数日後。
連続爆破事件――
ニュースでは「愉快犯による犯行」と報じられ、風紀委員や警備員の巡回はこれまで以上に強化されている。
だが、それでも爆発は止まらない。
学園都市の表側では、正体不明の能力者による無差別事件として扱われていたが、裏側では既に犯人の候補は一人にまで絞られていた。
深夜。
人気のない高架下。
街灯の白い光だけがコンクリートを照らす中、空は携帯端末へ次々と流れ込む情報を無言で眺めていた。
暗部専用回線。
統括理事会直轄データベース。
通常なら閲覧権限すら与えられない情報が、彼の端末には当然のように表示されていく。
「介旅初矢。」
画面に映る少年の顔写真を見つめながら、小さく呟く。
「風紀委員に助けてもらえなかったことを逆恨みし、自分の能力で報復を始めた……。」
能力は
本来なら、ここまで大規模な爆発を起こせる能力ではない。
しかし、現在観測されている出力は
能力の成長だけで説明できる数値ではなかった。
「……やっぱり。」
空は次の資料を開く。
そこには暗部が収集した違法ネットワークの通信記録が並んでいた。
都市伝説。
『
音楽ファイルを聴くだけで能力が向上するという、真偽不明の噂。
その利用者リストの中に、介旅初矢の名前がある。
「能力の底上げ。しかも、一時的なブーストじゃない。」
端末を数回操作する。
今度は街中の防犯カメラ映像が映し出された。
介旅がホームセンターで大量のアルミ製スプーンを購入している。
スーパー。
百円ショップ。
コンビニ。
場所を変えながら少しずつ買い集めているが、暗部の情報網から逃れられるほど甘くはない。
「アルミスプーン。媒体としては十分。」
さらに画面を拡大する。
風紀委員支部。
巡回ルート。
爆破発生地点。
すべてを重ね合わせる。
点と点が一本の線として繋がった。
「……そういうことか。」
空は小さく息を吐く。
「巡回中の風紀委員を狙ってるんじゃない。支部そのものを同時に狙うつもりだ。」
複数地点への同時爆破。
風紀委員の戦力を分散させ、都市全体を混乱へ陥れる。
もし計画通りに実行されれば、爆発は一件では済まない。
一般人も巻き込まれる。
初春。
佐天。
美琴。
白井。
あの日ファミレスで笑っていた少女たちの日常も、例外ではない。
空は静かに端末を閉じた。
「……裏の掃除は俺の仕事だ。」
♢
深夜一時。
第七学区。
人気のない公園。
ブランコの支柱へしゃがみ込み、空は地面へ置かれたアルミスプーンを拾い上げた。
一見すれば、ただのゴミ。
しかし、空には分かる。
そこへ付与された異質な重力子の歪みが。
『エミュレート――量子変速。』
瞳から光が消える。
脳内へ他人の演算式が流れ込む。
介旅初矢が組み上げた能力演算。
それを丸ごと複製し、さらに逆位相へ反転させる。
指先がスプーンへ触れた。
瞬間。
チリ、と青白い火花が散る。
解除完了。
空は何事もなかったようにアルミスプーンをポケットへ放り込む。
「一つ。」
次。
放置自転車の前かご。
次。
自動販売機の裏。
次。
ゴミ箱の底。
暗部から送られてくる位置情報を頼りに、空は街中を駆け続ける。
誰にも見られず。
誰にも知られず。
爆弾だけが次々と消えていく。
もし朝になって風紀委員が巡回しても、「何も起きなかった」という結果だけが残る。
それでいい。
それこそが掃除屋の仕事なのだから。
♢
八個目。
九個目。
十個目。
能力を使うたび、脳が焼けるように痛む。
他人の演算式を無理やり脳へ流し込み続ける負荷は、決して小さくない。
「っ……!」
視界が揺れる。
耳鳴り。
頭蓋骨の内側から杭を打ち込まれるような激痛。
鼻の奥が熱い。
次の瞬間。
ぽたり。
赤い雫がアスファルトへ落ちた。
「……まだ。」
袖で鼻血を拭う。
あと三か所。
情報が正しければ、それですべてだ。
だが、足は思うように前へ出ない。
十一個目を解除した瞬間、胃が激しく痙攣した。
「がっ……!」
路地裏の壁へ手を突く。
胃液を吐き出し、咳き込む。
酸っぱい臭いが鼻を刺す。
吐瀉物の中へ赤い血が混じっていた。
脳の毛細血管が悲鳴を上げている。
これ以上能力を使えば危険だと、本能が警告していた。
それでも。
「……あと三つ。」
空は震える手で缶コーヒーを取り出した。
いつもの極甘。
プルタブを開け、一気に喉へ流し込む。
大量の糖分が、酷使した脳へ無理やり燃料を送り込む。
甘ったるい液体が胃へ落ちていく感覚だけが、まだ自分が立っていることを教えてくれた。
「主役が立つ舞台に。」
空はゆっくり顔を上げる。
「不純物は残せない。」
事件を解決するのは風紀委員でいい。
犯人を捕まえるのも、賞賛を受けるのも、彼女たちでいい。
自分が求めるものは、そんなものではない。
朝になれば、人々はいつも通り学校へ向かい、店は開き、誰かが他愛ない話で笑う。
その「当たり前」が続いてくれるなら、それで十分だった。
空は缶を握り潰し、最後の三か所へ向けて静かに走り出した。
その背中を知る者は、夜の学園都市に一人として存在しなかった。