英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争   作:どんぱち

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第10話 『英雄幻想』

「────"不可視なる神の意志(インビジブル・プロヴィデンス)"!!」

 

 拳は敵の顎を打ち抜いた。

 

 悠長にスバルの首筋を舐めて悦に浸っていたライダー、その顎に右フックがクリーンヒットした。しかしライダーの油断は仕方ないことだ。全身石化し身動きのできないスバルに逆転の手など無かったのだ。──この、第三の腕を除けば。

 

 スバルの宝具の一つ、胸元から出現させた不可視の腕"見えざる手"。スバルは個人の趣向から『不可視なる神の意志(インビジブル・プロヴィデンス)』と呼んでいるが、さておき、解放されたその宝具によってライダーは致命的な一瞬を明け渡した。

 

 その隙をアーチャーは見逃さない。まだ動く腰から上で双剣を投擲、回転刃は寸分のズレも無くライダーの石化の魔眼へ迫った。脳震盪を起こすライダーにはもはや躱すことができない。

 決着の一撃、それが命中する今際、スバルは思いきり啖呵を切ってやった。

 

「──どうやら魔眼にも死角はあったらしいな?」

 

 刃をその眼に受け、ライダーは顔面から血飛沫を巻き散らし後退する。慎二と共に、廊下の隅へ追い詰められた形だ。

 ──それを追おうとしたスバルの手足が、思った通りに動く。石化が解けていた。

 

「よし動く! 仕留めるぞアーチャー!」

 

「──待て、ナツキ・スバル!」

 

 飛び出すスバル、それをアーチャーが制した。双剣に邪魔され、つんのめる。

 

「うおっ危ねぇっ! なんだよ!」

 

「──見ろ」

 

 言われて気付く。周囲に広がるのは、一般的な普通の校舎の光景。

 そう、普通の──赤くない、生気を吸うことのない校舎だった。

 

「……結界が、解けてる。じゃあライダーはもう限界ってことじゃ──」

 

「たわけ! これまで結界の維持に使っていた魔力を開放するつもりだ!」

 

 慎二を庇い立つライダー。両目から流血する痛々しいその姿は、しかし先程までと段違いの気迫を放つ。スバルにも分かった。彼女は何か、現状を覆し得る劇的な何かを行おうとしている──。

 

 一方、慎二は自身のサーヴァントが四人に奇襲され負傷した事実に動転していた。

 

「ら、ライダー! なにブラッドフォートを解除してるんだお前っ! ただでさえ向こうは数が多いのに、結界まで無くなったら……!」

 

「ご安心を。我が宝具は他のサーヴァントを凌駕しています。たとえ相手が何者であろうと──」

 

 ライダーは短剣を掲げた。スバルたちとは距離をとっている、何をするつもりなのか、とその刃の行く先を注視していたスバルたちは、その光景に思わず息を呑んだ。

 

「──我が疾走を妨げる事はできない」

 

 短剣はライダー自身の喉へ突き立てられた。

 裂かれた白い首筋から真っ赤な血が勢いよく噴き出していく。

 どう見ても致命傷、たとえサーヴァントであろうと失血死は疑いようのない傷。それにスバルたちだけでなく、マスターである慎二すら困惑を隠せない。

 ──しかし、真に驚くべき事象はそこから起きた。

 

「「────!?」」

 

 撒き散らされた血液は空中で意思を持ったかのように動き出す。ライダーの前方に集まったそれらは、空中に丸い幾何学模様を描いた。禍々しく生き物のような図形。あまりの力の奔流にスバルたちの体は物理的に押し出されていく。

 

「魔法陣──!」

 

「うそ、そんなまさか──、神代の神秘──!?」

 

 瞠目する凛。魔術に精通した彼女が驚愕するだけの何かをライダーはこの場で起こそうとしているのだ。

 スバルは少しでもその脅威を遠ざけようと、

 

「お、おいライダー。何するか知らないけど、ここにはお前のマスターだっているだろ。早まるなよな!?」

 

「勿論、マスターを守るのがサーヴァントの役割ですもの。私はマスターを連れて逃げるだけ。それが気に食わないなら追ってきなさいセイバー」

 

 ──魔法陣が輝く。

 視界が、世界が純白の閃光に包まれ、魔法陣からナニカが産まれ出た。

 

「もっとも──これを見た後でも、あなたに戦う気迫が残っていればの話ですが」

 

 音を立ててその翼がひろげられる。

 光の中に何かがいるのだ。

 目が潰れる程に輝かしく、神々しく、尊いナニカがそこに──、

 

 

「────"騎英の手(ベルレフォ)

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「私はマスターを連れて逃げるだけ。それが気に食わないなら追ってきなさいセイバー」

 

「…………ん?」

 

 目を焼いていた白い輝きが、動画のスキップ機能でも使ったかのように突然途切れた。ライダーの発言も唐突だ。つい今まで彼女は「ベルレなんとか」とか言いかけていた気がするのだが──待て。ライダーの台詞に聞き覚えがあったスバルは、その可能性に思い至る。

 

「な──今、死んだ、のか……!?」

 

 死んだと気付く暇さえ与えず、あの光はスバルの命を奪ったのか。

 ライダーとの距離は充分に離していたつもりだ。剣や槍などの武具が届く距離では無かった。……それでも、死んだ。何をされたのかもわからないまま。

 スバルは血の気が引く。中距離を保っても一呼吸でスバルを殺害する宝具なら、後ろの皆も無事で済む筈がない。今、スバルたち全員がライダーの射程圏内だ──!

 

「マズい──! 逃げろ、宝具が来る──!」

 

 スバルは叫び、踵を返して駆けだす。視線の先では既にアーチャーが凛を抱えて窓から飛び降りようとしている。よし、とスバルは士郎の元へ走り、

 

「────"不可視なる神の意志(インビジブル・プロヴィデンス)"!」

 

「うお──!?」

 

 再び発現する見えざる手。自身の腕で側面の教室の扉を開きつつ、魔手で士郎を抱き込む。そのまま受け身も考えず教室へ飛び込んだ。

 

 ──瞬間、轟音。閃光。

 校舎全体に響く震動。

 背後、廊下に烈風が吹き荒れる。窓ガラスはその悉くが割れ、教室にも破片が飛び散ってくる。

 

「ぐ───っ」

 

 それも一瞬。

 廊下をとてつもない速度で貫いた何かは、瞬きの間にどこかへ消えたらしかった。

 

「ぐっ、大丈夫か、シロウ……」

 

「あ、ああ。って──」

 

 士郎は上体を起こし、絶句した。スバルも振り向き、それを目の当たりにする。

 

 廊下は床も壁も一階層丸ごと一直線に抉り取られていた。校舎の骨組みは剥き出しになり、焼かれた面からは煙が上がっている。その痛ましい跡を生んだ何かこそが、先程スバルを一瞬の内に絶命させたものに違いなかった。

 ……ライダーと慎二の姿は無い。この何かによって彼女らはこの場を離脱したのだ。

 

「あいつ、宝具の真名を解放してた……ベルレ、なんとかって。つまり──」

 

 この惨状は宝具によるもの。廊下を一階層丸々抉り飛ばした何かが、ライダーの持つ宝具の力──。

 

「俺の"不可視なる神の意志(インビジブル・プロヴィデンス)"と規模が違い過ぎんだろ……」

 

 見えざる手は今連続使用したような燃費の良さはあるが、それにしたって切り札感が段違いだ。スバルにもこれくらいの破壊力の宝具があれば、アーチャーに馬鹿にされたり白い目で見られることも無くて──と、そんな無いものねだりをしていたスバルだが、事態はまだ片付いていないことを思い出す。

 

「そうだ! 気は抜けねえ、この学校にはアーチャーが探知したもう一騎のサーヴァントがいるんだよ!」

 

 ……しかし、その後スバルたちは校舎を捜索したが既にサーヴァントの気配は無く。

 凛に言われるがまま、四人は学校を後にしたのだった。

 

 

 

「学校には綺礼がフォローに行ったわ。廊下の補修や事後処理はあいつがするから大丈夫」

 

 衛宮邸、居間。

 未だ戦闘の緊張も解けきらない士郎とスバルへ、凛が事後の顛末を共有してくれていた。

 

「……あいつが。それじゃあ倒れた人たちの方は」

 

「病院に運び込まれた生徒は多いけど、命に別状はないわ。栄養失調で二、三日休む程度だって」

 

「──そうか、それは良かった。……桜と藤ねえも無事だった。桜は自宅で療養、藤ねえは入院することにはなったけど」

 

 安堵する士郎。スバルも横で胸を撫でおろす。

 

「本当に良かった……というか事後処理って、コトミネ神父はそういう事もするのか。監督役、大変そうだな」

 

「えぇ、あなたがバーサーカーとの戦場に選んで滅茶苦茶になった墓地も綺礼が対応したのよ?」

 

「うわ、それは本当に申し訳ねぇ! いつか菓子折りとか持ってくべきか……天衣無縫の無一文だけど」

 

 一度お礼くらいは言いたいと、まだ見ぬコトミネ神父に想いを馳せるスバル。

 話を終えた凜は、そんなスバルに質問を投げた。

 

「それでナツキくん。今度はこっちから聞くんだけど、学校に他のサーヴァントの気配を感じたの?」

 

「あ、ああ。屋上から降りてるタイミングで四階にライダー以外のサーヴァントがいるのが分かったんだ。そうだよなアーチャー」

 

「……そうだな、確かに四階にサーヴァントがいた。結果から考えればライダー以外のサーヴァントだったのだろう。──それを、何故ナツキ・スバルが事前に気付けたのかは疑問だが」

 

「ゴホンッ。とにかく、他にいたのは確かだ。それが?」

 

「──ええ、実は昼に話しそびれたのだけれど、学校にマスターの気配を感じていたのよ。だからきっとそのサーヴァントは、学校に潜むマスターのサーヴァントだったんだろうなって」

 

「学校にマスター……!? シンジじゃなくてか?」

 

「慎二は魔術回路を持ってないから私では察知できないわ。学校には他にもう一人いるのよ、マスターが」

 

「マスターが分かってねぇのはランサー、キャスター、アサシンか。……どいつかのマスターが、学校に」

 

「けどそれも数日は関係ないでしょうね。このぶんじゃ学校は数日は休校だもの。この時間を体を休めるのと衛宮くんの魔術の鍛錬に使いま──」

 

「待ってくれ遠坂。それより今は慎二を追わないと」

 

 士郎が口を挟む。

 凜は露骨に不機嫌そうな反応を示した。

 

「あのね衛宮くん、それは勝算があって言っているの? それに慎二がどこへ逃げたかが分からないなら追えないでしょう」

 

「行方なら追う方法がある。結界を探すんだ。──あの慎二だぞ? 性懲りもなく結界を張って、俺たちにリベンジしようとするに決まってる」

 

「……同感ね。なんだ、考えなしに言ったわけでもないんだ。それで、勝算は?」

 

「遠坂とアーチャーの力を借りたい。スバルの考える作戦は凄いけど、ライダーを自分で倒すだけの力は無い……よな?」

 

Exactly(その通りでございます)。トーサカちゃん。俺からも頼む、力を貸してくれ。──俺もライダーを野放しにするのは危険だと思う。多くの犠牲が出るってだけじゃなくて、せっかくアーチャーが負わせた傷が回復されるのも旨くないだろ」

 

 二人して凛に頼み込む。現状、対サーヴァント戦には凛とアーチャーの火力が不可欠だ。

 努めて非情な表情をしていた凛だったが、やがてふぅ、と息を吐き、

 

「……そうね。確かにライダーに石化の魔眼を再び使用されれば、今度こそ反撃の機会は与えて貰えないでしょう。ライダーのあの圧倒的な宝具も、複数人なら発動を阻止できるかもしれないし──いいわ、協力してあげる。衛宮くん、慎二の向かう先に目処はついている?」

 

「多分こっちの町じゃなくて新都だ。あいつは今追い詰められてる、少しでも多くの人から魔力を吸収しようとする筈だ」

 

「決まりね。そうと決まれば出るわよ、アーチャー」

 

 決まるや否や立ち上がる凛。それに対してアーチャーは片目を開き、

 

「……凛。私は反対だ。ライダーは泳がせ、バーサーカーや()()()()()()()()()()()()と喰い合わせた方が賢明だろう」

 

 普段通りの冷徹な面を覗かせる。……しかしそれに対してスバルが頭を掻きながら口を開いた。

 

「アーチャー、お前……どうしてそんなに怖がってるんだ?」

 

 スバルには、アーチャーの態度が無理にそう振舞っているように見えてしまったのだ。アーチャーはその言葉に、射殺すような鋭い視線を返す。

 

「……怖がっている? 私が?」

 

「そうだよ、お前は怖がってる。俺にでもライダーにでもねぇぞ。なんというか……理想に、だ。お前は合理主義のフリをして、過剰に理想論を怖がってる。むしろ非合理なくらいにな」

 

「────」

 

「現実に屈したのか、理想に裏切られたのか。お前は夢を見続ける痛みに打ち負かされて、夢を見ること自体を忌避してるんだ。結果として、こうして俺たちにまで癇癪起こして当たり散らしてる」

 

 スバルは慎二の有様に自分を重ねていた。あれは誰からも理解を得られないと傲慢を撒き散らしていたかつてのスバルだと。

 アーチャーもそうだったのだ。現実に打ちのめされ、理不尽に叩きのめされ、諦めてレムと逃げることを選択したスバル。その成れの果てがこのアーチャーなのではないか。

 ──否、アーチャーはまだ諦めてなどいない。彼はスバルと共に戦い、バーサーカーを退けた。ライダーからスバルたちと学校を守った。彼の態度は言葉ばかりで、実際には未だ立ち向かい続けている。ならば、かける言葉など決まっていた。

 

 

「アーチャー。お前みたいなクソ真面目野郎に夢を諦めるなんて無理だよ。──諦めるのは、お前には向いてない」

 

 

 嫌味を言い合っただけで、肩を並べて戦っただけで分かる。この男は無責任に理想を投げ捨てるなんて出来はしない。今はただ、一時的に癇癪を起こしているだけのこと。

 ……アーチャーは黙ってスバルの言葉を咀嚼すると、険しい顔でゆっくりと口を開いた。

 

「……ナツキ・スバル。貴様、一体何を。……どこまで()っている──?」

 

「えっ、いや──、今のは経験則っていうか、俺が自己投影しただけっていうか。諦めたくない事を諦めようとした時に尻叩いてくれた子がいて、それの真似事。……図星だったか?」

 

 柔らかい表情で記憶を思い返すスバル。一世一代のプロポーズとその顛末。あの少女の声が、少女の涙が脳裏に焼き付いて、仮初の体になった今もこの身を突き動かす。英霊スバルを形作る、色褪せない原点だ。

 アーチャーはそのスバルの態度に何を思ったのか、ふ、と鼻で笑い、

 

「いいや、全く以て的外れだ。見当違いも甚だしい。勝手に貴様と重ねて見られるなど不愉快極まりないな」

 

「お前な……」

 

「──ただ、癇癪とまで言われては、ここで感情的になっても格好が付かない。マスターに見限られない為にもここは大人しく聞き入れておこう」

 

「お……」

 

 アーチャーの殊勝な態度に言葉を失うスバル。アーチャーはそれを後目に身を翻した。

 

「新都へ発つのだろう。そう間の抜けた顔で呆けている時間があるのか、ナツキ・スバル」

 

「てめ、やっぱ図星突かれて怒ってんだろ!」

 

 騒ぎながら玄関へ向かう英霊二人。

 その背中を、凛は微笑みながら、士郎は呆れながら追うのだった。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 バスに揺られること数十分。隣町、新都へ到着した。

 開発地区とのことで広い駅前と立ち並ぶビルが目に入る。

 

「っていうか、そうか。俺は霊体化できないからバス代がかかるんだよな、すまねぇシロウ」

 

「バイトしてるから大丈夫。むしろバス代をケチってアーチャーを霊体化させる遠坂がみみっちいと思う」

 

「う、うるさいわね。いいでしょう、実際アーチャーは乗る必要がないんだから」

 

 ともかく、ここまで足を運んだのは手負いのライダーと慎二を追う為だ。

 

「間桐の家にもサーヴァントの気配は無かったし、新都(こっち)で人の集まる場所を総当たりしましょう。ライダーを見つけたら宝具を使う前に倒すか慎二を叩くこと」

 

 校舎一階層を焼いたライダーの宝具は発動させてはならない、それが四人の総意だった。

 かくしてスバルたちは、手当たり次第に人通りの多そうなビルを回っていく。とは言ってもスバルには結界の感知ができないので、周囲を見回しながら三人の後を付いてまわるだけだ。

 

 ──日が傾き、辺りが夕暮れに照らされる頃。

 スバルは隣の士郎が額に滝のような汗をかき、呼吸を荒くしていることに気が付いた。

 

「お、おい。シロウお前大丈夫かそれ」

 

「…………? 大丈夫って、何が?」

 

「オーケー、大丈夫じゃないな。悪いトーサカちゃん、少し抜ける。はいちょっとこっち来なさい」

 

 スバルは口答えする士郎を半ば強引に公園のベンチまで引っ張っていき、座らせる。

 人っ子一人いない閑散とした自然公園だったが、今はその静けさは都合が良い。

 

「ちょ、スバル……! どうしたんだよ、ここには何もない。早くライダーを探さないと──」

 

「そういう事は自分の体調を顧みてから言うんだな」

 

 不服げに自分の額や呼吸を確認した士郎は現状に気が付いたのか、

 

「む──、あれ、……おかしいな。こんなに疲れてたのか、俺」

 

「ようやっと気付いたか。ランサー、バーサーカー、ライダー……この三日で連戦続きだ。ちゃんと休んでおけよ」

 

「わ、悪い。すぐに呼吸を整えるから……」

 

 深呼吸を繰り返す士郎。すぐにでも捜索を再開したいという態度の士郎を見てスバルは、気を遣わせないように雑談でもするべきか、と話題を振る事にした。

 

「しっかし誰もいないな、この公園。この夕暮れの時間帯には散歩する親子とか年配の人とかいそうなもんだけど」

 

「ああ、それはな。十年前に大きな火事があった場所なんだ、ここ」

 

「か、火事」

 

「俺もこの辺りに住んでてさ。両親も家も焼け落ちた。そん時に親父──衛宮切嗣に助けられて、そのまま養子になったんだ」

 

「────。……悪い、場所変えるか。カフェとか行こうぜ。俺、無一文だけどな」

 

 思わず立ち上がるスバル。士郎の話を聞いて、ここに士郎を留めておく気にはなれなかった。

 しかし当の士郎は普段通りの態度で、

 

「別に気にすることないぞ。俺はこうして救われた訳だし……それにここに来て、戦う意味を再確認できた」

 

「……戦う、意味?」

 

「言峰が言ってたんだ。ここは十年前に前回の聖杯戦争、その最後の戦いがあった場所なんだって」

 

「──それって」

 

「大火災も聖杯戦争が原因で起きて、人が沢山死んだ。多くの人が犠牲になった」

 

「────」

 

 スバルは絶句する。同時に理解した。聖杯戦争に参加する意思のなかった士郎が、何故教会で説明を受けた後あれだけ戦争の終結を志すに至ったのか。

 当然の話だ。衛宮士郎が、自分の親も含め多くの人が犠牲になった災害が人為的なものだったと聞いて黙っていられる訳がない。そこに因果関係がある以上、何を言ってももう衛宮士郎が道半ばで聖杯戦争を降りることなど無いのだろう。

 

「俺は親父に助けられたけど、他の人たちは助けられずにずっとこのままだ。だから──俺にはその責任がある」

 

 士郎は言った。生き残った者には死んでいった者を背負う義務がある。衛宮士郎は大火災から一人助かったのだから、そのぶん誰かを助ける責任があるのだ、と。だから。

 

「だから俺は、今度は皆を助けられる──正義の味方になりたいんだ」

 

「正義の、味方。……英雄幻想、か」

 

「英雄幻想──?」

 

「言われたことがあんだよ。英雄になるってのは幻想を背負う事だ。負けちゃいけねぇ、勝たなきゃならねぇ。俺の負けは、俺一人の負けじゃ済まなくなる──って」

 

「幻想を、背負う事……」

 

 水門都市でアルデバランに覚悟を問われた時のことを思い出す。スバルはあの時、レムに誇れる自分である為、エミリアに並び立てる自分である為、英雄幻想を背負う覚悟を決めた。

 士郎もまた、十年前の大火災を背負ってここにいるという。……けれど、スバルにはどうしても士郎に確認しておきたい事があった。

 

 

「──なぁシロウ、お前はどうして正義の味方になりたいんだ?」

 

 

「え──」

 

「俺の英雄幻想は、背負いたくて背負ったもんだけど。……シロウ、お前はどうだ」

 

「──どう、って」

 

「大事な事を言っとくぞシロウ。その火災で多くの人が亡くなったのは前回の聖杯戦争の参加者がろくでもなかったからだ。そしてお前がその火災から一人助かったのはお前の親父さんが立派ですげぇ人だったからだ。──分かるか? お前は何も悪くない、犠牲になった人たちのことを背負う責任なんか無いんだよ」

 

 士郎自身が望んで、人の為に体を張る正義の味方になると言っているならスバルはそれを立派だと思うし、今生の限り彼を支えるつもりだ。……でも、もしその正義の味方という夢が強迫観念に囚われた結果のものであるのなら、スバルはそれを見過ごせない。

 

「もし責任感で正義の味方になるなんて抜かしてるなら俺は怒るぞ。お前は親父さんに救ってもらった命を、もっと誇っていいんだ」

 

 なぁシロウ、と。スバルは今一度問う。

 

「──お前はどうして正義の味方になりたいんだ?」

 

「────俺、は。……ぐぅっ」

 

 言い淀んだ士郎は、しかし突如胸を押さえ、蹲った。

 

「し、シロウ!? 大丈──いや、まさか」

 

「──そうだスバル。ライダーがいる。どうやら俺たちを誘ってるらしい」

 

「……分かった。トーサカちゃんと合流して向かおう」

 

 問答を中断し、二人は公園を後にする。

 二人の少年が慌ただしく駆け出していき、十年前から残る冬木の傷跡には静寂だけが残された。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 すっかり日が暮れた夜の新都、そのビル街。少し先の車道からぎらついた輝きがここまで届き、周囲を照らしている。

 スバルは凛たちと合流、四人で人通りのまばらなビル街を歩いた。

 

「──肌を刺すような殺気。お相手はやる気満々らしいわね」

 

「ああ、まばらに通行人もいるし、まだ仕掛けて来ないとは思うけど──」

 

「────っ!」

 

 突如アーチャーが跳躍。士郎の頭上で刃物と刃物がぶつかる金属音を鳴らした。

 

「な──!?」

 

 アーチャーが頭上で弾いたのは鎖付きの短剣。その鎖が伸びる先には──。

 頭上、ビル五階付近の壁面にそれは張り付いていた。長い髪、漆黒の装いに白い肌。……ライダーのサーヴァントだ。

 アーチャーが与えた腹部と眼の傷は、見かけ上は塞がっているように見えた。既に数人の生気を吸った後なのだろう。

 

「──フ」

 

 舌なめずりをするライダーの姿に、スバルは驚愕する。あのライダーはまだ人目もある中、頭上という死角から一撃でマスターの命を奪いに来ていた。アーチャーがいなければ、士郎は既に死んでいた──。

 

「くそ、偉そうに講釈垂れておいて不甲斐ねぇ……!」

 

「アーチャー、追って!」

 

 凛の声に応じてアーチャーが地を蹴り飛ぶ。ビルの壁面を蹴り凄まじい速度でライダーへ迫る──!

 しかしライダーもまたそれに応戦、短剣と双剣が交差し夜空に火花が散った。二騎はそのまま夜闇を駆ける二本の光の線となって交差し火花を散らしながらビルの壁面を駆けあがっていく。

 

「バケモンだな本当に……ってそれより、俺たちはシンジを叩こう! ライダーが宝具を使う前にケリをつけねぇと!」

 

「あいつのことだ、近くで見てると思う。ライダーたちが向かった屋上かもしれない」

 

「追いましょう!」

 

 スバルたち三人はサーヴァント二騎が駆けあがっていったビルへ裏口から入る。

 エレベーターを使い屋上を目指したのだが……。

 

 

 

 時間にして、五分以上が経過していた。

 

「なんだって四十階までしか動いてないんだ……!」

 

「文句を言っても仕方がないでしょう……!」

 

 悪態をつきながら三人は階段を駆け上がる。エレベーターは屋上までは動いておらず、残り十階ぶんは階段で上がるしかなかったのだ。

 ──と、ビル全体を揺らす大きな揺れ。危うく足を踏み外し転落するところを、なんとか堪える。パラパラと落ちる砂や欠片。サーヴァントの戦闘に、ビル自体が悲鳴をあげているようだった。

 

「くそ、アーチャー……無事でいてくれよ──!」

 

 ──と、そんな中、上の階から駆け下りてくる足音があった。不規則で不格好な、足をもつれさせながらもなんとか急いでいる、そんな靴音が近づいてくる。

 

「アーチャーか!? ──いや、これは」

 

「ひ──ひぃ──は、はぁ──!」

 

「慎二!」

 

「ひいっ、衛宮……遠坂……!?」

 

 降りてきた慎二は、士郎たちの姿を認めると顔を大きく歪ませ喚いた。

 

「ぼ、僕はサーヴァントを連れてない丸腰だぞ! まさかそんな僕に乱暴な真似なんかしないだろうな!?」

 

「こいつすげーな……。お前、ライダーはどうしたんだ。屋上でアーチャーと戦ってるだろ」

 

 スバルが詰めると、慎二は更に顔色を悪くする。

 

「化け物どもが滅茶苦茶やりやがって……! あんな、ビルを壊す威力だなんて聞いてないぞ! マスターである僕まで巻き込むつもりかあの馬鹿!」

 

「ビルを、壊す──もう宝具を使われてるのか!? おいシンジ、アーチャーは無事なんだろうな!?」

 

「そんなの僕が知るもんかよ! どけっ!」

 

「あっ、おい待て慎二──! おとなしく令呪を捨てろ──!」

 

 静止も聞かず階段を駆け下りていく慎二。後を追うスバルたちだったが──、

 

「──あ、ひゃあ……!? っ、こんなところに壁なんか作りやがって!」

 

 追った先、壁にぶつかって尻餅をついた慎二が、激情に任せて壁を殴りつけていた。

 しかしスバルの脳内には疑問符が浮かぶ。登って来る時にはそんなところに壁など無かったが──。

 

「────は?」

 

 慎二は壁を殴りつけた自身の腕を見る。曲がらない方向に折れ曲がってしまった腕。脳が理解を拒み呆然としていると、その声が響き渡った。

 

 

「──駄目じゃない、マキリの蛆虫さん。サーヴァントも連れずにうろうろするなんて」

 

 

 楽しげな笑い声。闇の中から銀髪の少女の姿が浮かび上がった。

 

「──イリヤ……!?」

 

 いずれ対峙する、けれどまだ対峙したくなかった、最強のサーヴァントのマスター。

 だとするのなら。慎二がぶつかった巨大な壁、それが何であるかなど火を見るより明らかだ。

 

「バーサーカー……!」

 

「ひぃッ──」

 

 壁──その巨人のその腕力で以て振り抜かれる斧剣、その剣が斬った突風と──飛び散る液体がスバルの顔にかかった。

 間桐慎二がいた場所には、もはや赤い水溜まりとひしゃげた肉塊しか無い。

 

「…………し、シン、ジ……」

 

「お兄ちゃんも駄目よ。次までにもっと強いサーヴァントと契約しておいてって言ってあげたのに、まだそんな弱っちいセイバーを連れてるなんて」

 

 酷い言いようだが、もはやスバルには言い返すこともできない。回避もできない狭所にてスバルに振り下ろされるは、圧倒的質量の斧剣。あの夜に何度喰らったか知れないその攻撃に、一瞬後にはスバルも眼前の血溜まりと同じになることが決まってしまった。

 

「もう見逃してあげないんだから。──楽しませてね、お兄ちゃん」

 

 その無邪気で邪悪な笑みを最期にスバルの視界と、その命は途切れた。

 

 

 バーサーカー、ヘラクレスとマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの参戦。

 ──夜の新都、某ビルにて、四つの陣営が相見(あいまみ)える。

 

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