ』。統括理事会に首輪をつけられた四人のバケモノたち。

だが、その四人のうち、一人の姿が見えなかった。

「エツァリ……海原はどこに行った?」

空の問いに、土御門が肩をすくめる。

「海原は、そこに転がってる奴とすり替わって、ここを襲撃した連中に混じって潜入したんだろう。あいつの能力なら造作もない」

土御門が指差した先には、拘束され、気絶している男が転がっていた。暗部組織『ブロック』の構成員だ。

「そうかい。じゃあ、何らかの手掛かりは残しているはずだな。探すぞ」

「テメェに言われなくてもやってンよ。さっさと手ェ動かせ、パクリガキ」

一方通行の悪態を無視し、空も室内を物色し始めた。

数分後、結標が見つけたマネーカード——学園都市内で流通している電子マネーのカードから、重要な情報が引き出された。

「狙撃の計画書だな。場所はここから近い、第七学区の野外コンサート場。標的は……統括理事会理事の一人、親船最中」

土御門が、マネーカード内蔵のICチップから抽出したデータを読み上げていく。

「おっと、まずいな。親船の演説公演が、もうすぐ始まりそうだ。連中、この混乱に乗じて理事の首を取る気か」

「結標ェ、座標移動(ムーブポイント)だァ。さっさと俺を飛ばせ」

一方通行が、面倒くさそうに立ち上がりながら指示を出す。

土御門と結標は、あまりにも短絡的で乱暴な解決策に動揺を見せたが、空は極めて冷静だった。

「なるほど。お前が直接乗り込んでぶち壊すってわけか。じゃあ、俺もついていった方がいいか?」

「……勝手にしやがれ。足手まといになったら、テメェごと吹き飛ばすぞ」

「じゃあ、勝手にさせてもらうよ」

直後、結標の能力によって野外コンサート場の近くへと転送された一方通行は、その足で真っ直ぐに会場付近の配電盤へと向かい、能力で容赦なくそれを破壊した。

凄まじい轟音と共に黒煙が立ち上り、講演会は強制的に中止となった。当然、標的である親船最中も避難し、狙撃計画は未然に、かつ物理的に防がれたのだ。

「相変わらず、無茶苦茶なやり方だな」

配電盤の爆発音を聞きつけ、野外コンサート場の警備員たちが騒ぎ始める中、空はコートの裏地からトランプを引き抜いた。

「一方通行、お前は土御門たちと合流しろ。ここは俺が誤魔化しておく」

「あァ」

一方通行は短く応え、足を引きずりながらその場を離脱する。

空はトランプに『空間断裂』と『発火能力』の残滓を付与し、配電盤の周囲の壁や地面にデタラメな破壊痕を刻み込んだ。第一位の『ベクトル操作』による破壊ではなく、ただのチンピラ能力者が暴発を起こした事故に見せかけるための偽装工作だ。

「これでよし……っと。さて、次はどこだ?」

空は警備員たちが駆けつける前に、路地裏の闇へと身を翻した。

 

♢

 

一方その頃。第十八学区の素粒子工学研究所へと向かう、四人の少女と一人の少年の姿があった。

暗部組織『アイテム』と、その下働きである無能力者の少年、浜面仕上だ。

「VIPが暗殺、ないし暗殺されかけたらどうなると思う?」

後部座席に座る第四位・麦野沈利が、不機嫌そうに尋ねる。

「え? そっか……警備体制に混乱が生じるのか」

頭の悪そうな声で、恐る恐る答える浜面。だが、その答えは麦野のお眼鏡に適ったようだった。

「そう。それが『スクール』の狙い。混乱に乗じて、何かデカいものを盗み出そうとしているのよ。親船の暗殺未遂騒ぎに乗じて、警備の手が薄くなったのはこの素粒子工学研究所だけ。つまり、『スクール』は確実にそこに現れる」

麦野の口元に、凶暴な笑みが浮かぶ。

『スクール』を迎え撃つべく、麦野はフレンダ、絹旗、滝壺、そして浜面を引き連れて、研究所の敷地内へと足を踏み入れようとする。

「さあ、いくわよ」

 

♢

 

野外コンサート場での後処理を終え、再び『グループ』と合流すべく移動していた空の暗部端末に、新たな情報がポップアップした。

『——『スクール』、第十八学区の素粒子工学研究所を強襲。『アイテム』と交戦および撃破し、「ピンセット」の強奪に成功。また、別動の暗部組織『メンバー』が本格的な行動を開始』

 

(……チッ。第二位の垣根帝督が、ついにピンセットを手に入れたか。……嫌な予感がする)

 

空は、舌打ちをしながら足を止めた。

垣根帝督が欲してやまないのは、アレイスターへの交渉権。それに繋がるピンセットを奪われたとなれば、事態は一気に加速する。

不安を覚えながらも、土御門ら『グループ』本隊から新たな指示や情報がない以上、今空にできることは、これ以上戦火が拡大しないよう他組織を牽制し、潰していくことだけだ。

 

(目下、『スクール』が一番の脅威だが……俺一人では、あの第二位はどうしようもできない。第四位が率いる『アイテム』は手負いになった以上、さほど勘案に入れなくてもいいし、『ブロック』はエツァリの動きを待つべき。となると……俺が単独で対処すべきは、『メンバー』だな)

 

空は端末を閉じ、心当たりのある『メンバー』の構成員が潜伏していそうな場所——第二十二学区のリゾート施設群へと歩を向けた。

タクシーを捕まえ、地下深くへと広がる施設へ向かう道中、空はターゲットについて思考を巡らせる。

馬場芳郎。『メンバー』の一員であり、情報収集と遠隔操作ロボットを使った工作を得意とする男。

彼は極度の人間不信であり、たとえ仲間であっても信用せず、常に自分一人だけは安全な場所に潜むことを好む臆病者だ。

今までは自慢のロボットに守られた堅牢なシェルターであればどこでも良かったようだが、先日の大覇星祭での一件——御坂美琴と衝突したことがきっかけで、絶対的に安全な場所を病的なまでに求めるようになったらしい。

 

(今の馬場にとって、外部からの干渉を完全にシャットアウトできる最適な場所は……第二十二学区の地下、完全密閉型の『避暑地』だろうな)

 

馬場は『メンバー』内では参謀や指揮官的な役回りを担っている。つまり、彼を潰せば組織全体の連携を大きく乱すことができるのだ。

「さて、どう潰したものか」

馬場らしく、「避暑地」にはハッキング防止のファイアウォールや、物理的な防衛トラップなど、かなりのセキュリティを仕込んでいるはずだ。正面突破を図れば、無駄に体力と脳の演算領域を消耗しかねない。

その時、空の脳裏に一つのアイデアが閃いた。

「避暑地」は地下の奥深くにある。ならば、物理的な破壊ではなく、環境そのものを利用して『水攻め』にしてしまえばいい。

脱出を阻害するために、ドアのロック機能だけをハックして固定し、あとは上層から水を流し込めば、電子機器に囲まれた馬場は簡単に機能不全に陥るはずだ。

「そうと決まれば早い」

空は目的の「避暑地」へと繋がる地下通路の階段の上で、周囲に人がいないことを確認すると、コートの裏地からトランプを引き抜いた。

『エミュレート——空間断裂』

シュッ、と音もなく壁の一部が切り取られ、内部の配線が剥き出しになる。

『エミュレート——微弱電流操作』

空は配線を掴み、美琴の能力の劣化コピーで微弱な電気信号を送り込み、シェルターのロック機能をハックして強制的に施錠した。

そして、その真上を通っている巨大な水道管を、ビー玉による『念動力』の衝撃でピンポイントに破壊する。

ゴォォォォォォッ!!

破裂した水道管から大量の水が噴き出し、階段を滝のように流れ落ちて、ロックされたシェルターの扉の隙間から内部へと勢いよく浸水していく。

「これでよし……っと。ありゃ?」

順調に水が流れ込んでいくのを確認し、踵を返そうとした空の端末が、ピリリと短く鳴った。

『——『メンバー』の博士、第二位により殺害。同じく『メンバー』の査楽、第一位により殺害』

「……無駄骨だったか。まあ、馬場はあのまま水浸しのシェルターで溺れかけてればいいさ」

空は肩をすくめ、水浸しになった通路を後にした。

「とりあえず、最初の脱落者は『メンバー』か……」

 

♢

 

第十一学区の外周部。

学園都市の境界線に位置するこの場所では、暗部組織『ブロック』が、都市外部から五千人もの完全武装した傭兵を引き入れ、一気にクーデターを起こそうと企てていた。

だが、その計画はすでに内部から破綻しつつあった。

アステカの魔術により『ブロック』のメンバーと顔をすり替わって潜入していた海原光貴ことエツァリが、ついに行動を開始したのだ。

ズガァァァァァァンッ!!!

エツァリが振るった『トラウィスカルパンテクウトリの槍』が、巨大な立体駐車場を根元から破壊した。凄まじい轟音と粉塵が舞い上がり、この異常事態に、ようやく学園都市の警備員たちが異変を悟って集結し始める。

「クッソ、もう少しだけ俺の『掃除』が間に合えば、こんな派手な真似はさせなかったんだが……! まあ、エツァリのやつもそこまで馬鹿じゃない。きっとやむにやまれぬ理由があったんだろう」

空は、舞い上がる砂埃を遠目に眺めながら、現場へと向かって砲弾のように走っていた。

その空の頭上を、巨大な黒い影が通過していく。

バリバリバリバリッ! という鼓膜を劈くようなローター音。

『HsAFH-11』。通称・六枚羽と呼ばれる、学園都市の最新鋭無人攻撃ヘリコプターだ。エツァリの陽動によって警備員により投入された凶悪な兵器。

「いくら人があまりいない外周部とはいえ、だいぶ音が鳴るぞ……!」

六枚羽の圧倒的な暴力——機関砲とミサイルの雨が、なす術のない傭兵たちをミンチに変えていく。血の雨が降り注ぐ中、空はその戦闘の背後へと回り込み、『念動力』と『空間断裂』を多重展開した。

「表の人間たちに、この血生臭いドンパチの音も光も、一ミリだって届かせるわけにはいかないからなッ!」

空の瞳から血の涙が滲む。

空は戦闘の余波である爆発音や閃光を、幾重にも張り巡らせた特殊な遮音・遮光結界で完全に遮断し、さらに流れ弾が周囲のインフラ設備へ直撃するのをミリ単位のベクトル操作で防ぎ続けた。

脳が焼き切れるような痛みに耐えながら、彼は見えざる盾として機能し続けた。

数十分後。六枚羽による蹂躙が終わり、ようやく一方通行ら『グループ』の面々と合流が適った時には、空はすでに満身創痍だった。

「ゲホッ……。五千人の傭兵の侵入は流石に食い止めたが、百人近くの傭兵と『ブロック』の構成員、数人取り逃したか」

空が、口元の血を拭いながら状況の整理も兼ねて呟く。

「ああ。今からその行き先を突き止めるわけだ」

土御門が、学校では決して見せないような、氷のように冷徹な目を捕虜に向けながら応えた。

「質問だ。『ブロック』はどこに向かった?」

土御門の尋問に対し、両腕を折られた捕虜は脂汗を流しながら答えた。

「……第十学区にある少年院だ」

「ッ! 何でそんなとこ襲撃するのよ!」

結標淡希が、信じられないというように声を荒らげる。

「……俺たちの標的は、座標移動(ムーブポイント)だ」

「なるほど、案内人との交渉材料か」

捕虜がやけに素直に自白したものだと思いながら空は聞いていたが、薄々勘付いていた予想を補強する答えが返ってきたので、つい口を挟んでしまった。

「そう。その案内人から、窓の無いビルの物資搬入路に入る方法を聞き出し、中から多層同期爆弾で吹き飛ばすのが目的だ」

「あらそう。あなた、目の前にいるのが誰だか分かってる?」

そう結標が冷酷に言い放つと、彼女は空間移動させた鉄串で、捕虜の身体を容赦なく滅多刺しにした。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」

血しぶきが舞い、捕虜は絶命する。

「……行くぞ。仕事だ」

土御門は、冷徹な目をしたまま『グループ』の全員、そして空に告げた。

空は、黙って頷いた。

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