とある科学の擬似発現   作:ついついつい

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第九話:盤面整理(セットアップ)

数日後。

連続爆破事件――虚空爆破(グラビトン)事件は収束するどころか、その規模を日に日に拡大させていた。

ニュースでは「愉快犯による犯行」と報じられ、風紀委員や警備員の巡回はこれまで以上に強化されている。

だが、それでも爆発は止まらない。

学園都市の表側では、正体不明の能力者による無差別事件として扱われていたが、裏側では既に犯人の候補は一人にまで絞られていた。

深夜。

人気のない高架下。

街灯の白い光だけがコンクリートを照らす中、空は携帯端末へ次々と流れ込む情報を無言で眺めていた。

暗部専用回線。

統括理事会直轄データベース。

通常なら閲覧権限すら与えられない情報が、彼の端末には当然のように表示されていく。

「介旅初矢。」

画面に映る少年の顔写真を見つめながら、小さく呟く。

「風紀委員に助けてもらえなかったことを逆恨みし、自分の能力で報復を始めた……。」

能力は量子変速(シンクロトロン)

重力子(グラビトン)へ干渉し、アルミニウムを媒体として周囲に放出する異能力(レベル2)

本来なら、ここまで大規模な爆発を起こせる能力ではない。

しかし、現在観測されている出力は大能力(レベル4)相当。

能力の成長だけで説明できる数値ではなかった。

「……やっぱり。」

空は次の資料を開く。

そこには暗部が収集した違法ネットワークの通信記録が並んでいた。

都市伝説。

 

 『幻想御手(レベルアッパー)』。

 

音楽ファイルを聴くだけで能力が向上するという、真偽不明の噂。

その利用者リストの中に、介旅初矢の名前がある。

「能力の底上げ。しかも、一時的なブーストじゃない。」

端末を数回操作する。

今度は街中の防犯カメラ映像が映し出された。

介旅がホームセンターで大量のアルミ製スプーンを購入している。

 

 スーパー。

 

 百円ショップ。

 

 コンビニ。

 

場所を変えながら少しずつ買い集めているが、暗部の情報網から逃れられるほど甘くはない。

「アルミスプーン。媒体としては十分。」

さらに画面を拡大する。

 

 風紀委員支部。

 

 巡回ルート。

 

 爆破発生地点。

 

すべてを重ね合わせる。

点と点が一本の線として繋がった。

「……そういうことか。」

空は小さく息を吐く。

「巡回中の風紀委員を狙ってるんじゃない。支部そのものを同時に狙うつもりだ。」

複数地点への同時爆破。

風紀委員の戦力を分散させ、都市全体を混乱へ陥れる。

もし計画通りに実行されれば、爆発は一件では済まない。

一般人も巻き込まれる。

 

 初春。

 

 佐天。

 

 美琴。

 

 白井。

 

あの日ファミレスで笑っていた少女たちの日常も、例外ではない。

空は静かに端末を閉じた。

「……裏の掃除は俺の仕事だ。」

 

 

深夜一時。

第七学区。

人気のない公園。

ブランコの支柱へしゃがみ込み、空は地面へ置かれたアルミスプーンを拾い上げた。

一見すれば、ただのゴミ。

しかし、空には分かる。

そこへ付与された異質な重力子の歪みが。

 

『エミュレート――量子変速。』

 

瞳から光が消える。

脳内へ他人の演算式が流れ込む。

介旅初矢が組み上げた能力演算。

それを丸ごと複製し、さらに逆位相へ反転させる。

指先がスプーンへ触れた。

瞬間。

チリ、と青白い火花が散る。

解除完了。

空は何事もなかったようにアルミスプーンをポケットへ放り込む。

「一つ。」

次。

放置自転車の前かご。

次。

自動販売機の裏。

次。

ゴミ箱の底。

暗部から送られてくる位置情報を頼りに、空は街中を駆け続ける。

誰にも見られず。

誰にも知られず。

爆弾だけが次々と消えていく。

もし朝になって風紀委員が巡回しても、「何も起きなかった」という結果だけが残る。

それでいい。

それこそが掃除屋の仕事なのだから。

 

 

 八個目。

 

 九個目。

 

 十個目。

 

能力を使うたび、脳が焼けるように痛む。

他人の演算式を無理やり脳へ流し込み続ける負荷は、決して小さくない。

「っ……!」

視界が揺れる。

耳鳴り。

頭蓋骨の内側から杭を打ち込まれるような激痛。

鼻の奥が熱い。

次の瞬間。

 

ぽたり。

 

赤い雫がアスファルトへ落ちた。

「……まだ。」

袖で鼻血を拭う。

あと三か所。

情報が正しければ、それですべてだ。

だが、足は思うように前へ出ない。

十一個目を解除した瞬間、胃が激しく痙攣した。

「がっ……!」

路地裏の壁へ手を突く。

胃液を吐き出し、咳き込む。

酸っぱい臭いが鼻を刺す。

吐瀉物の中へ赤い血が混じっていた。

脳の毛細血管が悲鳴を上げている。

これ以上能力を使えば危険だと、本能が警告していた。

それでも。

「……あと三つ。」

空は震える手で缶コーヒーを取り出した。

いつもの極甘。

プルタブを開け、一気に喉へ流し込む。

大量の糖分が、酷使した脳へ無理やり燃料を送り込む。

甘ったるい液体が胃へ落ちていく感覚だけが、まだ自分が立っていることを教えてくれた。

「主役が立つ舞台に。」

空はゆっくり顔を上げる。

「不純物は残せない。」

事件を解決するのは風紀委員でいい。

犯人を捕まえるのも、賞賛を受けるのも、彼女たちでいい。

自分が求めるものは、そんなものではない。

朝になれば、人々はいつも通り学校へ向かい、店は開き、誰かが他愛ない話で笑う。

その「当たり前」が続いてくれるなら、それで十分だった。

空は缶を握り潰し、最後の三か所へ向けて静かに走り出した。

その背中を知る者は、夜の学園都市に一人として存在しなかった。

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