とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第七十九話:アイテムの崩壊と最弱の意地(フォール・オブ・アイテム)

暗部大戦の火の手は、学園都市のあちこちで同時に上がり、収拾のつかない混沌を生み出していた。

第三学区の裏路地に位置する、ひっそりとした高級個室サロン。暗部組織『アイテム』が拠点として使用していたその場所は、第二位・垣根帝督が振るう未元物質(ダークマター)の圧倒的な暴力によって無惨に破壊され、見る影もない瓦礫の山と化していた。

崩落した天井と、ひしゃげたシャンデリアの残骸の中で、現場の確認に来た空は佇んでいた。

「十中八九、麦野は逃亡。そして誰かしらを使って滝壺を手元に戻そうとしていると見た」

空は自身の経験則から一つの仮説を導く。

「…あの無能力者じゃねぇだろうな」

空の脳裏に浮かぶ麦野の手駒候補。その中でも気にかかるのが一人いた。この前見た、怯えつつも確かな生への情動を抱く少年。

「チッ、仕方がねぇ。確認に行くか」

誰に見られるとなく、空は嫌々を装いながら探索へ向かう。

滝壺はすぐに見つかった。

線路の上を通る歩道。懸念した通りあの少年、浜面が抱き抱えていた。しかし、それは麦野に明け渡そうなどというものではないことは明らかだった。

空もよく知る人物、黄泉川先生が浜面の前にいたのだ。

どうやら滝壺の保護をお願いしているらしい。その時だった。

「ブチ殺す……。絶対に、あの第二位の野郎……ッ!」

完全に暴走状態に陥っていた第四位の超能力者・麦野沈利は何かモノを引きづりながら道に上がってきたのだった。

彼女の美しい顔は狂気と疲労で醜く歪み、どこか人間離れした雰囲気すら感じさせる。彼女の足元には、裏切り者であると断定し、自らの手で容赦なく粛清したフレンダ=セイヴェルンの遺体が、上半身と下半身を無惨に切断されて転がっていた。垣根に拷問され、拠点の情報を売り渡したフレンダを、麦野は許せなかったのだ。

「浜面ぁ、早く滝壺を渡してくんねぇかなぁ。滝壺がいたら第二位なんて余裕で引き潰せるんだよ」

垣根への狂気的な復讐心に完全に囚われた彼女は、仲間の命をすり潰してでも第二位の首を取ることしか考えていなかった。

その地獄のような狂気の光景を瀬川空は、少し離れた廃ビルの屋上から、感情の抜け落ちた虚ろな瞳で見下ろしていた。

 

(……どうする? 俺がここで、麦野を止めるか?)

 

空はコートの裏地に手を入れ、シノが調整したチタン合金芯のペンに指を這わせた。

しかし手はすぐに出した。

黄泉川先生に半ば押し付けるように滝壺を預けた浜面が麦野と向かい合ったのだ。

不良のようなだらしないジャージ姿。膝をガクガクと震わせ、恐怖に顔を引き攣らせながらも、その両腕を広げて滝壺を庇うように立ち塞がる。

「体晶(これ)が無きゃ、お前は滝壺に能力を使わせることはできねぇんだよなぁ!」

浜面は、麦野に見せつけるように体晶が入ったケースを高く掲げて叫んだ。

学園都市の頂点に君臨する第四位の超能力者に対し、何の異能も持たないただの無力な少年が、真っ向から挑みかかったのだ。

「……無能力者が、レベル5に挑む、か。上条みたいな大馬鹿野郎が、ここにもいたんだな」

空は、目を見開く。

「浜面ぁ……。お前、自分が何したか分かってんの? ぶ・ち・こ・ろ・し、確定ね」

完全に正気を失った麦野の顔に、悍ましい笑みが張り付く。緑白い光線が乱れ飛び、浜面を殺すべく瓦礫の山を溶かしていく。

浜面は体晶を握りしめたまま、必死の形相で逃げていく。電車の上、駅前広場、ビルの屋上。そして最後に無人研究所の奥へと逃げ込んだ。

空は、静かにその戦いを見守ることにした。

浜面仕上の行動は、暗部の計算式には絶対に存在しない、あり得ない『イレギュラー』だ。無能力者がレベル5に勝てる道理など、学園都市のどこにも存在しない。

だが、あの少年は自分の意志で、自分の命を懸けて滝壺を救うために走り出した。

ここで空が介入して麦野を倒してしまえば、彼が自分の力と意志で大切なものを救い出す、その絶対的な『意味』が失われてしまう。

「俺は手を出さない。……だが、お前らが無事に逃げ切れるように、舞台の整備くらいはしてやるよ」

空はビルの屋上に座り込み、指先でビー玉を弾き続けた。

浜面が逃げ込んだ研究施設の周囲に『念動力』と『空間断裂』のベクトルを密かに張り巡らせ、麦野の放つ原子崩しの光線が、致命的な建物の崩落を招かないように。あるいは、浜面の逃走ルートの足場が完全に崩れ落ちてしまわないように。

見えない糸で、少年が奇跡を起こすための最低限の土台を支え続けた。

無人の研究施設に逃れ込んだ浜面は、努力虚しく、ついに麦野に追い詰められた。

鼓膜にドライバーを押し当てられ、麦野が少しでも力を入れたら脳髄を貫かれるという絶望的な状況。第四位の圧倒的な暴力の前に、無能力者の少年はただ無惨に踏みにじられるだけだと思われた。

だが、この絶望的な状況になってもなお、浜面の目は決して諦めていなかった。

彼はポケットに入った体晶の容器を使い、麦野の油断を突いて、その右目を容赦なく潰したのだ。

「ギャアアアアアアッ!?」

右目を潰され、血と激痛に狂乱した麦野が浜面に馬乗りになり、原子崩しで彼を貫こうとする。だが浜面は、事前に隠し持っていた拳銃を引き抜き、麦野の至近距離から鉛玉を浴びせた。

「ガ、はァッ……!」

麦野は血を吐き、一時的にその場に倒れ伏した。

しかし、超能力者随一の基礎身体能力と、復讐に燃える屈指の狂気は、それでも彼女の歩みを止めなかった。

ゾンビのように起き上がり、残った片目で浜面を睨みつけ、原子崩しを放とうとする麦野。

その瞬間。

浜面仕上は、あの右拳で理不尽をぶち壊す親友を彷彿とさせるような、魂からの咆哮と共に、麦野の顔面に渾身のストレートを叩き込んだ。

「おおおおおおおォォォォォォォォォッ!!!」

鈍い音が響き、第四位の超能力者・麦野沈利は、完全に意識を刈り取られ、床へと崩れ落ちた。

浜面の決死の機転と、泥臭いまでの生への執念が、絶対的なレベル5の狂気を打ち破ったのだ。

「……いい意地だったぜ、浜面」

第四位を真の意味での無能力者が単独で撃破するという、学園都市の歴史上あり得ない奇跡を見届けた空は、遠くの屋上から小さく笑みをこぼした。

「3番目の脱落者は『アイテム』か。……大金星だな、無能力者」

だが、余韻に浸って休む暇など、暗部の掃除屋には一秒たりとも与えられていなかった。

ポケットの暗部専用端末が、無機質で、これまでで最も最悪の警告音を鳴らした。

『——第二位・垣根帝督、ピンセットのデータ解析により、目的に不十分だと判断。次なる手段として、風紀委員(ジャッジメント)が保護する打ち止め(ラストオーダー)を攫い、第一位・一方通行との直接交戦を図る』

「……ッ!! 風紀委員だと!?」

空の表情が、一瞬にして凍りついた。

打ち止めが風紀委員に保護されている。そして、垣根がそれを攫いに向かっている。

空の脳裏に、五人の妹達の穏やかな寝顔がフラッシュバックした。

「ふざけるな……ッ!」

空は弾かれたように立ち上がり、第七学区の市街地へと、全速力で空間移動の演算を立ち上げた。

 

♢

 

「ガハッ……! クソッ、急げ……間に合えッ!」

第七学区の市街地へと、連続で空間移動を繰り返しながら、空は口からこぼれる血を拭うこともせず、血に濡れた指で携帯端末を操作し、土御門元春の回線に強引に割り込んだ。

『どうした、瀬川? もう仕事は終わっただろ。こっちは今、別の件で……』

「土御門、今すぐ一方通行と回線を繋いでくれ。できるだけ早くだ! 一秒も惜しい!」

『なっ……? わ、分かった。そこまで焦るなんてよほどの事なんだろ。ちょっと待ってろ』

土御門は、空の血気迫る、異常なまでの勢いにただならぬものを感じ、すぐに応じた。数秒のノイズの後、回線が切り替わる。

『——あァ? どこの死に損ないだ。俺は今忙しいンだよ。今すぐその首ねじ切ってやろうか』

スピーカーから響いたのは、ドス黒い殺意に満ちた、第一位・一方通行の苛立った声だった。

野外コンサート場での親船暗殺未遂の後処理や、ブロックの残党狩りなど、面倒な仕事が立て続けに入って気が立っているのだろう。

「俺だ。第8位の瀬川だ」

空は、連続空間移動の負荷で脳細胞が焼け焦げるのを感じながら、バックグラウンドで『肉体再生』を全開にして風を切り裂き、ビルを飛び越えていく。

『……パクリ野郎か。テメェにかまってる暇はねェ。切るぞ』

「今、第2位の垣根帝督が、打ち止めを引っ張り出すための『人質』を痛めつけてる」

『……なんだと?』

一方通行の不機嫌な息遣いが、その一言でピタリと止まった。

電話越しに伝わってくる、絶対零度の静寂。

「場所は第七学区の駅前通りだ。俺が今から行って時間を稼ぐ。……だが、相手は未元物質だ。俺の能力じゃ、長くは持たない。おそらく勝てない」

空は、己の『空っぽな器』の限界を、あの地下施設での一撃で誰よりも痛感し、理解していた。

まともにやり合えば、自分がミンチにされるのは時間の問題だ。

「俺が死ぬ前に、早く来い。……打ち止めを守りたいのは、お前だけじゃないんだよ」

 

♢

 

通信を一方的に切り、空は目的の交差点を見晴らせるビルの上へと、最後の空間移動で降り立った。

眼下の路上を見た瞬間、空の視界が怒りで真っ赤に染まった。

「ッ! 風紀委員って、初春さんのことかよ……!」

路上で、垣根帝督によって無惨にアスファルトに足蹴にされている人物。

それは、よく知った、風紀委員の腕章をつけ、頭に花飾りを乗せた少女——初春飾利だった。彼女の能力は戦闘においては完全に無力だ。だが、彼女は持ち前の正義感と、美琴や佐天たちにも通じる心優しい強さで、打ち止めを庇って垣根の前に立ち塞がったのだろう。

垣根帝督は、一方通行をおびき出すためだけに、抵抗すらできない初春を容赦なく踏みつけ、痛めつけていた。

「打ち止めはどこだァ? 教えればてめぇは解放してやる。……教えねぇって言うなら、ここでお別れだ」

垣根の純白の翼が、冷酷な刃となって初春の首に振り下ろされようとした、その時。

「させねェよッ!!」

空はビルの屋上から、コートの裏地に隠し持っていたタングステン内蔵のビー玉を数個、指の間に挟んで一斉に弾き出した。

『エミュレート——摩擦ゼロ、念動力、及び空間断裂!』

音もなく、光の反射すら置き去りにして迫る不可視の狙撃。

「チッ……!」

垣根の背中から純白の翼が瞬時に展開され、ビー玉の直撃を強引に弾き飛ばす。

だが、そのビー玉に込められた莫大な運動エネルギーの衝撃で、垣根の体勢がわずかに浮き、初春から距離が離れた。

その一瞬の隙を突き、空は滑り込むように初春の元へ着地し、彼女の血だらけになった細い体をそっと抱き起こした。

「瀬川、さん……?」

かなり痛めつけられ、意識が朦朧としている初春が、腫れた虚ろな目で見上げてくる。

「よく耐えたな、初春さん。アンタは立派な風紀委員だ。もう大丈夫だ。ここは俺がやるから、少しでも遠くへ逃げてくれ」

空は初春をそっと背後に庇い、ゆっくりと立ち上がって、第二位のバケモノを睨み据えた。

「ああ? 誰かと思えば、パクリ野郎じゃないか。……もしかしてご忠告通り、俺に喧嘩を売って、わざわざ死にに来たのか?」

垣根が純白の翼を優雅に羽ばたかせ、見下すように笑う。

空は何も答えず、コートの裏地からありったけのトランプを引き抜き、自分と垣根、そして背後の初春を囲い込むように空中にばら撒いた。

『エミュレート——絶対防壁(イージス)』。

かつて御使堕しの際、大天使の衝撃波を防ぎ切った、空が持つ中で最高硬度の防御術。

通常、外からの攻撃を防ぐために用いるこの結界を、空はあえて『内側から外へ被害を出さないための巨大なドーム』として展開した。

周囲のビル群や、逃げる初春たち一般人を、これから始まるレベル5同士の『致死の余波』から守り抜くために。

「超能力者最弱とまで言われるてめぇの残りカスみたいな能力で、俺の未元物質からどこまで生き残れるかな?」

垣根の翼から、この世の物理法則に存在しない、未知の光の波濤が放たれた。

触れれば最後、人間の細胞レベルで分解される致死の光。

「今回ばかりは、守りだけじゃないからな。……逆にお前が、この街の泥水に這いつくばるかもしれねぇぞ」

空はチタン合金のペンを引き抜き、空中で『空力使い』の暴風と『念動力』の壁を多重展開して迎撃する。

科学の法則に従う壁と、科学の法則を無視する未元物質が激突し、結界の内部で凄まじい衝撃波が荒れ狂う。

空の放つ『擬似超電磁砲』や、空間そのものを削り取る『空間断裂』のラッシュが、垣根の翼を削ろうと猛攻を仕掛ける。

だが——。

「なるほどな。お前、思ってたよりも意外とやるじゃねぇか。……その理由は、この周りにある、意味分からねぇ結界の構造と、根っこは同じか?」

垣根は、空の死に物狂いの猛攻を無傷で防ぎきりながら、嘲るように口角を上げた。

「な……ッ!」

空の顔が強張る。

「おお、ビンゴか。俺が気づかないとでも思ったか? この前の地下施設で『一般人に手を出すな』とか偉そうに宣ってたお前が、この市街地のど真ん中で、まるで周りのことを気にしていないようにド派手な攻撃を仕掛けてくる。……そりゃあ、誰でも不自然に思うぜ」

垣根の鋭い観察眼が、空の能力の『本質』を的確に見抜いていた。

初歩的なミスだ。普段の空は、己の能力の手の内を見せないように、細心の注意を払って戦闘の偽装工作を行う。しかし今は、初春を守り、打ち止めを守るため、そんな余裕など空には一ミリも残されていなかった。

「てめぇの能力の真髄は『他人の能力のコピー』じゃねぇ。他人の能力の残滓を、同時に複数展開する『並列処理(マルチタスク)』ってところか? だからこそ、本来あり得ない法則の組み合わせが成立する。……面白い。だが」

垣根の背中の白い翼が、一枚の巨大で鋭利な槍のように変化する。

「だがな、第八位。空っぽの器に、どれだけ他人のガラクタを詰め込んでも、所詮は『既存のルールの枠内』だ! 忘れたとは言わせねぇぜ? 俺の未元物質(ダークマター)に、常識は通用しねぇ」

ズドォォォォンッ!!

未元物質の極太の光線が、空が命懸けで構築した多重防壁を、いとも容易く、まるで紙を貫くように透過・貫通した。

「ガ、ァァッ……!!」

防御ごと吹き飛ばされた空は、自身が展開した結界の内壁に激しく叩きつけられ、口から大量の血を吐き出した。

『肉体再生』をフル回転させていても、未元物質がもたらす未知のベクトルのダメージは、細胞の修復プロセスを根本から阻害し、遅らせる。肋骨が数本折れ、内臓が焼け焦げたような激痛が走る。

 

(……クソッ。本当に、デタラメな能力だ……)

 

空は血に濡れたアスファルトに手をつき、荒い息を吐きながら、絶望的な戦力差を前にして——しかし、一縷の望みに気づき、不敵に嗤った。

 

(やつの言う『常識』は、あくまで学園都市における『科学の常識』に過ぎないんじゃないか?)

 

空の空洞化された脳内で、冷徹なエラーチェッカーのロジックが組み上がる。

 

(未元物質がこの世に存在しない素粒子で、科学のベクトルを無視するなら。……初めからこの世の法則を捻じ曲げる『魔術の常識』なら、ヤツにも通用する可能性がある……!)

 

空は、懐からシノが作ってくれたチタン合金芯のペンを、血まみれの手で逆手に握りしめた。

 

(懸念材料は、学園都市全域を襲った二度の大魔術……『御使堕し(エンゼルフォール)』と、九月三十日のアレ。あれを経験したことで、第二位もある程度、無意識に魔術への耐性や耐性をルールの内に組み込んでいる可能性はある……。だが、やる価値はある)

 

空の瞳から、人間らしい光が完全に消え去り、漆黒の空洞が広がる。

演算領域の最も深い奥底に封印していた、絶対に使いたくなかった『異界の法則』が強引に引きずり出される。

『エミュレート——座標指定・爆破陣(ルーン・テレポート)!』

空の握るペンが、科学の光とは全く異なる、異常で冒涜的な魔力の光を帯びて赤黒く発光し始めた。

「……あァ? なんだ、その妙なエネルギーは……」

垣根が訝しげに眉をひそめた、その瞬間。

垣根を取り囲むように、アスファルトの四方から、物理法則を無視した巨大な『業火』が立ち現れた。

「だから、俺の未元物質にそんな既存の攻撃は効かねぇって何度も……!」

垣根が翼で炎を弾き飛ばそうとした、その時。

バキィィィンッ!!

「なっ……!? 嘘だろ、俺の未元物質が……削られた……!?」

垣根が驚愕に目を見開く。

この世のあらゆる法則を書き換え、防御すら許さないはずの垣根の神の翼が、未知の常識の炎の前に、初めて物理的なダメージを受け、その一部が焼け焦げて消失したのだ。

絶対防壁に、ほんの一瞬、僅かな『道』が開けた。

空はその隙を絶対に見逃さなかった。

血を吐きながら、かつて大天使との死闘で神裂火織から読み取った『聖人』の超人的な体術のステップをエミュレートし、音速を超えて垣根の懐へと肉薄する。

科学のベクトル操作と、魔術のルーン。二つの相反する理を強引に掛け合わせた、変幻自在の猛攻。

「チィッ! ナメた真似を……ッ!」

垣根もついに本気になり、表情を夜叉のように歪め、無数の未元物質の刃を全方位から空へと放つ。

激しい光の乱舞。結界内が白夜のように染まる。

だが、空の肉体の限界は、もう間近に迫っていた。

ただでさえ負荷の高い超能力者が、魔術を行使することによる強烈な『自壊反応』。そして、未元物質の圧倒的な出力を相殺し続けるための、超絶な脳のオーバーヒート。

空の両目から真っ赤な血の涙が噴き出し、耳の奥で両の鼓膜が同時に弾け飛ぶ音がした。

空洞化された脳細胞が、一つ、また一つと、ショートして確実に死滅していくのがわかる。

「ガハッ……! ゴホッ、アァァァァ……ッ!」

ついに空の足がもつれ、バランスを崩してアスファルトにドサリと両膝をついた。

「ハハッ、自滅か。未元物質を削るなんて面白ェ手品だったが、所詮は他人の力を借りるだけの偽物だな。……死ね、第8位」

垣根の純白の翼が、絶対的な死のギロチンとなって、空の首を刎ねようと無慈悲に振り下ろされた。

——その時だった。

ドゴォォォォォォォォォンッ!!!

空が展開していた『絶対防壁』の分厚い結界が、内側からではなく、外側からの凄まじい暴力的なベクトルによって、粉々に粉砕された。

舞い上がる土煙と、ひび割れる空間。

そして、その破壊の跡から、赤い瞳を底知れぬ怒りに燃え上がらせた『白い悪魔』が、静かに、ゆっくりと姿を現した。

「……こんなつまらねェ三下以下の四下相手に手こずって苦戦するなんて。テメェ、第二位の肩書きを返上した方がいいんじゃねェか? あァ?」

学園都市第一位、一方通行。

彼は、血まみれで倒れ伏す空を一瞥し、忌々しげに「チッ」と舌打ちをした後、その殺意のすべてを、自分から日常を奪おうとする第二位・垣根帝督へと向けた。

「遅せェぞ、バカヤロウ……。死ぬかと思ったぜ……」

空は血まみれの口元を歪め、ふらつく足で立ち上がると、そのまま一歩、また一歩と後退し、結界の端へと向かった。

「……俺の裏方の時間は、ここまでだ。ここからは、テメェらバケモノ同士の時間だろ」

空は、残された最後の気力と、焼き切れそうな脳髄のすべてを振り絞り、一方通行に砕かれた結界の残骸を、もう一度編み直し始めた。

ベクトルを反転させる。

これからの二人の、学園都市の勢力図を塗り替える死闘の余波が、外の世界の『日常』——初春や、一般人のいる世界へ一切漏れ出さないようにするための、『絶対防衛線』へとシフトする。

「あとは任せたぜ……第一位。絶対に、守り抜けよ」

血反吐を吐きながら、瀬川空は裏方の定位置へと下がり、学園都市の歴史に刻まれる怪獣たちの決戦を、その身を盾にして封じ込め始めた。

暗部大戦のクライマックスが、ついに幕を開けたのだ。

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