「──肌を刺すような殺気。お相手はやる気満々らしいわね」
「────」
車道から届く車のライトが照らすビル街の歩道。隣には士郎たち。
──戻ってきた。ここはライダーに襲われる直前のタイミングだ。
呼吸をすれば、都会の淀んだ無味無臭の空気が体内に入ってくる。けれど──、
「うっ──」
──スバルの鼻腔からは、眼前で肉塊になった間桐慎二が放つ、濃厚な臓物の匂いが離れない。
「……な、ナツキくん?」
吐き気を覚え、スバルは思わず口を押さえてしゃがみ込んだ。深く深呼吸し、なんとか吐き気を抑える。こんなことをしている場合ではない、今からここに──。
「大丈夫かスバル? なにか──」
「お、れは。俺はいいっ、──アーチャー、上だっ!」
「────!」
スバルの声に反応しアーチャーが跳躍、間一髪で頭上から強襲した鎖付きの短剣を弾く。スバルはひとまず安堵した。死に戻った自分のせいで本来防げる攻撃を食らうなど、笑い話にもならない。
ビルの壁面に張り付くライダーは頭上からこちらを見下ろしている。凛は即座に身構えた。
「ライダー……! アーチャー、追って!」
指示と同時、アーチャーが稲妻の如き速度で追い立てる、前の周回で見た光景だ。──しかしこのままアーチャーを一人にすれば、ビルが軋み慎二が逃げ出す程の規模の戦いが始まってしまうのだ。可能なら助力がしたいが……。
「つっても、俺じゃあの二人についていけねえ。くそ、俺もベア子がいればムラクで飛び回ったり陰魔法で対抗したりできるんだが。──なんて、無いものねだりをしてても始まらねぇな」
「…………」
普段通りの軽口を言っている内に吐き気が落ち着いてきたスバルと、横でその軽口を神妙な顔で聞く士郎。
士郎のその姿には気付かず、スバルは今後のことを思案する。これからスバルは何をするべきか、どうすればあの死の結末を回避できるのか。まだ何も定まってはいないのだが──、
「だからって、ここでボーっとしてるって選択だけは無い。──皆、シンジを追おう! アーチャーたちが登ってったこのビルにいる!」
「分かった!」
「ええ! ……その直感、どういう基準で発揮されてるのかしら……」
三人はアーチャーを追いビルへと侵入、エレベーターで上階を目指す。
……エレベーターに揺られている間、スバルは二人へ語りかけた。
「シロウ、トーサカちゃん。折り入って悪いお話があります」
「この緊急時に? ……聞きたくなさすぎるけど、話して」
「このビルにイリヤとバーサーカーが来てる。このままだと、上手くライダーを倒せたとしてもバーサーカーとの連戦になる」
「「な──」」
スバルのカミングアウトに息を呑む二人。
……しかし瞬き一つで落ち着きを取り戻した凛は、
「……ナツキくん。それならどうしてここへ来たの」
そう口にした。その声には、色濃い糾弾の感情が乗っている。
「バーサーカーが本当に来ているならライダーとぶつけて共倒れを狙うべきでしょう。私たちが危険を冒してこうして侵入する意味が無いわ」
「ところがこのままじゃシンジが危ない。とりあえずシンジだけは回収してやらなきゃならないんだ」
「……それは心の贅肉よ」
凛は凍てつくような冷たい視線で、声色で、スバルを責め立てた。
「慎二は無関係の人たちを皆殺しにしようとしたわ。今回は未遂で終わったけれど、本来なら土地の管理者である私の粛清対象。殺しこそすれ、助ける道理なんてない」
「うん正しい。多分トーサカちゃんが全部正しい。でも救う」
「……どうして」
ポーン、と場違いに明るい電子音。エレベーターが四十階へ到達した。以降は階段で最上階へ向かう必要がある。スバルは開いた扉から外へ出ると、振り返らずに告げた。
「俺があの
「…………英、雄」
「っていうか、トーサカちゃんだって本当は救える命は救いたいだろ。さっきのは立場がそう言わせただけだ。本心から思ってない口先ばかりの説得になんて乗ってやれねぇよ」
「────」
笑顔で振り返ったスバル。その姿に凛は目を奪われる。
「行こうぜトーサカちゃん。全部を救いに、さ」
「──ナツキくん、あなた本当に英雄だったのね」
「今更!? 知り合って三日経ちますけど!?」
大きくリアクションをしつつ、階段へ走り出すスバル。凛も後を追って駆け出した。その後ろ、
「────スバル」
少年は一人、ある覚悟を決めていた。
「あと別に慎二の救出に乗り気じゃないのは本当よ。ここでバーサーカーに殺されても自己責任だと思うし」
「手厳しすぎる!」
階段を駆け上がる途中、ビルを揺らす大きな揺れがあった。前回は結局アーチャーの安否を確認できていない。スバルたちには無事を祈って向かうことしかできなかった。……と、上階から降りてくる不格好な足音がある。
「……来たな、あの野郎」
「ひ──ひぃ──は、はぁ──!」
「慎二!」
「ひいっ、衛宮……遠坂……!?」
間桐慎二が階段を駆け下りてきた。対するスバルは睨みを利かせて立ちはだかる。
「シンジ、これ以上降りない方がいいぜ。挽き肉になりたくなければな」
「なっ、僕はサーヴァントを連れてない丸腰だぞ! まさかそんな僕に乱暴な真似をするなんて言わないだろうな!?」
「ミンチ屋さんは俺たちじゃないんだが……とにかく屋上に戻るんだ」
「はぁ!? 戻るもんか! 屋上はあいつらの戦いでもう限界だ、崩れるんだよこのビルは! この──どけっ!」
「あっ、おい待て慎二──!」
慎二は静止の声に耳も貸さずにスバルたちの横を駆け抜けようとする。
「はぁ……、恨むな──は難しいだろうけど、報復とかしないでくれよ」
スバルは溜息交じりにその背にギルティウィップを振った。鞭は鋭い音を立てて慎二の体に巻き付き拘束、両腕の自由を奪う。
「い、痛ぁ! お、お前! なんてことするんだ! 痛い痛い痛い、腕が折れてる──ッ!」
「文句言うな、ぺしゃんこよりマシだろ! ──そら来たぞ!」
捕らえた慎二を手元に引き寄せる。
階下から聞こえてきたのは、重く響く足音と鈴のような可憐な声だ。
「──あら、待っててくれたの? 弱っちいのに気はきくのね、セイバー」
「待ってた訳あるか! 取り込み中だから出直してくれ!」
暗がりから現れたイリヤ。その気配を察知した瞬間にスバルたちは即座に階段を駆け上がった。
「つれないのね。残念だけどもう見逃してあげないわ。──楽しませてね、お兄ちゃん」
背後からイリヤの声。強者の余裕か、遊んでいるのか、特段急ぐ様子もなくゆっくりと階段を上がってきている。
スバルは鞭でふんじばった慎二を強引に引っ張った。士郎と凛も慎二を支えつつ、数段飛ばしに上階を目指す。
「いいい痛い痛いっ! 衛宮っ、こいつお前の変態サーヴァントだろ! やめさせろよ!」
「馬鹿、慎二! イリヤから逃げるのが先だ、あいつはバーサーカーのマスターだぞ!」
「シロウにはマスターとして『変態』の汚名を訂正して欲しかったな、俺!」
「そんなことよりナツキくん。とりあえず慎二は回収した訳だけど、これからどうするかは決まってるの?」
「今思いついた。名付けて『敵の敵は味方』作戦だ! ライダーと共闘してバーサーカーを迎え撃つ!」
「安直ね。おとなしく言う事を聞いてくれればいいけど!」
慎二を半ば運ぶ形で屋上へ辿り着いた。
扉の向こうではアーチャーとライダーが交戦している筈だ。急いでバーサーカーを迎え撃つ手筈を整えなければならない、と、扉に手をかけ、開け放つ。
──全身血濡れのアーチャーが、膝から崩れ落ちた。
「──アーチャー……!」
弓兵は紅い外套を黒ずんだ赤色に染め、服も身もズタズタに裂かれた状態で膝をついた。
屋上は焦げ付き煙を発している。更に一部は抉れ、ビルの大部分へ大きく亀裂が走っていた。そこにいるのは満身創痍のアーチャーのみ。ライダーの姿は見られない。──倒したのか。一瞬そう期待したスバルは、頭上から聞こえる、翼のはばたく音に顔を上げた。
──そこに、神話でしか聞いたことのない神秘はあった。
漆黒の夜空に映える、屈強なる雄々しき白馬。その背には神々しい翼が生え、それをはばたかせることで飛翔していた。──ペガサス。怪物メドゥーサの首を切った血から産まれたと言われる、天翔ける馬。あれこそが昼に学校の廊下を貫いたナニカの正体なのだろう。
その背に乗ったライダーが、こちらを悠然と見下ろしていた。
スバルはライダーの正体が、かの恐ろしき怪物であろうと確信しつつ、それでも声を張り上げた。
「ら、ライダー! 待て! ここにバーサーカーが来るんだ! 一度休戦して、協力してくれないか!」
「……そうですか、バーサーカーが。確かにそれは厄介です。私としては、休戦もやぶさかではありませんが──」
ライダーもバーサーカーの脅威を分かっているのだろう。好感触な反応を見せた彼女は、視線を縄で拘束された慎二に落とした。
「──マスター、どうされますか。私は共闘すべきかと思いますが」
ライダーは慎二に判断を仰いだ。
慎二とスバルたちには、共闘を断ったり結界の作動を止めたりと確執がある。しかし慎二だって、バーサーカーの恐ろしさは身に染みている筈だ。自分を一撃で殺した存在なのだから、それを倒す為にスバルたちと協力を──、
「──待て」
それは前回の話だ。今の慎二はバーサーカーの強さはおろか、その姿すら見てはいないのではなかったか。逃げ延びる為に、
スバルが振り向いた先、間桐慎二は返答を口にした。
「はぁ!? どうしてここまで僕を怒らせたこいつらの言い分に付き合わなきゃいけないわけ?」
慎二は、先程までビルの倒壊を恐れて逃げ出していたことなど無かったかのように尊大に。心底不機嫌に。心底愚かしく喚き立てた。
「バーサーカーのマスターもただのガキだ! 全員殺してさっさと僕を助けろよ、ライダー!」
「くそ、失敗した──!」
致命的な判断ミスだ。
慎二を助ける為の行動が、慎二の危機感を削ぐ結果を招いた。
ライダーは協力するどころか、天馬を大きく旋回させ、速度を付けてこちらに攻撃を仕掛けようとしている。
もはや戦闘は避けられない。スバルは戦力を確認する。
こちらの戦力は今にも倒れそうなアーチャーと戦闘力皆無のスバル、生身の人間の士郎と凛。
対する敵はライダーとバーサーカーの二騎。ライダーはあの天馬で空から自在に攻撃を行うのだろう。バーサーカーは"
「──無理だ。今回は、もう……!」
勿論スバルは自棄になり身を投げ出すような真似はしない。しないが……既にこの周回での生還は半ば諦めていた。考えるのは『次』のことだ。
アーチャーにライダーを追わせたのがいけなかった? しかし野放しにしてしまえばライダーは人を襲い力を貯めるだろう、放ってはおけない。
慎二にバーサーカーの姿くらいは見せるべきだった? バーサーカーはあれでとてつもなく素早い。いかに狭い屋内と言えど暗がりで目視できる距離に近付くなど可能なのか。
「……どうすれば。どうすれば、どうすれば、どうすれば……!?」
「何を呆けている、たわけ……!」
その叱責でスバルは我に返った。
見上げた空からは一条の流星。天馬が一直線に降ってくる。その輝きに、瞬きの間に消し飛ばされると覚悟した時。
──満身創痍の弓兵の口から、その呪文は紡がれる。
「──
傷だらけの体で、膝をついて。
それでもその男は、迫る流星に手を伸ばすように腕を掲げ、その銘を告げた。
「────”
ビルの屋上に絶対なる盾が花開く。
アーチャーの掲げた腕の前に出現した七枚の花弁が、天馬の突進を受け止めている──!
これまで双剣と弓以外の技を見せることのなかったアーチャーの隠し玉に、目を奪われるスバル。しかし、それを発現させているアーチャーの腕が軋み出血していることに気が付いた。
「あ、アーチャー……! お前、もう体がっ……!」
「──ナツキ・スバル。理想を捨てられないだのとほざいておいて、その程度か」
「────あ」
アーチャーはボロボロの状態で皆を守りながら、スバルを糾弾していた。大口を叩いておきながら諦めるのか、と。
スバルは当然諦めてなどいない。ただ、望みを次の周回に託しかけていたのは事実だ。……そんなもの、この世界に生きる他の人々からすれば諦め以外のなんだというのか。
「違──、いや、違わない、よな。……ごめん、俺は──」
「スバル」
この周回を諦めるところだった自分自身に動揺するスバル、その肩を士郎が叩いた。
振り向けば、士郎はとても神妙な面持ちでこちらを見ている。
「し、シロウ……?」
「スバルが言ってる、『ベア子』って相棒。もしそいつがいたらこの状況をなんとか出来るか?」
「え……?」
「出来るか?」
もし、この場にベアトリスがいたら? それは無いものねだりだ、いないものはいないのだから考えても仕方がない。……でも、もし。もしもあの可愛らしくて頼れる契約精霊が、今この場にいてくれたのなら。
「────出来る」
──現状を打開できる。スバルは確信を持ってそう言える。
「すばしっこいライダーを捕まえるのは骨が折れるかもしれねぇけど──バーサーカーは確実に倒す方法がある」
スバルの確信めいた宣言に目を見開いたのは凛だ。バーサーカーの"
対して士郎はそれに口を挟むこともなく、簡素に言う。
「じゃあ決まりだ。──遠坂」
「……衛宮くん、あなた。──ええ、なに?」
士郎の発言の意図を掴めずにいるスバルと違い、凛は察した様子で冷たく士郎に尋ねた。
──頭上。士郎たちを守る花弁の盾が
「俺がスバルとパスを正常に繋ぐ方法があるって話、してたよな。俺の神経を剥いでどうこうって。それ、やってくれ」
「シロウ、それは……!」
「ベア子は本来スバルと共にある相棒なんだろ。それが呼べないのは俺と正常にパスが繋がっていないからって話だった。──ならパスさえ繋げればここへ来てくれる」
「……衛宮くん。私が言ったその方法は、衛宮くんの魔術回路の一部をナツキくんに移植するというものなの。霊的に重要な器官を共有することで二人の繋がりを高めてパスを繋ぎ直すのよ。──よく考えて。魔術回路を損なうってことは、魔術師としての致命的な欠陥を意味するんだから」
魔術回路の割譲。それがどれだけ重い行為なのか、魔術師ではないスバルには真の意味で理解することができない。しかしそれは、ゲートを損傷しベアトリス無しでは魔力の飽和で死んでしまうスバルと、同じかそれ以上の致命的なものなのだろう。
「魔術回路が不完全になり、俺は一生半人前、か。──なんだ、それならスバルの力になる方がずっと良い。よし、やろう遠坂」
「早っ! あなたちゃんと分かってるの? 魔術師として死ぬのと同義なのよ」
もはや答える必要はないというように凛の忠告を制し、士郎はスバルに向き直った。
「スバル、俺は皆を守れる正義の味方になる。その為に、お前と相棒の力が必要だ。俺の魔術回路をやるから、お前たちの力を貸してくれ」
「…………どうしてだ? ──シロウ。お前はどうして正義の味方になりたいんだ?」
「託されたからだ。地獄に取り残された人たちから、親父から」
「……それを背負う責任なんて、お前には──」
先刻、火災跡の公園でのやりとりと同じ問答。
同じ火災の被害者である士郎に生き残った責任などあるものか。死者の想いを背負う義務などあるものか。その在り方にスバルは眉を
「ああ。スバルが言う通り、責任なんて無いのかもしれない。でも背負う」
士郎は真っ直ぐ、曇りの無い眼差しで答えた。
「俺は、その願いが。……あの地獄を覆してほしいという願いが、誰しもが幸せでいて欲しいという願いが。とても尊いものだと思うから。──背負いたいから、背負う」
それを善いものだと信じるから。望んで継ぐのだと。
「──背負いたいから背負う、か。それなら文句なんて挟めねぇわな」
聞かされたスバルは頭を掻き、溜息をつく。本人にそう言われてしまっては、スバルには何も言うことなどできない。
スバルは、自らのマスターに手を差し出す。
「シロウ、お前の魔術回路を分けてくれ。俺と相棒が必ず全員救ってみせる」
「あぁ、信じてる。俺たちは一蓮托生、なんだろ。スバル」
「──その通りだ、マスター」
固い握手の下、魔術回路の移植作戦はここに決まった。
「──という訳でトーサカちゃん、頼む」
「……分かったわよ。ただ、時間が必要だわ。バーサーカーもすぐに来る、移植の時間を稼ぐ算段を──」
言い終わる前に、それは現れた。
「あら、追いかけっこはもう終わり? じゃあ、皆まとめて潰しちゃうね」
階下から上がってきたイリヤ。──そして黒鉄の巨人、バーサーカーがその姿を現した。
頭上からはライダー、目の前にはバーサーカー。これでは移植の時間を稼ぐことなどとても──、
「──衛宮士郎」
響いた声は、死に体で天馬を受け止めている、一人の男のものだった。
「そんな借り物の正義を振りかざしてなんとする。そこに自身から零れ落ちた気持ちなど無い、
士郎という個人の非難。本来この窮地においてすることではない。だが、スバルは何故か分からないが、それに今答えなければならない気がした。
故に、だん、と足を踏みしめて、
「偽物だからなんなんだよ」
「……ナツキ・スバル」
「悪いなアーチャー、さっきは格好悪いところを見せた。もう大丈夫、正義の味方が助けてくれたからな」
士郎に微笑んで、スバルはアーチャーを指差し叫ぶ。
「借り物の正義、それの何が駄目なんだよ。借り物、貰い物上等だろうが。自分の内から生まれたものじゃねぇと偽物だと? じゃあお前は生まれてこの方一人で生きてきたのか。自分は誰からも何も貰っちゃいねぇと、そこまでお前は思い上がるのかよ」
人差し指をそのまま天高く掲げ、天下に轟くようにと名乗りをあげた。
「俺の名前はナツキ・スバル! 父さんから、お母さんから、エミリアから、レムから、シロウから、あとまぁ、お前からも! いろんな人から借りて、貰って、ここにいる! ──お前は違うのかよ、英雄!」
「────」
スバルの叫びに、アーチャーは目を見開く。
それと、盾の最後の花弁が散るのは同時だった。その衝撃にアーチャーは唸り、天馬は旋回して今度こそこちらを仕留めようとする。
「■■■■■■──!!」
同時、イリヤが痺れを切らしたのかバーサーカーも駆け出した。ただでさえライダーの猛攻でボロボロの屋上を一歩ごとに踏み抜きながらアーチャーへ突進してくる。
スバルたちは身構え、慎二は怯え叫ぶ、そんな中で。
アーチャーはその満身創痍の体で、ゆっくりと、しかし力強く立ち上がった。
"
──世界が一変した。
大気が震える。
空気が張り詰める。
周囲の全てが、この男の発する言葉に耳を傾けている。
"
ライダーの天馬が光となって屋上へ落下する。
バーサーカーが斧剣を振り上げる。
英霊の膂力に耐えられず、ビルはその形を保てず崩落する。
スバルたちの体が宙に投げ出された、その刹那。
" ────
世界を上書きする呪文が、紡がれた。
一転。
スバルの眼前に広がるのは一面の荒野だった。
倒壊するビル? 崩れる足場? そんなものは全てこの領域へと置き換えられた。
スバルがしっかりと踏みしめた大地は草一つ生えていない。そんな荒地には一面に千や万はくだらないだけの剣が突き刺さっていた。
「ここに在るのは全てが偽物。名だたる武具の贋作だ。この全てが真の武具には敵わないだろう」
見渡す限りの剣の丘。
それが、ライダー、バーサーカーとイリヤ、スバルに士郎に凛に慎二、そして──アーチャーが立っている空間だった。
「しかし、贋作であろうと──限りなく真に迫ることはできる」
これがその男の世界。
並び立つものは無い。荒野は見渡す限り贋作ばかり。空にはどこへ繋がることもない歯車が浮かぶ。そんな空間に、ただ独り立つ男。
現実に打ちのめされ、理想に裏切られ、──それでも立ち続けた男の世界。
「──固有、結界……。自分の心象風景を世界と置き換える、魔術の最奥……」
震える声で言う凛。
その眼前に空中から発射された数十の剣が突き立てられた。剣はスバルたち全員を敵から守るように壁として反り立つ。
士郎は、その意図を察し身を乗り出した。
「……アーチャー、お前」
魔術回路を移植する時間を自分が稼ぐと、アーチャーはそう言っているのだ。その死に体でライダーとバーサーカーを同時に相手取ることが何を意味するのか、分からない訳がないだろうに。
「──衛宮士郎。お前の信念も、その身体すらも、全てが借り物だ」
男は告げる。
「──それを開き直るのなら、恥も外聞もなく偽物を振りかざすのなら。せめて最強をイメージしろ」
男は、告げる。きっと、衛宮士郎にとって最も大切なことを。
「忘れるな、イメージするものは常に最強の自分だ。お前にとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない」
そうして男は剣をとる。天翔ける神秘と大英雄に微塵も臆することなく立ち向かう。
ならばスバルたちがすべきは、彼が作った時間で勝利の道を築くことだ。
「シロウ、こっちだ。移植を始めよう」
「……ああ」
スバルは士郎を剣の壁へ呼び戻した。そして自分もまた剣の壁に隠れる前に、
「──アーチャー、そのまま二騎とも倒しちまっても構わないんだぜ?」
「──フッ。ああ、君たちに見せ場は残らないと思ってくれ」
それだけ交わして、スバルは壁に引っ込んだ。
「よし! トーサカちゃんやってくれ」
「分かってる。アーチャーの犠牲を無駄にはしないわ」
沈痛な面持ちで目を伏せる凛。
……あの身体でサーヴァント二騎を相手取るなど不可能。アーチャーは時間稼ぎの為の捨て駒となることを自ら選んだのだ。
万が一に魔術回路の移植が完了するまで時間を稼げたとして、アーチャーは既に取り返しのつかない傷を負っているだろう。
凛がマスターとして最期に彼にできるのは、士郎とスバルのパスを繋いで希望を繋ぐことだけだ──!
「ん、いや。アーチャーを犠牲になんてしねぇよ?」
そんな凛の痛切な覚悟を、スバルは一蹴した。
軽い口調だが、冗談を口にしているようでもない。至って真剣に、スバルはアーチャーを切り捨てないと宣言した。
凛としては願ってもないことだが、しかし。
「無茶よ。いくら固有結界があるとはいえ、今のアーチャーがライダーとバーサーカーを相手取って無事で済む訳が……!」
「ああ、でも俺がいる。──俺が、アーチャーを死なせない」
「ナツキくん、あなた、何を──」
「大丈夫だからトーサカちゃんは移植に集中しててくれ。──皆が身を削って頑張ってくれてんだ、俺も少しくらい踏ん張らなきゃな」
スバルは目を閉じ、その銘を開放する。
「来いよ、────"
英霊ナツキ・スバル第二の宝具。獅子座の輝きがその眼を開いた。