英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争   作:どんぱち

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第9話 『死角』

 ──空には学校を半円形に覆う赤い結界。

 学校全域を包む、内部の人間を喰らう結界が発動していた。

 

「そんな──七日はかかるという算段ではなかったんですの!?」

 

「不完全なまま発動させたか。これでも一般人には充分致命的だ。即死とは言わずとも長くはもつまい」

 

「……マスターを叩く。急ごう!」

 

「わかってる! 皆、行くわよ──!」

 

 四人は屋上から校舎内へ駆け込み、一面赤一色の階段を飛び降りる。

 身体には重圧。纏わりつく赤い空気が生気を根こそぎ奪っていこうとしているのが分かる。

 アーチャーの言う通り、魔力の少ない人間ならば呼吸するだけで危険な領域だろう。

 

「ベアトリスの可愛らしいマナドレとは似ても似つきませんわね! ……これは──」

 

 悪態をつきつつ駆けるナツミだったが、踊り場を曲がったところで失速した。

 ……声色を変える余裕もなく、ナツキ・スバルはただ声を漏らす。

 

「こんな。──こんな、ことが」

 

 ……そこには、何人もの生徒が倒れていた。誰も彼も残らず床に伏している。

 散乱する菓子パン、雑誌。それはつい数十秒前まで楽しげな昼休みがここにあった名残だった。

 

「──スバル、息はある。まだ間に合わない訳じゃない」

 

 士郎が倒れている生徒に駆け寄り、そう伝えてくれる。

 まだ間に合う。逆に言えば、こうして立ち尽くしている間にも人々の命は危なくなっていく一方だ。

 スバルは自身の両頬をぱん、と張り、

 

「サンキューシロウ。そうだな、急がないと──ではなく、急がなくては。敵の位置はわかりますの?」

 

「口調を戻す必要、あるのか……?」

 

 打倒対象の確認、その問いにアーチャーと凛が同時に答えた。

 

「四階にサーヴァントがいるな」

「一階に結界の基点があるわ」

 

「え──」

 

 主従は異なる位置を告げた。二人の感知能力を疑うつもりはない、共に真実であるならば──。

 

「サーヴァントと結界の基点が別の位置……? 攪乱ですの……?」

 

 ナツミは数秒黙り、考え込む。

 サーヴァントは放置していればいつ背後から奇襲を仕掛けてくるか知れない、無視はできない。

 ならば結界を後回しにするか。……刻一刻と学園の全人命が尽きていく中で?

 

「──分かれましょう。わたくしとシロウは一階へ向かいます! お二人は四階のサーヴァントをお願いできますでしょうか!」

 

「賢明だな。貴様ではサーヴァントを相手取ることはできまい」

 

「うるさいですわね! 結界を解くコツとかありますの?」

 

「私でも解除できない結界だもの、術者を倒すしかないわ」

 

「充分だ。行こうスバル──!」

 

 それだけ話し合うと、ナツミと士郎は一階へ、凛とアーチャーは四階へ、二手に分かれた。

 

 

 

 ナツミと士郎が駆け下りた一階。廊下へ滑り込むと、そこには果たして首謀者の姿があった。

 

「よう衛宮、思ったより元気そうで何よりだ。どう、気に入ったかい。この趣向は」

 

「──これはお前の仕業か、慎二」

 

 ライダーのマスター、間桐慎二。彼は古びた本を掲げ、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて応答する。

 

「そうだとも。言っておくと、僕だってこんなもの発動させるつもりはなかったんだぜ。コレはあくまで交渉材料のつもりだったんだ。それなのに──」

 

 慎二はそこまで言うと、だん、と床を踏み鳴らし前のめりに捲し立てる。

 

「お前らが悪いんだぞ! 衛宮も遠坂も僕を虚仮(こけ)にしやがって! 見ろ、これが僕の力だ! 分かったらこれまでの非礼を詫びて、土下座の一つでもするのが筋ってもんじゃないのか!」

 

 唾を飛ばし、剥きだした目で騒ぐ慎二。ナツミは呆れ、士郎は閉口した。

 

「わたくしも王都ではこんなだったのでしょうか。よくエミリアもレムも愛想を尽かしませんでしたわね……」

 

「──慎二、話は後で聞いてやる。結界を止めろ」

 

「はぁ? それが人にものを頼む態度? 気に食わないなら力づくでやってみろよ、衛宮」

 

「──そうか。なら、話は簡単だ。」

 

 士郎は助走も無しに、最高速で慎二へ駆けだした。

 

「ちょ、シロウ──!」

 

「ハッ、本当に馬鹿だねお前──!」

 

 慎二が手元の本を前方にかざした。

 突如、影が脈動する。廊下に落ちていた影が形をもって蠢き出したのだ。

 影で出来た漆黒の刃が立ち上がり、三本の黒き斬撃がこちらへ向けて一直線に滑ってくる──!

 

「シロウ、危ない──」

 

「おぉぉぉ──っ!」

 

 士郎は怯むことなく正面から突っ込む。

 一本目、二本目の斬撃を躱し、三本目を左腕に食らい血飛沫を散らしながら、一切の減速無く慎二の元へ──!

 

「しょ、正気か!?」

 

「同意しますわ! さっきわたくしを諭した冷静さは何処へ!」

 

 逃げる慎二、その背に士郎が追いつき手を伸ばす。 

 

「っ、やめろ、来るな……!」

 

「慎二──!」

 

 ──刹那。

 士郎の伸ばした腕に黒い短剣が突き刺さった。

 

「「────!?」」

 

 短剣の担い手は慎二と士郎の間の空間に出現する。

 

「な──」

 

 それは、ここにいて当然の存在で。

 しかし、ここにいる筈のない存在だった。

 

「何故、何故ここにいるんですの!? ──ライダー……!」

 

 長い髪を靡かせ現れ出たのは、この赤い領域においてさえ全てを塗りつぶす黒色のサーヴァント、ライダーだった。

 

 左手を影に切り裂かれ、右腕に大穴の空いた士郎が膝をつく。

 

「ぐ──、ライダーは四階にいたんじゃなかったのか……!?」

 

「その筈ですわ。でも実際ライダーはここに……。ならばアーチャーが感じ取った四階のサーヴァントというのは……?」

 

 ナツミたちは、慎二の姿を見た時から四階のサーヴァントは慎二のライダーなのだと確信していた。しかしライダーは今眼前に立ち塞がっているのだ。

 

 この短時間でアーチャーがライダーに負けてしまったのでなければ、この学園にはライダーの他にもサーヴァントがいるということか──?

 ……困惑に呑まれそうになるナツミだったが、一旦疑問を棚上げする。今大事なのは、眼前に敵サーヴァントがいるという事実──。

 

「シロウ、一度退きます! 格好の付かないことを言いますが、アーチャー抜きでサーヴァントを相手取るのは厳しいですわ!」

 

「く──、……わかった! 遠坂を呼ぼう!」

 

「させません」

 

「「────っ!!」」

 

 ナツミと士郎、その間にライダーが出現する。

 何か反応をしようとするより前に、士郎はその肩を打ち抜かれ背中から壁に激突する。刺さっているのは杭、士郎の体は壁に張り付けとなった。

 

「が、あぁぁぁッ──!」

 

「そこで待っていなさい。セイバーの次はあなたの番ですから」

 

 煽情的な声色でそう告げたライダーは、間髪入れずにナツミにその凶刃を突き立てる。常人にはまるで反応できない短剣の一撃、ナツミは腕が切り裂かれた後の痛みでようやく攻撃を受けたことに気付く。

 

「くっ、このぉ──!」

 

 反撃しようとギルティウィップを構えたナツミだったが、振る鞭はまるでライダーを捉えられない。廊下という狭い空間では4メートルあるギルティウィップはその真価を発揮できなかった。結果、抵抗虚しく一方的にライダーの短剣が肩に、膝に、腹に突き刺さる──。ナツミは痛みに蹂躙されることしかできない。

 

「ぐ──、ぃぎ──ッ!」

 

「──あまりにも魔力を感じないものですから、昨日は力を秘しているのかとも思いましたが……買い被りでしたか。この程度であれば今の私でも容易に殺せます」

 

 いたぶるように──否、実際にいたぶっているのだろう。「ぐぅッ」ライダーはナツミの反撃を眉一つ動かさずに躱し、そこへ短剣を刺し込んでいく。「あがぁッ」命の危険を知らせる血飛沫は、しかし結界の赤い空気に溶け込み消えてし「あああぁぁ」まった。

 ……もはや攻撃とも防御とも呼べないナツミの足掻きは、周囲から見れば滑稽な踊りを踊っているようにでも見えるのだろう。「やめっ」もっとも、それを見る者などこの場にはいな「げぇッ」い。壁に縫い留められた士郎は既に土色の肌のまま動かない、凛たちもまるで来てくれる気配が無い。「づぁ」ナツミはこのまま、ライダーが満足するまで踊り狂って死ぬのみだ。

 

 頭部を傷付けられ、ナツミのウィッグが落ちる。

 短髪の頭に化粧の崩れた顔、血濡れの女子制服に身を包んだ無様な姿になるスバル。その姿以上に無様に床に崩れ落ちたところへ、容赦のなく靴裏による追撃が成される。

 

「ごぁ──、……ら、ライ、ダー。……も、もうやめ……」

 

「──()()()。……驚きました、男性だったのですね。──最早それで何が変わるわけでもありませんが」

 

 地に伏すスバルの身体が蹴り上げられる。

 

「ごぇ──ッ」

 

「さようなら、セイバー。──ナツミ・シュバルツではない誰か」

 

 宙を舞う体、その喉を短剣が貫通する。

 致命の一撃は、スバルを全身の痛みから解放してくれた。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「──スバル、息はある。まだ間に合わない訳じゃない」

 

「ひぃッ、もう無理だ、もうやめてく──あ」

 

 絞り出すような懇願は、突然発しやすくなった。勢い余って尻餅をついた臀部が痛──くない。こんなことで痛いなんていったら痛みに失礼だ。痛みというのはもっと鋭くてもっと執拗でもっと悪逆で──。

 

「──落ち着け、俺」

 

 スバルは深く深呼吸した。思考を妨害する傷も痛みも無い。結界のせいで体が重いが、この程度は今や有って無いようなものだ。

 

 ……ふと、手が差し伸べられた。

 

「スバル、立てるか?」

 

「ナツキくん、あなた大丈夫……?」

 

「…………」

 

 三者三様にスバルを見下ろす仲間たち。結界が既に発動はしているが、つまりこれは。

 

「──戻って、きた……」

 

 地獄の終わりに安堵し、新たな始まりに気を引き締める。

 もうここにライダーはいない。もう体に痛みはない。

 ……刻み付けられた恐怖だけ蹴飛ばせば、もう大丈夫。

 

「大丈夫、落ち着いた。心配かけたな」

 

「いや、それは良いんだが……」

 

 士郎の差し出した手を取り、起き上がるスバル。

 

「心配かけたついでに聞いてくれ。一階に結界を仕掛けたシンジとライダーがいると思うんだが、どうだトーサカちゃん」

 

「え──、……そうね。一階に結界の基点があるのは間違いないわ」

 

「よし、確認が出来たところで全員で一階のシンジを止めたいと思う」

 

「わかった」「そうね」

 

 スバルの言葉に同意する士郎と凛。しかしそこにアーチャーが口を挟む。

 

「待て、凛。一つサーヴァントの反応が──」

 

「アーチャー、悪いんだけど、そっちは後回しでいいか?」

 

「なに──?」

 

「四階のサーヴァント反応は、結界とは多分無関係なんだよ。ライダーはシンジと一階にいるんだ。だからひとまず総員で結界の解除を優先したい」

 

「…………」

 

「疑いたきゃ疑え。でも事態は刻一刻を争う、だろ」

 

「アーチャー、今はナツキくんを信じましょう。結界を解除するのに一階へ行かなくちゃいけないのは事実よ」

 

「……マスターの命令だ、従う他あるまい」

 

「助かる! 行こう! ──あ、それと。ライダーは素早くて手強い奴なんだが──」

 

 スバルは皆に振り返り、ナツミでなくスバルの笑みで言った。

 

「──それに一撃叩き込む策があるんだけど、聞いてくれるか?」

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「クソッ、クソッ、どいつもこいつもなんなんだよ! 僕は間桐の長男だぞ、マスターだぞ!? どうして誰も僕を認めない、どうして誰も僕を見ないんだよ!?」

 

 宝具"他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)"の発動により赤く染まった廊下。

 そこで今は己がマスターとなっている少年、間桐慎二が癇癪を起こしていた。

 ライダーは、それに特に感情を動かすことなく告げる。

 

「マスター。不完全ではありますが結界は発動しました。おそらくトオサカリンとエミヤシロウが止めに来るでしょう。マスターは下がられた方が──」

 

「はぁ? 僕があいつら相手に尻尾巻いて逃げる訳ないだろ! 僕に楯突いたあいつらを這いつくばらせてやるんだ! いいからお前は黙って見てろよ!」

 

 ふぅ、とライダーは人知れず吐息を漏らし、霊体化する。

 ライダーに自由意志は無い。今はただこの男の指示に従うのみだ。

 

 ──と、階段を駆け下り、廊下に躍り込んできた人物が一人──否、反対側からもう一人。慎二の逃げ場を塞ぐように廊下の両側から現れた人影があった。

 

「見つけたぞ、この下種(げす)野郎! 俺のサーヴァントの刀の錆にしてくれる!」

 

「…………」

 

 前方から現れた少年は大袈裟に啖呵を切り、後方から現れたサーヴァントは黙って慎二へ駆け出す。

 ──目を封じ、聴覚と魔力探知で周囲を把握しているライダーの感覚で言えば、初めて見る、ならぬ初めて聞く少年だった。

 

「は、はぁ!? なんだよっ、なんだあの変態っ……!?」

 

 慎二もその姿に困惑しきりだ。彼の狙いの二人ではない第三者の登場に狼狽しているのだろう。

 マスターと思しきその少年は、慎二へ挟み撃ちになる形で駆けながら己がサーヴァントへ命じる。

 

「行けぇ! 俺のサーヴァントぉ!」

 

「…………」

 

 敵サーヴァントが無言のまま慎二に切りかかった。

 

「ひぃっ、なんとかしろライダぁぁぁ──っ!」

 

 慎二は両側から迫る危険に動転、偽臣の書を発揮することもできずその場に(うずくま)った。

 ライダーはサーヴァントの眼前に実体化し、その男が双剣で果敢に斬りかかってくるのを、短剣と鎖、更には身のこなしでいなす。次いで、反対側から来ていたマスターを鎖で打つ。それなりの傷になった筈だが、マスターは下がる気は無いらしく付かず離れずこちらを警戒している。──そこでライダーは訝しんだ。

 

 ……おかしい。謎の少年マスターの存在もそうだが、少年が操るこのサーヴァント。……本当にこの少年のサーヴァントか?

 ライダーは事前に偵察行為を行なっていた。柳洞寺にサーヴァントが根を張っていること、遠坂凛がマスターであることをあらかじめ突き止めて慎二に伝えている。

 その遠坂凛が使役していたサーヴァントと、眼前のサーヴァントの魔力が極めて酷似しているのである。

 

 まさか少年は囮、偽のマスターか。ならば遠坂凛はどこだ──?

 

「──Vier Stil Erschiesung……!」

 

 思い至った瞬間、側面の教室の窓が一斉に割れる。そこから飛び出したのはいくつもの鮮やかな光弾。窓ガラスを、フレームを粉砕するそれが、ライダー目掛けて襲い掛かる──!

 

「ひぃ──っ!」

 

「甘いですね、トオサカリン」

 

 第三の方角からの凛の奇襲、それを事前に察知したライダーは容易に光弾を躱し、砕いてみせた。足元で蹲る慎二にも怪我一つ無い。

 ──弱い。偽臣の書の魔術に頼りきりの慎二と違い、凛はもっと強力な魔術が行使できる筈だ。少年とサーヴァントを囮にしてまで決行した奇襲ならば、もっと全霊を込めるべきだっただろう。……だとすれば。

 

「──これも囮」

 

 凛のサーヴァント、偽マスター、遠坂凛。全てが囮であるのなら、

 今だ姿の見えないあのサーヴァントとマスターが本命に違いなく──。

 

「──今だ、令呪を使う! ライダーを()()、セイバァ──ッ!」

 

「──来ましたか」

 

 新たな少年が廊下の反対側から飛び出してきて力の限り叫んだ。彼は昨日慎二が懐柔しようとしたマスター、衛宮士郎で間違いない。宣言通りに令呪が使用される魔力の発散も感じ取れた。

 つまり……セイバー、ナツミ・シュバルツがここへ来る──!

 

 ライダーは即座に自身の優先順位を確定させる。即ち、

 最優先、第四方向──窓からのセイバーの奇襲への応戦。

 次点、アーチャー及び遠坂凛の警戒。

 後回し、偽マスターの少年の正体考察と対処、だ。

 

 結論を出したライダーは片腕で鎖を振り回しアーチャーと凛を牽制しつつ、窓を最大限に警戒した。

 ──衛宮士郎は「うて」と命令した。うて……『討て』? しかし漠然とした命令は効果が薄い。有効な効果を期待して具体的に命じたなら『撃て』か。セイバーの攻撃手段は飛び道具なのか──?

 そうセイバーの奇襲に備えたライダーは、

 

 ──背中を鋭い鞭で打たれ、その身を焼くような痛みに襲われた。

 

「────ッ!?」

 

「アーチャー、今だ!」

 

「言われるまでも……無い!」

 

 すかさず双剣が振るわれる。ライダーの脇腹が切り裂かれ、真紅の血飛沫が噴出した。

 

「く──」

 

 それでもすかさず態勢を立て直したライダーは、慎二を抱える。鞭を振った偽マスターの少年の横をすり抜け、大きく後退した。

 

「ちぃ、流石に速ぇな……! 令呪の乗った鞭打ち、相当に堪えてる筈なんだが……!」

 

 悪態を漏らす偽マスター。否、その正体は。

 

「……そう、あなたが、セイバーだったのですね」

 

「ああ、ナツミ・シュバルツが仮初の姿とは言わねぇが、こっちがプレーンな俺だよ」

 

 鞭を構えた偽マスター──セイバーは、そう好戦的に答える。

 

「ライダー、お前はバイザーで目を覆ってる。それ、実際に目が見えてないんだろ。──つまり普段は音とか魔力とかで周りを見てるんだ。()()()()()()()()()()。目が見えてりゃ、化粧落としも服着替える時間も無かった俺の姿に気付けただろうな」

 

「────! あなたは今も女性の、ナツミ・シュバルツの格好だったと……」

 

「はぁ!? ライダーお前、気付いてなかったのかよ! あの変態野郎、どう見ても昨日のセイバーじゃないか! どう責任とってくれるんだよこの愚図!」

 

 吠える慎二。彼ともっと意思疎通ができればこの窮地は無かっただろうが、それは言っても仕方のないこと。……それに他愛のないことだ。

 

 彼らの、セイバーを巧妙に紛れさせて奇襲する作戦は有効に作用した。が、それでライダーの息の根を止められなかったのなら失敗と変わらない。

 ──ここから全員殺せばいい。ライダーにはそれができるのだから。

 背は爛れ、脇腹からは絶えず流血し、それでも声色一つ乱さずに。

 

「面白い奇策を見せていただきました。お礼に私もお見せしましょう──」

 

 

 ライダーは自らの顔のバイザーに手をかけ、その黒い封印を解いた。

 

 ──瞬間、全てが凝固する。

 

 

「「────っ!?」」

 

 一切の光を宿さない四角い瞳孔。人が持つにはあまりに異質な美しい眼。

 セイバーたちはその眼に思わず身構え──られない。視線を逸らせもしない。

 筋肉がその活動を停止する。血液がその流れを停止する。──ライダーの裸眼を見たその瞬間から、身体機能の全てが固められてしまったのだ。

 

「うそ、石化の魔眼……!?」

 

 凛がその眼の名を口にする。

 凛、セイバー、士郎はもう完全に全身が石化し動かなくなってしまっている。かろうじてアーチャーは凝固したのは脚だけのようだが、それも時間の問題。ライダーから逃げられない以上、石化は進行していき、じきに皆石像になるのだから。

 

「見た奴を石にする女怪……。つまりライダー、お前の真名は」

 

 セイバーは冷や汗を流す。先程まで威勢の良かった少年が身じろぎ一つできない姿は、ライダーに仄暗い快楽を与えた。

 短剣をセイバーの首に押し当て、切れた傷跡から流れる血を舐めとる。

 

「うぅっ──」

 

「答え合わせは結構です。──死角、と。あなたはそう言いましたね」

 

 解放した魔力による影響か、ライダーの長い髪はまるで意思を持つかのようにうねり敵を威嚇する。それはまるで、伝説の怪物の姿──。 

 

「私の魔眼に死角は存在しません。あなた方は残らずこの神殿で溶かしてあげましょう」

 

 この場にいる四人全員を一度に石化してみせたライダーに、もはや負けは無い。あとは一人一人確実に始末して己が養分として取り込むだけだ。

 

「さようなら、セイバー。──ナツミ・シュバルツではない誰か」

 

 そう告げて、短剣を振りかざして、

 

 

 

 

 

 ──衝撃。

 

 ライダーの視界が、揺らいだ。

 

 

「────!?」

 

  何が起きたか分からない。

 

 (あご)が痛む。

 

    突如強い衝撃と共に視界が強く揺れ、

 

  そのまま、

 

ぐわんぐわんと視界も思考も揺らいで

 

    纏まらない。

 

     甲高い耳鳴りが聴覚を支配する。

 

   何が、起きた──?

 

「──っ! しまっ──」

 

 ライダーは自身が致命的な隙を晒したことに遅れて気付く。即座に顔を上げるが──既に眼前に迫った双剣が、ライダーの魔眼を抉らんとしていた。

 アーチャーは未だ石化してなかった上半身で魔力を込めた双剣を投擲したのだ。既に投げ終わった双剣を止めることはできず、もはや回避するにも遅すぎる。瞬きの内にライダーの魔眼はその機能を奪われることが決まっていた。

 

 手遅れになった一瞬の中で、ライダーの内に生まれたのは疑問だった。

 

 ──意識を飛ばした原因は顎の殴打による脳震盪だ。私は何者かに顎を殴打され、故に敗北する。……私は何に殴られた? 

 全員の動きを止めた筈だ、ならばその拳はどこから来たのか。アーチャーか、遠坂凛か、衛宮士郎か。或いは、まさか──、

 

 双剣が目を潰す、その刹那。ライダーは確かに聞いた。

 

 全身が石化し、何一つ手立てが無い筈の少年。そのあり得ざる勝鬨(かちどき)を。

 

 

「────"不可視なる神の意志(インビジブル・プロヴィデンス)"。どうやら魔眼にも死角はあったらしいな?」

 

 

 両の眼が一閃される。

 不可視の魔手が掴んだ勝機は、鮮血の蓮華として花開いた。

 




◆サーヴァントセイバー:宝具

 "見えざる手(インビジブル・プロヴィデンス)"
 ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
 『不可視なる神の意志(インビジブル・プロヴィデンス)』とも。スバルはこちらの表記を好んで使う。
 胸元から不可視の腕を出現させ操る。射程・パワーは自身の腕より若干長く、若干強い。
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